JOURNAL

第三十九回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

第三十九回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

 10月の『銀座の仕立屋落語会』には、昨年から出演いただいている桃月庵黒酒さんが登場します。  元漫才師という異色の経歴を持ち、桃月庵白酒師匠のもとで研鑽を積む黒酒さん。落語のみならず、演劇や音楽の舞台経験も活かしたじっくりと語る高座には、言葉の奥行きと独特の間が宿ります。  暑さもやわらぎ、秋の気配が感じられる頃。仕立て屋の空間で、静かに沁み入る一席をお楽しみください。 第三十九回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ 日時:10月12日(日曜日) 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:桃月庵黒酒 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込) 申し込み、お問い合わせはinfo@thecloakroom.jp まで  ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。 略歴桃月庵 黒酒 1987年年4月13日生まれ2017(平成29)年8月桃月庵白酒に入門。2019(平成31)年1月21日前座となる 前座名「あられ」。2022(令和4)年11月1日二ツ目昇進 「黒酒」と改名。

Read more →

『美食通信』第五十七回「チャームのレゾン・デートル(存在理由)――甘いカクテルに必須のお供――」

『美食通信』第五十七回「チャームのレゾン・デートル(存在理由)――甘いカクテルに必須のお供――」

 カクテルバーなどに出かけるとチャージ(席料)が付くことがあります。レストランであればサーヴィス料が発生するのを一律定額にしているのです。まあ、それに問題はないと思うのですが、何か申し訳ないと思うのか、チャームとしてちょっとした食べ物が出されることがあります。カウンターでカクテルなりウイスキーなり一、二杯飲んで帰るのに別に必要はないと思うのですが。  居酒屋でお通しが出るのとはちょっと違います。こちらはこれから何時間も飲み食いするにもかかわらず、店の形態からサーヴィス料を取る訳にもいかないでしょうし、それこそ席料としてお通しを必須とするのは致し方ない、と。その分、お通しに力の入っている店は侮れないと、『孤独のグルメ』や『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』といったテレビ東京のグルメ番組を見ていると主張されているものです。  筆者は変にモノに置き換えず、サーヴィス料を取った方がすっきりすると思っています。例えば、ミネラルウォーターをチャーム代わりにして炎上した人気料理人がいました。実は筆者も良く知る人物なのですが。筆者の考えでは、水はフレンチのようにミネラルウォーターは有料、「キャラフ・ド・ロー」と呼ばれる(浄水された)水道水は無料にし、サーヴィス料を15%にするとかすれば良かったのです。サーヴィス料は10%が相場なのですが、別に決まっているわけでななく、料亭など20~30%取っているところはざらですので。  それより「チャーム」はサーヴィスで無料にしたらよろしかろう、と。そうすれば、出さなくても良いのですから。出されてもあくまでサーヴィスですので、出された方も手をつけなくとも構わない。お金が発生していると何となく食さないと損した気分になるのは、筆者が貧乏性だからでしょうか。  しかし、そんな無料の「チャーム」にもれっきとした存在理由(レゾン・デートル)があることに気づかされたのです(ちなみに、フランス語「レゾン・デートル」がカタカナ読みで日本語に定着したのは戦後しばらくの間流行した実存主義の代表者サルトルの影響です)。  筆者お気に入りのバーの一つにホテル「ハイアットリージェンシー横浜」一階の「ザ・ユニオンバー&ラウンジ」があります。ホテルそのものも気に入っていて、先日宿泊したのですが、元町でディナーした後、ディジェスティフ(食後酒)をホテルで飲もうと部屋に戻る前に「ザ・ユニオン」に立ち寄りました。  いつもは友人たちと「スカンディヤ」や中華街でランチした後、ティータイムにお酒が飲めるのでよく立ち寄るのですがさすがに混んでいて、入れないこともしばしば。  入れてもソファー席のラウンジは予約で一杯で、バーカウンター周辺の椅子が空いていればラッキーといった具合。若いバーテンダー諸氏は「こんな感じで何かお任せ」とオーダーしても見事に対応してくれ、友人たちにも好評です。  宿泊して気づいたのですが、閉店近くの「ザ・ユニオン」は宿泊者くらいしか使いませんので空いているのです。昨年宿泊した際は、アペリティフを「ザ・ユニオン」で、ディジェスティフは「ホテルニューグランド」一階の「シーガーディアンⅡ」に出かけてしまいましたので気づきませんでした。  すると、スタッフに「カウンターになさいますか、ラウンジになさいますか」と聞かれたのです。良い機会なので「ラウンジ」でとお願いするとソファー席に通されました。さて、何を飲もうかと。筆者は店の名前の付いたカクテル「ザ・ユニオン」を、連れはこのバー得意の「エスプレッソマティーニ」を註文しました。  カクテルが運ばれてくると「チャーム」ですと小さな升に入った柿の種風のおつまみが付いてきたのです。今まで酒はバーコーナーでしか飲んだことがなかったのですが、「チャーム」はついてきませんでした。チェックアウトの際、領収書を確認しましたが、「ザ・ユニオン」の使用にチャージはついておらず、いつもと同じ価格でした。つまり、「チャーム」はサーヴィスだったのです。  さて、この柿の種風のおつまみ。お洒落なカクテルとは何となくミスマッチのように思われました。おかきの色が明らかに濃く、市販の柿の種ではないのは明白。食してみると味は濃く、しかも辛い。この原稿を書くのに調べてみるとその正体が分かりました。「横濱ビア柿」というビール用に開発された辛口、濃口のオリジナル柿の種でした。さすが「横浜」繋がり。  で、「これっていらなくない」と思いつつ、カクテルを飲んでいると、このカクテルが甘いのです。最初は美味しいと思ったのですが、徐々に甘さが効いてきて、ちょっとくどいかなあ、と。そこで、もしかしてと思い、柿の種を食してその余韻を残しながら、カクテルを飲むと何とも新鮮というか、美味しい。辛さが甘さを中和して、カクテルの旨味を引き立ててくれているではありませんか。  エスプレッソマティーニもいつもより甘口だったようで、連れも同じ感想を述べていました。そこで、柿の種をつまみつつカクテルを飲むと、飲み切れないと思われた「ザ・ユニオン」を難なく美味しく飲み干してしまったのです。  このチャーム(横濱ビア柿)なくしては、せっかくのカクテルも手持ち無沙汰になってしまったことでしょう。  チャームって素晴らしい。その存在意義を実感した貴重な夜でした。  余談になりますが、翌日、静岡市に向かい、昼に駅南の「満嬉多(まきた)」で大学の同級生を交えて鰻を食しました。いつも出かける清水の「芳川」が夏休みだったので。初めて伺う店で、筆者の亡き母の実家の菩提寺、「鯖大師」として有名な臨済宗の「崇福寺」の近くにこんな素敵な老舗の鰻屋があるとは知りませんでした。  二階の個室を使わせていただきました。日本酒を頼むと適切なワイングラスに注がれて出てきてビックリ。さらにお酒を註文された方にはと、小さな鰻巻、シラスの大根おろし添え、枝豆が「先付」風に出てきたではありませんか。  昨晩の「ザ・ユニオン」でのチャームが思い浮かびました。ここでもまた素敵な「チャーム」に遭遇するとは。  そして、この日のディナーを予約してあった「カワサキ」のお任せコースのフレンチでも河崎シェフが自らしとめたジビエを使った「アミューズ」が最初に出てくるのが予想されます。  やはり、「神は細部に宿る」(ミース=ファン=デア=ローエ)のでしょう。 今月のお薦めワイン 「赤ワインを冷やして飲む――ボジョレの贅沢な楽しみ方――」 「ボジョレ・ヴィラージュ・ルージュ 『ワイルド・ソウル』 2023年」 ジュリアン・スニエ 4290円(税込)  今回はブルゴーニュの回。夏ですし白ワインかとも思いましたが、やはりここは赤ワインで。ブルゴーニュの赤ワインと言えばピノ・ノワールかと思いきや、それだけではありません。 アペラシオンとしてのブルゴーニュは南北に長く、北は飛び地のヨンヌ県では補助品種ながらセザール種が使用可能です。また、南端は「ボジョレ」でこちらはガメ種100%で造られています。一つ北に上がって、白ワインの産地として有名な「マコン」で造られる赤ワインもガメ種で造られています。 従って、ピノ・ノワールの主要な産地はコート・ドールとシャロネーズということになり、近年、ヨンヌ県で造られるピノ・ノワール(ACブルゴーニュとACイランシー)が一目置かれるようになっています。 また、ACブルゴーニュを名乗るにはピノ・ノワールが主である必要がありますが、2011年に導入されたACコトー・ブルギニョンはそれに該当しません。自由な割合の混醸が可能です。そこで、ボジョレで栽培されているピノ・ノワール100%で造られたワインがコトー・ブルギニョンで販売されていたりします。 日本人にとって、ボジョレは毎年ヌーヴォが話題になりますのでお馴染みです。 しかし、ワイン愛好家にとってボジョレが重要なのは自然派ワインの父と呼ばれるジュール・ショヴェがボジョレの造り手であり、マルセル・ラピエール、フィリップ・パカレなど自然派の巨匠の多くがボジョレ出身ということです。  今回ご紹介するジュリアン・スニエもビオワインの実践者ですが、師はシャンボール・ミュジニのクリストフ・ルーミエでした。世界中で醸造の仕事をしてきたスニエが自身のワイン造りに選んだのがボジョレで、2008年に初ヴィンテージを世に問うた新しいドメーヌです。...

Read more →

第三十八回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

第三十八回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

 9月の『銀座の仕立屋落語会』には、6月公演でも熱演を披露してくださった林家たま平さんがふたたび登場します。  林家正蔵さんの息子であり弟子として、古典落語に真正面から取り組みつつ、常に新たな挑戦を続けるたま平さん。6月の高座では、たま平さんならではの軽妙な語り口と丁寧な人物描写に、客席から大きな笑いと拍手が沸き起こりました。  この秋はどんな演目で魅せてくれるのか―どうぞご期待ください。 第三十八回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ 日時:9月21日(日曜日) 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:林家たま平 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで 略歴: 林家たま平 1994年5月29日生まれ2013年4月、実の父でもある九代目林家正蔵に入門。2017年11月より二ツ目昇進。2019年放送のドラマ「ノーサイドゲーム」などドラマや映画などの出演多数。

Read more →

第三十七回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』

第三十七回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』

 八月の「銀座の仕立て屋落語会」は、春風亭与いちさんがふたたび登場します。  品のある語り口と穏やかな人柄で、会場をあたたかな空気に包み込む与いちさん。今回はどんな演目が飛び出すのか、どうぞご期待ください。  プロデュースは引き続き、美食評論家・山本益博さん。落語と美意識が交差する、仕立て屋ならではのひとときをお楽しみいただけます。  夏の終わりの銀座で、涼やかな午後を。 第三十七回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』 日時:2025年8月17日、日曜日 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)   略歴春風亭与いち1998年4月5日生まれ2017年3月、春風亭一之輔に入門。翌年1月21日より前座となる。前座名『与いち』。2021年3月1日より二ツ目昇進。

Read more →

『美食通信』 第五十六回 「レモン味のどら焼き――両国『とし田』――」

『美食通信』 第五十六回 「レモン味のどら焼き――両国『とし田』――」

 筆者は毎週金曜日に両国にある専門学校に教えに出かけています。道を挟んで真向かいに「とし田」という大正十年というから一九二一年創業の老舗の和菓子屋があります。  筆者がリーファーワイン協会で一緒に理事を務めていたK氏の奥様の実家がこの「とし田」で、会合の時など茶菓子やお土産にとよく「とし田」の菓子を差し入れして下さっています。つい先日もエチケット剥しのリニューアルの打ち合わせでお目にかかった際に、梅味のどら焼きをいただきました。これがなかなか美味でどら焼きの餡に酸味が加わっても結構いけるということに気づいた次第です。  夕食の後に必ずデザートを食する習慣のある筆者は毎週の献立で菓子の選択をしなくてはなりません。以前は帰宅の途中でコンビニに寄って買っていたりしたのですが、最近は加齢のせいもあってか、講義が終わるとグッタリしてしまい、コンビニに寄る元気もなく拙宅に直帰するのが精一杯になってしまいました。  そこで週に一回、近くのスーパーに買い物に出かける際、一週間分のデザートを購入するようにしています。毎回の食事もそうですが、デザートも日持ちするものをいくつか買わねばならず、賞味期限を配慮しながら食べたいものを選んでいくのですが、これがなかなか大変です。  筆者の場合、どうしても洋菓子が中心になってしまいます。すると、週の後半は生クリームなどを使った菓子は日持ちがしませんので、どうしてもゼリーなどの賞味期限が長い菓子になりがちです。  連日ゼリーも飽きてしまいますので、このようなとき、和菓子に目が行きます。饅頭や団子は賞味期限が短いので駄目ですが、そんな中、真空パックになっているどら焼きは結構日持ちがするので候補に挙がることが多々あります。  筆者が買い物に出かけるスーパーは自社製品のどら焼きの他に新宿「中村屋」やあと一社くらい常時三社くらいのどら焼きを置いています。どの会社も二種類くらいはヴァリエーションがあり、餡の味の違いだけでなく、定番のどら焼きの他に「極」といった原材料にこだわった高級品が並んだりしています。  梅味のどら焼きをいただいてから間もなく、マーマレード味の餡のどら焼きが件のスーパーで売られていて、早速購入して食してみました。これがまた美味でした。筆者自身がマーマレード好きなのと、餡の中に刻まれたオレンジピールが練りこんであり、あの独特の苦みがなんとも乙なのです。  子供の頃苦手だった食べ物が大人になると好きになることがあります。その多くは「苦味」が原因だったのではないでしょうか。例えば、「セロリ」。 筆者は小学校四年生まで長野県の上諏訪で過ごしましたので、給食に出るサラダに必ずセロリが入っていたものです。入学当初、セロリの入ったサラダが苦手で気持ちが悪くなることがありました。そのうち、慣れたのですが好きというほどはありませんでした。それがいつの頃からか、セロリが好きになり、亡き母の作るセロリのマリネが好きでよく作ってもらったものです。隠し味に輪切りにスライスされたイカの燻製を一緒にマリネするのですが、安上がりの魚介のマリネ風味といったところが家庭料理っぽくて好きでした。 また、当時の給食はご飯など皆無で、せいぜい途中から「ソフトメン」なるビニール袋の匂いがプンプンする袋麵が時折出るくらいで、コッペパンが毎日出るのでした。神戸に転校してからの小学校二年間は食パン二枚が毎回で例外が一度もありませんでした。ですので、毎回、一回分のマーガリンやらいちごジャムやらが付いていました。その中にマーマレードもあったのですが、やはり子供にはちょっと苦手な味わいだったのを覚えています。 しかし、それもいつの間にか、「オランジェット」というオレンジピールをチョコレートでコーティングした菓子が大好物になるのですから、味覚の好みの変化というのは不思議なものです。 さて、筆者は年に二回、学期終わりに「とし田」の菓子を教職員に差し入れしています。半期ごとに学科が変わるので、それぞれ学科の部屋に持参し、あと、講師控室で一緒の非常勤の先生方に一個ずつ。 ちょうど差し入れする前の週、講師控室で女性のH先生と話をしていると、「とし田」のレモン味のどら焼きが好物であるとおっしゃるではありませんか。「え、レモン味もあるのか、知らなかった」と筆者の心の声。H先生はなかなかのグルメで、「今日は帰りに御徒町に寄って『うさぎや』のどら焼きを買うんだ」とか、お昼に毎回、違ったエスニック料理を持参されるなど、食の話に事欠きません。しかも、ご実家の三重県に茶畑をお持ちで、ご自身で育てられ、焙煎された日本茶をいただいたこともあります。 そんなH先生が美味しいとおっしゃるんだったらこれは間違いない、と講師控室の先生方にはレモン味のどら焼きを差し入れすることにしました。 「とし田」のどら焼きにはサイズの違うものが何種類かあり、レモン味は梅味と同じ小ぶりの「相撲猫」と呼ばれるちょっとコミカルなキャラクターの焼き印が押されたシリーズの一つ。 先生方に差し上げると、とりわけH先生は大変喜ばれて、その場でペロリと食べてしまわれました。そして、「なぜ、このどら焼きはこんな形なのか、ご存じ?」、と。確かに、「相撲猫」のどら焼きは丸い皮二枚で餡を挟んでいるのではなく、長細い楕円形の皮一枚を折りたたむ形で餡を包んでいます。 H先生曰く、「餡が普通のものより若干柔らかめなので、食べている反対側から餡がはみ出ないよう、試行錯誤があったようですわ」とさすが博識でいらっしゃる。これまた、初めて聞く話で感心してしまいました。さて、肝心の味の方はといえば、一口頬張ると、レモンの香りが微かに漂い、夏向きの爽やかな味わい。レモンピールがやはり刻んで餡に練り込まれていて、これまた苦みがなんともいえない風情を醸し出しています。 甘さは控えめ。どこか素朴な味わいなのに、「レモン」というのが妙に洋風でミスマッチな感じがして、「いと可笑し」。まるで、「相撲猫」のよう。 いや、それにとどまらず、そういえば、梶井基次郎に「檸檬」って短編があったなあ、と。 H先生、恐るべし。「レモン味」がこれほどまでに想像力の翼を広げさせるとは。 しなやかな思考の持ち主で、どこか不思議な雰囲気のH先生は、まさに美食家の一人と筆者は確信するのでした。 今月のお薦めワイン 「美しい桜色のスプマンテで夏を楽しむ――ピエモンテの稀少種ペラヴェルガ――」 「ペラヴェルガ スパークリング 『ヴィタエ』 ブリュット NV ヴィーノ・スプマンテ・ディ・カリタ」 エミディオ・マエロ 5082円(税込)  今年はとにかく暑い。梅雨が明ける前から真夏日が続き、季節感が感じられないのが残念です。こんな時はやっぱりスパークリングワインが飲みたくなるもの。今回はイタリアワインの回ですので、イタリアのスパークリングワイン「スプマンテ」をご紹介しましょう。  イタリアのスパークリングワインと言えば、何が思い浮かばれますか。  高級感からすれば、ロンバルディア州の「フランチャコルタ」が挙げられるでしょう。  何といっても、フランスのシャンパーニュと同じ葡萄品種を用い、しかも瓶内二次発酵のシャンパーニュ方式で造られているのですから、まさしくイタリアのシャンパーニュ。もちろん、お値段もシャンパーニュと同様にお高くなっております。  それに対し、世界で一番飲まれていると言われているのがヴェネト州の「プロセッコ」です。これはプロセッコ種から造られており、タンクの中で二次発酵される「シャルマ方式」で造られています。  さらに、昔日本で流行ったのがピエモンテ州の「アスティ」でした。モスカート・ビアンコ種から造られる甘口のアルコール度数低めのスプマンテです。やはり、「シャルマ方式」で造られています。白ワインもドイツの「マドンナ」など甘口ワインがテレビで宣伝されていた時代がありました。...

Read more →

第三十六回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

第三十六回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

 7月の銀座の仕立て屋落語会は桃月庵黒酒さんの登場です。元漫才師という異色の経歴を持ち、30歳で桃月庵白酒師匠に入門。落語はもちろん、音楽や演劇などさまざまな表現を経てきた黒酒さんならではの、存在感たっぷり、じっくり聞かせる高座が魅力です。舞台の空気をぐっと引き寄せる、落ち着きのある一席。仕立て屋での高座、どうぞお楽しみに!  今回は落語の後にご希望の方限定で黒酒さんを囲んでのお茶会を開催します。(参加費1,000円)益弘さんセレクションのお茶菓子付きです。奮ってご参加ください。 第三十六回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』 日時:7月13日(日曜日) 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:桃月庵黒酒 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込) 申し込み、お問い合わせはinfo@thecloakroom.jp まで  ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。 略歴桃月庵 黒酒 1987年年4月13日生まれ2017(平成29)年8月桃月庵白酒に入門。2019(平成31)年1月21日前座となる 前座名「あられ」。2022(令和4)年11月1日二ツ目昇進 「黒酒」と改名。

Read more →

『美食通信』 第五十五回 「誕生年のワインを開ける――ワイン愛好家の密かな楽しみ――」

『美食通信』 第五十五回 「誕生年のワインを開ける――ワイン愛好家の密かな楽しみ――」

 この五月、久しぶりに誕生年のワインを開ける機会を得ました。若い友人が三十歳になったので、それまでも毎年お祝いの会食を筆者お気に入りのフレンチで行っていたのですが、ここはシェフにお願いして、自分が探し求めたバースデーイヤーのワインを持ち込ませていただくことにしました。  そういった思いになったのはもちろん、もう七、八年の付き合いになる友人の三十歳という節目ということもあったのですが、筆者がFacebookで「エチケットは語る」という過去に飲んだワインのエチケットとそのコメントを紹介する活動をほぼ毎日更新していることが大きな理由の一つです。ちなみに、そのエチケットはインスタグラムでも同時に公開しています。  現在、筆者が「エチケットは語る」で紹介しているのは一九九八年に飲んだワインです。一九九七年から始めて二年目に入っている状態です。 エチケット剥しが日本人の手によって発明されたのが一九九三年。当初、「ヴァンテックス」という商品名でした。筆者がワインと真剣に向き合おうと思ったのが一九九四年。初めてパリに出かけた年です。そのきっかけを与えてくれたのが赤坂アークヒルズにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」を初めて訪れた際飲んだシャトー・ムートン=ロートシルト1984年でした。ご存じのように「五大シャトー」と呼ばれるボルドーワインの最高峰の一つです。 ただし、1984年というのは1980年代で最も出来の悪いヴィンテージでとりわけメルロの出来が良くなかったと言われています。ですので、当時カベルネ・ソーヴィニヨンを中心に四種類の葡萄を用いてワインを造っていたムートンがこの1984年はソーヴィニヨン100%でワイン造りしたと噂が立った、いわくつきのヴィンテージでもあったのです。 実際、飲んでみてその出来に感嘆し、取り組むならボルドーワインにしようと決めたのでした。そして、ワインリストの素晴らしい「ル・マエストロ」に通うことも。そんな帰り際、ソムリエ氏からヴァンテックスで剥したエチケットをいただいたのです。これからワインを勉強するのにこんな便利なアイテムはないとすぐさまソムリエ氏に買い求め方をお聞きし、飲んだワインのコメントを必ず裏のコメント欄に書くようにしました。 ちなみに「ヴァンテックス」を最初に採用したレストランが「ポール・ボキューズ」でした。リヨン郊外の本店はもとより世界中で展開していた系列店で自身のサインが印刷されたエチケット剥しを用いたのです。SNSはもとよりデジカメさえない時代、良き思い出を残すアイテムとして重宝がられたのです。 そして、一九九六年の年末に「これから毎日最低一本はワインを飲むようにする」と筆者はそのハードルをさらに上げたのでした。 ところで、この時期のエチケットにはバースデーイヤーのワインを開けたものがよく登場するのです。 通常、フランス料理店でバースデーを祝う際のオプションはデセールにお祝いのメッセージをチョコレートで書いてもらうというものです。それに対し、バースデーを迎える方のバースデーイヤーのワインを開けるというのはハードルは高いもののその分喜んでいただけるのも確かです。 ただ、よほどワイン揃いの良いレストランでなければ、なかなか誕生年のワインは置いてありません。なければ、ソムリエ氏に頼んで用意してもらうことも可能かと思いますがその予算たるやデセールのオプションの比ではありません。 そこで畢竟、自分で買い求めてレストランに持ち込ませていただくというのが得策かと思われます。しかし、それにはレストランとの良好な関係性が事前に構築されていなくてはならないと筆者は考えます。もちろん一見さんでも、無下に断るレストランもないかと思いますがあまり感心したことではありません。 当時、筆者が事ある毎にバースデーイヤーのワインを開けることが出来たのは主に二つの理由が考えられます。 まず第一に東急渋谷文化村にあった「カフェ・レ・ドゥ・マゴ」にワインを無料で持ち込めたからです。当初、ドゥ・マゴは東急の直営で働いておられる方は東急の社員。しかも一流のレストランでの実績がある方ばかりでした。そして、顧客と認められればワインの持ち込み料は無料という暗黙の了解?があったのです。当時、筆者は渋谷にあった画廊「ミラージュ」とのお付き合いなど渋谷に出る機会も多く、ドゥ・マゴを活用させていただきました。ですので、筆者もその顧客の末席に加えていただけたのでした。 次にこれがおそらく一番の要因かと思われますが、当時筆者は三十歳後半で、バースデーイヤーを祝う方たちがかつての教え子が大多数。ちょうど三十歳までの方たちが大半だったからです。つまり、一九九〇年後半の出来事でしたので、対象者は一九七〇年代前半の方たちになります。 当時、二十年を過ぎたワインは「古酒」の扱いになっていました。問題は一九七〇年前後、ボルドーワインはヴィンテージの悪い年が多く、一九七〇年、一九七五年くらいしか良いヴィンテージがなかったのです。ただ、まだ在庫が存在したこと。さらに当時はヴィンテージの悪いワインは格安だったので財布に大きなダメージはなかったのは幸いでした。 ただ、何せSNSなどない時代でしたのでどこに行けば「古酒」が買えるのかが分かりません。その指針はやはり本にありました。故山本博先生の『わいわいワイン』(柴田書店、1995年)に古酒についての解説があり、購入先として、虎ノ門の「ヴァン・シュール・ヴァン」と六本木の「海外酒販」の名が挙げられています。前者は「パリのピーター・ツーストラップのコレクション」、後者は「サザビーズやクリスティーズのオークション物」と内容の表記も記されています。 両者とも現在も健在なのは嬉しい限り。ヴァン・シュール・ヴァンはワインショップで、海外酒販は古酒専門のインポーターです。海外酒販は六本木の某ビルのある階に会社があり、事前にカタログを送ってもらい、在庫を確認し、入荷したら、六本木まで出向き、代金と引き換えにワインを取りに出かけなければならなかったのをよく覚えています。 それでも、そうして足で稼いだバースデーイヤーのワインをドゥ・マゴで開けるのはワイン愛好家冥利に尽きるといえる行為かと。 この五月の1995年ヴィンテージのワインはさすがにネットで購入しましたが、ボルドーではなくブルゴーニュを探しましたので結構苦労しました。 それでも、クリスチャン・コンフュロンのシャンボール=ミュジニ プルミエクリュ「レ・フスロット」は実に見事な出来で、状態も良く、探した甲斐がありました。 皆さまも、大切な方のバースデーに誕生年のワインを開ける至福のひと時を是非体験されますことを! 今月のお薦めワイン 「ローヌの赤ワインを楽しむ――やっぱりシラーが決め手――」 「クローズ・エルミタージュ ルージュ 2020年 ACクローズ・エルミタージュ」 E・ギガル 4180円(税込)  『美食通信』のワイン紹介ではフランスワインに関してはボルドーとブルゴーニュの赤ワインを中心に取り上げています。これは筆者がこの二つの地域を赤ワイン全体の二大産地と考えているからです。 しかし、フランスにはもう一つ重要な赤ワインの産地があります。それがローヌのワインです。生産量の80%以上が赤ワインというローヌ地方。ただし、ブルゴーニュの南にあたるローヌもまた南北に長く、ローヌ川の上流と下流では葡萄品種などそのワインに違いがあり、好みは分かれると言ってよいでしょう。 南部はプロヴァンスに通じ、地中海へと流れ込みますので南仏のワインと共通の葡萄品種、グルナッシュ、カリニャン、ムールヴェードルなどが用いられます。その代表がシャトー・ヌフ・デュ・パープで最高十三種類の葡萄品種を使用することが出来ます。 それに対し、ブルゴーニュに近い北部はシラーが重要な品種となります。ローヌ全体でシラーは用いられていますが、北部でシラーのみで造られる「コート・ロティ」や「エルミタージュ」が価格的にもローヌ最高峰の赤ワインと言えましょう。 ただし、ローヌの赤ワインの特徴として葡萄品種が濃厚かつ個性的であるためか、白葡萄を加えることが許されていることです。例えば、「コート・ロティ」の場合、シラーにローヌの白葡萄品種の最高峰ヴィオニエを20%まで加えることが許されています。...

Read more →

『美食通信』 第五十四回 「パリの思い出のキャヴィスト――広尾『ルグラン・フィーユ・エ・フィス東京』――」

『美食通信』 第五十四回 「パリの思い出のキャヴィスト――広尾『ルグラン・フィーユ・エ・フィス東京』――」

       プレゼント用のワインを購入する必要が生じ、それに相応しい店を探していると広尾に「ルグラン・フィーユ・エ・フィス」の支店が出来たことを知り、驚くやら嬉しいやらで今まで気づかなかった自分を反省しました。二〇二二年十二月に広尾にオープンとあり、場所からして「カフェ・デ・プレ」のあった場所でした。  広尾といえば、学生時代は「プティプロフィットロール」を供して有名になった「ル・プロッテ」、フレンチを始めてからは北岡シェフの「プティ・ポワン」、デートの待ち合わせに使った「アンセーニュ・ダングル」。さらに当時開店したばかりの「エノテカ」や「ナショナルスーパー」にワインを買いに、と若き日にはよく出かけたものでした。が、最近は、最後の砦ともいうべき女性シェフの大塚さんの「レギューム」が三浦に移転してしまってからはとんとご無沙汰してしまっておりました。  「ルグラン」はパリ二区の「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」にある老舗のワインショップ。この「ギャルリー」というのはよく言われる「パサージュ」と同じガラス屋根に覆われたアーケード商店街のこと。場所的には「パレロワイヤル」のすぐ裏手で、同所にある老舗グランメゾン「グラン・ヴェフール」と「ルグラン」はプティ・シャン通りを挟んですぐ目と鼻の先といった位置にあります。  今から三十年ほど前、筆者が海外研究でパリと日本を行き来していた時代、パリに出かけた際にはワインを買いに必ず立ち寄る店が「ルグラン」でした。というのも、当時はブランドファッションが人気で、筆者も例に漏れず、「ジャン=ポール・ゴルチエ」を愛用していました。日本では代官山に支店があり、フランスの本店が「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」にあったのです。ですので、パリに出かけると「ヴィヴィエンヌ」に出かけ、「ゴルチエ」で買い物して、「ルグラン」でワインを物色。疲れたら、パリを代表する紅茶専門店(サロン・ド・テ)の「ア・プリオリ・テ」で美しいギャルリーを眺めながらお茶するのがルーティンだったのです。  当時珍しかったのは「ルグラン」には日本人の店員さんがいらしたことです。ただ、毎日店にいるわけではなく、筆者はあまりお目にかかったことがありませんでした。当時はSNSなどない時代でしたので、とりわけヴィンテージ物のワインなどは店頭に置いてあるはずもなく、店に出かけ、その場でワインリストを見せてもらい、欲しいワインが見つかれば、在庫を確認してあればカーヴから取り寄せてもらい、後日ワインを取りに再度店を訪れるという段取りでした。ですので、一週間は滞在していたのですがなるべく早い段階で「ルグラン」に出かけ、ワインを確保する必要がありました。もちろん、日本で見かけたことのないACポムロールのシャトーを主に店に置いてあるワインも購入しました。  しかし、そのおかげで、戦後最初のグレイトヴィンテージ1945年の「シャトー・ブラネール・デュクリュ」や『ブルータス』のワイン特集で「世界一レアなワイン」と後日紹介されることになった「キュヴェ・ド・ラ・コマンドリー・デュ・ボンタン」1961年など至極の逸品を購入することが出来ました。筆者にとって「ルグラン」のワインリストはまさに宝の山だったのです。  他にも必ず立ち寄るワインショップは何軒かあったのですが、こうした二度手間を惜しまず出かけたのは「ルグラン」だけでした。とにかく筆者のお気に入りだったのです。  後に「ルグラン」ではショップ内にワインバーを併設しました。広尾の店もショップで自ら選んだワインを抜栓料(2000円)を払い、店内で飲むことが出来ます。一般のワインバーなどの価格設定は小売価格の倍(ホテルは三倍)ですので、随分お安く楽しむことが出来ます。 広尾「ルグラン」のユニークな点は「カフェ・デ・プレ」の名残なのか、テラス席があることです。今回はテラス席が埋まっていましたので、店内のカウンター席でワインを楽しみました。このようにショップで購入したワインを併設のワインバーで抜栓料を支払えば楽しめるスタイルは「エノテカ」系列の店でも行われています。中でも筆者がお薦めするのは日本橋高島屋の「レ・カーヴ・ド・タイユヴァン」です。こちらもパリ八区にある同名店の日本支店になります。老舗グランメゾンの「タイユヴァン」が手掛けるワインショップですが、「タイユヴァン」のオーナーだったジャン=クロード・ヴリナ氏は料理人ではなく、サーヴィス出身だったことが関係あるかと思われます。 筆者は一九九六年、当時三つ星だった「タイユヴァン」を訪れていますが、食事が終わった頃合いを見計らって、絶妙のタイミングでコニャックの入ったデキャンタを手にしたヴリナ氏本人が現われ、「サーヴィスです」とディジェスティフのコニャックを注ぎながら、「今日のお食事はいかがでしたか?」と尋ねるのです。さすがサーヴィスのプロと感心したのを今でも鮮明に覚えています。 ただ、「ルグラン」も「カーヴ・ド・タイユヴァン」も本国とは違っている点があります。それは日本の場合、働いている方が「ソムリエ」であること。とりわけ、「ルグラン」は黒服の立派な身なりのソムリエ氏でした。筆者が出かけたいにしえのパリの「ルグラン」は「キャヴィスト」と呼ばれる普通の恰好をしたワインに精通した店員でした。筆者が翻訳したピュロドフスキの主宰するガイドブック『ピュドロ』でもワインショップのことを「キャヴィスト」と表記しています。 「タイユヴァン」と並ぶ老舗のグランメゾン「トゥール・ダルジャン」はワイン揃いの良いことで有名ですが、ソムリエとは別にそれらを管理する「キャヴィスト」という裏方の専門職がいます。ワインの選定、発注、管理は「キャヴィスト」が行ない、「ソムリエ」は客にワインを売り、サーヴィスすることに専念するというシステムで、本来これこそが正式のレストラン組織の在り方と言えます。レストランの「キャヴィスト」とショップの「キャヴィスト」は性質が若干異なるものの「ワインに精通した」人物であることに変わりありません。 日本でも以前、ソムリエ協会は「ソムリエ」と「ワインアドバイザー」、別々の資格を付与していましたが、現在は「ソムリエ」に統一してしまいました。フランスやイタリアには「キャヴィスト協会」があります。筆者は日本の場合、レストラン、小売店、さらには倉庫でワインを管理する方たちのために「キャヴィスト」の資格が必要なのではないかと考えています。 休日の昼間にでも、フロマージュなどちょっとつまみながら自分で選んだワインをゆるゆると楽しむ。ワインバーほど予算がかかるわけでもありません。 いずれにせよ、「ルグラン」などで自らワインを選び楽しむことが出来るようになれば、レストランでのワイン選びにも困ることはなくなるでしょう。 なんと贅沢で実り多き時間ではありませんか。 今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュ赤ワインの最後の砦?――シャロネーズのワインを楽しむ――」 「メルキュレ ルージュ ヴィエイユ・ヴィーニュ 2021年 AC メルキュレ」 ジェラルディーヌ・ルイーズ 8800円(税込)  フランスワインの高騰、とりわけブルゴーニュの値上がり具合はワイン愛好家にとって頭の痛くなる話題です。  ブルゴーニュの赤ワインを楽しむならやっぱり「コート・ドール(黄金の丘)」が良いと思うのは当たり前。しかし、ジュヴレ=シャンベルタンやヴォーヌ=ロマネなど北側の「ニュイ」はもとより、ヴォルネやポマールなど南側の「ボーヌ」のワインでさえ村名(ヴィラージュ)クラスでも一万円を超えてしまうのが実情。  そんなブルゴーニュ赤ワイン愛好家、最後の砦となりそうなのが、「コート・シャロネーズ」の赤ワインです。というのも、シャロネーズはコート・ドールのすぐ南側の地区で、その下は「マコン」。白ワインの名産地になります。そして、その下はブルゴーニュワイン最南端の「ボジョレ」。再び赤ワインの名産地となりますが、葡萄品種が「ピノ・ノワール」ではなく、「ガメ」とまったく味わいの違うものに。つまり、ピノ・ノワールの最南端はシャロネーズになります。  目を転じて、コート・ドールの北側となるとずっと離れた飛び地のヨンヌ県が残るのみ。そこは「シャブリ」が有名な白ワインの名産地。ピノ・ノワールから造られる赤ワインだけを産するアペラシオン「イランシー」がありますがやはり少数派。  もちろん、シャロネーズもボーヌのように赤ワインと白ワインが半々といった趣の地区。赤ワインを産する村名ワインは三種類、生産量の多い順に「メルキュレ」、「ジヴリ」、「リュリ」となります。  という訳で、今回は「メルキュレ」を紹介させていただきます。シャロネーズで最もスケールの大きい骨格のしっかりしたワインを産する村。シャロネーズの魅力はその果実味の豊かさと筆者は考えます。  造り手はドメーヌ・ジェラルディーヌ・ルイーズ。「ルイーズ」をセカンドネームに持つ女性醸造家ジェラルディーヌ・ロシェが2016年にジヴリの南に位置するロゼ村に創設した新しいドメーヌ。ジェラルディーヌ氏はボーヌのシャサーニュ・モンラッシェ村にある有名ドメーヌ「フィリップ・コラン」でセラーマスターを七年務めた実績のあるエノログ。  自身の生まれた土地でワイン造りをしたいと意欲的な彼女の造るメルキュレはスケールの大きさを感じさせつつ、エレガントな魅力にも欠けていない。 シャロネーズの新たな魅力を引き出す注目の造り手のワインをこの機会に是非お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで...

Read more →

第三十五回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

第三十五回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

第三十五回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ 今回の『銀座の仕立屋落語会』は、いま勢いのある若手落語家、お馴染みの林家たま平さんをお迎えして開催いたします。  林家正蔵さんの息子であり弟子でもあるたま平さんは、伝統的な古典落語を丁寧に受け継ぎつつ、新鮮な視点で様々な演目に果敢に挑戦されています。若手ならではのエネルギッシュな語り口と繊細な表現力を併せ持つたま平さんの落語を、ぜひ間近でお楽しみください。 日時:2025年6月8日(日) 開場:12時45分 開演:13時 終演:14時30分頃(予定) 司会、大喜利:山本益博 場所:ザ・クロークルーム(中央区銀座7丁目) 料金:2,500円(税込) チケットのご購入はこちら(チケットぴあ) ご予約・お問い合わせは以下までお願いいたします。 info@thecloakroom.jp 皆さまのご来場を心よりお待ちしております。

Read more →

『美食通信』 第五十三回 「エスプレッソな夜――静岡市『タンデムジャイブ』――」

『美食通信』 第五十三回 「エスプレッソな夜――静岡市『タンデムジャイブ』――」

 筆者が無類の珈琲好きでとりわけエスプレッソにはうるさいことはすでに書かせていただきました。フランス料理店でデセールの後の珈琲にエスプレッソのない店は減点です。ご存じのように、フランスのカフェで「珈琲を頼めば(アンカフェ・シルヴプレ)」、何も言わずともエスプレッソが出てくるのですから。  都内はまだしも、地方に出かけると食後にエスプレッソが出てくるフレンチが少ないのが現状です。そこで、街中にエスプレッソが飲める店を探すことになります。もちろん、今や何処に行っても有名チェーン店の珈琲ショップがあり、そこではエスプレッソを扱っていますが、あれらの多くはシアトル系なのでエスプレッソが美味しくない。もちろん、「イリー」や「セガフレード・ザネッティ」といったイタリアのエスプレッソブランドのチェーン店もありますが数が限られています。  それでもどのような地方都市にも本格的なエスプレッソをお洒落な出す店が一軒や二軒あるようになってきました。数年前、子供の頃七年半を過ごした上諏訪に出かけた際、「AMBIRD」という小さなカフェでそれは見事な「エスプレッソトニック」に出会い、感激したことがありました。  ここ数年、亡き両親の生まれた静岡市に年に二回ほど出かけています。出かける度に珈琲専門店、出来ることならエスプレッソが出てくる店を探しては訪れています。そんな中、口コミで静岡でエスプレッソといえば、「タンデムジャイブ」といった投稿を複数見つけたのです。調べると繁華街からは少し離れた「常盤公園」の脇にその店はあるようです。意外に思ったのは営業時間が午後三時から午前一時になっていることでした。  確かにフランスでも朝起きがけはカフェオレですが、一歩外に出れば、カフェで一息つくのに最適なのはやはりエスプレッソ。筆者は寝る直前まで珈琲を飲むので気になりませんが、夕方以降エスプレッソを飲む機会といえば、せいぜいフレンチでコースの締めに頼むくらいで、どちらかと言えば、エスプレッソは昼間飲むイメージ。  それが午後三時から夜中の一時までの営業とは。しかも、いくら県庁所在地とはいえ、静岡で。ともかくも昨年、清水の「芳川」で昼に鰻を食した後、食後にちょうどよかろうと「ビル泊」にチェックインする前に車で「タンデムジャイブ」に向かいました。駐車場はないようなので、近くのコインパーキングに車を停めて、店を探すことに。エスプレッソ専門店という触れ込みでしたので、都内の「バール」のようなものを想像してしまい、探したのですが見当たらず。小さなカウンターバーのような木造の建物がどうもお目当ての「タンデムジャイブ」のよう。勇気を出して、扉を開けるとカウンター数席の店でもちろん誰も客はおらず。  芸人の久保田かずのぶ氏のような眼鏡をかけたちょっと気難しそうな店主が待ち構えていました。ともかくも「エスプレッソ」を頼むと、「どのような味わいのものがご希望で」と聞かれ、「じゃあ苦みの強いもの」を答えると、「では酸のしっかりしたのを出します」と正反対の答えがかえってきて、何やら豆を調合しはじめ、マシーンで淹れたエスプレッソに砂糖を入れて出されたのです。  「砂糖を最初から入れるんですか」と尋ねると、「イタリアではこれが当たり前です」との返答が。同行した按田餃子の按田優子さんやデザイナーの高橋颯人君にも同様のあまのじゃく的エスプレッソがそれぞれ供され、そのあともエスプレッソ的な飲み物が講釈とともに次々と。気づくと二時間近くいたのでは。そろそろチェックインしないといけない時間になり、お会計をというと、一杯500円であとは「投げ銭形式」でと言われ、困惑したのですが注文したのは一人一杯、計三杯でチップということで2000円置いていくことに。とにかく、個性的な店主に圧倒されっぱなしでした。  さて、この三月、同じメンバーで再び静岡へ。やはり静岡に実家のある元代々木町の「シャントレル」の中田シェフと「ATO」で待ち合わせしてディナー。四人でブルゴーニュを三本開け、さらに「青葉横丁」の「どみんご」で静岡おでんを日本酒と一緒につまみ、ほろ酔い加減でさて次はどうしたものか。  「ATO」のある繁華街の呉服町から青葉横丁の方角へ移動するとさらにその先には「常盤公園」があるのです。そうだ。酔い覚ましにエスプレッソでも。いや、怖いもの見たさに「タンデムジャイブ」を中田シェフにも体験させてあげましょうと、暗い公園の方に吸い寄せられるかのように向かうと、一軒だけ明かりの灯る扉が見えるではありませんか。恐る恐る近づいて中を眺めると一人常連らしき男性がいるだけで、あの店主と目が合ってしまいました。もう逃れられません。覚悟を決めて、四人で店内に。  昨年はなかった十五周年の張り紙やエスプレッソマティーニの写真などが散見され、店は昼間より照明のせいか明るい雰囲気でなんだか生き生きしている。常連の方はエレキギターの修理をされている方で、中田シェフが学生時代バンドをされていたこともあり、ライブハウスの話などで盛り上がりました。この方が上手なMCのような役割を演じ、気難しい店主と我々をうまく繋いで下さり、店主もご機嫌のようでした。  相変わらずのあまのじゃくで、エスプレッソマティーニが飲みたいというと、それは今度にして、と別の珈琲カクテルを出してきたり、砂糖の入っていないエスプレッソが飲みたいというと、一度砂糖入りを飲んでいるから出してあげよう。砂糖入りを通過しない限り、砂糖抜きを出すことはない、とおっしゃったりとさすがにこちらも出方が分かってきて、それを楽しむ余裕が出てきたように思われました。その後、不思議な若い女性一人が来店し、彼女も巻き込んで、静岡の「エスプレッソな夜」は更けて行きました。これは一つの地方文化なのではないか、と実感した次第です。  通常であれば、酒が主役になり、宇都宮のように「カクテルの街」と謳う都市もあるのですが、エスプレッソを主役に、もちろんアルコールも交えて(常連のギター職人さんはビールを召し上がっていました)、人の輪が広がって行く。これもなかなか乙なものではないか、と思いました。  東京であればもう少しドライな「バール」文化なのでしょうが、静岡のような地方都市ではやや濃密な時間を過ごすことになるのであろう、と。  日付も変わり、そろそろお暇することに。前回いくらお支払いしてよいのか分からず、少なかったのではと思った筆者は三人で一万円でと札を出すと、店主はそんなにはいただけませんと急に何やら計算を始め、一人三杯で4500円ですと、釣りをくれるではありませんか。「投げ銭」形式じゃないのか、と思ったのですが、まあこれがこの店の流儀なのでしょう。  例年ならこの後、宿で明け方までワインなど飲むのですが、何故だか皆さん、今日はもうお開きで、と素直な就寝モードに。  「エスプレッソな夜」は通りすがりの旅人にはちょっとヘビーなのかも。しかし、我々はそれでもまた「タンデムジャイブ」を訪れるでしょうし、中途半端な「デラシネ(根無し草)」といったところでしょうか。 今月のお薦めワイン 「ネッビオーロではなく、ドルチェット――ピエモンテの三銃士――」 「ドルチェット・ディ・ディアーノ・ダルバ 『ソリ・リキン』 2020年 DOCGドルチェット・ディ・ディアーノ・ダルバ」 カーサヴェッキア 4950円(税込)    今回はイタリアワインの回です。これまでは王道のイタリアワインを中心に紹介させていただいてきました。そこで今年はちょっと変化球というか、これまで取り上げなかったワインを飲んでいただきたいと思っている次第です。  といっても、今回もピエモンテ州の赤ワインからになります。ピエモンテといえば、「王のワイン、ワインの王」でお馴染みの「バローロ」、その兄弟分の「バルバレスコ」などで有名です。これらはすべて「ネッビオーロ」という葡萄品種から造られています。ピエモンテ北部の「ゲンメ」なども同様です。  しかし、ブルゴーニュの赤ワインに「ピノ・ノワール」の他に「ガメ」種から造られる「ボジョレ」が含まれるのと同様、ピエモンテの赤ワインには「ネッビオーロ」の他に重要な品種が二つあります。それは「ドルチェット」と「バルベーラ」です。それぞれ単品種でワインが造られています。この三種の葡萄品種を「ピエモンテの三銃士」と名付けてみました。  「バルベーラ」はピエモンテ全域で作られ、ピエモンテの赤ワインの半分がバルベーラによるものとの記述が。それに対し、「ドルチェット」は南ピエモンテ、とりわけバローロなどと同じ「アルバ」が名産で普通早飲みタイプが造られる黒葡萄です。  そこで、今回は「ドルチェット」をご紹介したいと思います。通常有名なのはDOCの「ドルチェット・ダルバ」ですが、今回は2010年にDOCGに昇格した「ドルチェット・ディ・ディアーノ・ダルバ」のワインを。ディアーノの町はイタリアで最初に公認されたドルチェットの葡萄園のある場所とのことで、ピエモンテ最良のドルチェットの産地として、昇格になったようです。  造り手は1700年代からこのディアーノの町でワイン造りに従事している「カーサヴェッキア」家によるもの。「ソリ・キリン」は畑の名前で、ディアーノに四か所、バローロにも畑を所有し、全10haほど所有とのこと。  このワインはセメントタンクで十二ヶ月熟成、瓶熟が二ヵ月と伝統的な早飲みタイプで程よいタンニンとふくよかな果実味を楽しむもの。  飲み頃のヴィンテージですので、是非この機会にお試しあれ。...

Read more →

第三十四回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

第三十四回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

今回は、春風亭一之輔師匠の弟子として注目を集める春風亭与いちさんをお迎えし、たっぷりとお楽しみいただきます。落語のあとは、与いちさんと益博さんによる“食”をめぐるアフタートークもお楽しみいただけます。皆様のご参加を心よりお待ちしております。 第三十四回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』 日時:2025年5月11日、日曜日 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)   略歴春風亭与いち1998年4月5日生まれ2017年3月、春風亭一之輔に入門。翌年1月21日より前座となる。前座名『与いち』。2021年3月1日より二ツ目昇進。

Read more →

『美食通信』 第五十二回 「銀座レカン(後)――臙脂のビロードとの対面――」

『美食通信』 第五十二回 「銀座レカン(後)――臙脂のビロードとの対面――」

 席に着くとメートルが登場し、「料理は伺っております」というので、島田さんに尋ねるとコースしか取り扱いがなく、しかも二種類で料理は同じで一品多いか少ないかだけの違いとのこと。筆者が少食なため、少ない方のコースにしたと。その分、ワインを楽しんで下さいとの粋な計らいに感謝。ともかくも、すでにメニュがテーブルに置いてあり、自分で選べるのはそれこそ飲み物くらい。まあ、その他にもあり得ますが、それは後々お分かりになるでしょう。  まず、ミネラルウォーターの選択です。グランメゾンでは水も有料なので、フランスでは「ガズーズ、ノンガズーズ」と聞かれます。つまり、炭酸水か、炭酸水で無いか。炭酸水を頼むと選択肢はなく、国産の一種類だけである、と。これには驚きました。日本にも炭酸のミネラルウォーターがあったとは。それは奥会津金山の「天然炭酸水」で伊勢志摩サミットでも用いられたそうです。広く商品化されているのはこの水だけらしく、調べると「日本で唯一の炭酸水」と銘打っていました。飲んでみると悪くない。いい勉強になりました。  さて、余りお飲みになられない島田さんにアペリティフはと尋ねると、「今日はいただきます」と嬉しい返答が。ですので、シャンパーニュをグラスで頼むことに。下階のバーでしたら、カクテルなどもよさそうですが今回はもう手遅れなのでシャンパーニュで。  他のテーブルはどうもほとんどがペアリングのようで次々と色々なワインが注がれていきます。アペリティフはシャンパーニュと決まっているのでしょう。五種類ほどブテイユが並んだワゴンがソムリエと共に登場しました。なかなかの壮観です。  実は前日、ヴィンテージ物の素晴らしいブラン・ド・ブランを飲んでいましたのでこの日はブラン・ド・ノワールにしようと思った次第。  五種類の内訳はブラン・ド・ブランとブラン・ド・ノワールが一種類ずつ。あとはブレンド物。でしたので、これも一択になりました。  ミニョン・ブラールの造るピノ・ムニエ100%の「1911 スー・レ・パヴェ・ル・テロワール」NVという長い名前のもの。古樹のムニエ100%と珍しいセパージュのシャンパーニュでこれまた良い勉強になりました。味わいもまた悪くない。正解でした。  さて、いよいよ食事の開始です。特製の器に盛られた一口大のアミューズ「タジャスカオリーブのマドレーヌ」が恭しく登場しました。続いて、「新玉ねぎ キャビアオシェトラ」。この玉ねぎのムース。そして、キャビアは美味しかった。グランメゾンの使うキャビアらしく上質。「ちょっとだけよ」というのも筆者は歓迎。本来、グランメゾンのアラカルトでのオードブルの定番であるキャビアは富の象徴のようなもので食通は通常選ばない。コースにおけるグランメゾンとしての存在感を示すためのキャビアは嫌味でない程度に「プティ」が正解。  この間にワインを註文。選択に時間がかけられるという点ではある意味、今回のメインでしょうか。リストは昨年の「アピシウス」と並んで素晴らしいものでした。価格も抑えられていて、昔に買ったものがストックされているからであるとソムリエ氏も説明されていました。  ただ、思ったより点数は少なかった。ブルゴーニュよりボルドーが得意のようにも思えました。昔の筆者であれば、狂喜乱舞したでしょうがブルゴーニュと決めていましたのでちょっと悩ましいものがありました。昨年、モレ=サン=ドニの「クロ・ド・ラ・ロッシュ」を飲みましたので価格的に今回はヴォーヌ=ロマネ系の「エシェゾー」辺りかなあ、と。   グランクリュは最高がDRCからと価格がまちまちになりますので選ぶのが意外に難しい。「エシェゾー」は三アイテム。「フェヴレ」、「ダヴィド・デュバン」、「カシュー」。この中でヴォーヌ=ロマネの造り手はカシューのみでカシューにしようかとその頁を見直すと一番上に「クロ・ド・ヴージョ」が一アイテムだけ載っていました。 それがこのアンヌ・グロの2007年でした。価格的にはエシェゾーと同じくらい。オフヴィンテージでしたが、アンヌ・グロは魅力的。エシェゾーは別の機会にして、この日はアンヌ・グロのクロ・ド・ヴージョにしよう、と。 アンヌ・グロはヴォーヌ=ロマネを代表する造り手グロ一族の一人。一方、クロ・ド・ヴージョはシャンボール=ミュジニ村に隣接する小さなヴージョ村にあるグランクリュ畑。村の大部分を占め、極めて広域。ノーマン『ブルゴーニュのグラン・クリュ』には82の所有者がいると記されています。そのため,ワインも玉石混交。その中で優れた非公式の二つの区画があり、その一方が「ル・グラン・モーペルチュイ」で、「アンヌ・グロによって傑出したキュヴェが造られている」とノーマンは書いています。 オフヴィンテージは造り手の技量が試されるとソムリエ氏が言われていたように、二十年近く経ったこのクロ=ヴージョは繊細なワインでした。色合いは熟成感は見られない綺麗な紫。香りも穏やかながら清々しく、複雑さは感じるも華やかなものではありません。抜栓直後はスッキリした味わいで、タンニンが心地よく果実味より骨格の確かさに感心しました。 ソムリエ氏は清涼感があると評していました。途中でより大きめのブルゴーニュグラスに変えました。サーヴィスはパニエに入れたまま。香りは強くなり、果実味が広がり、確かに揮発性は少ないものの膨らみも感じられ、この辺りがベストなのかと思った次第。フロマージュを頼むことにし、残りはソムリエ氏に差し上げたところ、三つ目のグラスを用意され、少しどうぞと残りのワインを。グラスは小ぶりのチューリップ型。確かに少し濁りを感じるものの、噛み締めるような旨味があり、青黴やウォッシュなどのフロマージュにも対応出来る味わいでその違いに驚きました。 ソムリエ氏曰く、こうしたデリケートなワインは最初の上澄的な部分と最後の瓶の底に近い部分では味わいが異なるので、それぞれ相応しいグラスで味わうのが良かろう、と。まさしくその通りで、充分に堪能させていただきました。今回の最大の収穫はこの若く優れたソムリエ松田氏で、彼の華麗なワインサーヴィスの数々こそグランメゾンに相応しいもので「レカン」を訪れる価値があったと納得の行くものでした。  さていよいよ、本格的な食事の開始。オードブルは「ホロホロ鳥」と食材が示され、その後に「岩手県石黒農場から届くホロホロ鳥とフォワグラのシューファルシ モリーユ茸のソースブランケット」と料理名がメニュに記されています。以下の料理も同様。  見開きのメニュは左側に料理名が。右側にはこのホロホロ鳥の料理の絵が描かれていました。ということは、この料理がスペシャリテなのか。  とすれば、これは残念としか言えません。今回のコース料理の中で最も残念な皿をメインの「ナヴァラン」と争うことに。それはひとえにシューファルシがいけない。ソースと詰め物をしたモリーユ茸は大変美味しかっただけに悔やまれてなりません。 コース一択となれば、同じ料理の大量生産となります。いわば、ホテルの宴会料理を小規模化したもの。シューファルシはロールキャベツのことで、本来は温かい料理。しかし、何と冷製。しかも、パテアンクルートの中味のような硬い食感。ですので、ナイフを入れるとフォアグラとホロホロ鳥がバラバラになってしまう。作り置きに温かいソースと手間をかけたモリーユ茸を添えましたみたいな感じになってしまいました。 魚は「甘鯛」。料理名は「甘鯛 ホワイトアスパラガス 春のコキヤージュ」。コキヤージュというのは「貝」のことで、ソースが貝味のクリームソースにさらにレモングラス風味の貝出汁をメートルが目の前でかけるというグランメゾン風のサーヴィスは良かった。甘鯛の火通りも良い。鱗のパリパリ感も素晴らしい。それだけに付け合わせはアスパラガスだけで良かったと思うのです。貝が二、三種類添えられていましたが余分に思えたのです。「ソースが命」と謳っているのですから、それなら貝のソースで勝負すれば良い。 メインは「仔羊」。「ロゼール産仔羊のデュオ」ということで二皿でサーヴィス。まず、「背肉のロティ ソースシャスール」。この肉の火通しも見事。それだけに二皿目の「鞍下肉のナヴァラン プランタニエール」がまたまた作り置きの残念な一皿。ナヴァランは「煮込み」なのにこれもまた出来合いの温め直し風になってしまっている。「プランタニエール」とは「春(プランタン)の予感」とでも訳せましょうか。付け合わせの野菜を指しているのですが、島田さんも「これって、ミックスベジタブル」っぽくないですかとおっしゃるくらい貧弱な見映え。しっかりしたポーションのロティ一本で勝負した方が良かったのでは。 デセールも二皿。小さな方が「やまもも」。「和歌山県産やまももと紫蘇のスープ ビーツのアイスクリーム」。これは美味しかった。しかし、メインの「サントモールブラン」。「シェーブルと三ヶ日蜂蜜のムース 甘夏とういきょうのコンポート」は普通の出来。これもメインのデセールに感動が少ない。先ほどの仔羊もそうでしたが、二皿目が際立つ構成にする必要が。 さて、ここでまだワインも少し残っていましたし、フロマージュを註文することにしました。これには感心しました。種類の豊富さ、状態の良さ。ソムリエの松田氏の対応の素晴らしさは上記の通り。また、それまでの客は誰一人フロマージュを頼んでいませんでした。しかし、筆者たちが頼むと隣のテーブルの客もフロマージュを註文。レストランとはそういうものです。 コースに縛られるのではなく、プラス・アルファでフロマージュを註文すれば、自分の食べたいフロマージュを自分で選べるではありませんか。 そして最後に「余韻」と名付けられた最後のプティフールは見事なボックスサーヴィスで好きなだけチョイスできます。 さて、仕上げは「ディジェスティフ」です。ここで筆者はソムリエ氏を呼び、「ディジェスティフ」が飲みたいので階下のバーでとオーダーしました。ここで肝心なのは「階下のバーで」という註文です。「ディジェスティフ」だけでは目の前に出されることになったでしょう。 島田さんはダイニングのモダンな作りが安っぽいと残念がられていましたので、バーの「臙脂のビロード」こそご所望かと思い、ここはバーでディジェスティフをという流れを作る必要があるか、と。 もちろん、断られる理由はなく、筆者たちは階下のバーに席を移しました。念願の「臙脂のビロード」の空間の登場です。もちろん、誰も使っておらず、その後も誰も来ませんでした。 ソムリエの松田氏が続いて対応。彼はダイニングとバーの掛け持ちで大変そうでしたがまあこっちの方が松田氏とも話しやすい。ヴォギュエのマール・ド・ブルゴーニュをいただきました。...

Read more →

  • 1
  • 2
  • 3
  • 11

カート

All available stock is in the cart

カートは現在空です。