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「酒番日記」 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第5回

THE CLOAKROOM TOKYO
JOURNAL

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Words
Minoru Kuriiwa

「酒番日記」 映画、音楽、本、時々酒、のこと
三寒四温という美しい言葉が似合いのこの頃、改めて酒場について考える

映画「ゴッドファーザーpartII」のなかで
裏切った仲間を暗殺する場として選ばれたのは開店前の薄暗い酒場
店の主人がグラスを磨き、明かりのない店内で外光とグラスの輝きだけが象徴的なワンシーン

デイビット・リンチ監督作品「ストレイト・ストーリー」の美しいラストシーンにむかうひとコマ
戦後酒を断っていた70代後半の主人公と10年来、ささいな口論がもとで断絶していたその兄
病に倒れた兄の元へ自分が唯一行くことができる手段「トラクター」で500km以上旅をする
ひたすらまっすぐに旅を続け、兄の所在がようやく明らかになり、旅の終わりの見えた安心感と
喉の渇きを潤す町外れの酒場でアメリカ製の瓶ビールを旨そうに飲む主人公
「もう一本いくか?」「いや、これでもう十分」
年の頃が似通った二人が交わす最低限の必要な会話の後、場面が変わりエンディングへと向かう

映画もさることながら、ラジオでも酒場を舞台設定にした番組が多数、日本歌謡の名曲「酒場にて」
数え上げたら切りがない酒場の場面とその景色

少しだけ日が伸びた夕暮れの街を歩く
明かりのつかない酒場を眺めながら、30年前のマスターの言葉を思い出す
「酒場の明かりはね、消したらダメなんですよ。行きたいと思った時に必ず開いていないと寂しいでしょ必ず開いていて明かりが灯っていて出迎えてくれる酒場じゃなきゃ…。」

長い長い高架下の商業施設、明かりが消えた店舗の中
少しだけ明かりが洩れる入り口の休業の貼り紙に肩を落とし立ち去る時に感じる人の気配
カウンターの明かりを灯し、グラスを磨き酒瓶を磨く店の関係者に少しだけの安心感と再来を決意

そういえば「バーテンダーの仕事って何ですか?」という質問に
「バーテンダーはね、掃除ですよ、掃除…。」そんな誰かの言葉も思い出す。


この春、片付けを終えた何もない酒場に残るドライフラワーは知らずに訪れた人への感謝と詫びの標

最後に花束を贈ってくれた、普段より少しだけドレスアップした男性とシックな色合いの美しい女性

「今日はここにあいさつに来るからやっぱりスリーピースでなきゃ」と会話を交わす紺と白のコーディネーションが美しい40代の男性

必ずジャケットを羽織り、一杯しか飲めなかった酒がいつしか二杯飲むようになった
20代初めの男性もいまでは30代目前

「生存確認だからな」と言ってジントニック、時にはマティーニを一杯だけ飲んで帰る70代後半の男性

たくさんの美しい景色に彩られた酒場の時間

鍵を渡し、明かりを落とし、町に別れを告げるその手にはホウキと雑巾

最後の曲はやっぱり、Miles Davis/Kind of Blueより「So What」

夕暮れから夜にむかう、大好きなすき間の時間
今日も必ず開いている、外光射し込む酒場にて、30年来の仲間のもとで、ビールを一杯だけ


令和3年3月吉日
酒番 栗岩稔