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『美食通信』 第十二回 「グッチのオステリア」

 『美食通信』もおかげさまで一周年を迎えることが出来ました。これもひとえに読者の皆様のおかげ、また、主宰の銀座The Clockroom島田社長にもお礼申し上げます。

 さて、先に連載が始まった栗岩稔氏の『酒番日記』が一周年のイヴェントを10月にお店で開催されましたので、筆者の『美食通信』一周年のイヴェントも行なおうということになりました。そこで打ち合わせを兼ねた食事を、と島田さんからお誘いいただいた次第。で、10月28日にオープンしたグッチのレストランを11月1日に予約したのでいかがですか、と。グッチのレストラン!すでに、なかったっけ。あれはブルガリ?ベージュはシャネルだっけ?

 ブランドに縁のない筆者は困惑するばかり。もちろん筆者も若かりし頃、色気づいてファッションに興味を示したものです。前回お話したように、大学生だった1980年代初頭に裏原宿の「pool」まで服を買いに出かけ、その後、大学で教え始めるようになると、ファッションに詳しい学生にスタイリストをお願いし、カール・ヘルムやアニエスbを着るようになりました。個人的にはゴルチエにはまってしまい、パリのギャラリー・ヴィヴィエンヌにある本店でサイズが合わないのにあれこれ買ってしまったり、と結構散在してしまいました。ただし、スタイリストを務めてくれたI君は「ヨージ君」と呼ばれるヨージ・ヤマモトしか着ないモード派で、他に親しくしていた学生もポール・スミス命の「ポール君」などスタイリッシュなファッションを着こなす若者ばかりでした。その対極にいたのがグッチやドルチェ&ガッバーナ(ドルガバ!)、シャネル(シャネラー!)といったいわゆるブランド物をこよなく愛する方々だったわけで、グッチなどその典型のようなもので、モード派からすれば気恥ずかしくなってしまう代物でした(失礼)。筆者にとって唯一の例外は、90年代後半に活躍したタレントの荒木定虎君(芦屋の不動産屋を継いで早々に引退)が着けていたヴェルサーチのブラスレが欲しくて欲しくて、パリに着くや否や、タクシーを走らせ、ヴェルサーチに出かけたくらいでしょうか。

 そんな筆者ですのである種のグッチアレルギーがあり、しかも銀座がまったく似合わないのでさらなるプレッシャーの中、並木通りのグッチのレストラン入口にたどり着きました。緑、派手!そうだ、リストランテではない。オステリアだった。正式には「グッチ・オステリア・ダ・マッシモ・ボットゥーラ」と言うらしい。

 リストランテはフランスのレストラン、銀座のグランメゾンでいえば、「レカン」、「ロオジエ」、「エスキス」などなど。イタリアンではいにしえの「サバッティーニ」や「エノテカ・ピンキオーリ」が思い浮かびます。

 オステリアはフランスで言うとブラッスリーかなあ。トラットリアがビストロ。パリですとブラッスリーの多くはベルエポックを想起させるアールデコ調の艶やかな装飾で彩られていますから、そのゴージャスなグッチ版という感じでしょうか。いずれにせよ、グランメゾンの張りつめた緊張感はありません。客層も若いカップルや女性の小グループが目立ちます。そんな中、高価なスーツをお召しになられた髭の紳士と初老のルンペンの不釣り合いな二人組が登場とくれば、これはグッチ劇場幕間の余興の戯言かと言わんばかり。

 さて、筆者たちを迎え出でたる黒服組の筆頭、W氏は見るからに両家のご子息といった趣でバーコーナーに収集された数百本のグラッパのコレクションが飾られていました。音大出身でイタリアに留学、その後は聞きそびれてしまいました。まあ、黒服組はグランメゾンのセルヴィスをこなし、一方、ファミレスの店員のいでたちをグッチ風にアレンジしたユニフォームのスタッフがキビキビと店内を闊歩しております。帰りには四階にあるホールから専用のエレべーターで一階入口扉のところまでファミレススタイルのご婦人が見送りに来てくださいました。至れり尽くせりでございます。しかし、入店の際は一階レセプションに黒服組が控えていたのですが、ラストオーダーは過ぎていましたのでレセプションはすでにもぬけの殻。ちょっとちぐはぐさを感じますがまあ、いいか。ファミレス組は細かい花柄の素敵なエプロンがよくお似合いで友人にそのことを話したら、マリメッコかと言われ、急いで調べたらフィンランドのメーカーで、こちらは大きな花柄でちょっと違っていましたが派手な感じは似ていなくもないか、と。

 料理は七皿のコースのみでした。島田さんが15000円は高くはないと銀座価格?の現実を筆者に突きつけるので、貧乏大学講師にはやはり銀座は場違いと痛感した次第。しかし、ここからグッチがオステリアと名乗るのも納得できましょう。ライバルの同じ銀座のブルガリのレストランは「ブルガリ・イル・リストランテ・ルカ・ファンティン」とリストランテを名乗っています。こちらは七皿のコースが18500円でその上に九皿コース24500円が控えております。『ミシュラン東京』に掲載されている星付きのイタリアンでこうしたリュクス系というかブランドがらみの店はブルガリのリストランテしかありません。ですので、グッチはブルガリと差異化を図る必要があります。ポップな店構え、イノヴェーティヴなモダンイタリアンというコンセプトで若者も取り込んで人気店を狙っているだろう、と。

 料理もラーメン風のパスタ、デセールにホタテ貝を用いるなどなかなか斬新に見えます。しかし、食べてみると分かるのですが実に食べやすく、食べ慣れた美味しいイタリアンからは逸脱していないのです。筆者は四半世紀前、ゴー=ミヨが絶賛したパリ九区、コンティチニ兄弟の営む「ターブル・ダンヴェール」に出かけたことがあります。ミシュランでは一つ星でしたが、新しいフランス料理を押すゴー=ミヨでは二つ星相当の評価を受けていたので出かけたのです。ところが、出てくる料理はどれも、奇抜過ぎて美味しいどころではありませんでした。不味いとも違う、不思議な味、味わったことのない味で困惑するばかり。

 しかし、グッチの料理。見た目は斬新でも味は極めて王道なのです。しかし、これがブランドではないでしょうか。ファッションでも本当に斬新なのはモード系で、これは人が着るものなのかといったものまで創作してしまう。ブランドは新しく感じても身に着けて安心できる分かりやすさと保守性を維持しているからこそ、多くの人々に愛され続ける。これがファミレス組と黒服組が共存している理由でもありましょう。まさにグッチのオステリアはグッチというブランドを食として体現した「美食化」に他ならないのです。

 ミシュラン一つ星相当の店とお見受けしました。興味ある方は是非一度、ご来店のほどを。島田さん、ご馳走様でした。

今月のお薦めワイン

「イタリアのボルドーワイン ボルゲリ」

「フェルチアイノ 2016年 DOCボルゲリロッソ ジョヴァンニ・キアッピーニ」 6000円(税抜)

 イタリアワインはフランスワインとパラレルに考えると把握しやすいとすでに書かせていただきました。赤の二大産地はボルドーとトスカーナが似ており、ブルゴーニュとピエモンテが似ている、と。バローロ、バルバレスコはネッビオーロ単品種で造られており、揮発性が高くブルゴーニュグラスで供するのがセオリーです。では、トスカーナはどうかと申しますとサンジョヴェーゼ及びその亜種(ブルネロなど)で造られているのですが、なんとボルドーと同じ品種を植えて同じようなセパージュでワイン造りしている地域があります。そのワインの代表格が「サッシカイア」、「オルネライア」で、当初スーパー・トスカンと呼ばれ、IGT、フランスで言うヴァン・ド・ペイ(地ワイン)的な扱いだったのですが、1983年、「ボルゲリ」という産地呼称(DOC)を得ることになりました。さらに、1994年にはサッシカイアが単独で「ボルゲリ・サッシカイア」という産地呼称を名乗ることが出来るようになったのです。今回ご紹介します、キアッピーニのフェルチアイノのセパージュもカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロ40%、サンジョヴェーゼ10%となっています。カベルネとメルロの割合からして、メドックのワインと同じセパージュとなっています。異なっているのは補助品種として、トスカーナ固有のサンジョヴェーゼが用いられていることです。

 もちろん、同じ葡萄でも育つ場所で味わいは変わるものですから、タンニンがしっかりした濃厚なワインはボルドーよりややコッテリした感じかと思います。キアッピーニ家は1954年にマルケ州よりボルゲリに移住。オリーブと野菜農家だったようですが、1995年からワインを造りはじめ、2000年より本格的に販売するようになった新興の造り手。しかし、畑がオルネライアの隣という好立地で早々に高い評価を得るなど、このフェルチアイノも充分期待に応えてくれる逸品です。前回のシャトー・デュ・ブルイユと続けて飲んでいただければ、ボルドーとボルゲリの比較試飲をされたことになり、その違いを実感出来ます。どうか、お試しあれ。

 ご紹介のワインについてのお問い合わせは
株式会社AVICOまで 

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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