『美食通信』 第六十八回 「プライヴェートディナーの楽しみ――シェフの御自宅で料理を堪能?――」

 都内某所、タワーマンションの高層階。ニューヨークのレストランでシェフをしていたアメリカ人シェフの御自宅でのプライヴェートディナー。八名定員とか。定期的に行なわれているようで、ワイン仲間の弁護士から以前もお誘いを受けたことがあったのですが機会を得ず、またお誘いがありましたのでどのようなものかと一度出かけてみることにしました。

 ワインは各自持参のコース料理で会費は二万円。

 思い起こすとこうしたプライヴェートディナーを以前体験したことがありました。代官山のマンションの一室。イタリアンの日本人シェフの御宅だったか、こちらはもう少し人数が少なかったように記憶しています。こちらはワインもシェフのマリアージュで決められてしまい、とにかく蘊蓄がすごくてありがたいのを通り越して食事するのがちょっと苦痛で、二度とご一緒することはありませんでした。

 そんな過去のトラウマのせいか、シェフの御自宅でのプライヴェートディナーなるものにポジティヴな動機付けが筆者にはありません。本来なら、選ばれし者のみに許された贅沢な時間なのでしょうが。

 主催者は女性歯科医師。弁護士が三名。業界に明るいマスコミ関係者などなど。参加者もそれなりにハイソで素晴らしい。かといって、筆者の同級生でワイン会で人脈を広げましょうという本を書いた御仁がいらしたがそういった名刺交換会的会食でもなさそう。

 ということは、純粋に「美食」を求めて集まられたのだろうか。正直、筆者にはそうには思えないのでした。例えば、ワインは各自持参なので統一性がなく、しかもこの日集められた七本の内訳は泡が二本、白が三本、赤が二本と筆者など赤ワインしか飲みたくない者には正直苦痛にしか思われませんでした。我がままのきく店や気心の知れた方々との会食なら、自分は赤しか飲まないので白はテイスティングだけで赤を最初から下さいと言えるのですが何せ新参者ですから、順番通りに注がれたものを飲むしか叶わず……。

 料理はイタリア料理をベースにしたアメリカ料理なのでしょう。自家製のハーブ、オーガニックの食材が売りのようでした。料理はどれもよく出来ていました。

 アミューズは自家製のフォカッチャとそれに合わせるペーストとリエット。ルッコラとマカダミアナッツオイルのペーストが色鮮やかでまた予想外の味でとても美味しく思われました。スモークした鰆のリエットは予想通りの味でまずまず。

 オードブルは高知産カンパチのクルード。クルードはイタリア語で「生」を意味し、刺身を醤油でなく、シャンパンヴィネグレットソースでいただくといった趣の料理。上にかけられたフェンネルフラワーのハーブ感が印象的。

 これとて、筆者は生魚を基本パスしたいのであまり楽しめませんでした。刺身は年に一度、伊香保温泉の「ホテル木暮」の夕餉で出てくる見た目に高級そうなちょっとした刺身盛で充分かと。しかも、この間食べたばかりですし。

 魚料理は稚内産の帆立貝。これもミキュイといった火通しで問題なくいただけました。ブールノワゼット(焦がしバターソース)なのですがやはりハーブが効いていて、この辺りが王道フレンチとの違いなのでしょう。

 イタリアンなのでメインの前にパスタかリゾットが登場することに。今回は舞茸のリゾットでした。筆者はこの日一番の出来はこのリゾットと確信しました。まず、器が大振りの抹茶茶椀なのがお洒落。

 普通ならポルチーニのリゾットなのでしょうが、三種類の味わいの異なる舞茸を用いたところが素晴らしい。器から和の趣があるようにさらに鰹出汁を用いることでその傾向が明白に。一方でカリカリのグアンチャーレ(豚ほほ肉の塩漬け、バラ肉を用いたのがパンチェッタ)、ヘーゼルナッツ、パルメザンチーズとイタリアンの味わいもしっかりと。そのインターナショナルな出会いはまさにシェフと日本人のマダムのよう。それを繋ぐのが自家栽培のタイムというハーブ。このディナーの基本理念を完璧に表現したような料理でした。

 ただ、筆者は炭水化物を好みませんので、舞茸を拾って食べて米を残すことに。大変申し訳ない。

 メインはゆっくり火を通した鹿児島産の黒豚のロースト。シンプルな料理でチャツネ的に添えられた山梨産の桃のモスタルダ(砂糖漬けの果物をマスタード風味のシロップで煮込んだもの)が良いアクセント。これは綺麗に平らげることが出来ました。

 ドルチェはパンナコッタ。自家栽培のブルーベリーがふんだんに添えられていて、やはりハーブが効いた味わい。

 料理はもちろん及第点に達していたのですが、筆者のモヤモヤはきっとこういうことなのでしょう。これって、レストランで出す料理をシェフの自宅で味わうというスタイルな訳ですがそれ自体が矛盾なのではないか、と。

 それだったら、もっとゆったりした空間できちんとした内装やカトラリーを揃え、しっかりサーヴィスで供したら料理も映えるのではないか、と。

 シェフの御自宅でのディナーなら、レストランでは出さないシェフ自身の好物とか、オリジナルな何料理か分からないものとかの方がかえって付加価値があるのではないでしょうか。まあ、それでそれなりのお金をいただくとなればそれ相応の工夫が必要となるのは必須でしょうが。

 結局、何かの理由でレストランを出すことが出来ず、それでも自分のきちんとした料理を食べてもらいたいという思いが導き出した一つのスタイルなのではないか、と。

 筆者にはそれが中途半端に思えて仕方ないのです。持参のワインも含めれば、三万円近くかかったこのディナーはそれに相応しかったのか。

筆者の結論は年に一度出かけるにはまあ良かろうか、と。

ただ、ワインのことを思うとあまり気が進まないのも事実です。

今月のお薦めワイン 「シャンボール・ミュジニー――ブルゴーニュのマルゴー――」

シャンボール・ミュジニー 2022年」 フィリップ・ル・アルディ 19800円(税込) 

 

今回はブルゴーニュのコート・ド・ニュイの代表的アペラシオンを北から紹介させていただく回。

「モレ=サン=ドニ」まで参りましたので、次は「シャンボール・ミュジニー」になります。

シャンボール・ミュジニーは人口三百人ほどで生産者も二十名ほどの小さな村。そこで産まれるワインはブルゴーニュで「最も女性的」と言われ、華やかで愛らしい香りとシルクのように滑らかな飲み心地、優美で可憐な味わいは愛好家の垂涎の的。

北のモレ=サン=ドニ側に「ボンヌ=マール」、南のヴージョ側に「ミュジニー」の二つのグランクリュ畑を有しています。それらと共にミュジニーに接する一級畑に「恋する乙女たち」という名の「レ・ザムルーズ」がありグランクリュに匹敵すると言われ、しかもそのフェミナンな印象からもシャンボール・ミュジニーを代表する銘酒と言えば、この「レ・ザムルーズ」が挙げられることが多いです。

また、村名ワインは北側のモレ=サン=ドニ側の力強いタイプのテロワールの畑のものと南のフェミナンなタイプの畑のものを混醸することでバランスの取れた複雑な味わいのワインを造る造り手が多いと言われています。

筆者は最近、村名シャンボールを飲む機会が多いのですが、抽出が濃い薄いはあまり関係なく、ボリューム感のあるタイプとフラットな感じの仕上がりのワインに分かれるように思われ、個人的には口中で広がるタイプの方が美味しく感じられます。

今回選んでみた造り手は「フィリップ・ル・アルディ」。コート・ドールとシャロネーズに100haほどの畑を有するブルゴーニュでは大手のドメーヌ。「シャトー・ド・サントネ」という名のドメーヌでしたが、2021年にブルゴーニュ公国初代公王の名を冠したドメーヌ名に改称。

ビオロジック農法を実践。シャンボール・ミュジニーにも一級畑を含め、四つの畑を所有。この村名ワインは0.95haの区画から造られ、古くは1953年植樹の古樹の葡萄も含まれ、新樽率30%で18か月熟成。

タンニンも豊富で滑らかさもあり、充実した複雑な味わいの筆者好みのタイプのシャンボール。この機会に是非。 

 

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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