繁華街が苦手。銀座、六本木、とりわけ歌舞伎町などと言ったら、何か闇の世界に引き込まれてしまいそうでまず一人では立ち入りません。筆者の贔屓にしているレストランをお考え下さい。いにしえの代官山のはずれの「ヴィスコンティ」に始まり、元代々木町の「シャントレル」、神泉の「ビストロ・パルタジェ」、大阪は谷町四丁目の「コション・ローズ」に北浜の「マキュア(旧ユニック)」と皆、喧騒から離れた隠れ家的な立地にあります。
思えば、初めてパリに出かけた際、何の土地勘もなく便利だろうと思って借りたレジデンスがシャンゼリゼ通りを北に一本入ったポンチュー通りだったのです。そこはリドなどのある歓楽街で古い建物をリノベした部屋は夜中もその賑わいの音が聞こえ続け、カーテンの隙間からはネオンの色とりどりの光が差し込むというそれは苦痛の日々でした。夜中、頻繁に鳴り響く救急車の音。当時、パリは銃はないと言われていましたが不安でまともに眠れなかったのをよく覚えています。これに懲りて、翌年からは左岸のサン=ジェルマン=デ=プレ裏、ジャコブ通りの「ラ・ヴィラ」に泊まることにしたくらいです。
しかも、今回歌舞伎町に出かけたのはホストクラブに伺うというなかなかヘビーなミッション。本『美食通信』主宰の島田さんが是非ホストクラブのスーツ事情をリサーチされたいとのことで同行させていただいた次第です。筆者、2018年に編著『イケメンホストを読み解く6つのキーワード』(鹿砦社新書)を出版したのが縁で、歌舞伎町を中心にホストクラブをはじめ多くの事業を展開しておられるスマッパグループ会長の手塚マキ氏と懇意にさせていただいております。また、毎年六月恒例の伊香保のワイン会に昨年から手塚さん、島田さんにも参加していただいています。で、先日の伊香保で最後まで起きていたのが筆者も含む三名でホストにおけるスーツの話になった訳です。
今年九周年を迎えた現在唯一のホスト月刊誌『ワイプラス』は当初、私服のホストを「ネオホス」、スーツのホストを「バトラー」と命名して対照的なスタイルを軸に展開していました。それがいつしか、スーツ系は消え、私服のスタイルがBTS系の「新宿男子」と黒系でちょっとダークな雰囲気の「裏宿」スタイルの二極に至っています。それでもスーツ着用のホストクラブは少数派とはいえ健在で、スマッパグループ七店舗のホストクラブのうち、全員がスーツを着用しているのは一店舗。その「スマッパ!ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン」に伺うことになったのです。
スマッパグループではホスト文化に気軽に触れていただけるよういくつかの「ツアー」が用意されています。その一つに「ワインツアー」があり、それを利用させていただきました。定額で所要時間は二時間ほど。都合がつけば、二店舗回ることもできるようです。初めて出かけられた島田さん、伊香保のメンバーでフードコーディネーターのタカハシユキさん、東京ウォーカー編集長を務められた加藤玲奈さんは楽しんでおられたようですが、以前按田餃子の按田優子さんたちと同じツアーを利用したことのある筆者は何回出かけてもどうも馴染めません。手塚会長が島田さんのところで作られたスーツを着てわざわざ挨拶に来て下さったので、筆者は手塚さんと話してばかりでした。
というのも、男性が客としてホストクラブに出かけるのに筆者はためらいがあるのです。やはり、女性客のための社交の場ですのでホストも男性客は扱いづらいと思うからです。では、筆者はホストの何に魅かれるのか。それはまず、個人的にはそのイケメンぶりとファッションです。しかし、セクシュアリティ研究者として興味があるのはその「ホモソーシャル的集団」に他なりません。例えば、キャバクラや銀座の高級クラブでもいい、ホステスさんのいるお店。従業員全員が女性だけの店ってありますでしょうか。支配人、ボーイ、いわゆる「内勤」に男性が必ずいるはずです。華やかなホステスさんを支える寡黙で頼りになる男性陣の存在は必須です。ところがホストクラブの従業員は裏方も含め全員男性。こうした男性だけの集団を「ホモソーシャル」と申します。「ホモソーシャル」と「ホモセクシュアル」との微妙な関係性はジェンダー研究の重要なテーマの一つ。若くして亡くなった女性研究者セジウィックの『男同士の絆』はその代表的著作です。
女性相手の接客業ながら、男だらけの日常。駆け出しのホストはマンションの一室で集団生活をしているわけで、ジャニーズ事務所の「合宿所」のようなものです。もうこれはボーイズラブ的な雰囲気にあふれているわけで、このよく言えば捻りのある複雑な、悪く言えばある種歪んだ関係性こそ筆者がホストに魅かれる理由です。ですので、女性に接客しているホストさんたちを眺めていても心ここに在らずという訳で。
まあそれはさておき、全員がスーツを着用されたお店はやはりきちんとされている。手塚さんがおっしゃっていましたが、テーブルにお酒や水などを運んで置くとき、跪いて目線を座っているお客様と同じにしてから置くといった所作を守っているのはこの店くらいだろう、と。ただし、スーツの着方には色々問題があるようで手塚さんはもとより島田さんのファッションチェックも女性陣は楽しんでおられたようでした。
あっという間の二時間は過ぎ、再び歌舞伎町の雑踏の中に連れ戻された四人。食事がまだでしたので軽く何処かでしようということに。手塚さんからは美味しいピザ屋があると教えていただいていたのですが、「千円でベロベロ=千ベロ」の本も作られた加藤さんから四川料理か韓国料理はどうとの提案が。店にあてがあるようです。筆者はすかさず韓国料理が良いと。すぐ裏手が新大久保なのでそちらへ移動するかと思いきやホストクラブからすぐのちょっと路地を入ったところにビニールテント張りのどう見ても韓国料理店があるではありませんか。歌舞伎町の闇に映える明るい店構え。ここは鍾路(チョンノ)かと錯覚したくらい。これだこれ、ホストクラブの後は韓国料理に限ると妙に納得した筆者。
「テンチョ」というその店は気のいい店長さんがこの日は一人で切り盛りされていて、客も韓国人ばかりで料理も本格的。セリのチヂミに感嘆し、「チュムルロク」という豚肉の甘辛ダレの鍋が最高。昔給食で脱脂粉乳を飲まされたアルマイトの器でマッコリを飲むのも何とも乙ではありませんか。
こちらもあっという間に帰る時間となり、筆者一人だけ別の駅に向かうので急に不安に。島田さんに道を調べてもらい、一刻も早くこの街を抜け出さないと、と一目散に歩く歩く。目印の公園が見えてきたときはちょっとホッとしましたがまだここは歌舞伎町。もう一息と歩みを早め、西武線の駅入り口が見えた時、ようやく安堵の気持ちが。
毎日が「祭」の歌舞伎町で働く人々のパワーに圧倒された夜でした。島田さん、ご招待いただきありがとうございました。
今月のお薦めワイン 「フランス最大のワイン産地 ラングドック=ルーション」
「フォジェール 2016年 AOP フォジェール カルメル・エ・ジョセフ」 2500円(税別)
ブルゴーニュ、ローヌとローヌ河を下って行くと地中海に出ます。南仏のワイン、とりわけローヌ河の西側に広がるラングドック地方は「オック語」という意味で隣接するルーション地方と共にラングドック・ルーションのワインとして知られています。
さて、「オック」という言葉に聞き覚えるのある方も多いかと思います。ラングドック・ルーションはフランスワイン全体の40%近くを生産するも、アペラシオンを名乗るワインは少なく、一ランク下の以前ヴァン・ド・ペイ(地酒)と呼ばれていたワインの生産量がフランス全体の80%を占めるという一大デイリーワインの産地なのです。そして、その代表格が「ヴァン・ド・ペイ・オック」でした。
オレンジ色のエチケットにフクロウのマークが印象的な「ミティーク」、ボルドーに匹敵する高品質のワインを生産するドマ・ガサックの造るデイリーワイン「テラス・ド・ギレム(現、ムーラン・ド・ガサック)」は日本でもお馴染みのカリテプリな日常使いのワインですが皆、ラングドック・ルーションのものです。
そのようなラングドック・ルーションはまた、フランスにおける葡萄品種別のワイン=ヴァラエタルワインの一大産地でもあり、あらゆる葡萄品種が栽培されています。しかし、本来はグルナッシュ、カリニャンと言った葡萄の産地であり、アペラシオンを名乗るワインはこれらの地品種を用いて造られています。
今回紹介させていただくフォジェールはラングドックを代表するアペラシオンの一つです。上記の地品種を50%以上使用すること。とりわけ、カリニャンの10~40%の使用が義務付けられています。造り手のカルメル・エ・ジョセフは1995年設立のメゾン。カルカッソンヌ近くのモンティユ村にあるラングドック・ルーションに特化したネゴシアンです。
このフォジェールのセパージュはシラー50%、グルナッシュ30%、カリニャン20%。以前紹介させていただいたコート・デュ・ローヌとはカリニャンの有無に違いがあります。両者を比較することで、果実味をより生かしつつ独特のスパイシーさが魅力で、ローヌとは異なった凝集性よりは広がりを持った南仏のワインのある種のおおらかさを堪能することが出来るかと思われます。これを機に地酒クラスばかりではなく、ラングドック・ルーションの様々なアペラシオンワインも是非お楽しみいただければ幸いです。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
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