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『酒番日記』映画、音楽、本、時々酒、のこと 第3回

THE CLOAKROOM TOKYO
JOURNAL

Category
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Words
Minoru Kuriiwa

「酒番日記」 映画、音楽、本、時々酒、のこと

寒さ深まる初春の午後、ヴィンテージのZIPPOオイルライターで火をつける
タバコ吸いの肩身が狭い今日この頃の路地裏の片隅で
そういえばこのライター、リーヴァイス501の腰ポケットにピッタリ収まるサイズと
面取りされた無骨過ぎない形がお気に入りだった若い頃

無類のコーヒー好き、おまけにナポリタンスパゲッティにも目がなく
ランチセットなどの看板が出ていたら迷わず飛び込む喫茶店
自分の好みとあれば、いつもの曜日にいつもの席にいつもの時間でいつものメニュー
少しでも認識してもらえるかもしれない小さな小さな作戦計画

その日もいつものようにいつもの席に座る
店のホール担当の女性が水を置きながら 「いつもの?」「はい、お願いします」
あいさつ以外のたったひとつの会話

少しのハムとマッシュルーム、ピーマンスライスの緑が効いたナポリタンスパゲッティ
食べ終わるころに運ばれて来る、強めの焙煎の豆をサイフォンで入れたブレンドコーヒー
そして至福の一服
飛び散ることのない灰と吸い殻がきれいに分かれた灰皿とコップを残して席を立つ

東京渋谷への転勤が決まり、出発日のランチに迷わずいつもの席で
この日だけは一本多いタバコの吸い殻を残して席を立つ
いつもはさりげなく流れる店内の音楽のヴォリュームが一段上がる
当時大流行したプリンセス・プリンセスの「M」に足を止める
「ありがとうございます」「いってらっしゃい」ひとこと多いその日の会話

あれから30年以上が過ぎた今宵、いつものバーのいつもの席でいつもの酒
手には小さめの葉巻と専用ガスライター、カウンターにきれいな灰皿とグラスがひとつ
大切な少しの時間と積み重ねて来た大切なたくさんの時間

葉巻と白い灰がきれいに並びグラスが空になりかけた頃
デューク・エリントンとジョン・コルトレーンの名演「In A Sentimental Mood」のヴォリュームが上がる
こんな夜は女性ヴォーカル無しのひとりの時間を、ジャケットの衿を正して、背筋を伸ばして

令和3年1月吉日
酒番 栗岩稔

プロフィール:木挽町路地裏 bar sowhat 店主として日々人に向かい、酒を通して時間を提供する。
ブランドマーケティング業、服飾業等の経験から、事業提案、イベント企画運営、パーソナルスタイリング業も行う。来春から、インターネットラジオにて番組パーソナリティも予定するなど多岐にわたり活動。