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『美食通信』第2回 「三つのロビュションとドレスコード」

THE CLOAKROOM TOKYO
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Osamu Seki

『美食通信』第二回    「三つのロビュションとドレスコード」

筆者が島田さんと出会ったのは、恵比寿ガーデンプレイスにあるシャトーレストラン「ジョエル・ロビュション」の一階、『ミシュラン』二つ星の「ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロビュション」で行なわれたワイン会でのことでした。同じシャトーの二階には三つ星の「ジョエル・ロビュション」があり、六本木ヒルズにはこれまた二つ星の「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロビュション」がありますので日本だけで七つ星。本拠地パリでは右岸と左岸に二つ星の「ラトリエ」を二軒持つだけですので、日本人のロビュション贔屓がいかなるものか。ちなみに、日本の一階はフランスでは「零階」ですので、本格のグランメゾンはフランスの一階即ち日本の二階にホールを備えます。例えば、日本では昨年惜しくも閉店した老舗、芝の「クレッセント」などがそうでした。そして、一階は宴会場などに。
 ある日、大学に出講する電車の中で携帯に着信があり、折り返し電話してみると高校の同級生が夜、ロビュションに来れるかと。主催するワイン会の記念ディナーを盛大に行なうとのこと。当日来れなくなった方が出たようでピンチヒッターという訳。大人数の宴会が苦手なのでお断わりしようと思ったのですが、招待してくれるというのでロビュションの宴会料理がどの程度のものか確かめたくなり、出かけることに。宴会なので当然、一階の「ターブル」だと。承諾すると友人は「ところでジャケットは着ているだろうね」と聞くではありませんか。筆者は講義の際、ジャケットを必ず着るようにしています。そこで「着ている」と答えると「それならよろしい」と来場をお許しいただけた次第。しかし、筆者のジャケット着用はお洒落でも権威付けでもなんでもなく、貴重品などを身に着けておくとか、チョークで汚れてもよいようにいわば作業着感覚で実用的な発想からのこと。
 実はこの時、筆者の脳裡にはかつて二階のメインダイニングに出かけた時のことが。それは1994年秋の開店から少し経った1995年の二月頃だったと。しかも、当時は「ジョエル・ロビュション」ではなく、「タイユヴァン・ロビュション」でした。ガーデンプレイス開場の目玉として、鳴り物入りで、パリの三つ星の老舗「タイユヴァン」のサーヴィスと「ロビュション」の料理のコラボ、世界初の「六つ星」だ、と。「タイユヴァン」はジャン=クロード・ヴリナというサーヴィス出身者がオーナーで、そこで地下には「カーヴ・ド・タイユヴァン」というワインショップも併設されました。とにかく予約が取れなくて、ようやく年明けに空きが出て出かけることに。その際、ドレスコードの「ジャケット着用」でちょっとした事件が。
 「ターブル」も「ジャケット着用」なのか、と。HPを調べてみると、二階は「男性のお客様はジャケット又は襟付きシャツのご着用をお願いします」とあり、階下の「ターブル」も同じ文言が。ということは、「ジャケット着用必須」はワイン会主催者の意向で格式ある祝宴なのだろう、と。まずいな。案の定、講義を早めに終え、タクシーで駆け付けると着飾った人々の群れが。そそくさと指定された席に着くとヨレヨレのジャケットを着た筆者とは対照的にお洒落なスーツをばっちり着こなした紳士が隣にいらっしゃるではありませんか。この方は常連に違いないと、初めて参加して何が何だかわからない筆者は初対面なのにその紳士にあれこれ聞きまくってしまったわけで。で、その紳士こそ、島田さんだったのです。
 ところで四半世紀前、筆者の訪れた二階のメインダイニングは本当に「ジャケット着用必須」だったのです。つまり、現在は認められている「襟付きシャツの着用」は許されていなかった。そこで事件は起りました。その日、筆者に同行したのは教え子でした。当時、筆者はワインを本格的に学び始め、たまたまその学生もワインを勉強していて、講義の後は必ず一緒にワインを飲み歩く仲で、彼の誕生日を祝う会食だったのです。筆者は「ジャケット着用」と聞いていたので念を押して注意したのですが、現われた彼は白地のお洒落なドレスシャツを着ていました。ブランド物でこの日のために新調したとのこと。もちろん、「襟付き」でした。一方、当時尖がっていた筆者はジャケット着りゃいいんだろうとばかりに、ゴルチエのヒョウ柄のジャケットを着て行ったのです。で、悲劇的な結末に。クロークで、彼はひきとめられ、レストランの用意した不釣り合いな冴えないジャケットを着させられたのです。折角のシャツはお隠れになりました。一方、筆者はもちろんお咎めなし。しかし、メートルは明らかに怪訝な顔つきに。彼と言えば、怒りの矛先を探そうにもどうしようもない訳で。何とも気まずい高級ディナーとなった訳です。
 この杓子定規さはさすがに現在、なくなったようです。しかも、ヒルズの「ラトリエ」には恵比寿のようなドレスコードは書かれていません。「ラトリエ」は親日家だったロビュションが寿司屋からヒントを得たカウンターが主の店で、パリが二店とも「ラトリエ」であることからもわかるように現在はこのスタイルがロビュションではスタンダードです。筆者は台北旅行の際、「ラトリエ」によく出かけます。台北はまだフレンチが少なく、『ミシュラン』で星を取っているフレンチは「ラトリエ」だけだからです。まあ、気軽なもので皆さん、ポロシャツとか普段着でランチされています。着飾った方もお見受けしますが。もちろん、値段は立派なものです。
 こうしてみますと、ジャケット着用の是非というより、グランメゾンにはそれに相応しいお洒落をして行くことが求められているというのが結論です。とすれば、二十五年前の彼は間違っていなかったことになります。まあ、この連載を読まれている方々には自明の理かも知れませんが。それでも逆説的になりますが、筆者はジャケットを着ていくことをお薦めします。それはグランメゾンの場合、テーブルで会計しますので支払いの際、バックをまさぐったり、お尻のポケットから財布を出す等々はやはりスマートではないからです。もちろん、常に誰かが払ってくれ、自分が支払うことのない殿方であれば、それに相当しません。羨ましい限りです。

今月のお薦めワイン  ジビエと合わせたい赤ワイン

「ポマール レ・ペリエール 2015年 ドメーヌ・セバスチャン・マニャン」 7200円(税抜)

そろそろジビエの時期も終わりが近づいてきました。コロナ禍で外食はままなりませんが、昨今はお取り寄せで「家ジビエ」を楽しんでいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。そんなジビエに合うワインはと申しますと、やはりちょっと「クセのある」ものの方がよろしいか、と。ボルドーであれば、古典的なメドックより右岸のポムロールとか。コート・ドールであれば、やはりニュイよりボーヌの赤。お薦めはポマール村のワインです。ブルゴーニュにしてはタンニンしっかりで飲みごたえもバッチリ。お肉の個性に負けません。今回紹介するのはさらに畑の名前も明記されていますのでワンランク上の味わいが。しかも、2015年はヴィンテージが良いので今飲んでも美味しいですし、まだまだ寝かせることも出来ます。造り手のセバスチャン・マニャン氏はムルソーにあるドメーヌの四代目。1981年生まれで欧米の多数のワイン雑誌から若手の有望な造り手として評価されています。レストラン卸しが主のインポーターさんからの直販ですので完売かヴィンテージ変更の可能性があること、ご了承下さい。前回のシャンパーニュ同様、一般には手に入らないワインですのでこの機会に是非。

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略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
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