七月最後の日でした。高校の同級生と季節ごとに出かける約束があり、いつもなら横浜のスカンディヤに出かけるのですが、コロナの感染状況が芳しくなく、飲食店の酒類提供制限や県外への外出を控えるようにとのことで行先変更を余儀なくされ、結局、県内の香取市に出かけることになりました。香取神宮を参拝し、佐原の昔ながらの町並みを残した伊能忠敬の旧宅付近を散策することにしました。土曜日でしたので県内からの観光客で随分賑わっていました。駐車場へと路地を入っていくと両脇に「ニッポニア」と書かれた暖簾がかかった建物が。調べると「佐原商家町ホテル」とあり、古民家や蔵などを宿泊出来るように改装し、何軒か点在しているとのこと。食事はレセプションを兼ねた酒蔵を改装したフレンチレストランで取ることが出来るらしいのです。九月に松本十帖を訪れ、好印象を持ちました。松本十帖はブックホテルでしたが、佐原も客室にテレビは置いていないとのことで、観光客が余りいない日に一度泊まってみたいと思いました。
十一月は筆者の誕生月であり、例年誕生日には十名ほどで会食を行なうのを常としてきたのですが、このコロナ禍で昨年は親しい友人と南青山の「ランタンポレル」で食事出来たものの今年のバースデーは一人家で過ごすことに。何か味気ないなあ、と。ちょうど月末の日曜日に教え子の結婚式があり、横浜に出かけることに。披露宴が午後二時くらいには終わるというので、友人に車で迎えに来てもらい、そのまま佐原の「ニッポニア」に出かけることにしました。何だかんだと横浜を出たのが四時頃になってしまったのですが、湾岸、東関道と高速を飛ばせば、六時には到着してしまいました。五時を過ぎると辺りは真っ暗で、成田空港との分岐以降はほとんど車も通っておらず、佐原に入っても細く暗い道が続くばかりで人影もまばら。九月、人のほとんどいない浅間温泉に夜八時近くに到着した時のことを思い出してしまいました。
それでもナビに従い、レセプションのあるKAGURA棟に到着。一番近いSEIGAKU棟に泊まることに。しばし、歩いて路地を曲がると一番手前の暖簾がかかった引き戸が筆者たちの泊る部屋の入り口。同じ出入り口で大家は母屋に現在も住み、筆者たちの泊まる部屋は蔵を改造したもの。あれ、何処かで見たような光景が。そうだ、七月に駐車場に停めようと曲がった路地はここだったと気づきました。あの時は真夏の昼下がりでしたが、暖色のライティングで入り口がほんのり明るく照らされた路地は確かにあの時通った路地でした。部屋はメゾネットになっていて二階建て。広さ的には一棟貸しのスイートに次ぐ部屋のタイプです。中に入ると暖房が効いていて、とても暖かい。蔵の手前に小さなリビングが設置され、バストイレもそちら側に。蔵の扉は開かれたまま、蔵の中は一階にも二階にもベッドが置かれていて、一階には畳が敷かれてちゃぶ台と座布団が置かれたスペースがありました。二階は歴史的資料が飾られていて、松本十帖のようなブックホテル風。ベッド四台でしたので二人ではなく、四人で来るとき使うべきだったと。結局、二階はまったく使わず仕舞でしたので。檜風呂の風呂場が若干寒い以外は空調が効いていて、特に一階のベッドの付近はとても暖かく、大変気に入りました。
さて、食事は先ほどチェックインしたKAGURA棟の奥が「ル・アン」というレストランになっていて、地産地消のフレンチを堪能することが出来ます。また、酒蔵を改装したレストランということからも分かりますように酒蔵や醤油など発酵食品が盛んな土地柄、発酵をテーマにしたメニュになっています。朝食は和食ですがこちらも発酵食品を多用して、味噌汁の他に粕汁も選べるようになっていて、酒粕の大好きな筆者としては嬉しく思いました。ご存じのように千葉県は首都圏ながら農業県でもあり、魚は銚子から、野菜も地元のものを用いています。メインは上総和牛のローストでしたが肉の脂ののり方がちょうどいい塩梅で、豚肉が有名なのは知っていましたが牛肉もこんなに美味しいとは灯台下暗しだと感心した次第です。全体的にレヴェルは高く、都内のフレンチと遜色のない出来だったと思います。
しかし、何より嬉しかったのはワインリストでした。九月の松本でも諏訪でも、さして美味しくもない信州ワインのみを小売価格の三倍以上の観光地価格で提供し、折角のレストランの評価を下げる結果になっていたのですが、「ル・アン」のワインリストは数こそ少ないものの高価なワインはすべてボルドーかブルゴーニュという筆者には嬉しい限りのチョイス。しかも価格的にも宿泊者は10%オフになりますので、小売価格の1.5倍くらいで飲むことが出来ました。筆者が選んだのはリニエ=ミシュロのモレ=サン=ドニ2019年でした。2012年のジュヴレ=シャンベルタンが欠品だったのでブルゴーニュはこれしかなかったのです。まだ早いかなあと思ったのですが飲んでみるとこれが充分飲めて、とても美味しい。後で調べてみると、造り手が最初の五年間の良さを楽しんでもらえるように造っているとのことで納得。ただし、グラスが小さめのボルドーグラスだったのは残念。二万円近いワインですからグラスくらい大きめのブルゴーニュグラスにしていただいたら、若いワインはもっと開いて美味しくなっていたでしょうに。もちろん、デキャンティングが良いのですがそれを要求するのは酷でしょう。ですから、せめてグラスを適切なものにしていたら、問題は生じないのですから。
ホテルのチェックアウトは12時とこれも合格。朝食を済ませて、小江戸の街並みを散歩するのにちょうど良い。ところが、月曜日は何処も店が休みで、うっかりしていました。七月に寄った伊能忠敬記念館向かいにある上品な老夫妻が営んでおられる珈琲店に行こうと思ったのですがそこも休み。注文を受けたあと、豆を挽き、ペーパードリップで丁寧に落として下さる美味しい珈琲だったので。しかも、今回出かけるに際して調べたところ、店主は伊能忠敬の子孫で伊能家十七代目の伊能さんと判明。珈琲を飲む店も見当たらず……。昼食後に寄るはずだった香取神社に先に行って昼食にすることに。
さて、昼食ですが「水郷佐原」と言われるように、利根川がすぐのところにあり、川向うは茨木県という地形。従って、名物は「鰻」です。これも一番有名な山田屋本店は休みで、大きな国道沿いの別館に出かけてみたのですが、交通の便の良いファミレス風の店は行列が出来ていました。仕方なく、二番目に有名らしい「麻生屋」本店に出かけることに。こちらはナビで到着することが出来ず、住宅街をうろうろしてしまう結果に。利根川の堤防脇に工場のようなビルがあり、そこが本店であることが判明。分かりにくい場所にあるせいか、客はほとんどいませんでした。座敷に上がって、品書きを見ると、蒲焼、白焼、の他に「塩焼」があるではありませんか。頼もうか迷ったのですが、まずは蒲焼でお手並み拝見と蒲焼と地元の日本酒「東薫」の冷酒、そして肝焼きを注文。肝焼きは大きな肝で濃厚なタレが肝の苦みとマッチして久しぶりに美味しい肝をいただきました。蒲焼は逆にふっくら、タレもしつこくなく上品な仕上がり。店は田舎風ですが、味は洗練されていて、再訪し次回は「塩焼」に挑戦したいと思った次第です。
都心から二時間かからず、このような素敵な旅が堪能出来るとは。もう少し街並みを楽しめる日にまた来たいと思いました。しかし、週末は混むのでやはり平日がよろしいかと。
今月のお薦めワイン
「シャルドネだけで造られたシャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」
「シャルドネ・ド・モングー NV AOPシャンパーニュ ヴァンサン・クーシュ」 8000円(税抜)
『美食通信』も二年目に入りました。ワインの紹介は6×2=12のワンクールでシステマティックに展開させていただいております。つまり、第一回目がシャンパーニュで第七回目がイタリアのフランチャコルタとどちらもスパークリングワインでした。今回から2クール目に入る形になります。今年もやはり、引き続きフランスワインとイタリアワインをパラレルに展開させて行こうと思います。今年は各国二大産地ではない地域のワインを紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお付き合いください。
さて、二年目の第一回目となる今回は再びシャンパーニュをご紹介したいと思います。前回はピノ・ノワールだけで造られたコクのあるブラン・ド・ノワールを紹介させていただきました。今回はその逆でシャルドネだけを使って造られたシャンパーニュをご紹介したいと思います。これをブラン・ド・ブラン(白の白)と申します。白葡萄=シャルドネで造られたロゼに対する白シャンパーニュという意味です。シャルドネだけで造りますので、酸の切れ味の良い爽やかな味わいが特徴的です。今回選んだ造り手はシャンパーニュを造る一番南の地区コート・デ・バールのビュクセイユ村にドメーヌを構え、ビオデュナミを実践するヴァンサン・クーシュ。ただし、この地はピノ・ノワールに適した土地ですので、このブラン・ド・ブランは北のコート・ド・セザンヌとの中間にあるトロワ近くの飛び地、モングー村に所有する畑で造られたシャルドネを用いています。この地は白亜質土壌のため、ミネラル分が多く、キリっとしたブラン・ド・ブランに相応しいシャルドネが出来るのです。
昨年最初のブラン・ド・ノワールと比較して飲んでいただければ、シャンパーニュにも様々なスタイルのあることが実感出来るかと思われます。是非、お試しあれ。
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略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
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