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『美食通信』第十六回「菅田将暉現象―『ミステリと言う勿れ』をめぐって―」

 「月九」と言えば、一九九〇年代のテレビドラマ全盛期、『東京ラブストーリー』、『ロングバケーション』、『ビーチボーイズ』といったトレンディなラブロマンス路線で一世を風靡したものでした。しかし、SNSが発達し、テレビ離れが進む中、テレビドラマ全体がエンタメにその座を奪われ、低迷状態が続いています。そんな中、「月九」も路線変更を図り、『コンフェデンスマンJP』や『監察医朝顔』といったそれぞれがコンセプトを持った個性的な作品で視聴者を取り戻しつつあります。そして、この二〇二二年最初のクール、話題を呼んでいるのが菅田将暉主演の『ミステリと言う勿れ』です。原作は『月刊フラワーズ』に二〇一七年一月初掲載の田村由美によるミステリー漫画。「普通の大学生」を名乗る天然パーマが印象的な主人公、久能整(くのう・ととのう)が次々と不可解な事件を解決していくというもの。

 特徴的なのは主人公が極めて無感情な面持ちで、長口舌を繰り広げ、事件の真相を明らかにすることでしょう。若者ですから豊富な経験からではなく、抜群の記憶力と観察力からの推理。実際、人生初の焼肉屋で、「メニュが多すぎて、注文のシステムがわからないから選べない」とお手上げ状態に。ちなみにカレーが好物でジャワカレーとバーモントカレーのルーを半々で作るのがルーティーンとか、サッポロ一番は味噌ではなく塩に限る。しかも、何も具を入れず、封入されている「すりごま」の風味で食するのが最高と食にもこだわりを見せています。筆者が思い出したのは、大学院生時代、博士課程から入ってきた後輩に(といっても年は自分の方が若かったのですが)大変な偏食家がいて、「どうして食べられないの」と尋ねたら「経験がないから」との答えが。「じゃあ、食べてみなければ食べられないかわからないじゃん」と筆者。

 このドラマで主人公が解決する事件は家族というテーマが重要な意味を担っていると考えられます。整の初恋?の相手「ライカ」は父親に性的虐待を受け、重い解離性同一性障害(多重人格症)に罹患し、長期入院している女性の最後に残った別人格という設定。かく言う、整も胸に火傷の跡があり、親から虐待を受けていたことを示唆しています。これは犯罪心理学的に言えば、ラカンの言う「家族複合(コンプレックス)」に原因のある犯罪。このような複雑なキャラクターを演じることの出来る若手俳優は菅田将暉をおいて他にいるでしょうか。彼は横浜流星や神尾楓珠のようなイケメンではありませんが、菅田将暉という独自の存在感を放っています。

 それは例えば、「スダラー」と呼ばれる「菅田将暉の名言通りに生き、服も食事も思考もすべて菅田を完コピする信者」を生み出すことに。その代表の「将暉」さんは歌舞伎町のホストクラブでナンバーワンになり、テレビにも登場。「これぞ、今どき男子的生き方術」と帯に記された『影ニャでニートでアイドルオタクだった僕が歌舞伎町で指名ナンバーワンホストになって水を売る理由』という本まで出されています。

 では、その菅田将暉的生き方でポイントとなるのは何かと言えば、音楽活動とファッションと言えましょう。こうしたライフスタイルの確立は2016320日に放映された『情熱大陸』をご覧になるとその起源を知ることが出来るでしょう。筆者も『美男論』の講義で取り上げたことがあります。この回は通常の製作スタッフが撮影したのではなく、菅田の希望で彼を知る映画監督がフィルムを回したのでした。ある意図を持ったドキュメントというより菅田の日常をありのままに記録に残す形になっています。その中で菅田は部屋を借り、友人たちと服作りに励んでいます。また、GReeeeNの楽曲「キセキ」の誕生実話をもとにした映画『キセキ―あの日のソビト―』(2017128日公開)の主役として、バンドのヴォーカリストを演じ、同じバンド仲間を演じた横浜流星、成田凌、杉野遥亮とスタジオで練習する光景も撮影されていました。このユニットは「グリーンボーイズ」としてCDも発売しています。そして、この辺りから菅田はミュージシャンとしての活動も本格化していきました。

実際にまた、ドラマが終わるこの三月、アルバム『COLLAGE』が九日に、これまで五年間のスタッフによるスナップと私服のコーディネイトを撮り下ろした本『着服史』が二十五日に発売されます。しかも、『着服史』の帯や表紙に使われた写真は俳優の永山瑛太が撮影したもの。以前は「瑛太」と名乗っていた永山も『ミステリと言う勿れ』に犬童我路役で登場。しかも、そのストレートの金髪姿が初見で「これ誰?」と思う意外性に富んでおり、しかも極めて美しい。実は筆者、瑛太時代、やはり金髪で演じた『のだめカンタービレ』(200910年)での峰龍太郎が大好きで、瑛太の金髪は大好物なのです。

 また、永山だけに限らず、『ミステリと言う勿れ』に登場する事件関係者は皆個性的で魅力的。「ライカ」を演じた門脇麦を筆頭に、虐待された子供を救うため家に放火して両親を焼死させる白装束の「炎の天使」、早乙女太一の美しさにも感嘆。また、『三好達治詩集』の詩を用いて爆破予告をする記憶喪失の爆弾男を演じた柄本佑も実に素晴らしい。菅田将暉の個性的演技は独壇場になるのではなく、他のキャラクターをも生かし、いや引きたてさえもしています。菅田の主役としての存在感は揺らぐことなく、ゲストの俳優の魅力も最大限に引き出させる。こうして、『ミステリと言う勿れ』は実に充実した作品に仕上がっていると言えましょう。

 最後に筆者が嬉しく思ったのは、文学作品が重要な役割を担っていることです。爆弾男は『三好達治詩集』を肌身離さず持っていました。そして、何といっても「ライカ」と整の会話がマルクス・アウレリウスの『自省録』を用いた暗号で行なわれるのに整が岩波文庫版の『自省録』を携帯したことで、文庫が増刷されたのでした。いにしえの文人ローマ皇帝(121180)の人生訓。哲学史的には「ストア派」に属する作品です。美智子上皇后さまの相談役としても知られる精神科医の神谷美恵子氏(191479)が昭和二十三年に公刊し、三十一年に文庫になった四半世紀も前の訳が現代に蘇る。さすがに本屋で平積みされていた文庫の帯に整の菅田の写真が使われていたのにはちょっと違和感を覚えました。天下の岩波書店でも背に腹は代えられないか、と。筆者にとって、岩波文庫と言えば、半透明のパラフィン紙をカバーにしていた質素なスタイルこそ本領発揮と思うのですが。

 いずれにせよ、菅田将暉現象が「今の」日本文化の様々な領域でその一翼を担っているのは明白。ますます菅田から目が離せません。

 

今月のお薦めワイン

「フランスのドイツ 多彩なる白ワインの宝庫アルザス」

「レ・プランス・アベ・ゲヴュルツトラミネール 2018年 AC アルザス

 ドメーヌ・シュルンバジェ」 3800円(税別)

  昨年のクールの第四回目はフランスの白ワインを紹介させていただきました。今年はそのヴァリエーションです。「ワインの王様」、ブルゴーニュワインはその地勢が赤白共に優れたワインを産する場所に位置し、赤はピノ・ノワール、白はシャルドネという最適な葡萄品種を得て、それぞれ単品種のみで多様なワインの世界を構築することになりました。緯度的にブルゴーニュより北は白、南は赤が優勢ということになります。従って、ブルゴーニュ以外のフランスの白ワインの名産地の第一はドイツとの国境にある「アルザス地方」のワインがすぐに思い浮かぶことでしょう。実際、アルザス地方はドイツとの国境をめぐる戦争が起こるたびに所属が変わる歴史を持っています。現在はフランスですが、今回の造り手シュルンバジェはドイツ語読みでシュルンベルガー、パリっ子ならシュランベルジェと発音することからも分かりますように明らかにドイツ系の血を引く人々の住む土地なのです。

 従って、アルザスワインの最有力品種はドイツワインと同様、リースリングとなります。しかし、アルザスではその他にグランクリュを名乗れる品種として、リースリングと共に今回ご紹介するゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカの四種があり、他にもピノ・ブラン、シルヴァネールといった品種が単品種で造られています。もちろん、「ヴァン・ダルザス」と名乗る混醸のワインも造られていますが、やはり単品種で造られたワインの方が高級です。

 今回、その中から「ゲヴュルツトラミネール」を選ばせていただいたのは、極めて個性的かつアルザスが主たる産地であるからです。その個性は「香り」にあります。おそらく、世界中の白ワインの中で一番香りが強いのではないでしょうか。それも香水のようなフルーツ系をベースにスパイスが効いたフローラルな実に印象深い香りで一度体験すれば、次回から香りを嗅ぐだけで言い当てることが出来るでしょう。味わいは辛口が主ですが、アルザスには稀少な甘口もあります。辛口は香りに見合うコクがあり、口当たりは滑らか、微かな塩味も感じられます。

 今回ご紹介させていただくシュルンバジェは1810年創業の歴史あるアルザスを代表するドメーヌの一つ。現当主、アラン=ペイドン氏は七代目とのこと。栽培はビオロジック。所有する畑の半分がグランクリュ畑。今回はグランクリュでなく、リーズナブルなスタンダードのキュヴェの方を紹介させていただきますがそちらも15年未満のグランクリュの若木の葡萄が使用されているそうです。ボルドーで言えば、セカンドワインに相当します。「重たさのないリッチさ」がモットーのワイン造りとのこと。他の品種、グランクリュとラインナップも多彩なので、興味を持たれたら、他のワインもぜひお試しあれ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは
株式会社AVICOまで 

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

 

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