先日、宇都宮市にある「オトワレストラン」に出かける機会を得ました。同じ栃木県でも日光や那須のようなリゾート地ではなく、ルレ・エ・シャトーの会員でもある「オトワレストラン」ですがオーベルジュのような宿泊施設を有していませんので、駅前か繁華街のホテルに宿泊するしかありません。結局、ビジネスホテルは避け、シティーホテルの「宇都宮東武ホテルグランデ」のローズスイートに宿泊することにしました。このところ地方に出かける際は二食付きのオーベルジュ系か、静岡市の「ビル泊」など食事なしか、の宿泊施設に泊まっていますので珍しく朝食付きのホテル宿泊となりました。こうなるといつも気になるのが「ホテルの朝食」というやつです。
オーベルジュ系であれば、朝食もそれなりに凝ったものが出てきます。ただ、やはり過剰というか朝からそんなに食べれるのかといったゴージャスぶりで元々少食の筆者など残さざるを得なくなり、いつも申し訳なく思うことしきり。結局、あれこれ出過ぎで余り印象に残らないものになってしまうのです。例外だったのは、長野県松本市にある浅間温泉の「松本本箱」に泊まった際のメインダイニング「三六七」での朝食に出たクロワッサンくらいか、と。ここの朝食も地産地消でソーセージだの野菜だの発酵食品だの色々出たのですが、「松本十帖」として同じ敷地にあるもう一つのホテル「小柳」の一階にある「アルプスベーカリー」から焼き立てのパンが出されたのでした。その中にクロワッサンがあったのですが、これは近年稀にみる傑作で、触るだけで手がバターでテカテカになり、噛みしめればジワッとバターが滲み出してくる。その塩味がまた絶妙で、とかく甘くなりがちな生地を菓子でなく、パンとしての存在感を上手に表現している。今でも、あのクロワッサンだけは食べたいと切に思うのです。
ゴージャスな朝食と言えば、「世界一の朝食」を謳っている神戸市にある「北野ホテル」の朝食も宿泊した際、いただきました。これは非業の死を遂げたベルナール・ロワゾーに師事した料理長がその再現を許された「ラ・コート・ドール」の朝食だそうです。朝から生ハムだのとにかく品数が多すぎて、ブランチより量が多いのではと正直引いてしまいました。後述しますようにパリの朝はシンプルなコンチネンタル式で、およそ正反対。ディナーではないのですから、高級食材や豪勢さが「美味」という安直な発想は「場違い」としか思えませんでした。
今回の「宇都宮東武ホテルグランデ」の朝食の目玉は何といっても「餃子」でした。この手のホテルの朝食はバイキングが定番で、「ビュッフェウォーマー」と呼ばれる保温器に入れられた料理はどれも乾きがちで、最良の状態を期待することは出来ません。「餃子」は数種類あり、やはり皮が乾いて固くなってしまっていました。ただ、生まれて初めて宇都宮餃子なるものを食しました。味の方もなかなか個性的でそれなりに楽しむことが出来ました。ただ、驚いたことに卵料理がなかったのです。ご飯用の生卵はあったようですが、目玉焼きやスクランブルエッグの類が皆無。いくら卵不足で値段が高騰しているとは言え、役者不足過ぎます。それを補充するほど料理の品数がある訳でもなく、正直ガッカリでした。
やはり、バイキングでも卵料理に関してはオーダーで作ってくれるホテルの朝食が望ましいと思います。ただ、これも筆者はとんでもない目にあったことがあります。大阪の一流ホテルでのこと。卵料理は目玉焼き、スクランブルなどその火の入れ具合をオーダーして、調理場で作られたものがテーブルに出される方式でした。筆者はスクランブルエッグを注文。出てきた料理は火の通し方も良く、半熟で美味しそうでした。ところが一口食べた途端、塩辛い。明らかに塩加減を間違えたのです。すぐにサーヴィスを呼び、塩辛くて食べられたものではないと皿を突っ返しました。しばらくして、運ばれてきた皿を見て愕然としました。明らかに量が倍くらいになっていたのです。嫌な予感がしました。案の定、相変わらず塩辛いのです。おそらく返却されたスクランブルエッグをフライパンに戻し、さらに卵液を入れ再生しようとしたのでしょう。塩の入れ過ぎは再生不可能、作り直すしかないということをこの料理人は知らないのでしょうか。呆れ返り、ただちに「作り直し」をサーヴィスに命じました。名だたる一流ホテルでこの体です。個別にするとこうしたミスが生じます。その点、「ビュッフェウォーマー」であれば、あの容器全体が塩辛いなどという凡ミスはさすがにないかと思われます。ただし、スクランブルエッグなど炒り卵になってしまいますが。
結論から申し上げれば、筆者にとって一番印象に残っている朝食はパリのホテルの部屋で食べたコンチネンタル式のものでした。いわゆる朝食室でのバイキング式はある程度大きなホテル。筆者の泊まった部屋数の少ないデザイナーズホテルなど、朝食はルームサーヴィスが当たり前。朝起きると専用の電話番号に電話をします。質問は二つ。ジュースは何にするか。そして、コーヒーかカフェオレか(紅茶はティーバッグと白湯が来ます)。この二問に答えるとしばらくして部屋のチャイムが鳴ることに。チップを渡して、朝食を中に。内容は筆者の場合、生搾りオレンジジュース、カフェオレ。そしてパンの盛り合わせ、以上。これがコンチネンタルの朝食です。もちろん、パンは数種類。バターやジャムも付いて来ます。
炭水化物嫌いの筆者としては異例の事態ですが、その後、昼も夜もフランス料理にワインでその際パンは食しませんから、朝はシンプルなパンだけがかえってサッパリしていて、これから続く怒涛の脂肪やたんぱく質への絶妙の助走になっていたように思われます。また、別に高級なパンではなさそうなのですが、これが実に美味しいのです。先ほどのクロワッサンではありませんが、東京の高級なブランジュリーのクロワッサンほど余分な味がする。バターと塩味だけであとは生地そのものの味だけで良いのに、だいたい妙な甘さがあるのです。バケット、クロワッサン、デニッシュなどついつい全部食べてしまいます。卵もなければ、ソーセージもない。それでも納得の満足感がありました。
おそらくそれはパリだったからでしょう。昼も夜もフランス料理とワインが最低一週間続くなんて、日本ではあり得ないでしょうから。そうなると、結局、少量のパンと卵料理、そしてソーセージくらいはいただきたいか、と。コーヒーも出来れば美味しいものが嬉しいのですが。しかし、これらをクリアするのはなかなか至難の業か、と。ホテルの朝食は筆者をいつも悩ませるのです。
今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュの白の双璧の一つ『シャブリ』のニューモデル」
「シャブリ 2020年 AC シャブリ ドメーヌ・モロー・ノーデ」 5300円(税別)
このクールもハーフターンしたところ。そろそろ暑さも増してきましたし、スターターがシャンパーニュでしたので、ここで白ワインで一息つくのも乙か、と。
シャンパーニュときたらやはりシャルドネですのでブルゴーニュの白を。手頃ながら意外にヴァリエーション豊かな「マコン」や例外的にアリゴテでアペラシオンを有している「シャロネーズ」の「ブーズロン」といった変化球もあるのですが、ここはやはり双璧の「ボーヌ」のモンラッシェやムルソーか「シャブリ」のどちらかにしましょう。
ということで、コート・ドールに頼りがちなのも何なのでここでは「シャブリ」を選ばせていただきました。ブルゴーニュの北の飛び地、ヨンヌ県にある「シャブリ」はその「キンメリジャン」と呼ばれる牡蠣や貝類の化石などが混じった石灰質の特殊な土壌によってミネラル分を多く含んだワインを産しています。
ひと昔、「生牡蠣にはシャブリ」というのが定番で、「シャブリ」と言えば緯度が高いこともあり、酸味の強いキレの良さが売りで、モンラッシェやムルソーは酸よりコクのある味わいが魅力と対照的な比較がなされたものでした。
しかし、実際のところ、格付け畑で造られるシャブリは酸が穏やかでエレガントなスタイルなものが多く、また昨今のビオブームで造られる自然派のシャブリは果実味を生かしたもので酸を強調するスタイルではなく、シャブリもまた多彩な味わいのワインを楽しむことが出来ます。
今回紹介させていただく「モロー・ノーデ」のステファン・モロー・ノーデは、アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール、パトリック・ピウズと並んでシャブリのニューゼネレーション御三家の一人として高く評価されています。2004年にドメーヌを継承したステファン氏の造るシャブリは一般的な硬い柑橘系の酸の強いものとは異なり、「ジューシーでセクシーな果実味が混じり合った非常に生き生きとしたミネラル感」が魅力と評されています。
また、ロワール地方は「プイィ・フュメ」の「シレックス(火打ち石)」というワインで一世を風靡した故ディディエ・ダグノーがエチケットのデサインに協力したというエピソードからもステファン氏のワインがフランスの白ワインを代表する資質を持つものであることが推測されます。
是非、この機会に新時代のシャブリをご堪能あれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
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