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『美食通信』 第四十六回 「優雅なるモンテクリストサンドの朝食¬――横浜ホテルニューグランド――」

 毎年九月に亡き両親の実家のある静岡市に帰省するのですが、その途中で一泊するのを常にしております。昨年は伊豆堂ヶ島にある全六室のリゾートホテル「繭二梁」に泊まりました。今年は横浜に泊まることにしました。

 高校の同級生たちと日帰り旅行で年に何度か横浜に出かけるのですが、筆者は中華街近くにある「ハイアットリージェンシー横浜」の一階ラウンジが気に入っていて、必ず寄るようにしています。みなとみらいにお住いの教授に薦められて出かけてみたのですが、天井の高い贅沢な空間はもとより、若いサーヴィスの人たちの対応が清々しく気持ちが良い。折角なので一度泊まってみたいと思い、実現に至った次第です。

 その際、一つだけ悩んだことがあります。それは朝食のこと。パリですと、生ジュースにパンとカフェオレというコンチネンタルスタイルが定番です。肝心なのは、それはルームサーヴィスが当たり前ということです。毎朝、起きると電話を取り、ジュースとカフェオレなどの飲み物のチョイスをする。しばらくするとバスケットに色々な種類のパンが盛られた朝食が部屋に届きます。チップを渡して、それを貰って部屋でゆるゆると食する。別にコンチネンタルである必要もないのですが、朝食はルームサーヴィスに限ると考えます。

 ところが「ハイアットリージェンシー横浜」では朝食のルームサーヴィスがない。ルームサーヴィスそのものはあるのですが、夜だけのよう。朝食の選択肢は一つしかなく、二階の「ハーバーキッチン」でのブッフェ。筆者の一番苦手とするスタイルの朝食です。まあ、一流ホテル、HPでも「横浜エリア内でトップクラスの評価を誇る」朝食ブッフェだそうで、メニュを見ても和洋折衷に場所柄、中華の要素が少々加わり、中でもパンの種類の充実ぶりが自慢のようです。ペストリーショップを併設しているだけに自信があるのでしょう。

 筆者は毎朝必ず朝食は摂ります。ただ、沢山食べるわけではないので、バイキング方式は少しずつ取れば良いので、まだ分量的には調整できる方ですがやはり費用対効果が悪い。「ハーバーキッチン」の朝食は税込み3800円ですので、とてもとても3800円分も朝から食べられません。それなら、同額のルームサーヴィスの定食にしていただいた方が、食べたいだけ食べて後は残せばよいだけで。

 あと、やはりバイキング形式はサラマンダーに乗せられた料理が乾いてパサつくなど、美味しくない。あと、マナーの悪い客の傍若無人ぶりなど辟易する場面に遭遇したことがあり、ブッフェは出来る限り避けたいと思っています。

 ですので、朝食をどうしようか、最後まで迷っていたのですが、朗報が。

 朝、寝るのが6時、7時という筆者は日曜日の早朝6時から放送される「バナナマンの早起きせっかくグルメ!!」(TBS)という番組をついつい見てしまいます。早く寝れば良いのに。朝食を美味しく食べるため、食欲を掻き立ててくれる番組だそうで、様々なグルメが紹介されます。そんな中、「モンテクリストサンド」という料理が取り上げられたのです。MCのご両人も大絶賛されていたその食べ物を筆者は初めて知りました。

 見たところ、「クロックムッシュ」と「フレンチトースト」が合体したようなパン料理。「クロックムッシュ」はパンの間にハムとチーズを挟んだもので、正式にはそこにベシャメルソースなどを塗って焼き目を付けるのですが、ソースを省略し、ホットサンドメーカーで作っても美味しい。ちなみにその上に目玉焼きを乗せると「クロックマダム」になります。

 そうすると卵液に漬けたトーストを焼く「フレンチトースト」の真ん中にハムとチーズが挟まれている「モンテクリストサンド」は「クロックマダム」のバリエーションと考えることができます。

 で、バナナマンのご両人が試食して絶賛されていた「モンテクリストサンド」は横浜の老舗ホテル「ニューグランド」のものでした。「ニューグランド」と言えば、戦後の日本のフレンチに影響を与えた名シェフ、サリー・ワイルが料理長を務め、駐留していた進駐軍人のために創作した「ナポリタン」や「ドリア」は有名。旧館にはマッカーサーが使っていた部屋が「マッカーサースイート」として宿泊可能。

 筆者は二十年ほど前、隣の新館のスイートに泊まったことがあります。「モンテクリストサンド」を供してくれるのはその新館五階のフレンチ「ル・ノルマンディー」です。

 そこで、今回の朝食は散歩がてらニューグランドに出かけ、「モンテクリストサンド」を食することにしました。ハイアットリージェンシーからは十分ほどで着く距離で、改めて立地の良さを感じました。前日ディナーした筆者お気に入りの「スカンディヤ」からは数分ですし、ちょっと目立たない感じがまたハイアットリージェンシーの良さでもあります。

 さて、会場に着くと二十年前の朝食も「ル・ノルマンディー」だったような気がしてきました。入り口で「朝食券は」と聞かれ、「いいえ」と答えると広いダイニングをどんどん奥に誘導されて行きました。その間も結構な数の宿泊客と思われる人々が朝食中で賑わっているなあ、と。ハイアットリージェンシーは思ったより人気がなく、チェックアウト時も誰とも一緒になりませんでした。

 結局、一番奥の窓際、港が一望できる席に通されました。ロケーション的には最高の席で、偶然空いていただけかもしれませんが、そうだとすればラッキーでした。とにかく広いダイニングですので、景色が楽しめるのは限られた窓際だけ。しかも、港に向いているのはさらに限られた席だけですので。

 メニュは三種類。洋定食とモンテクリストサンド、さらにコンチネンタル。モンテクリストサンドはフレッシュジュースと珈琲・紅茶を選ぶだけとコンチネンタルとチョイスは同じ。野菜サラダが先に出て、モンテクリストサンドとココット型に入ったヨーグルト、あとちょっとしたフルーツが一皿に盛られて登場します。ワンプレートの朝食。それで4200円。ハイアットリージェンシーのブッフェより高い。さすが老舗だけある。

 そのサンドは思ったより小ぶりながら、食するとなかなか濃厚でちょうど良いポーションかも。周囲を見るとテレビで紹介されたからか、結構多くの方がモンテクリストサンドを選ばれていました。フレンチトーストは抑え気味とはいえ甘い。しかも、ハムではなくカリカリベーコンだったので塩味がしっかりしていて、甘じょっぱいというのは日本人にはお馴染みの味なのかもしれません。筆者としてはおおいに期待していましたが、それほど感動しませんでした。不味くはないが、大変な美味というほどではないか、と。

 結論としましては、次回、横浜での朝食はハイアットリージェンシーでのブッフェで充分か、と。

今月のお薦めワイン 「コート・ド・ボーヌの『秘められたる宝石』――ACサン=トーバンの赤ワインを楽しむ――」

「サン=トーバン プルミエクリュ『ピタンジュレ』ルージュ 2018年 ACサン=トーバンプルミエクリュ ドメーヌ・オ・ピエ・デュ・モンショーヴ」 10000円(税抜)

 

 今回はブルゴーニュ。前の二回はコート・ド・ニュイのワインを取り上げさせていただきました。最後にコート・ドールのもう一方の雄、コート・ド・ボーヌの赤ワインを紹介させていただこうと思います。

 コート・ド・ボーヌはやはりモンラッシェやムルソー、コルトン・シャルルマーニュといったブルゴーニュ珠玉の白ワイン産地として名声を博しています。

 が、赤ワインもグランクリュに「コルトン」、赤ワインだけを産するアペラシオンとして「ヴォルネ」や「ポマール」といった銘酒を産しています。筆者は有名ネゴシアンの集まる「ボーヌ」の赤ワインがニュートラルで安定感があり、先の三アペラシオンと共にまずは選択肢となるかと思われます。

 しかし、今回はサトクリフが「ブルゴーニュの秘められたる宝石の一つ」と評している(『ブルゴーニュワイン』)アペラシオン「サン=トーバン」のワインを紹介させていただこうと思います。サトクリフはどの生産者も良心的でワインが一律に良質であると書いています。白の方が多く造られていますが、赤も優れたワインが造られています。

 今回選んだワインの造り手はドメーヌ・オ・ピエ・デュ・モンショーヴ。2010年がファーストヴィンテージというシャサーニュ=モンラッシェ村に拠点を置く、新進気鋭のドメーヌ。同村にあるブルゴーニュでも大手のネゴシアン「メゾン・ピカール」のミシェル・ピカールの令嬢フランシーヌ・ピカール氏が独立して設立しました。2013年より完全にビオディナミを採用。

 この赤ワインの畑はプルミエクリュの「ピタンジュレ」。村の南、シャサーニュ=モンラッシェ村に接した場所にあります。100%除梗し、新樽率30%で15ヶ月熟成。その後、ステンレスタンクに移し、2ヶ月休ませ、軽くフィルターにかけ瓶詰め。

 プルミエクリュは最大で1800本と「ひたすらその品質のみを追い求めている」ドメーヌのエレガントで格調高い逸品をこの機会に是非。

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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