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『美食通信』第十八回「クロワッサン好き」

 筆者はいわゆる「おかずっ食い」で食事の際、主食の穀類を基本食しません。少食なのと食後にデザートを必ず食べますので(それも結構しっかりと)、炭水化物はそれまで控えるようにしたいと思っているからです。お米は週に一回、昼に具がたっぷりの太巻を食べるくらいです。カレーはルウだけ食します。一番苦手なのが麺類。見ただけでお腹が一杯になってしまいますので、滅多に食しません。何人かでイタリアンに出かけた際、ちょっといただくくらいです。個人的にはカルボナーラとかパスタソースは好きですのでレトルトで買ってソースだけ食してみるのですが、さすがに濃過ぎて美味しくいただけません。そんな中、まだパンはましな方で、大学で昼食をとらなければならないとき、アンドーナツなどコンパクトでカロリーが摂れ、パサパサしていないパン類は救いの神です。パンでもパサパサしたものは苦手でアンパンは中のあんこだけにして欲しいと思うくらい。例外はバケットなどフランスパンで、フレンチに出かけて手を出すことは稀なのですが、時折、料理やワインが口の中に残り過ぎた時、水で洗い流すとお腹が膨れるのでバケットをちょっと齧りたくなります。そのままの時とバターをたっぷり付けたいときと、それは時に応じて異なるのですが。

 そんな筆者ですが、時折どうしても食べたくなるパンがあります。それは「クロワッサン」。

 ただ、クロワッサンであれば何でも良いという訳ではありません。バターをこれでもかとふんだんに使ったクロワッサンでないとダメ。外見は良く焼けていて、でも持つと手にバターが付いてしまう。さらに食すと、中は噛み切る際ねっとり感があり、バターが滲み出てきて、口の周りがテカテカに光ってしまうくらいでないと。ですので、ホテルの朝食バイキングのバターをケチったミニクロワッサンなるものを見るたび、おかずだけにしてパンはやめようと思うのですが、ついつい一つ取ってしまい、一口食べて後悔し、給食用のバターを持って来てべったりつけて食するのですがマーガリンもどきでは、これまたどんどんキワモノ化してしまうのがオチです。

 筆者にとって、「『クロワッサン』はこうでないと」とのある種の基準化は一九九四年、パリに初めて一人で海外研究に出かけた際、食した「クロワッサン」にあるかと思われます。それはパリのデパート「ギャラリー・ラファイエット」の食料品専門フロア(日本でいう「デパ地下」)「ラファイエット・グルメ」にあった「ルノートル」の「クロワッサン」。「ルノートル」は当時、日本では西武百貨店が提携を結んでいて、西武デパートには何処にも「ルノートル」が付設されていました。「ルノートル」はパティシエのガストン・ルノートル(19202009)が始めたブランドで、ガストン氏はプロのための料理学校をフランスで初めて設立(1971年)するなどフランス料理界に絶大な影響力を持っていました。また、シャンゼリゼ大通りに、甥のパトリック氏がシェフを務める「ル・パヴィヨン・エリゼ」という星付きレストランを経営していた時代もありました。ですので、「ルノートル」はすでに知っていて、日本では主にケーキを食していたのですが、「ラファイエット・グルメ」の「ルノートル」のクロワッサンは壮観でした。焼き上がる時間が決まっていて、その時間になると台の上にこれでもかとクロワッサンがてんこ盛りに出されるのです。それを待ってましたとばかりに、客がワッと寄ってたかって大量に買って帰る。あっという間に無くなってしまうので、筆者も一つか二つですが焼き上がる時間に出かけて、おこぼれを頂戴するかのようにクロワッサンを買いに出かけたものです。その時はシャンゼリゼ大通りを一本奥に入ったポンチュー通りのレジダンスを借りていましたので、散歩がてら歩いて通いました。確かにそれなりに高級なのですが気取ったものではなく、日常のちょっとした贅沢くらいのパンだと思うのです。

 その後、二十一世紀になってほどなく、『どっちの料理ショー』で「日本一美味しいクロワッサン」というふれ込みで名古屋の「ブランパン」のクロワッサンが紹介されたことがありました。もう、どうしても食べたくなって、当時、三菱重工に勤める昔の教え子が名古屋にいましたので、友人たちと名古屋詣でし、繁華街から離れた名古屋大学の近くにある「ブランパン」まで教え子の運転するランボルギーニでクロワッサンを食べに出かけました。フランス人の店主が作るクロワッサンは不味くはないものの「日本一」というほど美味しくもなくガッカリしたものです。持って帰るのを待ちきれず、近くの公園で皆で食べたのをよく覚えています。夜、ホテルでワインを飲むとき用といって買った総菜や総菜パンの方がおフランスしていて美味しかった。

 人生において、一番クロワッサンを食べたのは二〇〇五年、呼吸器疾患で生死の淵を彷徨い、二ヶ月間入院した時でした。人生初めての入院が面会謝絶になるほどの重篤なもので、精神的にもパニックになってしまい、体重は三十キロ台まで落ちていました。そんなこんなで個室にずっと入院していたのですが、それが功を奏したというか、病院食に融通をきかせてもらうことが出来ました。相当の偏食家だと思われるようですが、何せおかずは文句を言わずに食べるので、ご飯はイヤと言ったら、じゃあ何でもよいので炭水化物を取って下さいということに。呼吸器の病気なので食事に制限がなく、治療者側もともかく栄養を摂って体重を増やして欲しいわけです。またその病院、昼は麺類だというのでそれもイヤだと言ったら、おかずだけ作って出してくれるというではありませんか。そこで筆者は家人にクロワッサンを買ってきて欲しいとお願いしたのです。もちろん、一日三食クロワッサンですので、スーパーに売っている一袋に数個入った大量生産のものを食べていました。チューブ状のバターやチョコレートクリームをたっぷり付けて。おかげさまで何とか生還することが出来ました。まさに「クロワッサンさまさま」です。

 それから時折、有名店のクロワッサンなど食してみるのですが大体ダメです。余分な味がする。砂糖が入っているのか甘さを感じる場合が多い。菓子パンのイメージなのでしょうか。先日も南青山にフランスでも有名なクロワッサンの店が再オープンしたというので食べてみたのですがやはり菓子パンに近く、香りは良いのですがオイリーなバター感がなく、澄ました上から目線の味わいでガッカリしました。そんな中、最近食したクロワッサンで最高だったのは昨年九月、浅間温泉に出かけた際泊まった「松本十帖」の朝食で出された「アルプスベーカリー」の「クロワッサン」です。隣の「小柳」の二階に店を構えるベーカリーで焼き立てだったようですが、ともかく持つ手がベトベト、滲み出す大量のバター、お口の周りはテッカテカと食べるのにお行儀よく出来ず一苦労するのですが、これこそ「クロワッサン」を食する醍醐味。久しぶりに美味しいクロワッサンに出会えました。ただ、「信州ガストロノミー」の朝食はメニュがテーブルに置かれてある立派なコース仕立て。クロワッサンにたどり着く頃には少食の筆者はもうギブアップ寸前で。この時ほど、パリの朝食が「コンチネンタル」(生ジュース、パンの盛り合わせ、飲み物のみ)だったことの正しさを痛感したことはありませんでした。

 

今月のお薦めワイン  「イタリア赤ワインの手頃な定番 モンテプルチアーノ」

「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ レ・モルジェ 2020年 DOCモンテプルチアーノ・ダブルッツォ テッレ・ダブルッツォ」 1900円(税別)

  私たちにとって、イタリア料理はフランス料理に比べ、身近で日常使いにも適した得難い西洋料理です。もちろん、高級リストランテでの食事も素敵ですが、ピッツェリアでちょっと小腹を満たしたり、トラットリアで親しい方たちと賑やかな食卓を囲むのも食の幸せな時間に他なりません。そんな気軽な食事の際、欠かせない手頃に楽しめて美味しいイタリアの赤ワインと言えば、「キャンティ」と「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」が双璧ではないでしょうか。切れのいい酸とタンニンのタイトな味わいを楽しみたければ「キャンティ」、ストレートな充実した果実味を楽しみたければ「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」とお考え下さい。「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリア半島の長靴のちょうど真ん中辺りに位置するアブルッツォ州でモンテプルチアーノ種という葡萄から造られるワインです。このアブルッツォ州、他の州と異なり、この赤のモンテプルチアーノ・ダブルッツォと白のトレッビアーノ・ダブルッツォという二種類のワインが大半を占め、他のワインが殆どありません。しかし、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリアワインを代表する赤ワインの一つというユニークな州です。

 そして、「キャンティ」が千円を切るコンビニワインから、ヴィンテージ物の高級なものまでグレイドが多岐にわたるように、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」もエミディオ・ペペのように少数ながら、長熟用に造られ数万円するような銘酒も存在するのです。しかし、ほとんどは手頃な価格の早飲みタイプ。濃いルビー色、ベリー系の香り、果実味豊かですがクセがなく、後に引かない飲みやすさがあり、アフターにちょっとリコリスのようなハーブ系の余韻があります。やや温度を低めにすると料理とも合いやすく、ついつい飲み過ぎてしまうくらい。

 今回ご紹介する「テッレ・ダブルッツォ」は1999年設立の新しいカンティーナ(ワイナリー)。クオリティは高く、しかし、手頃に楽しめるワインを提供することをポリシーとする品質管理を徹底したモダンな造り手と言えるでしょう。ちょっとイタリアンな時にどのようなシチュエイションにもピッタリの一本です。どうぞ、お試しあれ。

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略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
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