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JOURNAL

『美食通信』 第四十三回 「サンドウィッチ考――パンの焼き加減をどう考えるか――」

『美食通信』 第四十三回 「サンドウィッチ考――パンの焼き加減をどう考えるか――」

 ホテルのラウンジなどちょっと高級な喫茶店やカフェで人に会う時、「何か召し上がりませんか」と聞かれる時があります。明らかにおやつの時間ならスイーツということになりましょうが、そういった物言いの場合、いわゆる軽食が想定されているのが通例で、そうなると頼みやすいのが「サンドウィッチ」ということになります。  先日、定年になられた先生とお目にかかる機会がありました。小石川にお住まいで、ご自宅の近くでお目にかかる約束をしたところ、後楽園の「はまの屋パーラー」を指定されました。一九六六年創業の有楽町で有名な老舗純喫茶「はまの屋」が二〇一一年、オーナー夫妻の引退を機に閉店。その味を継承すべく「はまの屋パーラー」が誕生し、新有楽町ビルに移転し営業を続けるもビルの閉館で日本橋にさらに移転。その支店は帝国ホテルにも入っていたとのことですがこちらもそのビルが閉館で閉店。宝塚歌劇団のファンでいらっしゃる先生はそちらの「はまの屋パーラー」によく行かれたそうですが、ご自宅の近くにも最近開店されたことを知られ、よく使われるのだそう。  駅ビルの上の飲食街の一角といった場所にその店はあり、確かにこじんまりした感じ。「帝国ホテルのお店は広かったのに」とおっしゃり、「ここの名物はサンドウィッチなの」と。確かに軽食のメニュはサンドウィッチが主で、あとはナポリタンとドリアくらい。サンドウィッチは具の名がついた六種類に「スペシャルサンドウィッチ」の七種がメニュに。得体の知れない「スペシャル」にしようと思いましたが、先生が「ここのサンドウィッチは具を二種類選べるハーフ&ハーフがあるの」。「しかも、普通はパンの耳を落として出すのだけど、そのまま出してくれるよう注文することも出来る」。「で、ここが肝心なんだけれど、パンは焼いてもくれます」。「トーストした方をお薦めします」。「フィンガーフードのように食べやすいの」と矢継ぎ早に説明して下さる。「玉子」が最初に書かれていますし、これは先生の口ぶりでも外してはいけなそうだったので、ここはハーフ&ハーフのもう一方を決めれば良いのだろうと思案していると、先生が「私はツナって決めています」っておっしゃるので、では「玉子&ツナ」でとしっかり忖度した注文に。先に来られていたもう一人の現役教授も「私も同じです」と、結局三人同じ註文になってしまいました。  出てきたサンドウィッチは確かに小ぶりで一口で食べられそうな小粋なものでした。卵はマヨネーズであえたフィリングではなく、玉子焼きで薄いレタスが一枚挟まれていました。それもプレスしたせいか水分が飛んでいて紙のよう。ツナの方もマヨネーズは極力少な目でツナツナしい感じ。おそらく両方とも食べた時には具がはみ出て、形が崩れないよう配慮されているのではないかと察せられました。この店の名物はやはりこの玉子焼きが挟んであるサンドウィッチとのことで、まずは玉子からいただくことにしました。  ところがです。これが意外に食べにくいものであることが判明しました。それはパンが表面をトーストしただけなく、レタス同様紙状にプレスされていたからです。確かにパンが紙のように薄いので簡単にサンドウィッチが口に入ります。ところがさすがに全部を一口で食べようと思うと口の中が一杯になりそうなので半分くらいに噛み切ろうとするとパンがスルメのように固く、なかなか噛み切れません。なんとか噛み切って咀嚼しようとするとパンが抵抗して口中にへばりつくのです。何度かむせそうになってしまい、正直吐き気を催しました。筆者はおそらく嚥下力に問題があるのか、元々口の中がパサパサするものが苦手で穀類を食するのが苦痛でもあり、バケットを食するならベッタリバターを塗らないと食べたくないといった風です。ツナの方もマヨネーズが少ないので形は崩れないものの口の中でツナもパサパサ。もう、美味しいとか美味しくないとかの問題ではなく、食べるのが苦痛で仕方ありません。  しかし、ここではたと気づいたのです。トーストされたパンを使ったサンドウィッチで筆者の好物だったサンドウィッチがあったことを。それは惜しまれながらも休業となってしまった山の上ホテルの「コーヒーパーラーヒルトップ」のアメリカンクラブハウスサンドウィッチです。これは育児雑誌の連載をしていた頃、担当の編集プロダクションも神保町にあり、ホテルが筆者の勤めている大学のすぐお隣ということもあり、取材を山の上ホテルのパーラーで行なっていた際、いつも注文していたメニュだったのです。まあ、自腹ではなく、先方に軽食も是非と勧められて註文したところ、これがなかなかの美味で、取材の際は必ずクラブハウスを頼むことに。おかげさまで通常一年のところ、好評で三年は続きましたので結構な回数いただきました。  思えば、あのクラブハウスもパンはトーストしてあったのですが紙状にプレスしてはいなかったので噛み切れないということはありませんでした。もちろん、クラブハウスの場合、チキンにベーコン、それにフレッシュな野菜が挟んでありますので、口に入りきれず、食べにくいことといったらありませんがそれがまた「いとおかし」といった風情で。また、トマトの薄切りとか挟まっていたと思いますので、水分が適度にパンに滲み込み、口の中でパサつくことは皆無。ふやけたパンの感触が許せないという方がいらしても筆者としては「ごもっとも」と思いつつ、やはり食していて吐き気を催してしまってはすべてが台無しで、筆者にとって「食べやすさ」とは大きさのことではなく、「飲みこみやすさ」に他ならないと確信した次第。  ゆえに結論としましては、次回「はまの屋パーラー」に出かける機会があれば、きっとまたサンドウィッチになるでしょうから、具は「玉子とツナ」でよいとして、パンをトーストせず、そのままの状態を選択することにすれば問題ないか、と。もちろん、パンの耳は切り落としていただかないと。  筆者が出会った絶品サンドウィッチの話をさせていただきたかったのですが。紙面が尽きてしまいました。それはまたの機会に。   今月のお薦めワイン 「ニュイ=サン=ジョルジュはコート・ド・ニュイの救世主か?――ピノ・ノワールの真髄を楽しむ――」 「ニュイ=サン=ジョルジュ オー=ザロ 2018年 ACニュイ=サン=ジョルジュ ドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン」11000円(税別)  ワインの価格高騰はワイン愛好家にとっては頭の痛い話。とりわけ、ブルゴーニュの価格は最新のヴィンテージが数年前の1.5倍といよいよ手が出ないように思われます。  ブルゴーニュと言えば、やはりコート・ドール。中でも赤ワインメインの北側、コート・ド・ニュイのワインがやはり飲みたいと思うのが人の常。でも、もはや村名ワインでも一万円では買えない状況になってしまいそうな勢いです。  では、最北のマルサネやそのすぐ下のフィサンであれば何とか買えそうですが、こちらもマルサネのパタイユ兄弟など素晴らしいが値段も立派なワインが目立ってきました。また、それだけ出すならやはり似たタイプのワインのジュヴレ=シャンベルタンの良心的な造り手を探した方が良いかもしれません。  となると唯一の可能性を感じるアペラシオンは一番南にあたるニュイ=サン=ジョルジュになるでしょう。コート・ド・ニュイの「ニュイ」はニュイ=サン=ジョルジュのニュイであるわけで、広さからしてもジュヴレ=シャンベルタンやヴォーヌ=ロマネに並ぶこの地区の代表的なワインになります。  ところが、ニュイ=サン=ジョルジュにはグランクリュの畑がありません。それは制定の際、当時の造り手たちが畑に差別感が増すことを嫌い、あえてグランクリュの制定を断ったという経緯があります。従って、プルミエクリュの畑の中にグランクリュに相当するものがあり、その代表格が「レ・サン=ジョルジュ」と「レ・ヴォークラン」になります。また、2007年以降、上記の二つの畑をグランクリュにするよう申請を行なっており、いよいよニュイ=サン=ジョルジュにもグランクリュが誕生するかもしれません。  という訳で、今のところ、ニュイ=サン=ジョルジュのワインは他のニュイの代表的なアペラシオンに比べ、価格が抑えられています。そこで今回ご紹介するのはヴォーヌ・ロマネに隣接する「オー=ザロ」という畑の2018年ヴィンテージ。造り手はドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン。ニュイ=サン=ジョルジュを拠点し広大な畑を所有していたシャンタル・レスキュールが相続で三分割されたドメーヌの一つ。1986年、ベルトラン氏が設立。娘のアクセル氏が2004年に継承し、ビオディナミを実践。この「オー=ザロ」は平均樹齢50年。100%除梗。新樽率20%と2〜3年樽で18ヶ月熟成。綺麗な酸が特徴的なニュイ=サン=ジョルジュにヴォーヌ=ロマネの複雑な豊かさが加わった秀逸なワイン。2020年ヴィンテージは13000円になっていますので、この2018年ヴィンテージはまさにお買い得。この機会に是非お試しあれ。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第四十二回 「フランスからの二人の画家――銀座と柴又に咲く芸術の花――」

『美食通信』 第四十二回 「フランスからの二人の画家――銀座と柴又に咲く芸術の花――」

 今年のゴールデンウイーク近く、筆者に縁のあるフランス在住の画家の個展が相次いで東京で開催されました。  まず、四月二十二日から一週間、銀座の「幸神ギャラリー」にてパリ在住の川辺孝雄氏の「大宇宙」と題された展覧会が。  川辺氏との出会いはまさに「美食」繋がりと言えます。今から三十年近く前の一九九六年九月にパリを訪れた際、出かけたレストランで偶然隣の席に座られた日本人が川辺さんご夫妻だったのです。  それは十五区ヴァスコ・ダ・ガマ通りにある「ロス・ア・モエル」という当時開店して間もないビストロでした。後に「ビストロノミー」、「ビストロ=ガストロ」と呼ばれるようになるグランメゾン級の最新のフランス料理をビストロ感覚の価格と雰囲気で楽しめるスタイルの店のはしりでした。グランメゾンがパリの中心部に店を構えていたのに対し、これらの店は進取の気鋭の左岸(リヴ・ゴーシュ)の外縁にあたる十三、十四、十五区にありました。そして、「ロス・ア・モエル」のティエリー・フォシェは十四区の「レギャラード」のイヴ・カンドボルドと並んでそのパイオニアとして人気のシェフでした。  ただし、それはまだ一部の「美食」に関心のある者たちのあいだでのことで、SNSなどまったくなかった時代、『地球の歩き方』や『るるぶ』などしか情報を得る手段のなかった一般の日本人にはまだほとんど知られていませんでした。つまり、フランス語で『ミシュラン』や『ゴー=ミヨ』に目を通していないと分からないことだったのです。筆者はすでに先立つ九四年、九五年とパリを訪れていましたので、当時のパリの最新のレストラン事情はそれなりに把握していました。  ですので、夜出かける星二つ、三つのグランメゾンならともかく、昼出かけるビストロで日本人にお目にかかることはありませんでした。それは川辺ご夫妻も同じだったのでしょう。お互い、「まさか日本人に出会うとは」、というニュアンスで「日本人でいらっしゃいますか」と尋ねられたように思われました。  パリ在住の日本人画家に出会うというのは何とも珍しいことかと思われるでしょうが、実は筆者、もう一人そのよう方を存じていました。筆者がパリでお世話になった、当時パリにお住まいでその後成城大学の教授になられた末永朱胤先生のお父様もまたパリ在住の画家でいらしたのです。その末永胤生画伯は馬の絵を描かれていました。川辺さんは抽象画を描かれています。  さて、「ロス・ア・モエル」はビストロですので隣のテーブルとの間隔は狭く、色々お話を伺わせていただきました。何を食したのかはすっかり忘れてしまいましたが、何のワインを飲んだかはしっかり覚えているのが筆者らしいと言えましょうか。で、やはりワインの話を川辺さんにも尋ねたのをよく覚えています。それは日常、というか毎日どのようなワインを飲んでいらっしゃるのかという質問でした。フランスでは朝はともかく、昼、夜と毎日必ずワインを飲むのが食事の一環と言えます。ご夫妻の答えは、自分たちは手頃なものではあるが必ず瓶のワインを買って飲んでいるというものでした。  ミネラルウォーターよりワインの方が安いと言われていたように、フランスではワインは日用品です。まず、ペットボトルのワインがありました。マルシェなどで、農家が自分たちの造ったワインをペットボトルに詰めて売っていたものです。また、街角のあちこちにあるフランチャイズのワインショップ「ニコラ」では、ワインの量り売りもしていました。ですので、ワインのエチケットにも書かれている瓶詰めされた(ミザン・ブテイユ)ワインと言うのはそれだけでなかなか上等なものと言えるのです。  たった一度の遭逢でしたが、帰り際に名刺をお渡ししたところ、日本で個展を開かれる際、葉書を送って下さるようになりました。銀座松坂屋の別館でずっと開かれていたのですが、松坂屋が閉店してしばらく連絡がなかったのですが、久しぶりに葉書が届きました。やはり、銀座の画廊での開催とのこと。  折角なので、この連載主宰の島田さんのお店の近くということもあり、島田さんをお誘いして伺ったのですが、入れ替わりで帰られたとのことでお目にかかれず仕舞いになってしまいました。お互い随分年を取りましたので、これが今生の別れにならないとよろしいのですが……。  さて、もう一人はフランス人の若い作家クレマン・デュポン氏の「ハーフトーン」と名付けられた個展。こちらは何と柴又の「アトリエ485」で開催されました。五月四日の初日に伺わせていただきました。デュポン氏は筆者が翻訳した『欲望の思考』の著者マキシム・フェルステル氏の甥にあたります。トゥールーズ生まれのフェルステル氏は現在、アメリカの大学でフランス文学を教えています。彼は二度日本を訪れており、一度は千葉大学などで講演を行なっています。そのフェルステル氏から甥が初めて日本で個展を開くので顔を出して欲しいとメールが。  それにしても、帝釈天のある寅さんゆかりの柴又のギャラリーとは。外国の作家を紹介するギャラリーのようですが、他にワイン会やコンサートなど広く多様な目的で活用されているスペースのようでした。調べるとオーナーもフランス人のようです。何となく合点が行きました。外国の作家に日本を感じてもらい、また日本らしい場で作品を展示するのに、外国人だったら「銀座」を選ぶでしょうか。下町情緒あふれる「柴又」こそ、確かに「浅草」ほど観光地化しておらず、しかし賑わいのある街でそれに相応しいのではないでしょうか。 逆に、「銀座」の画廊は「パリ在住の日本人画家」に相応しい発表の場であるように思われます。  デュポン氏はまだ二十代のように思われる若者で、やはりトゥールーズ出身。フェルステル氏の家から十五分ほどのところに実家があるとおっしゃっていました。現在はパリで活動しているとのこと。初めての日本で個展は柴又だけ。全国を旅するそうで、京都では版画を教わると言っていました。作品はシルクスクリーン様なものなのですが、実は点描で色の濃淡をその厚みで表現しているとのこと。本人は「掛け軸」に興味があるらしく、自作が「表装」されるのを意識して、額に入れない展示になっていました。  「銀座」と「柴又」。同じ「東京」という都市でも、それぞれの街には意味があり、同じパリ在住でも日本人とフランス人では自らを位置付ける場が異なっていました。それはグランメゾンがパリの中心にあり、ビストロノミーのパイオニアがパリの端に店を構えたのと似ているように思われます。 ともかくも、お二人のますますのご活躍をお祈りするばかりです。  今月のお薦めワイン 「マルゴーの隠れた逸品〈シャトー・マルキ・ダレスム〉――エレガントな格付けメドックワインを楽しむ――」 「シャトー・マルキ・ダレスム 2019年 ACマルゴー 第三級」8200円(税別)  ローテーションで今回はボルドーを。前回はメドックのサン=ジュリアンの格付けシャトーでした。今回もう一度、メドックの格付けシャトーから選んでみました。今度はACマルゴーです。しかも、第三級。しかし、「小さくてほとんど知られていない」とペパーコーンも書いている「シャトー・マルキ・ダレスム」です。  ACマルゴーは他の村名アペラシオンと異なり、マルゴーの他にカントナック、ラバルド、スーサンの各村、さらにアルサック村の大部分もACマルゴーを名乗ることが出来ます。ですので、複数の村に所有する畑が点在するというケースが多い。この「マルキ・ダレスム」もマルゴー村とスーサン村に畑があります。  実は「シャトー・マルキ・ダレスム」と名乗るようになったのは2009年からで、それ以前は「シャトー・マルキ・ダレスム・ベッカー」という名でした。エチケットも馬蹄型のデザインで個性的、印象深いものでした。同じACマルゴーの第三級、シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリを所有するジュジェ家が所有していた時代のことです。  2006年にブルジョワ級のシャトー・ラベゴルスの所有者ペロド家が購入しました。ペロド家は石油の富豪でラベゴルス=ゼデも購入、ラベゴルスに統合するなど着実にその勢力を拡大させています。  筆者はジュジェ時代の「マルキ・ダレスム・ベッカー」を好んでいました。小ぶりですが、実に品よくエレガントな趣でマルゴーらしいスタイリッシュなワインでした。  ペロド家になってからは以前よりカベルネ・ソーヴィニヨンの比率が高くなっているようで、今回紹介させていただく2019年ヴィンテージのセパージュはソーヴィニヨン57%、メルロ37%、プティ・ヴェルド6%とカベルネ・フランは使われていません。新樽率は50 %。樽熟成は18ヶ月とあります。  依然としてネームバリューは高くないので、価格的には前回の第四級のブラネール=デュクリュよりまだ随分お安くなっております。  ペロド家は2014年にシャトーを一新したようです。積極的な設備投資を行なっているようですのでその動向には注目すべき。パーカースコアも高い新たな「マルキ・ダレスム」をこの機会に是非お試しあれ。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE...

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『美食通信』 第四十一回 「場違いなロシア料理店――野比海岸『火の鳥』――」

『美食通信』 第四十一回 「場違いなロシア料理店――野比海岸『火の鳥』――」

 筆者が松重豊氏主演のテレビドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京系)を好んで見ている話をさせていただいたことがあるかと思います。大晦日の特番は必ず見ますし、再放送も時間があるときは何度目でも見てしまいます。どの店も個性的ですが、印象に残る店がいくつかありました。中でもとりわけ気になったのが、鎌倉の由比ガ浜にある「シーキャッスル」という店。名前こそ海岸沿いのサーファー御用達のカフェかと思いきや、何と落ち着いた雰囲気の本格的なドイツ料理店だったのです。しかも、かたせ梨乃さん演じるマダムがちょっと気難しそうでなんともドイツ風。ドイツと言えば、「シュヴァルツ・ヴァルト(黒い森)」と呼ばれる暗いイメージで、ゲーテもニーチェも光を求めて、イタリアへの旅に出たのは有名。つまり、海岸沿いとはまったく「場違い」な雰囲気の店だったのです。  実際はドイツ人のご家族が営まれる店で、筆者は機会があれば是非訪れてみたいと思っていました。ところが二〇二二年の十一月閉店したとのこと。何と六十五年もの歴史ある店だったそうです。ドイツ料理とは縁がない筆者ですが、大学院生時代、お世話になった先生が懇意にしていたシェフがカイテルさんというドイツ人で京王プラザホテルなどで活躍され、ちょうど新宿に「カイテル」という店を開業された(一九八六年)ので何度か伺うことがありました。その「カイテル」もカイテル氏が亡くなった後、奥様が継がれたようですが閉店となったようです。  ああ、「海岸沿い」のドイツ料理店なんて、そう滅多にお目にかかることがないのにかえすがえす残念に思っていたところ、『ミシュラン東京』掲載の「按田餃子」の按田優子さんから思いもよらぬ吉報が。按田さんは筆者が大学での卒論の指導教員を務めたのが縁で今も懇意にさせていただいております。按田さんは数年前、神奈川県三浦市に移住され、一度伺わせていただく話が出た際に、何処か食事をするのに適したレストランはないかと尋ねたところ、野比海岸沿いに「ロシア料理店」があるとのこと。その名も「火の鳥」。おお、「海岸沿い」のドイツ料理店もさることながら、ロシア料理店とはこれまた「場違い」はなはだしい。これは出かけない訳にはいきません。なかなか機会がなかったのですが、この春休み、とうとう出かけることと相成りました。  按田さん曰く、結構昔からあるらしい。調べると確かに一九九五年開店とあり、三十年になるかという老舗。店名の「火の鳥」というのはおそらくロシア人作曲家ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」からでは。一九一〇年、パリでロシア人演出家ディアギレフ率いるバレエ団が初演しました。東京のロシア料理の名店が今はなき芝の「ヴォルガ」をはじめ、新宿「スンガリー」、銀座「ロゴスキー」、六本木「バイカル」、浅草でさえ、「マノス」、「ラルース」、「ストロバヤ」とカタカナ表記のロシア語風なのに対し、「火の鳥」というネーミングは確かにロシアを連想させるもののやっぱり「場違い」感満載。  あいにくの雨模様の日となってしまいましたが、三浦海岸駅から久里浜へと海岸沿いに車を走らせると確かにその店はありました。驚いたのは海に向かって、外壁に「火の鳥」と赤い字で大きく店名が書かれていたこと。それが長年風雨にさらされ、また何とも微妙にかすれているのです。一階のガレージが四台分の駐車場になっていて、向かって一番右のスペースに車を停めたのですが、またまた驚いたのは右端の柱に表札がかかっていたのです。あれ、これは住居でもあるのか。まあ場所柄、当然と言えば当然なのですが、「シーキャッスル」同様家族経営なのだろう、と。  店内に入ると海が見えるよう、鰻の寝床風に上手にテーブルが配置され、厨房にいた中年のシェフらしき男性が明るくいらっしゃいませ、と。接客の同じくらいの年齢のご婦人が奥様なのかな。あれ、老舗なのに。もう代替わりしてしまったのか。と思いきや、厨房にはご老体のシェフの姿も。さらに常連らしき老婦人と皇室話で盛り上がっていたのが大女将であることに気づきました。あと、「研修生」と名札をつけた若い女性がサーヴィスに。  ボルシチにピロシキ、ストロガノフと日本のロシア料理店で出される典型的な料理がメニュに。中でも売りは「壺焼き」らしく、中身のシチューが十種類もありました。ユニークだったのはそれらをコースやセットとして組み合わせたものがこれでもかと何頁も書かれていて、かえって選ぶのが大変だったことです。筆者は主だった料理がすべて楽しめる「スペシャルコース」を選びました。ボルシチ、サラダ、ピロシキ、小さな壺焼き、ハーフサイズのラムステーキにデザートとロシアンティー。他に食べてみたかった「ビーフストロガノフ」を単品で注文して、同行者とシェアしました。以前この連載で取り上げた「ロールキャベツ」はメニュにありませんでした。  筆者はロシア料理では「ピロシキ」が好物で、とりわけ浅草の「ストロバヤ」の「ピロシキ」が気に入っています。ナツメグの効いた挽肉がたっぷり入っていて肉肉しい。「火の鳥」の「ピロシキ」は揚げておらず、バターのたっぷりのパン生地にフィリングを入れ焼いたもの。噛むとジュワっとバターが滲んで中の具と合わさってこれまた美味。しかし、一番気に入ったのは「ラムステーキ」でした。何かにマリネしてあったのか、しっかり火の通ったラムでしたが思ったより柔らかく、これがまた美味しい。玉葱の効いた醬油ベースのソースが絶妙。おそらく「シャリアピンステーキ」のヴァリエーションか、と。歯の悪かったロシアの名バス歌手シャリアピンが来日し、帝国ホテルに泊まった際、シェフが考案した料理。すりおろした玉葱でマリネして柔らかくした牛肉を薄くたたいて、ステーキにし、その玉葱をソースに。「ミニッツステーキ」の応用編。実際、ラムの他に牛肉のステーキもメニュにありました。でも、ここは仔羊をチョイスして正解でした。  ワインはさすがにロシアワイン、といってもほとんどはグルジアワイン、今はジョージアと言っていますが、旧ソ連だった地域のワインは置いてありませんでした。その代わり、黒板に今日のワインとして、赤はスペインのビオワインが載っていましたので、これ幸いと注文した次第。ナヴァラの産で、テンプラニーリョとメルロの混醸。最初、冷え過ぎで味が分からなかったのですが、室温に戻ってくるとなかなかいける。重すぎず、この店の料理にはちょうど良い塩梅。  それほど食べ歩いた訳ではありませんが、都内の有名ロシア料理店に劣らない出来の料理の数々。そんなレストランが何故、こんな海岸沿いに。海水浴姿のお客様は入店お断りと入り口に札がかけられているし。確かに、かたせ梨乃風の近寄りがたいオーラを出すマダムはおらず、アットホームな家族経営のお店で、ご近所さんが気軽にランチに来られるような店ではありました。  別荘地と住宅地の中間、いわゆる「境界例(ボーダーライン)」ともいうべき立地が生み出す不思議な雰囲気が「火の鳥」という名に暗示されているように思われました。按田さんの料理が按田優子という人間のライフスタイルと不可分なように、この三浦の地は独自の文化圏を成しているのではないか、と。 「火の鳥」、今度行ったら筆者は迷うことなく、メニュを決めることが出来るでしょう。その日がまた来ることを願っています。ご馳走さまでした。 今月のお薦めワイン 「トスカーナの最高峰〈ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ〉――多彩なサンジョヴェーゼ種を楽しむ――」 「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ 2017年 DOCG ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ フォッサコッレ」9920円(税別)  今回はイタリアワインの回。前回、ピエモンテ州のネッビオーロ種から造られる「ガッティナラ」を紹介させていただきましたので、今回はイタリアの二大産地のもう一つトスカーナ州のワインを。トスカーナの主要品種は「キャンティ」の主原料となるサンジョヴェーゼ種です。ネッビオーロ種はブルゴーニュのピノ・ノワール種同様、どの地域でも同様ですが、サンジョヴェーゼ種はちょっと事情が異なります。地域によってそれぞれ、その亜種からワインが造られているのです。そして、その最高峰がブルネッロ種で、「十九世紀半ば、フェルッチノ・ビオンディ・サンティによって、モンタルチーノでサンジョヴェーゼ種から分離された力強いクローンで、質的に重要である」とジャンシス・ロビンソンは書いています(『ワイン用葡萄ガイド』、ウォンズ、1999年)。  他のサンジョヴェーゼ種の亜種には、プルニョーロ・ジェンティーレ種から造られる「ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノ」、モレッリーノ種から造られる「モレッリーノ・ディ・スカンザーノ」があります。  そして、ブルネッロ種から造られるのが「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でサンジョヴェーゼ系の葡萄から造られるワインでは最も高価なものになっています。「力強い構成を持つこのワインは、樽と瓶で熟成して温かみがあり、充分な香味を持つ深いルビー色からレンガ色までの豊かで複雑なブーケのあるワインになる」(バートン・アンダースン『イタリアワイン』、早川書房、2006年)。  また、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは長熟用の造りで飲み頃まで時間がかかることもあり、同じブルネッロ種を用いて、早飲みで値段もより手頃な「ロッソ・ディ・モンタルチーノ」が1980年代から造られるようになっています。筆者は何種類かロッソ・ディ・モンタルチーノを飲んできましたが、どれも味が単純で軽すぎるように思われました。やはり、ここは葡萄品種の特性を最大限に生かした「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」を選ぶべきでしょう。  ということで、今回選んだ「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」はフォッサコッレという、モンタルチーノで最高のロケーションに2.5haを所有する小さな家族経営の造り手のものです。古き良き時代の造りを彷彿とさせる骨太でずっしりとした味わいの逸品をこの機会に是非お試しあれ。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第四十回 「アラカルトで食するフレンチの魅力――「アピシウス」訪問記――」

『美食通信』 第四十回 「アラカルトで食するフレンチの魅力――「アピシウス」訪問記――」

 毎年、この『美食通信』執筆のご褒美に主宰の銀座「The Cloakroom」の島田さんからグランメゾンでの食事に招待していただいております。昨年は、開店間もない銀座七丁目の「トワヴィサージュ」にお連れ下さりました。サーヴィスのユニフォームを島田さんのお店でオーダーで作られたとのこと。素晴らしい店でミシュランでもネットで紹介されたとのこと。おそらく星を取るだろうと予想したところ、その通り今年一つ星を獲得しました。  さて、今年は何処に連れて行って下さるのかと思いきや、有楽町の「アピシウス」を予約されたとのこと。一昨年は開店したばかりの銀座六丁目の「グッチ・オステリア・ダ・マッシモ・ボットゥーラ・トウキョウ」(長い!)でしたし、まさか老舗中の老舗の「アピシウス」とは。その心は「アラカルトで食する」をテーマにしたいと。なるほど。筆者はことある度に現在のグランメゾンでの「お任せコース」を「押し売りコース」と批判し、グランメゾンこそ高い金を払うのだから、自分で食べたいものを決める「アラカルト」こそ理にかなっていると申し上げてきました。また、実際、筆者がパリでグランメゾンを食べ歩いた三十年ほど前はアラカルトが常識だったのですから。  「アピシウス」は一九八三年創業。有楽町の蚕糸会舘の地下一階にあります。銀座の名店「レカン」、「ロオジェ」、「マキシム」などよりは一世代後の老舗となります。高橋徳男氏がシェフだった一九九五年、見田盛夫氏の『エピキュリアン』(講談社)で東京(即ち日本)最高峰のフレンチと称賛されています。筆者は世紀が変わる二〇〇〇年頃訪れたことがあるのですが、個室での会食でしたのでメインのホールは今回初めて拝見しました。ただ、この時はすでにシェフが交代し、見田氏も二つ星に格下げし、「サーヴィスにも緊張感がとぼしく、皿の上にも綿密な配慮にもとづいたバランスが感じられないものが多かった」と評しています(同氏、『エピキュリアン2000』、丸善)。  今回四半世紀ぶりの訪問となるのですが、近年、「アピシウス」の評判は再浮上し、二〇二四年版の『ミシュラン東京』に星こそ付いていないものの掲載されるに至っています。ただ、調べるとシェフはベテランで高橋門下の「アピシウス」一筋の方のようですし、ある種の温故知新なのではないかと予想されました。それでも「アラカルト」でいただけるというのはワクワクするものです。メニュを開いて、料理を決めるのは想像力=創造力を働かせる必要があります。たとえ、オードブル、メイン、デセールの三皿であってもそれぞれ何種類かある料理の中から組み合わせるのですから、その可能性は何十、いや何百通りもあり得るからです。  また、ご一緒する方が何を選ばれるかも気になるところです。別にまったく同じチョイスになったとしても構いません。重要なのは自分が一番食べたいものを頼むことです。そうすると意外に同じものを頼むケースは少なくなります。実際、筆者と島田さんのチョイスはまったく被りませんでした。オードブルに島田さんはフォアグラのテリーヌを、筆者は同じフォアグラでもポワレをチョイスしました。筆者はフォアグラは火が通った方が好きです。というか、もう温製でないと食べたくないかも。  さて、次はもうメインでよいのですが、メニュに季節のお薦めという項があり、ホワイトアスパラガスのオランデーズソースがありましたので、口直し程度に一本ずつ頼んでみました。ここは島田さんにお付き合いいただいた次第。料理はまったくのクラシックで丁寧な仕事ですがこの二皿は普通の出来。もちろん、悪くはないが閃きはない、といった感じ。メインは島田さんが子羊で筆者はシャラン鴨のサルミソース。このサルミソースは良かった。鴨の血のソースなのですが豚の血も混ぜているとのこと。何が良いかというとソースの味がまず良かった。滑らかで味が強くはないがコク深く飽きがこない。それが皿一面に敷きつめられた薄切りされた鴨肉にこれでもかとかけられて出てくる。この薄切り具合がまた絶妙。ソースと絡めてちょうど一口で食べられる。これは素晴らしい古典の再現でした。  次はデセールで良かったのですがワインがまだ余っていましたので、フロマージュを少々。これも種類が豊富で各々二種類ずつ頼みましたがやはり被りませんでした。デセールは懐かしいグランデセールがワゴンで登場。何種類ものケーキをお好きなだけどうぞというスタイル。ただ、筆者はこのスタイルはもう必要ないかと思っています。デセールとはいえ、やはり皿で勝負するべきだ、と。実際、いにしえのパリでもそうでした。で、デセールのメニュを取り寄せるとやはりあるではありませんか。パティシエは別の方のようで、これもまた昔ながらのグランメゾン。あるいはホテル方式と言えましょうか。島田さんはフロマージュムース。筆者はフォンダン・ショコラ。まあ、これは及第点といったところ。  さて、今回最大の収穫はやはりワインではなかったかと思われます。立派なワインリスト。見田氏はとりわけボルドーワインの揃いが良いと書かれていましたがそれは今も変わらないようです。島田さんが余り飲まれませんので食前酒などはやめて、ボトルで頼んで最初から楽しむことに。筆者はブルゴーニュが飲みたかったのですが、こちらもなかなかのもの。グランメゾンですから二万円からになりますが、ブルゴーニュのグランクリュのワインでも二万円台があるのには驚きました。レストランのワインは小売価格の二倍というのが通例ですが、近年ブルゴーニュは高騰していますので、カーヴに寝かせておいたワインをレストランで飲んだ方が安いという逆説が今回筆者が選んだワインに当てはまることに。  筆者が選んだのはモレ=サン=ドニ村のグランクリュ「クロ・ド・ラ・ロシュ」の2013年。造り手はマルシャン・フレールで三万六千円ほどでした。「クロ・ド・ラ・ロシュ」には他に二万円台、八万円台、九万円台と全部で四アイテムあり、すべて造り手が異なっていました。ブルゴーニュの場合、造り手によって価格がまったく異なってくる好例です。マルシャン・フレールは筆者の好きな造り手で価格も良心的。「クロ・ド・ラ・ロシュ」には4アールのみ所有しており、毎年一樽300本しか造っていません。ちなみに最新の2021年ヴィンテージは小売価格五万円です。  さて、最後にグランメゾンの評価の大きな要因であるサーヴィスについて。四半世紀前の見田氏の苦言もまずサーヴィスに向けられていたことを忘れてはいけません。筆者の評価はくしくも島田さんがサーヴィスの服装を評価されたことに合致します。さすがファッションのプロ。筆者とは視点が異なりますが本質を見抜かれていました。島田さんはサーヴィスのユニフォームが合羽橋辺りで売られている既製品でフィットしておらず、靴も安っぽくていけないとおっしゃったのです。  確かにホールは満席で客の数はそれなりに多かったのですが、サーヴィスの数が多すぎる気がしました。ばたばたした感じがしました。また、一通り片付くとホールの外で突っ立って皆で談笑しているではありませんか。まさに「緊張感が足りない」。黒服に加えて、白服の「コミ(助手)」というスタイルは昨今見かけず貴重な「型」なのかもしれませんが、形だけ整えても内実が伴わなければ形式「美」にはなりえないのです。  くしくも『ミシュラン』が星を付けなかったのも致し方ないと言わざるを得ません。調度は贅沢で雰囲気はノスタルジック。確かに魅力的で貴重な経験ではありますが、絶滅危惧種を「見学」に行くようなそんな趣の食事でした。それにしても満席とは。島田さんに心から感謝します。四半世紀前から変わらず筆者には縁遠い世界だと痛感した次第です。 今月のお薦めワイン 「コート・ドールの村名ワインを楽しむ――コート・ド・ニュイ最大の産地〈ジュヴレ=シャンベルタン〉はいかが?――」 「ジュヴレ=シャンベルタン メ・ファヴォリット 2021年 AC ジュヴレ=シャンベルタン エリック&ジャン=リュック・ビュルゲ」16500円(税別)   ブルゴーニュの赤を飲もうと思ったとき、やはりコート・ドールのワインに尽きると思われます。しかも、その中で北側のコート・ド・ニュイと南側のコート・ド・ボーヌだったら、やはりニュイのワインではないか、と。これはボルドーであれば、左岸のメドックか、右岸のリブールヌかという好みの選択に似ています。ただ、ボルドーであれば、メドックはカベルネ・ソーヴィニヨンが主で、リブールヌはメルロが主という葡萄品種そのものの違いがあるのに対し、ブルゴーニュはあくまでどれもピノ・ノワール100%ですから、その微妙な差異が好みを左右するという「繊細さの精神」(パスカル)が重要性を持っています。  しかも、ニュイのワインと言ってもメドックのようにアペラシオンが複数あります。どの村にするかが問題。しかも、ブルゴーニュは明らかにボルドーより高価。筆者のような貧乏大学講師が手を出すべきではないのですが、それでもそれなりの楽しみ方があるかと思います。  それはグランクリュやプルミエクリュ、さらに畑名ワインも無視して、村名ワインに特化して楽しむという手法。ボルドーはシャトー別ですが、ブルゴーニュの魅力は造り手の数が膨大であること。つまり、同じ村名ワインでも造り手が多いのでそれさえ網羅するのは難しいかと思われます。  で、筆者が今、好んで探しているのがニュイ最大の産地、ジュヴレ=シャンベルタンの村名ワインです。しかも村名ワインはだいたい二種類造られていて、スタンダードなキュヴェの上に、古樹の葡萄を厳選して造られた「ヴィエイユ・ヴィーニュ(V.V.)」と記されたキュヴェがあるはずです。  今回選んだエリック&ジャン=リュック・ビュルゲでは「サンフォニー」とこの「メ・ファヴォリット」の二種類の村名ワインを造っていますが「メ・ファヴォリット」が「ヴィエイユ・ヴィーニュ」に相当し、所有する二十六区画の平均樹齢七十年にもなる葡萄を使用し、除梗して醸造、新樽30%で二十ヶ月の長期熟成。  ドメーヌは1974年、アラン・ビュルゲが設立。ジュヴレ=シャンベルタンの代表的造り手として名声を博します。現在は子息のジャン=リュックとその息子で孫のエリックの名を冠したエリック&ジャン=リュック・ビュルゲとエチケットに記しています。アランの時代より有機農法を実践し、「自然との共存」をコンセプトに2013年からはビオディナミを採用しています。現在でも7haの所有で、他には少量のネゴシアン物のヴォーヌ=ロマネ等を生産するのみで丁寧なワイン造りを続けています。  是非この機会に魅力的なジュヴレ=シャンベルタンの逸品をお試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第三十九回 「魅惑のロールキャベツ――おふくろの味から高級フレンチまで――」

『美食通信』 第三十九回 「魅惑のロールキャベツ――おふくろの味から高級フレンチまで――」

 今年初めての元代々木町「シャントレル」での食事を前に中田シェフから「メインはシューファルシということで」とのメールが入りました。寒い冬の時期、シャントレル定番のメイン料理の一つにこの「シューファルシ」があります。「シューファルシ」はフランスオーベルニュ地方の郷土料理でキャベツを丸ごと使ったロールキャベツのこと。シェフが修業されたオーベルニュ地方サンボネ・ル・フロワ村にある三つ星レストラン「レジス・マルコン」のスペシャリテ。キャベツに挟むひき肉はマルコンでは豚肉なれど、福島県川俣町の「川俣シャモ」を用いているところが中田流。さらに鶏肉ではオイリーさが足りないのでフォアグラを忍ばせるところが憎い。身も心も温まる逸品。  しかし、思い起こせばロールキャベツというのはまさに「おふくろの味」。筆者が子供の頃、必ず食卓に上ることのある料理でした。ゆがいたキャベツで俵状のひき肉を包んで楊枝で止めて、水に溶かした固形コンソメでコトコトと煮込む。それだけ。だいたい肉よりキャベツの量の方が多くて、何か損した気持ちになったものでした。ですので、ナイフとフォークで食べるにしてもキャベツとひき肉を一緒に食することなど稀で、コンソメと肉の味の滲みたキャベツを一口分に切り分け、まずそれを平らげ、むき出しにされた可愛らしいひき肉の残骸を半分か三等分にして食し、最後に残ったスープをいただくといった手順。肉の旨味を充分吸った甘みのあるキャベツがメインの食べ物であることは子供心にも何となく分かるも、やっぱり肉が恋しい気持ちになったものです。  マルコンの流れを汲む中田シェフの「シューファルシ」ももとはと言えば、フランスの田舎の家庭料理を芸術品にまで高めたもの。ただ、筆者はこの「シューファルシ」から今は亡き母のロールキャベツを懐かしく連想することはありません。あれはまったく別物だ。筆者の母は外食を好まず、来客があっても店屋物(出前)をとることは滅多にありませんでした。別に料理上手というほどのことはないと思うのですが、自分の作ったものを子供に食べさせるという信念があったらしいことは、亡くなった後の叔母たちの話からも明白なようです。ですから、今でも筆者はどうしてももう一度食べたいものがあるとすれば、母の作ったある料理に尽きると思っています。「ロールキャベツ」ではないのですが、「おふくろの味」というのは別格なのです。  そんな「おふくろの味」の一つである「ロールキャベツ」などお金を払って外で食べるものではないと当初筆者は考えていたように思います。それを覆すことになったのは、大学生になって、友人に安くて美味しいものがあるから食べに行こうと誘われて、新宿の「アカシア」という店に連れて行かれたときのことでした。今調べてみると洋食屋でハヤシライスやカレー、ポークソテーやクリームコロッケもあるようですが、半世紀近く前に出かけた際は「ロールキャベツ」しかないと思っていました。誰もが「ロールキャベツ」を頼んでいたからです。しかも、その「ロールキャベツ」はコンソメ仕立てではなく、白いシチュー仕立てでした。しかも、安い。「ロールキャベツシチュー」にご飯が付いて、四百円しなかったのでは。美味しいかと言えば、筆者はあまり感動しませんでした。ただただ、「ロールキャベツ」が外食になっているのに驚いた。カルチャーショックでした。  当時、メニュが一つきりということで覚えているのは渋谷百軒店(だな)にある「ムルギー」というカレーの老舗です。筆者は「ライオン」というクラシック喫茶によく出かけていて、そのすぐ近くに「ムルギー」はあり、ついでに寄ってしまう。それは怖い物見たさと言った風で。とにかく店内が暗いのです。厨房だけが妙に明るく、店内の照明はその明かりだけで賄っていたのでは。暗がりを恐る恐る空いたテーブルに座ると、ご老体が水の入ったコップを持って登場し、ボソッと「ムルギー卵入りですね」とおっしゃる。か細い声ながら有無を言わせぬ無言の圧力があり、「はい」と答えざるを得ない。確か店の入り口には何種類かのカレーが書いてあったようななかったような。もう、どうでも良い。出てきたカレーにまたビックリ。ご飯がピラミッド型に盛られているのです。カレールーの味もインド風でもなければ、欧風でもない。茹で卵が乗っているし。当時はネットも何もないので、本か何かで調べたのだと思いますが、老夫婦が営んでおられ、ご夫人が厨房を担当。御主人が第二次世界大戦中赴いたインドネシアで食べたカレーを再現したものらしい。これも美味しいかどうかはよく分からないのですが、あの雰囲気がクセになってしまい、結構出かけました。もちろん、「ムルギー卵入りですね」を聞きたくて。驚くべきは代替わりしたとはいえ、「ムルギー」も「ライオン」も健在なこと。新宿「アカシア」もそうですが、老舗恐るべしです。  閑話休題。さて、あと「ロ―ルキャベツ」が名物なのは「ロシア料理」。こちらはトマト味にサワークリーム。これも何だか怪しいのですが、東京で「ロシア料理」店といえば、浅草。筆者が何度か訪れたのも浅草の「ストロバヤ」です。これは今回調べたのですが、赤坂のロシア料理店で修業した方が浅草で「マノス」を開店。「マノス」出身の料理人たちが同じ浅草で「ストロバヤ」、「ラルース」、「ボナフェスタ」を開店。この四店が老舗であるとのこと。下町の「ロシア料理店」は同じ浅草の「洋食店」、例えば「ヨシカミ」、「グリルグランド」、「リスボン」といった店と似た趣があります。洗練さよりも親しみやすさ、本格的なロシア料理ではなく、日本風にアレンジメントされたもの。フランス料理ではなく、あくまで「洋食」であること。この怪しさがまた魅力的なのですが。なかなか高価な「ロールキャベツ」を食することが出来ます。  結局のところ、「ロールキャベツ」はノスタルジックな料理なのかも。しかも、ちょっとマージナルな(周辺的な)趣が。新宿の安くて美味しい老舗洋食。浅草のロシア料理店。それにフランスの片田舎の郷土料理、と。しかも、意外にも高級フランス料理店で食した「シューファルシ」がシンプルな澄んだスープ仕立てで、家で食していたものに一番近い。巡り巡って、行きつく先は「おふくろの味」ということかもしれません。 今月のお薦めワイン 「メドックの秀逸なる次席〈サン=ジュリアン〉――隠れたる第四級の逸品〈シャトー・ブラネール=デュクリュ〉――」 「シャトー・ブラネール=デュクリュ 2018年 ACサン=ジュリアン 第四級」12000円(税別)   ブルゴーニュ、イタリア、そしてこのクールの最後はボルドーワインです。筆者はワインを本格的に嗜もうと思った際、ボルドーワインを極めることがそれに相応しい方途(メソッド)であると考え、四半世紀近くそれを貫き通しました。ただ、ここ数年はブルゴーニュに関心があります。年を取り、酒量もめっきり減り、重いワインが辛くなってきたからです。それでも長年親しんだボルドーワインへの敬意は変わりありません。ということで、まずはボルドーを代表するメドックの格付けワインから紹介させていただきたく思います。  ボルドーと言えば、五大シャトー。この五大は1855年のメドック格付け(一級から五級)で第一級を獲得した四つのシャトーに、例外的に1973年第二級から昇格したシャトー・ムートン=ロートシルトを加えたもの。筆者がボルドーに決めたのもムートンの1984年に感動したからでした。  格付けされたワインを産するのは四つの村と一つの広域のアペラシオン(オー=メドック)に限られ、第一級はポイヤックとマルゴーだけ(オー=ブリオンは例外でメドックではなくグラーヴのワイン)。第二級になるとサン=ジュリアンとサン=テステフも登場し、オー=メドックは第三級以下になります。  今回紹介させていただくシャトー・ブラネール=デュクリュはサン=ジュリアンの第四級。サン=ジュリアンは第一級こそないものの第二級が五シャトーもあり、そのすべてがスーパーセカンドと呼ばれる第一級に迫る優れもの。色は青インクのように濃く、色を見ただけでサン=ジュリアンと分かる。タンニンのしっかりしたタイトな造りは堂々たるポイヤックとは対照的ながらどちらも品格がある。女性的なマルゴー、土っぽさを感じるサン=テステフ、ニュートラルなオー=メドックとそれぞれが個性的。  ブラネール=デュクリュは色、香り、味わいのすべてに「チョコレートに似た風味」を持つというサン=ジュリアンの中の個性派。固い感じのワインが多いサン=ジュリアンでしなやかさを有し、比較的早くから美味しく飲めるというメリットも。筆者が愛好するシャトーの一つで、パリで二十世紀最大のグレイトヴィンテージの一つ、1945年を購入し開けたこともあります。 サン=ジュリアンの「偉大さ」より「魅力」をお求めなら、迷わずブラネール=デュクリュを選ばれることです。という訳で、今回はグレイトヴィンテージですのでまだちょっと早いかもしれない2018年を選んでみました。今飲んでも良し、もう少し寝かせてから飲んでも良し。この機会に是非、その魅力を体験していただければ幸いです。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP  

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『美食通信』第三十八回 「例外的なラーメン食――島田「ル・デッサン」――」

『美食通信』第三十八回 「例外的なラーメン食――島田「ル・デッサン」――」

 事ある毎にお伝えしていると思いますが筆者は「グルメ」ではありません。グルメには類語に「グルマン」があり大食漢という意味からも、美味しいものであれば何でも食べるのが好きというニュアンスだと思います。それに対し、「美食」は「ガストロノミー」、「ガストン」が胃を意味し「食べること」ととしたら、「ノミー」は「ノモス」=法、「律すること」であり、「ガストロノミー」は「食を律すること」即ち「テイスティング」であると筆者は考えます。  筆者は外食を好みませんし、外食するとしたら、基本フランス料理あるいはフランスワインを嗜むことと決めております。「美食」とはある種の専門性を持つものではないでしょうか。フランス料理のシェフがフランス料理を極めようとするなら、それを食する方もフランス料理を食することを極めようと応えるべきでは。これが「美食」であり、食する方は何でも食い散らかしてよいという訳ではありません。  筆者は自宅でフランス料理を食することはありませんが、食後に必ずデセールをいただきます。そこでいつの頃からか、主食の炭水化物を摂らないようになりました。米、パン、麺類。パンを少しは食べますが、例えば、大学での昼食に時間もないので菓子パンをかじったり、ホテルの朝食でクロワッサンを一つくらいとか、まあそんなものです。いわゆる「おかずっ食い」というやつです。  カレーは好物で一週間に一度は自宅で夕食にカレーを食しますが、決まった銘柄のレトルトカレー四種をローテーションで食べています。もちろん、ルーだけであとは野菜系の副菜を食して終わり。デセールがありますので。フランス料理以外の外食で鰻が好みなのも、蒲焼だけ頼めるからです。鰻重は食しません。イタリアンが悩ましいのは料理的には好みなのですがパスタが食べきれないので、一口くらいテイスティングさせていただき、あとは同行者に食べてもらうしかありません。生ものは元々それほど好みではなく、フランス料理を選んだのも基本火が通ったもの、即ち手を加え調理したものがフランス料理の文化だったからでしょう。  ですので胃にもたれる麺類を食することが一番ありません。その中でも滅多に食べないのがラーメンです。何が駄目なのかと言えば、スープの中に麺が浮かんでいるのが許せないのです。パスタはソースにあえてあるのでまだ食べてみたい。蕎麦は軽いので「ざる」ならまだいける。うどんもぶっかけなら少々。ラーメンはスープが命でしょうから、それも麺も残して具だけ食べる訳にもいかず、何とも縁がなさそうな食べ物であることよ。  もちろん、子供の頃は食べていました。インスタントラーメン全盛期の生まれですので。カップヌードルが登場した時は驚きましたが、正直美味しいと思ったことはありません。インスタントラーメンでもう一度食べてみたいと思うのは明星の「劉昌麺(りゅうしょうめん)」です。あくまでスープが他の銘柄と比べて断トツに美味しく思えたからです。まだ諏訪に住んでいた一九七〇年初めの頃の話です。  そんな筆者がラーメンを食する機会をこのところ年一、二回持つようになっています。それは静岡県の島田市にある「ル・デッサン」というラーメン店に出かけるようになったからです。両親が亡くなった後、二人の故郷の静岡市に年に一、二度出かけるようにしているのですがその折、市内にある「カワサキ」というフレンチに出かけています。『ゴ・エ・ミヨ』でミシュランの一つ星に相当する三トック(コック帽)を獲得している名店です。何故か〆にラーメンが出るのでどうしてか、店主の河崎シェフに尋ねたところ、島田の「ル・デッサン」で教わって出しているとのこと。「ル・デッサン」という名前に聞き覚えがあったので、あの増田シェフの「ル・デッサン」と確かめたところ、そうである、と。 「ル・デッサン」というのはもう四半世紀近く前になりましょうか、都営地下鉄大江戸線が開業となった際、新設の牛込柳町駅近くに開業したフランス料理店でした。壁には増田シェフが描かれた絵が飾られている小洒落た店で奥様の暖かいサーヴィスと共に人気の店で筆者もよく通ったものです。ただ、筆者は二〇〇五年に大病をして、九死に一生を得たもののしばらく外出を極力控えねばならなくなりました。そのうち、気づくと「ル・デッサン」は閉店しており、増田シェフご一家は実家のある島田市に帰られたという話を聞いたのです。  筆者はフレンチ以外のことに疎いので、まさか島田に戻られた増田シェフがラーメン店を開かれたとは露知らず。しかもフレンチの時と同じ「ル・デッサン」を名乗られているとは。しかし、事情が分かると納得の行くことばかりで。元々、静岡市のお隣の藤枝市やさらにそのお隣の島田市には「朝ラー」と呼ばれる朝食にラーメンを食する習慣があり、ラーメン店の激戦区であるとのこと。実際、「ル・デッサン」は朝七時から午後一時までの営業で麺が無くなり次第、閉店になります。さらに、増田シェフのラーメンの出汁はホロホロ鳥、鴨などフランス料理の出汁をベースにしたもので牛込柳町時代の延長線上にあることが分かります。  そのような唯一無二(ユニーク)のラーメンは全国区の名店と評価され、この年明け一月十八日放映のTBSテレビでの「今一番美味しいラーメン決定戦!神の舌が選ぶ全国TOP30!最強ラーメン番付SHOW」にもホロホロ鳥の醤油ラーメンが取り上げられ、十五位にランクインしました。  筆者はこの番組を観ようかと思ったのですが、審査委員の一人が場違いで納得が行かなかったので見るのをやめました。ラーメンは専門の評論家が多数いらして、一人は石神某氏とまあ良かったのですが。ここは複数のラーメン専門家にきっちり判定してもらいたかったのに残念です。フランス料理はもっと悲惨で、日本では故見田盛夫氏以外、まともな評論家が皆無という状況。筆者が求めているのは料理評論家ではなく、あくまでフランス専門の評論家の必要性であることを誤解なきよう。  さて、増田シェフご夫妻のご尊顔を拝したく、筆者は島田に朝早くから出かけるのですが、何せこの時以外ラーメンを食しませんので何を選ぶかが至難の業で。というのも、スープの中に麺が浮かんでいるのが許せない筆者としては、同伴者の食するホロホロ鳥だのホタテだののスープは一口テイスティングさせていただきますが自分が選ぶことはなく……。唯一の救いは「まぜそば」でいつもこれを頼んでしまいます。ラーメン通からすれば、邪道かもしれませんがこれがなかなかの美味。花かつおがこれでもかと一面を覆った和のベースにオイスターソースやごま油と中華の要素も加わって旨味満載。筆者でも半分は食することが出来ます。この夏は「冷やし中華」に挑戦しました。アボカド、オリーブオイルで作られたマヨネーズと見た目もフレンチ風でこれも実に美味でした。  この三月に按田餃子の按田優子さんたちと静岡に出かける予定ですので、当然「ル・デッサン」にもお邪魔させていただきます。今度もまた新たなメニュにチャレンジしようと思っていますがまたまた傍流の変化球的なものになってしまうのだけは確かです。それでも多彩な球種を用意して下さっている増田シェフといつも暖かな出迎えをして下さる奥様に心から感謝する次第です。これまでも行列が出来る店ですので、ますます待ち時間が増えませんように。筆者は基本、予約なしに店に出かけることはなく、並んでまで食べるのは苦手ですから。 今月のお薦めワイン 「ネッビオーロはバローロ・バルバレスコだけではない――ピエモンテの逸品〈ガッティナラ〉――」 「ガッティナラ 2017年 DOCG ガッティナラ アンツィヴィーノ」 6620円(税別)   ブルゴーニュの次はボルドーと行きたいところですが、間にイタリアワインを挟んでボルドーの順に四クールしたいと思います。  さて、すでにイタリアのブルゴーニュに相当するのがピエモンテ州のネッビオーロ種100%で造られるワインであることは説明済みです。実際、ブルゴーニュが「ワインの王」と呼ばれているように、バローロが「イタリアワインの王」と呼ばれていることも。ただし、バローロはピエモンテの一村の名であり、ブルゴーニュで言えば、ヴォーヌ=ロマネのようなもの。これもまた、バローロにバルバレスコと言われますし、ブルゴーニュならさしずめジュヴレ=シャンベルタンと言ったところでしょうか。  しかも、バローロ、バルバレスコはピエモンテ州の南部に位置し、北部にもネッビオーロ種100%で造られる銘酒があり、「ゲンメ」に関しては名手ロヴェロッティの逸品を紹介させていただきました。実は北部にはもう一つ重要な地区があります。それが「ガッティナラ」です。という訳で今回は「ガッティナラ」を紹介させてください。  ブルゴーニュのコート・ドールでは北部のニュイの方が赤の銘酒に適しており、南部のボーヌはコルトン、ポマール、ヴォルネを擁するものの白ワインの銘酒の産地であったのに対し、ピエモンテでは南部アルバ地区のバローロ、バルバレスコばかりがクローズアップされて、北部のゲンメやガッティナラに陽が当たらないのは残念。  アンダースンは『イタリアワイン』でガッティナラを「菫の花の香りを持ち、鼻にはタール臭が感じられる。ソフトで後口にアーモンドの苦味が残る」とその特徴を書いています。  今回ご紹介するのは「アンツィヴィーノ」という1999年創業の新しいカンティーナのもの。ミラノから移り住んだオーナーは蒸留酒製造に使われていた古い修道院を購入し、伝統的な手法でワイン造りを行なっています。具体的には熟成はスロヴェニア産の大樽で三年、さらに瓶熟で一年といったように。ドライでアロマ、味わいにミネラルなどの複雑さがあり、それでいて、酸とタンニンのバランスは良く上品な仕上がり。  この機会に是非、ネッビオーロの多彩なポテンシャリティの一端をお楽しみいただければ幸いです。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第三十七回 「昼のご馳走『鰻』――サクッと食べる贅沢な時間――」

『美食通信』第三十七回 「昼のご馳走『鰻』――サクッと食べる贅沢な時間――」

 この『美食通信』も四年目に入りました。主宰のThe Cloakroomの島田さん、また読者の皆様には引き続きのご贔屓どうかよろしくお願いたします。  さて、昨年に続き十二月の初め、栃木県大田原市にお住まいの大学院時代の先輩、M女史に会いに出かけました。昨年は那須の「レストラン・クエリ」でランチしましたが、今年はMさんのリクエストで芦野町にある「丁子屋」で鰻を食することになりました。大田原からは車で一時間弱、現在は那須町に属するのですが、同じ那須町でも別荘地として有名な那須高原は新幹線を挟んで反対側で、同じ山の中なれどこちらは鄙びた感じの旧奥州街道沿いに「丁子屋」はありました。M女史は子供の頃、「丁子屋」の真向かいにあった公証役場でお父様が所長をされており、役場の裏の社宅に住んでいたそうです。現在は更地となって町営の無料駐車場に。そこに車を停めて、「丁子屋」へ。週末は予約が必要な名店とのこと。  品書きは鰻重と蒲焼、白焼のみと酒のつまみもほぼ皆無に近く、何と潔いことよ。筆者は銘柄不明の冷酒一合に蒲焼、冷奴というシンプルな選択。蒸しが弱めで身がしっかりとしており、食べ応えのある蒲焼でした。  それにしてもこんな山の中に鰻屋とは。元々は旅籠として江戸時代から三百年以上の歴史があるそうで、鰻は近くに奈良川があるからとのこと。そう言えば、高知の四万十川の鰻は有名です。関東も坂東太郎、利根川を始め、多くの河川があるので鰻はあちこちで名物に。埼玉では浦和、川越。千葉では成田や佐原などなど。成田は新勝寺の参道沿いに鰻屋がずらっと軒を並べ、「川豊」、「駿河屋」といった名店が。  佐原は利根川べりですので、伊能忠敬旧邸周辺の昔の街並みを散策した後は鰻を食するのが常道でしょう。筆者は日帰りの他にも旧家をリノベーションした「ニッポニア」に何回か宿泊したことがあり、ディナーは付属のレストランでフレンチですが、翌日の昼はやはり鰻を食べました。「山田」が有名なようですが、筆者のお薦めは街並みからは離れてしまうのですが、まさに利根川ベリにある「麻生屋本店」です。工場のようなビルで趣はありませんが、一階で座敷に上がって鰻をいただくことができます。観光地から離れているので比較的空いているのと、蒲焼、白焼の他に「塩焼」があり、これが絶品です。見た目は白焼に似ているのですが、こちらはそのまま塩焼にするというなかなか野趣味ある一品。蒸していないので鰻に油がのっていて、なかなか食べ応えがあります。  思えば、筆者が子供の頃、ご馳走と言えば「鰻」でした。半世紀以上前、幼稚園から小学校四年生まで筆者は長野県の上諏訪市に住んでいたのですが、当時、家族での外食といえば、父の勤めていた銀行のすぐ脇にあった「寿司金」か、湖畔の方にしばし歩いたところにある鰻の「おび川」でした。「寿司金」はカウンターで、子供が食べるのはせいぜい巻物や海老、穴子、玉子といったところで、筆者の好物はその原型を知らない「蝦蛄(しゃこ)」でした。海老のように火が通っていて、穴子のような甘いツメがかかっている。それに比べ、「おび川」は二階に上がった座敷で大人も子供も同じ「鰻重」をいただくので、子供ながらに「おび川」に連れて行ってもらう方がご馳走感があり、嬉しく思ったものでした。数年前、四十年ぶりくらいに諏訪を訪れる機会を得ました。中学生の頃、父と一度出かけて以来です。「寿司金」も「おび川」も健在でした。「おび川」は昔のままの佇まいで、旅の終わりに昼に鰻をいただいて帰りました。焼きがしっかりしていて、味も濃く、子供の頃食べていたのはこんな鰻だったのかと感慨深いものがありました。  諏訪から神戸に引っ越したのですが、神戸で鰻を食した記憶がありません。穴子や鱧の押し寿司はいただきましたが。父がお土産に何処かからいただいてきた鱧の押し寿司は絶品でした。神戸での外食はやはりステーキが多かったです。印象に残っているのは父が「加美乃素」の偉い方とご一緒し美味しかったといって、来客があった際連れて行ってくれた「いかりや」でした。ステーキソースではなく、一口にカットされた肉をぽん酢でいただいたのは初めてでその美味しさに子供ながらに驚いたのをよく覚えています。この店も健在のようでさすが老舗と感心しました。和食で外食に出かけたのは「うどんすき」くらいでした。ポートタワーにあった「美々卯」に連れて行ってもらい美味しかったのでリクエストしたのですが高価だったのか「美々卯」は時々で、名前を逸しましたが新神戸駅近くの別の店によく出かけたものでした。  やはり、鰻さらには寿司は関東風が良かったのでしょう。しかし、思えば、筆者の亡き両親は共に静岡市生まれだったのですが、静岡で鰻を食したことがありませんでした。まあ、鰻は浜松が有名で静岡と浜松では同じ静岡県でも歴史的には藩が異なり、文化圏も異なっているからでしょうか。やはり駿河湾は魚介が豊富で、子供の頃、母方の祖母は料理が上手で、家に出入りの行商のおばさんが毎日来て、祖母が見繕って料理してくれ、寿司も家で手作りでしたので鰻の出番がなかったのでしょう。夜が和食でしたので、子供の頃の母方の祖父とのランチはもっぱら「グリル中島屋」で洋食でした。  両親が亡くなり、静岡に住んだことのない筆者はある種の郷愁もあり、年に何回か実家に出かけることがあるのですが、筆者の場合夜はフレンチですので、昼に何を食そうかと考えた時、鰻はどうかと思い、探したところ素晴らしい料理屋を見つけました。  現在は静岡市に合併した清水にある、旧東海道沿い、やはり街道沿いの筆者の好物の「追分羊羹」本店からしばらく静岡方向に向かうとある老舗の割烹「芳川」です。清水の次郎長や西郷隆盛も訪れたという料理屋で鰻が自慢ですが、他の料理も色々とあります。何が素晴らしいかというと素敵な中庭を眺めながら個室の和室で食する鰻は上品で格調高い。それで価格は普通の鰻屋と変わらない。今や栃木でも佐原でも5000円弱というのが相場で、あの空間で同じくらいの価格なら正直安いくらいです。  本来、鰻は鰻重の場合、焼き上がるまでに時間はかかるものの料理が出てくれば、お重をかき込む感じになります。「丁子屋」でも同じ部屋の先に来られていたお客様たちもお重が出てくると三十分もかからず、皆いなくなっていきました。筆者は蒲焼を肴に日本酒をちびちびやっているのですが、お重を食される方たちが食べ終わるまで焼きの待ち時間を含め一時間ほどでしょうか。「竹葉亭」や「野田岩」で鰻のコースでも食するなら別ですが、ディナーで何時間も座を温める料理ではありません。ちょっとした旅行や週末の昼を贅沢に過ごしたい時、「鰻」は最適のご馳走ではないでしょうか。次にいつ何処で「鰻」を食することになるのか。筆者はいつも楽しみにしております。 今月のお薦めワイン 「新たな年を祝って――シャンパーニュで乾杯――」 「クロエ AC シャンパーニュ ドメーヌ・ヴァンサン・クーシュ」 12000円(税別)   『美食通信』も四年目に入りました。この三年間、「今月のお薦めワイン」のコーナーはフランスとイタリアのワインに関してそれぞれを比較、類推させ、システマティックに概観して参りました。両国の主要なワインに関してはおおよそ網羅できたと自負しております。  そこで今年は筆者の飲んでみたいワインをブルゴーニュ、ボルドー、イタリアと三つのグループに限ってローテーション的に紹介させていただこうと思います。  フランス料理に関しては大学に入ってすぐから愛好家となり、半世紀近くになりますが、ワインはそれに遅れて十年ほど、一九九〇年代半ばパリに海外研究に出かけることになった頃からボルドーワインに特化して傾倒して参りました。その成果は現在、Facebookにて「エチケットは語る」という形で紹介させていただいております。  また、ここ十年近くは筆者も年を取ったのと、元代々木町「シャントレル」の中田シェフとの出会いからブルゴーニュワインに関心が移っています。さらにこのコーナーに協力下さっているイタリアワイン専門のインポーター「アビコ」の阿掛社長とも懇意にさせていただいており、イタリアワインにも貴重な体験を多々重ねることが出来ました。  そこで今年は筆者の心の赴くまま、まさに「お薦め」ワインを紹介させていただければと思う次第です。  といいつつ、最初から例外で申し訳ありませんが初回はブルゴーニュではなく、代わりにシャンパーニュでございます。まあ、ご存知のようにブルゴーニュの北にあたるシャンパーニュ地方はブルゴーニュと栽培する葡萄が重なってしまい、このままではブルゴーニュに太刀打ちできないのでドン・ペリニヨン修道士がシャンパーニュを考案なさったということになっております。  筆者は発泡酒に関してはシャンパーニュに尽きると思っています。これに匹敵するのは葡萄品種が同じイタリアのフランチャコルタくらいか、と。あるいはクレマンでブルゴーニュかアルザスに逸品があれば何とかといった感じでしょうか。  新しい年の門出にはやはりシャンパーニュが似合います。今回選んでみたのはACシャンパーニュの最南端、ブルゴーニュに近いコート・デ・バール地域のビュクスイユにドメーヌを構える自然派シャンパーニュの代表的造り手として有名なヴァンサン・クーシュの「クロエ」です。  セパージュはピノ・ノワール66%、シャルドネ34%。地域的にはシャンパーニュ南部なのでピノ・ノワールが主です。ただし、クーシュはシャルドネに適した畑も所有しており、ブラン・ド・ブランも造っています。「クロエ」はそのモングーのシャルドネをバランス良くブレンドした亜硫酸無添加の自然派シャンパーニュの名手による自信作です。  では、今年も良い年でありますように。読者の皆様の健康とご活躍をお祈りして。乾杯! 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第三十六回 「エクレア好き――シュークリームでもなく、モンブランでもなく――」

『美食通信』 第三十六回 「エクレア好き――シュークリームでもなく、モンブランでもなく――」

 先日、あるテレビ番組で、究極の二択として「シュークリームかモンブランか」というテーマで街行く一般市民にアンケートし、どちらが多数だったかを当てるという企画を放映していました。筆者はシュークリームだろうと予想しました。  最新のトレンドとして紹介されていたシュークリームはカスタードクリームの上にバタークリームの塊を乗せたもので、最近よく見かけるバターを挟んだどら焼きとかの高級ヴァージョンなのが分かりました。モンブランは相変わらず、和栗とか、出来たら何分以内に食さないといけないとか、一時期ブームだった延長路線だったように感じました。シュークリームは「クロシュー」といったクロワッサンに様々なクリームを詰めたものなどヴァリエーションに富んでいるのに対し、モンブランは高級化にしか未来はないように思われたからです。結果は予想通り、シュークリームの勝ちでした。  思えば、シュークリームもモンブランも比較的手ごろに楽しめる身近な馴染み深い洋菓子だからこそこの二択に選ばれたのでしょう。シュークリームは今でも中のクリームがカスタードか生クリームかが基本でコンビニでも必ず見かけます。一方、モンブランは筆者の子供の頃はカップ型のスポンジケーキの上の真ん中にシャンティクリームを搾り、その周りに栗なのか芋なのか怪しげなきんとんを糸状に絞り出し。半分に切った栗の甘露煮を乗っけたものが定番でした。色が黄色から濃厚な茶色に変わったのは、フランスで有名なアンジェリーナのモンブランが銀座プランタンで紹介されるようになってからでしょう。スポンジではなく、メレンゲの上にクリームがたっぷり。濃厚な栗のペーストがこれでもかとそれを覆いつくしたフランスの半分のサイズでも食するとなかなかヘビーなお菓子でした。本格的なフランス菓子はとにかく甘いと実感した次第。  ですので、筆者など街の洋菓子店の昔ながらの怪しげな手作りの似非モンブランの方が懐かしく食してみたいと思います。コンビニのスイーツも多彩で美味しいのですがやはり大量生産の味なのです。それはシュークリームにしても同じ。  しかし、筆者がその二択でひっかかったのは「シュークリームかモンブランか」ではなく、「シュークリームかエクレアか」ではないかと思ったからです。おそらくエクレアはシュークリームの一ヴァージョンに過ぎないとの認識なのでしょう。パリで人気のエクレア専門店「レクレール・ド・ジェニ」が高島屋に出店したのですがあっけなく十年もせず撤退してしまいました。  しかし、筆者はシュークリームとエクレアは全くの別物と考えます。同じシュー生地であるにもかかわらず、まず形状が異なる。これも重要かもしれません。シュークリームの場合、シューが半分に割られていたり、切れ目が入れられ、クリームが詰められている場合、蓋を外して、蓋にクリームを付けて食し、残りをナイフとフォークで食する。切れ目がない場合はナイフとフォークを使って、左側から少し切り取って食し、クリームだけを食しながら、なるべく形を崩さないように食するといったマナーがあります。  それに対して、エクレアは「レクレール・ド・ジェニ」の小ぶりのエクレアもそうでしたがフィンガーフードの趣があります。筆者の遠い記憶なのですが、上諏訪に住んでいた小学校低学年の時、父がお土産で買ってきてくれたエクレアがそうでした。シューにコーティングされていたのもチョコレートではなく、コーヒーかキャラメル味でカスタードクリームの味もそれに合わせたもので小学生にも小ぶりでパクッと食べれて、二つ、三つは食べれたものです。  さらに凝った作りのものは、神戸に引っ越して、小学校最後の二年を過ごした社宅が神戸市の東のはずれで数メートル先は芦屋市という立地。父が通勤で使っていた阪神芦屋駅の近く、警察署の隣に「アンリ・シャルパンティエ」があったのです。もう、半世紀前になりますか。今でこそ全国展開でパリにも研究所を持っているほどのブランドになっていますが、当時はまさに街の洋菓子屋さんとして日常使いするケーキ屋さんだったのです。もちろん、他の店に比べると値段は高めで、併設されていた喫茶コーナーで珈琲を註文するとクロワッサンが付いてきて、さすが神戸・芦屋だなあと子供ながらに驚いたものです。  おそらく難しいフランス語が付いていたのでしょう。母が「毛虫のケーキ」と呼んでいた筆者の好物のケーキがありました。記憶が正しければ、長方形のガナッシュ系のケーキの上に小さなエクレアが乗っていたように思うのです。当時のアンリ・シャルパンティエのケーキはすべてが小ぶりでそのくせ値段は高い。しかし、味は抜群で隣にもう一軒洋菓子屋があったのですがそこで買うことはありませんでした。  神戸時代、筆者の父が銀行員だったので、取引先に有名な菓子店が多くありました。お土産の定番だった「ヒロタのシュークリーム」、きんつばで有名な「本高砂屋」、チョコレート菓子の老舗「ゴンチャロフ」などなど。ゴンチャロフなどは父に連れられて工場見学させてもらいました。酒会社も多く、菊正宗にも連れて行ってもらったのです。盆暮れだけでなく、事ある毎に付け届けがあり、ワインも送られてくることが多々ありました。母方の祖父が静岡県の酒造組合に勤め、母の弟の叔父が合同酒精に勤めていましたのでこの頃からワインには興味があったのです。  さて、ヒロタの影響かは分かりませんが、筆者はシュークリームにはカスタードクリームが似合うように思うのですが、エクレアには何といってもシャンティクリームだと思うのです。シャンティクリームとは砂糖の入った生クリームのことです。それは他ならないシューにコーティングされたチョコレートとの相性がシャンティクリームの方が良いからです。チョコパイを思い出していただければ一目瞭然。あれはバター系のクリームですがホワイトクリームで卵黄系のクリームではありません。  ですので、コンビニなどで迷うことなくエクレアを買いたいところですが、どうも中身がカスタードクリームのものばかりで何となく躊躇してしまいます。思い起こせば、子供の頃、生クリームシューを売っている菓子店ではエクレアもシャンティクリームで、シンプルながらチョコと生クリームの絶妙なハーモニーに感動したものです。お値段も手ごろな方ですし。冒頭のモンブランではありませんが、洋菓子の高級化と複雑化は決して悪いことではないと思いますが、シンプルに美味しい手頃な手作りの洋菓子こそ、今必要とされているものではないでしょうか。 今月のお薦めワイン 「イタリア赤ワインの隠れた逸品――アマローネ――」 「アマローネ デッラ ヴァルポリチェッラ クラシッコ2017年 DOCG アマローネ デッラ ヴァルポリチェッラ モンテ・サントッチョ」 13020円(税別)  この連載も三クール目が終わろうとしています。この三年間、フランスワインとイタリアワインについてシステマティックに概観して参りました。今期のクールの最後は補完的にイタリア赤ワインの隠れた逸品について紹介させていただこうと思います。イタリアワインもフランスワイン同様、二大産地、ピエモンテ州とトスカーナ州を押さえておけばほとんど事足ります。  しかし、フランスワインにシラーを主として造られるローヌ地方の「コート・ロティ」という赤の逸品がありますように、イタリアワインにも他の州でイタリアワインを代表する銘酒が造られています。  それがヴェネト州のヴェローナ県のヴァルポリチェッラで造られている「アマローネ デッラ ヴァルポリチェッラ」です。ちなみに、県都ヴェローナはシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台として有名です。  アマローネとは苦い(アマロ)に由来する苦みを意味する言葉で、イタリアワインの名称の基本、葡萄品種を表わすものとは異なる例外に当たります。ワインとしては主としてコルヴィーナ種を用いるヴァルポリチェッラの製法違いのワインとなります。  それが葡萄を収穫後平均三ヶ月ほど陰干し(アパッシメント)し、半分近くの水分を取り除き、糖度の上がった葡萄を発酵。最低二年以上の樽熟成と六ヶ月以上の瓶内熟成を経てリリースされるワインです。辛口で「力強い、ブルゴーニュワインのような魅力を引き出す」(アンダースン『イタリアワイン』)と言われています。  今回ご紹介する「モンテ・サントッチョ」の造り手、ニコラ・フェッラーリはアマローネを代表するカンティーナ「クインタレッリ」で働き、2006年、自身のワインを造るためこの「モンテ・サントッチョ」を創業。現在もクインタレッリのサポートを続けているヴァルポリチェッラへの強い探求心に溢れる醸造家です。  このクラシッコ2017年はトノーで三十ヶ月熟成。セパージュはコルヴィーナ40%、コルヴィノーネ30%、ロンディネラ25%、モリナーラ5%。濃いルビー色。干したプルーンやバルサミコの香り。後味にスパイスを感じる伝統的なアマローネの味わいを継承することに意を注いだ逸品です。  手間暇のかかる稀少性の高いワインですので少々値が張りますが、この機会に是非一度お試しいただければ幸いです。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第三十五回 「セカンドワイン考――トップブランドとは別物と心得るべし――」

『美食通信』 第三十五回 「セカンドワイン考――トップブランドとは別物と心得るべし――」

 先日久しぶりにレ・フォール・ド・ラトゥールを飲む機会を得ました。1996年と良いヴィンテージの古酒でした。レ・フォール・ド・ラトゥールはご存知のようにボルドーの五大シャトーの一つ、ポイヤックのシャトー・ラトゥールのセカンドワインです。  このセカンドワインという代物。ボルドーでは今や、さして有名でないシャトーさえ何処でも造っているという状況。それどころか、サードワイン以下も造る有名シャトーは数知れず。  筆者がボルドーワインに熱を上げていた一九九〇年代後半、確かにセカンドワインは多く造られていました。しかし、同じ五大シャトーのムートン=ロートシルトがセカンドワインを造り始めたのが1993年ですのでまだ猫も杓子もという訳ではありませんでした。  また、セカンドワインはどれもこれも十把ひとからげといった具合でどれもこれも1980円か2980円といった値段で売られていました。五大シャトーのオー=ブリオンのセカンド、バーン=オー=ブリオン(現在はル・クラランス・ド・オー=ブリオン)でさえ2980円で買えたのです。  その理由は簡単で、トップブランドのワインがさほど高価でなかったからです。当時、80年代のオフヴィンテージの84年、87年などは五大シャトーでも一万円以下でデパートのワイン売り場で購入可能でした。これもオフヴィンテージですが1992年のシャトー・ラトゥールを銀座三越のセールで5000円で買ったこともありました。  筆者がボルドーワインを追求しようと決めたのは、一九九四年にアークヒルズのサントリーホールの向かいにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」で飲んだムートン=ロートシルトの1984年に感銘してのことでした。上記のように1984年は残念なヴィンテージだったのですが、特にこの年はメルロが良くなかったようです。そこでムートンではこの年、カベルネ・ソーヴィニヨン100%で造ったと言われています。  ご存知のように、ボルドーは複数の葡萄をブレントするのが特徴で、ブルゴーニュがピノ・ノワール100%で造るのと対照を成しています。五大シャトーが格付けされたメドックではカベルネ・ソーヴィニヨンが主でメルロ、カベルネ・フランが続き、補助品種としてマルベック、プティ・ヴェルドが用いられています。また、シャトー・ペトリュスなどを産す右岸のリブールヌのワインはメルロが主で、カベルネ・フランが続き、既述の他の品種が補助品種となっています。  ムートンはポイヤック、いや広くメドックの中でもカベルネ・ソーヴィニヨンの比率が高く80%ほどと言われていますがそれでもカベルネ・フラン、メルロ、プティ・ヴェルドを用いています。  本当に1984年のムートンがカベルネ・ソーヴィニヨン100%だったかは分かりませんが、ちょうど十年経ったところで飲み頃だったせいもあり、さらにグランメゾンだけあってワインの状態が良かったのでしょう。なかなかの美味でした。しかも9000円だったのです。高級レストランでさえ、一万円以下で五大シャトーが飲めたのです。まあ、ル・マエストロはとりわけワインの価格が良心的だったのは事実ですが。  つまり、あえてセカンドワインを飲む必要性がなかったのです。ちょっと奮発すれば五大シャトーが買えたし、レストランでも飲めたのですから。大阪の某ホテルのメインダイニングでシャトー・マルゴーの良いヴィンテージの1978年を25000円で飲んだ記憶もあります。今やシャトー・マルゴーは最新ヴィンテージで十万円ですから桁違いです。  そんな中、唯一例外だったセカンドワインがレ・フォール・ド・ラトゥールでした。実際、グランメゾンのワインリストにも普通に掲載されていました。というのは、シャトー・ラトゥールがグレイトヴィンテージの場合、三十年は寝かさないとその本領を発揮しないと言われていたからです。  もちろん、三十年物のラトゥールをグランメゾンなら揃えていましたが大変高価なものになります。さらに中堅どころのレストランでは揃えるのも大変でしょうし、価格的にも不釣り合いになります。というか、三十年も待っていられないというのが本音で、それに対して、レ・フォール・ド・ラトゥールなら半分の十五年で飲み頃になるという訳です。  レ・フォール・ド・ラトゥールはこうした事情からか1966年から造られており、ラトゥールが造られる「ランクロ」と呼ばれる区画とは別の区画の葡萄が三分の二、ランクロの葡萄が三分の一用いられ、早くから飲めるように醸造されています。  つまり、レ・フォール・ド・ラトゥールは最初から別の目的で造られたラトゥールとは別のワインと考えるべきなのです。  しかし、多くの方がセカンドワインを飲んでトップブランドを垣間見られたつもりになってしまうように思われるのです。これは危険で、セカンドワインからトップブランドを予測するのは専門家でさえ至難の業と言えましょう。  サン=ジュリアンの第二級、シャトー・レオヴィル=ラス=カーズのセカンドワインだったクロ・デュ・マルキは別の畑で造られていますので、現在別ブランドして販売され、ラス=カーズの若葡萄で造られているル・プティ・リヨンをセカンドワインとしています。  トップブランドが桁違いの高価なワインになってしまった現在、セカンドワインなら何とかというケースもあるかと思います。その場合、やはり別物であるという認識を持って飲まれることをお勧めします。そして、出来る限り同じ価格で買える格下のシャトーやブルジョワ級のトップブランドを買われることをお勧めします。トップブランドにこそ、そのシャトーの真髄が、そのアペラシオンの特徴が最良の形で表現されているのですから。  レ・フォール・ド・ラトゥールの1996年はまだまだ寝かせることも出来そうな見事な出来でした。果実味が生かされ、その熟成感を楽しむタイプのワインです。ラトゥールはもっとタイトでタンニックなワインで古武士のような凛とした佇まいが素晴らしい。  レ・フォール・ド・ラトゥールほどその独自の存在感を有するセカンドワインは他にない。筆者はそう考えるのです。  今月のお薦めワイン 「トスカーナのボルドータイプのワイン――ボルゲリ――」 「フェルチアイノ ロッソ 2018年 DOC ボルゲリ ジョヴァンニ・キアッピーニ」 6900円(税別)   ボルドーにメドックとリブールヌの二つのタイプのワインがあるように、イタリアワインのボルドーに比較されるトスカーナ地方のワインもまた、二つのタイプに分けることが出来ます。それはキャンティを生み出すサンジョヴェーゼ種とその亜種(ブルネッロ種など)から成るワイン群とまさにボルドースタイルのワインを造るべく、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロを導入したワイン群。  このボルドースタイルのワインのパイオニアとなったのがサッシアイアです。1944年、シャトー・ラフィット=ロートシルトのカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたのが始まりのようです。当初は規格外でしたのでヴィーノ・ダ・タヴォーラ扱いでしたが高額でしたので「スーパータスカン」と呼ばれていました。他にもオルネライアなど有名なワインが後続し、1994年にはDOCボルゲリを名乗ることが出来るようになり、サッシアイアは単独でDOCボルゲリ・サッシアイアを獲得。トスカーナの新たなスタイルのワインとしてその一翼を担うようになっています。  今回ご紹介するのはジョアンニ・ピアッキーニが造るボルゲリ。1954年にマルケ州から移り住んだピアッキーニ家は1995年までは野菜とオリーブを作っていましたが、この年より葡萄を栽培。2000年よりワインを販売しています。畑はオルネライアの隣と良好な立地。 「フェルチアイノ」はカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロ40%、サンジョヴェーゼ10%というセパージュ。ボルゲリのボルドースタイルワインには補助品種として、サンジョヴェーゼやシラーを用いるカンティーナが多いです。  ボルドーよりはやや赤みがかった濃いルビー色。香りはボルドーに比べるとスパイシーで果実の甘い香りが強い。複雑な味わいはボリューミーでボルドーよりは濃厚でアフターに甘やかさが残る感じ。熟成しても美味しいが早くからも飲めるタイプ。  この機会にボルドーのようでボルドーでないボルゲリ独特の美味しさを是非ご堪能下さい。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第三十四回 「ディジェスティフのすすめ――グラッパなどいかが――」

『美食通信』第三十四回 「ディジェスティフのすすめ――グラッパなどいかが――」

     フランス料理などワインを飲みながら食する料理において、アペリティフ即ち食前酒を嗜む習慣は日本でも定着してきたように思われます。しかも、昨今それらはシャンパーニュを理想とするスパークリングワインというのが定番です。筆者がフランス料理を始めた半世紀近く前はアペリティフと言えば、マティーニなどのショートカクテルの強いお酒、あるいはスペインの酒精強化ワインのシェリー、クレーム・ド・カシスを白ワインで割ったキールなどでした。シャンパーニュをグラスで供することは稀で、ドゥミなりボトルで頼むのがマナーでした。おそらく、グラスでのサーヴィスは炭酸が抜けてしまうのが嫌だったのでしょう。しかし、ペアリングのように皆が一時にブテイユを空けてくれるなら、シャンパーニュを供するのも悪くありません。また、シャンパーニュ愛好家が増えたこともあるかと思います。さらにソムリエは元来お酒のサーヴィスの一環でしたので、バーテンダーが取る資格という意味合いもあります。ソムリエという地位が一般に認知される過程で、バーテンダーの果たした役割は大きい。アペリティフにおけるカクテルからシャンパーニュへの移行はその歴史的過程を表わしているとも言えましょう。  しかし、フランス料理におけるお酒の飲み方にはさらにディジェスティフ即ち食後酒があります。食前酒があるのですから食後酒があって当たり前といえば当たり前。食中酒がワインということになります。しかし、どうもこちらの方はあまり嗜まれる方がいらっしゃらないのが現状です。まあ、日本人は西洋人に比べアルコールに弱い方が多いので、ワインまでで精一杯というのもあるかと思います。しかし最近、筆者はディジェスティフが普及しないのは飲む場所の問題ではないかと思うようになってきました。そう、食事が終わったテーブルで食後酒を飲むのはあまり好ましいことではないのではないか、と。シャンパーニュから始まり、ワインを飲みながら何皿もの料理を平らげ、デセールを食し、エスプレッソを飲んで一息ついている席でさらに何かお酒を飲みたくなるでしょうか。  実際、本当のグランメゾンにはまずウエイティングバーがあり、そこでアペリティフを飲んだ後、食事のテーブルへと移動します。さらに食事が済んだあと、さらに場所を変えてデセールやシガーのサーヴィスがあったのです。部屋が三つあった訳です。筆者がパリで訪れたグランメゾンでもそこまでやっていた店はありませんでした。むしろ、神戸にあった「アラン・シャペル」はまさに三か所移動したのを覚えています。顧客の末席に入れていただいていた「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」は「バー・マエストロ」を併設し、バーとレストランを往復する形でした。  今やそのようなレストランは皆無に近いでしょうから、どうすれば良いのか。そう、日本人得意の「河岸を変える」、まさにレストランからバーへと移動すれば良いのではないでしょうか。そうすれば、色々なお酒を食後酒として楽しめる。というのも、筆者はディジェスティフにブランデー(コニャックとアルマニャック)やマールと言ったフランスの蒸留酒よりイタリアのグラッパが飲みたくなるからです。もちろん、フレンチの店でもグラッパを置いている所もありますが、やはりカテゴリーミステイクな感じです。バーに行けば、コニャックであれ、グラッパであれ、好きなものを堂々と頼んで楽しむことができます。  筆者にそれを気づかせてくれたのは、渋谷の東急文化村の「カフェ・ドゥマゴ」で日参するかのごとくディナーで持ち込みのワインを開けていた時のことでした。顧客は持ち込み料無料でしたので、筆者もその一人に認めていただき、人と会うのをドゥマゴにしていたのです。その頃、大変お世話になった渋谷の画廊のマダムがいらして、マダムとご一緒するときはまず、マダム行きつけの駅のすぐ近くのショットバーで待ち合わせをし、ドゥマゴで食事した後、再びそのバーに戻って、また一杯といったのが常でした。バーの店主はフレンチ出身でワインにも詳しく、筆者はそこでグラッパ・サッシカイアに出会いました。コニャックも何種類も置いていて、それらもいただいたのですが、サッシカイアのグラッパの方が気に入りました。グラッパはワインの搾りかすを発酵・蒸留したもので、「粕取りブランデー」と言われるものに当たります。フランスではマール、イタリアがグラッパです。サッシカイアはトスカーナ地方、ボルゲリ地区で造られるボルドースタイルの「スーパートスカン」と呼ばれるワインの元祖として高名な銘柄でそのワインの搾りかすから造られたグラッパなのです。  グラッパには樽をかけた茶色のものと無色透明なものがあります。マールも同様です。筆者はやはり樽がけしたものの方が好みです。しかも、マールよりグラッパの揮発性の高い香り高さ、ちょっと捻った感じの香りが好きです。味わいにもサッシカイアのグラッパなどには甘やかさがあり、マールにはそれがありません。まさに好みの問題かと思いますが、それを選べるのがバーの良いところです。  先日、久しぶりに渋谷に出かけ、ちょくちょく伺うビストロで食事しました。時間が早かったので、食後に駅前から文化村近くに移転した件のショットバーに出かけました。店主も健在でグラッパをいただきました。来年三十周年とのことです。筆者が最初マダムに連れられて伺ったのが一九九六年だったと思いますので開店二年目だったのか、と。文化村も再開発で休館。ドゥマゴも閉店してしまいました。時の流れを感じます。サッシカイアのグラッパも高価になってしまったので銘柄を変えたそうですが、やはり茶色の美味しいグラッパでした。  また、この原稿を書いている少し前、静岡でも「カワサキ」で食事した後、近くの「バー・コード」でグラッパをいただきました。こちらは元々梯子酒で、ルイ・ラトゥールのヴォーヌ=ロマネをボトルでお安く飲ませていただいたので、折角バーに来たこともあり、もう少しお金を使わせていただかないと申し訳ないと思い、グラッパをお願いしたら、二種類珍しいものを出して下さいました。ご一緒したNシェフはマールを頼まれましたが、やはりグラッパの方が自分は好みで、二種類のうち造り手が亡くなり今は造られていないというグラッパの方が俄然自分好みでした。したたか酔ってしまっていて、銘柄をメモするか写メを撮ってくるのを忘れてしまったのを後悔しています。  食事のあと、バーに河岸を変えて、好みのディジェスティフをいただく。これまた、贅沢なひと時ではありませんか。その際、グラッパを選択肢の一つに加えていただければ幸いです。 今月のお薦めワイン 「ボルドーの双璧・リブールヌのワイン―メルロが主役――」 「シャトー・フォンプレガード 2017年 AC サンテミリオン グランクリュクラッセ」 7200円(税別)  ブルゴーニュにニュイとボーヌがあるように、ボルドーにも代表的な二つのタイプのワインが存在します。それらはカベルネ・ソーヴィニヨンを主たる葡萄とするメドックやグラーヴのいわゆる「左岸」のワインとメルロを主とする「右岸」のリブールヌのワインです。 メドックは格付けされ、五大シャトーで有名です。他方、リブールヌはボルドーで最も高価なワインと目されるシャトー・ペトリュスがポムロールにあります。  リブールヌのワインで押さえておくべきアペラシオンはまず、サン=テミリオン。1955年に開始され、度々改定を行なっています。メドックの格付けが1855年のままであるのとは対照的。改定の度、論争を巻き起こし、2022年には初回以来ツートップだったシャトー・オーゾンヌとシャトー・シュヴァル=ブランが脱退し、代わりにシャトー・パヴィとシャトー・フィジャックがツートップになりました。ちなみに、ACサン=テミリオンを名乗れるワインはサン=テミリオン市の他に古層(ジュラード)と呼ばれる八つの村が含まれます。  続いて、ペトリュスを産むポムロール。こちらは意識的に格付けを行なわないようにしています。ペトリュスを最上にラ・コンセイヤント、レヴァンジル、ラフルール、トロタノワ、ヴュー=シャトー・セルタンを含む十ほどのシャトーがトップ・シャトーと言われています。  両アペラシオンには共に衛星地区(サテライト)と呼ばれるそれに準じるワインを生み出すアペラシオンがあります。サン=テミリオンにはサン=ジョルジュ、モンターニュ、リュサック、ピュイスガンの四つの衛星地区があり、ポムロールにはラランド=ド=ポムロールがあります。  あと、フロンサックとカノン=フロンサック。一時期、ペトリュスを所有するJ.P.ムエックス社が多くのシャトーを所有し、その可能性に挑戦していました。  上記三大地区のワインを探されると良いでしょう。また、近年注目されているのはサン=テミリオンに接するカスティヨンです。ワイン高騰の折、手頃な価格で上質のワインが楽しめるアペラシオンです。  今回はサン=テミリオンのグランクリュクラッセに格付けされているシャトー・フォンプレガードを紹介させていただきます。プルミエBのラ・ガフリエールの西隣りと恵まれた立地。2004年以来アメリカの実業家夫妻が所有し、2017年はメルロ95%、カベルネ・フラン5%とメルロの醍醐味を楽しめるワインです。2013年にはエコセールの認証を受けています。また、ミシェル・ロランがコンサルタントと今風のサン=テミリオンをこの機会に是非お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第三十三回 「ミネラルウォーター考――やっぱり硬水が好き――」

『美食通信』第三十三回 「ミネラルウォーター考――やっぱり硬水が好き――」

 いつの頃からか日本人も常にミネラルウォーターを飲むようになりました。特に夏は冷たいものが飲みたくなりますので、筆者などはサンペレグリノを必ず購入します。ただし、水をそのまま飲むのが苦手な筆者は液体の濃縮珈琲をサンペレグリノで割って飲んでいるのですが。  筆者が子供の頃はミネラルウォーターなど誰も飲んでいませんでした。ミネラルウォーターと言えば、見かけるのは瓶に入った「富士ミネラルウォーター」くらいで何故水を売っているのだろうと不思議に思ったくらいです。そのうち、浄水器なるものをどの家庭でも設置するようになりました。蛇口に取り付けるタイプとシンクの脇に置かれた装置に水を通してその装置から出てくる水を飲むタイプがあったと記憶しています。水道水が美味しくなくなったのとアパートなど集合住宅は屋上にあるタンクから水が供給されますので錆などが混じって濾過する必要が生じるようになったからでしょう。それでもまだ基本水道水を用いていた訳であって、ミネラルウォーターは普及していませんでした。駅や学校など公共施設には冷たい水が飲める機械が設置されていましたし、新幹線にも設置されていました。  筆者がミネラルウォーターを常飲するのを意識するようになったのは、やはりパリに海外研究に出かけることになったからでしょう。フランスの水道水は飲んでも大丈夫なのですが石灰分が多いと言われ、ミネラルウォーターを飲むようにしていました。ただ、気軽なビストロなどでは「キャラフ・ド・ロ」といって水道水を瓶などに入れて無料で出してくれますし、カフェのエスプレッソにはチェイサーの水が付いてきます。「ガズーズ(炭酸)、ノンガズーズ(無炭酸)」と聞かれるのは高級店でこれはもちろん有料です。  昨今、日本のグランメゾンもミネラルウォーターオンリーの店が増えているようです。いつぞやメディア露出で有名だったシェフが水を有料にしていて、それを批判した客に暴言めいた反論をし、失脚したこともありました。彼の店が粉うことなきグランメゾンだったら何の問題もなかったのでしょうが。  パリで驚いたのはスーパーなどでミネラルウォーターを買うと、冷やしているものと冷やされていないものでは値段が違っていたことです。フランスでは珍しい軟水のヴォルヴィックを飲んでいたのですが冷えていると5フラン(約100円)、冷えていないのは1フラン(約20円)だったと記憶しています。  この時、筆者の恩師の故シェレール教授が一緒に食事すると必ずサンペレグリノを所望されるのに遭遇します。フランスの炭酸系ではペリエが有名ですが確かにちょっと埃臭いというか独特の風味があり、それに比べるとイタリア製ながらサンペレグリノは本当に美味しい。筆者もファンになりました。フランス人の炭酸系の定番はバドワで値段も安かったように思います。今では日本のグランメゾンでガズーズは何があるのですかと尋ねるとバドワが選択肢に入っている場合があり、筆者などは驚いてしまいます。というのは、少なくともパリではバドワは庶民の水であって、グランメゾンで出しているところなど皆無だったからです。  それから日本に戻ってからもサンペレグリノを好んで飲むようになりました。最初は瓶で買っていたのですがかさばるのと値段も高いのでペットボトルに切り替えました。ただ、ペットボトルはやはり輸送の過程で炭酸が抜けてしまうのか、圧が弱いように思われます。先日テレビで某タレントさんが同様の発言をされていて、やっぱりと思った次第です。そこで現在はコスト的にはやや高くつくのですが缶のサンペレグリノを購入しています。こちらは密閉されていますので、開けたての爽やかな炭酸の刺激にはたまらないものがあります。また、硬度が700以上あり、ペリエの倍くらいあります。ちなみに、無炭酸ですがフランスを代表するヴィッテル、エヴィアンも硬度はペリエと同じ300前後です。痩せる水として有名なコントレックスになると硬度は1500を超えて、飲むと確かに鈍く重い感じがします。炭酸系のミネラルウォーターの爽やかさは炭酸が弾ける感覚だけでなく、鉱物の金属的なテイストにあると言えましょう。  ちなみに缶のサンペレグリノは330mlです。缶の問題は飲み切れない場合。そこで筆者は330mlのペットボトルのエヴィアンを買って飲んでしまい、空のペットボトルにサンペレグリノの残りを入れておくようにしています。  またその後、ソウルや台北にも何度か出かけることがありましたが、どちらもミネラルウォーターを飲むことが推奨されています。これらはパリとは異なり衛生的な問題らしいのですが、コンビニでご当地ミネラルウォーターを飲もうか、エヴィアンなど外国製にしようか迷ってしまったりします。ただ、炭酸系はないようで、空港やホテルのラウンジでも無炭酸はご当地ものでも炭酸はほぼペリエでした。  思えば今、日本のホテルではビジネスホテルクラスでもミネラルウォーターが部屋に置いてあるのではないでしょうか。パリに最初出かけた際、ホテルに着いてすぐまずは水を買いに出かけたのをよく覚えています。スーパーもコンビニもなく、最寄りのメトロの駅近くのキオスクで買うことが出来てホッとしたものです。キオスクはソウルでもよく見かけました。もちろん、ソウルや台北のホテルの部屋にもミネラルウォーターは必ずおいてありますので探す心配はありません。というか、両都市ともコンビニが日本以上に点在していますので何の不便もないのです。ただ、レストランではミネラルウォーターを註文する必要が生じます。また、庶民的な飲食店では湯冷ましのお水を出してくれるかと思います。  振り返るといつの間にか、自宅でもミネラルウォーターを飲むようになっていました。冷蔵庫には2Lのペットボトルが常備され、母と一緒に近所のスーパーに水を買いに出かけたものです。筆者は日本の軟水のミネラルウォーターが余り好きではありません。両親も亡くなり、一人暮らしになり、2Lのペットボトルは不要になりました。さて、沸かして珈琲で飲むしか用途の無い無炭酸のミネラルウォーターをどうしたものか。水道水も試してみましたがやはり美味しくない。日本の軟水は無味乾燥な感じだし。そして行きついたのがパンナでした。パンナもまたイタリア、しかもサンペレグリノと同じトスカーナ地方のミネラルウォーター。しかも、現在はサンペレグリノ社の傘下にあります。飲んでみて柔らかく、しかも味わいがあります。珈琲を入れても美味しい。硬度は100を少し超えるくらい。日本では100以下を軟水と呼ぶそうですから、ぎりぎり硬水といったところでしょうか。これがいい塩梅で。  ワインはフランスですが、水はイタリア。それが筆者の好みです。 今月のお薦めワイン 「ピエモンテの伏兵――バルベーラとドルチェット――」 「バルベーラ・ダルバ スーペリオーレ 『ヴォルプタ』 2018年 DOC ボスコ・アゴスティーノ」 5100円(税別)   イタリアワインでブルゴーニュに相当するのがピエモンテ州のワインであることはすでに言及してあります。ブルゴーニュワイン、とりわけ素晴らしい赤ワインを産する「コート・ドール」には「ニュイ」と「ボーヌ」という二つのタイプのあることを前回書かせていただきました。そして、ピエモンテのワインにも二つあるいは三つのタイプのあることを今回知っていただきたく思います。  ブルゴーニュとの違いはブルゴーニュではあくまでピノ・ノワールという葡萄のみが用いられているのに対し、ピエモンテでは「バローロ」、「バルバレスコ」といったワインを造り出す「ネッビオーロ」種だけではなく、「バルベーラ」と「ドルチェット」という別の葡萄品種で素晴らしいワインが造られているということです。  また、ブルゴーニュに「コート・ドール」という優れた地区があるように、ピエモンテにも「バローロ」、「バルバレスコ」を生み出す「アルバ地区」が「コート・ドール」に該当すると言えましょう。従って、探すべきは「バルべーラ・ダルバ」、「ドルチェット・ダルバ」という名のワインとなります。  バルベーラとドルチェットの違いと言えば、バルベーラの方が長熟用のワインが造られ、ドルチェットは早飲みタイプのワインが造られます。というのも、「バルベーラ・ダルバ」の多くは小さいオーク樽で熟成させ、「いまなおバローロやバルバレスコの蔭に隠れているとはいえ、その格ではもはや後れを取るものではない」とアンダースンは『イタリアワイン』(早川書房)で評しています。他方、「ドルチェト・ダルバ」は「フルーティーで生き生きしている。その最良のものには打ち勝ち難い魅力がある」とアンダースン。  というわけで、今回は「バルベーラ・ダルバ」を紹介させていただきます。造り手はボスコ・アゴスティーノ。父ピエトロ・ボスコが設立した4haほどの小さなワイナリーを父亡き後継いだ子息のアゴスティーノ氏によるカンティーナ。自然農法での丁寧な葡萄栽培、徹底した醸造管理での高品質のワインは高く評価されています。バリックで14~15ヶ月熟成させたワインはしっかりしたボディで様々な味わいが時と共に次々と現われる実に魅力的な出来とのこと。この機会に是非お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第三十二回「ワインの飲み頃――絶妙のタイミングなどあるのだろうか?――」

『美食通信』第三十二回「ワインの飲み頃――絶妙のタイミングなどあるのだろうか?――」

 この連載の主宰でもあるThe Cloakroom店主の島田さんが銀座のサロンで行なわれている「銀座の仕立て屋落語会」。七月は三遊亭わん丈さんが高座を務められました。わん丈さんはこの度、真打への昇進が決まり、この落語会は優秀な二ツ目さんを応援するという主旨があるそうで真打になられると卒業とのこと。この落語会での高座は今回を含め残すところ三回だそうで会場は満席でした。筆者はなかなか日程が合わず、他のお二人、林家たま平さん、春風亭与いちさんの高座は拝聴したことがあったのですが、わん丈さんの高座は初めてでその人気の髙さに驚いた次第です。  終演後、真打への昇進のお祝いとして島田さんからスーツのプレゼントがあるとのことでその採寸が公開形式で行われました。あと二回の高座の後もスーツ完成へのイヴェントがあるそうです。こうした噺以外の余興を「大喜利」というのだと世話役の山本益博氏から解説がありました。料理評論家として高名な山本氏ですがその出発点は落語評論であり、まさに「二刀流」のご活躍をなされておられます。  また、「大喜利」も終わったその後にお祝いの会食が山本氏お薦めの日本橋のイタリアン「ファルスィ・ラルゴ」で行われました。総勢十数名、貸し切りでのディナー。オーストラリア産の旬の黒トリュフを楽しむ趣向でした。ワインの選定を筆者はお手伝いさせていただくことになり、乾杯にはシャンパーニュと同じ葡萄品種、そして瓶内二次発酵というまったく同じ製法で造られているロンバルディア州の「フランチャコルタ」を用意していただきました。シャルドネ100%で造られたコンタディ・カスタルディのヴィンテージ物「サテン 2017年」が供されました。白は店が用意されたフリフリ=ヴェネツィア・ジューリア州の五種類の白葡萄をブレンドした「ザモ・ビアンコ 2021年」を。どちらも良い出来でした。  問題は赤ワイン。筆者は手土産に一本持参した方が良いかと島田さんに尋ねたところ、是非持参くださいとのことでしたのでブルゴーニュの「ニュイ=サン=ジョルジュ ラ・プティット・シャルモット 2020年」、造り手はピエール・ティベールを持参しました。開けるにはまだ早いのは分かっていましたが、自宅から持参して持ち歩くことを考えると澱の出ていない若いワインが適していると判断した次第です。ブルゴーニュの澱はボルドーと異なり細かいので一度舞ってしまうとなかなか沈殿せず、サーヴした際ざらつきとえぐみが出てしまい折角のワインが残念なことになりかねないからです。  また過日、宇都宮の「オトワレストラン」を訪れた際、リストにあった「ヴォーヌ=ロマネ オー・シャン・ペルドリ 2020年」、造り手はオーディフレッドを註文し飲みましたが実に良い出来でした。グランメゾンのワインリストにも2020年はリストアップされており、確かにまだ早いとは思われるもののこれはこれでそれなりに飲めると判断したこともあり、2020年のニュイ=サン=ジョルジュを持参したのでした。  さて、会場に着いて赤ワインについて島田さんに尋ねると自分の持参したワインと島田さんが持参されたワインが供されるとのこと。で、島田さんは何を持参されたのかというと、やはりブルゴーニュで「ヴォルネ=サントノ プルミエクリュ 1992年」、造り手はロベール・アンポーでした。アンポー家は相続でムルソーにドメーヌを構えるロベール・アンポーとモンテリを拠点とするポティネ・アンポーに分割されました。が、どちらのドメーヌもカーヴに古いヴィンテージを多く貯蔵しています。また、島田さんが持参されたヴォルネ=サントノは名前こそヴォルネですが畑はムルソー村にあります。  それにしても偶然とはいえ、同じブルゴーニュでも対照的なワインが並んだものです。どちらも「コート・ドール」、ブルゴーニュで最高のワインを産する地区ですが、ニュイ=サン=ジョルジュはロマネ=コンティを筆頭に赤ワインが主の北側の「コート・ド・ニュイ」のワインであるの対し、ヴォルネはモンラッシェやムルソーといった最上の白ワインを産する南側の「コート・ド・ボーヌ」での代表的赤ワインの銘柄ということ。さらに、とりわけヴィンテージが若すぎると思われる2020年とすでに古酒の域に入っている1992年という対照的なものになってしまいました。  ここで問題になるのは飲み頃とはどのくらい経ったワインのことなのだろうか、ということです。もちろん、ボルドーとブルゴーニュでは異なるでしょうし、ヴィンテージの良し悪しにもよるでしょう。さらには個人の好みの問題もあります。  筆者がパリに赴いていた四半世紀前、ボルドーワインに関してある程度のレヴェルのワインは七~八年以降が飲み頃と言われていました。しかし、実際パリのランチでワインを頼もうとすると皆、五年未満の固いワインを好んで開けているのに驚きました。価格的なものあるかと思いますが明らかに好みの問題と分かりました。  ブルゴーニュに至っては、とりわけ二十一世紀に入ってから「早くから飲めて、寝かしても美味しい」というのが当たり前のようになっているようです。本当にそんなこと可能なのか、と正直半信半疑なのですが、早く開けた際の果実味の出し方に注意を払う造り手が多いことは事実です。筆者には上記のオーディフレッドのヴォーヌ=ロマネに代表される凝縮した果実味を追求するタイプと透明感のある軽やかなタイプのものに分かれるように思われます。ただし、どちらも以前流行った樽をかけた濃厚なアルコール度数の高いワインとは一線を画していることに留意する必要があるでしょう。今回持参したティベールはオーディフレッドに通ずる旨味がありました。ニュイ=サン=ジョルジュらしく酸味に特徴があるのも良かったです。  一方、島田さんの持参されたヴォルネは造り手が長熟用を意識して造っていますのでこれまた充分楽しめるものでした。ただ、1992年というヴィンテージがオフヴィンテージでしたのでピークは過ぎていたと言わざるを得ません。その分、古酒としての熟成感やミネラル分の味わいを楽しむことが出来ました。また、多人数での会食用でしたので、一本のワインを開けて飲み進めるスタイルではなく、メインの料理に合わせて抜栓し、グラスですぐ飲み干すことになります。従って、デリケートなワインでも酸化する前に美味しく飲み切れるという訳です。  ボルドーワインにぞっこんだった時代の筆者はとにかく飲み頃にこだわっていました。それでも七~八年から十数年というのが相場で二十年を超えれば古酒として嗜むべきだと認識していました。それがブルゴーニュを飲むようになって思ったのは、飲み頃は気にせず、自分が飲みたい村(アぺラシオン)や造り手を財布と相談しながら決めるのが最良ということです。  コントラストの効いたブルゴーニュの赤を楽しんでいただき、ドルチェにある種メインの黒トリュフのパンナコッタを皆さん堪能され、わん丈さんのお祝いの饗宴も大団円となったのでした。わん丈さんのますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。 今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュ赤のもう一つのスタイル、ボーヌのワイン」 「ボーヌ プルミエクリュ サン・ヴィーニュ 2017年 AC ボーヌ プルミエクリュ ジェーン・エア」 8800円(税別) すでにブルゴーニュの赤に関しては「コート・ドール」の北側「コート・ド・ニュイ」を紹介させていただきました。今回は南側の「コート・ド・ボーヌ」の赤ワインをお薦めしたいと思います。ブルゴーニュの赤ワインはあと、ボーヌの南側即ち「コート・ドール」の南側に「コート・シャロネーズ」も優れたワインを産しますが、やはり「コート・ド・ボーヌ」のワインがニュイと双璧と考えられます。 「コート・ド・ボーヌ」はムルソー、モンラッシェといったブルゴーニュ最高峰の白ワインを産する地区ですが赤ワインにも魅力的なアペラシオンが複数存在します。グランクリュこそ「コルトン」しかありませんが、「ヴォルネ」と「ポマール」という赤ワインだけを産するボーヌの赤代表するアペラシオンのワインはニュイのグランヴァンに匹敵する逸品揃いです。タンニックで野趣を感じる「ポマール」、繊細でエレガントな格調高い「ヴォルネ」とその性格も対照的で興味深いものがあります(あと、ブラニィという小さなアペラシオンも赤ワインのみ)。 他の「コート・ド・ボーヌ」の村はすべて赤ワインと白ワインの両方を造っています。その数は多く、「ラドワ」、「アロース・コルトン」、「ペルナン=ヴェルジュレス」、「サヴィニ=レ=ボーヌ」、「ショレ=レ=ボーヌ」、「ボーヌ」、「モンテリ」、「オーセイ=デュレス」、「ムルソー」、「ピュリニィ=モンラッシェ」、「シャサーニュ=モンラッシェ」、「サン=トーバン」、「サントネ」、「マランジュ」となります。 その中でも筆者は中庸の美を感じる「ボーヌ」のワインをお薦めしたいと思います。ボーヌの街は「ブルゴーニュの車軸」と呼ばれ、多くのネゴシアンが拠点を置いています。また、「オスピス・ド・ボーヌ」という旧施療院後の博物館があり、寄進されたワインが毎年競売にかけられています。 今回紹介させていただくのは新進気鋭の女性醸造家、ジェーン・エア氏が造ったボーヌ・プルミエクリュのワイン。メルボルン近郊で生まれたジェーン氏は1998年よりブルゴーニュでキャリアをスタート。2011年にワイン造りを実現させます。近年注目を集めている農家から葡萄を買い付け、自ら醸造する「ミクロネゴス」の代表格の一人として高く評価されています。「サン・ヴィーニュ」の畑は石灰質を含んだ軽めの砂質で、しなやかで果実味を生かした繊細なワインを産します。 ミクロと呼ばれるだけにその生産量はごく少なく、ほどなく売り切れること間違いなし。この機会に是非一度お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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