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『美食通信』第十四回「想像のグルメ」

 明けましておめでとうございます。今年も拙文を楽しんでいただければ幸いです。

 さて、年末年始どのようにお過ごしでしたでしょうか。筆者は千葉の郊外住宅地に住む独居老人ですのでおせち料理を食べるでもなく、いつも通りの生活を送っておりました。一人寂しく食卓につきますのでどうしてもテレビをつけてしまいます。静寂の中での食事は苦痛に過ぎませんので。フランス料理では会話を楽しむからこそ食事に数時間かかるのであり、「黙食」ではフランス料理の醍醐味は堪能できません。もちろん、筆者も大学生の頃、フランス料理を一人食べ歩いた時期がありました。それは勉強というか修行というか、テイスティング能力を高めるため家で毎日ワインを開け続けたのと同じことで、フランス料理を堪能すること、時間と空間を楽しむ「美食」を実践するための前提だったと言えましょう。フランス語を活用するためにはフランス語の文法を学び、単語や人称変化を覚えなければならないのと同じことです。

 実際、1994年に海外研究でパリに一人出かけた際、ビストロで昼食くらいは取りましたがグランメゾンへディナーに行く気にはなりませんでした。当時は珍しかったパリの日本人オーナーシェフの店「レ・キャルト・ポスタル」(一区、マルシェ・サントノレ)でランチをした際、隣のテーブルにきちんとした身なりのサラリーマン四人組(男女各二名)が座るなり、メニュを広げ、何を食べるんだと何を飲むんだと喧々諤々話し合いを始めました。その料理ならこのワインだろうとか、なかなか決まらず、それでも最終的に白・赤一本ずつボトルでワインを注文し、良く食べ良く飲み、良く話すこと。もう圧倒されました。これこそ、フランス料理の醍醐味ではないか、と。ですので、95年、96年とパリに出かけた際は明治大学の学生さんにご同行願い、昼はビストロ、夜は星付きグランメゾンと一週間以上毎日食べ歩いたものです。もちろん、昼も夜もワインをボトルで頼みました。筆者は少食で一口試食すれば充分という訳で、たくさん食べて下さる方と出かけるのを常にしています。グランメゾンになりますと、当時はアラカルトが常識でしたのでオードブル、メイン、デセールの三皿しか頼まないのですが、何故か気づくと12時近くというのが毎回でした。自分たちは7時に予約を入れますがフランス人はだいたい8時頃やって来て、日付が変わりそうなのでそろそろ我々が退散しようとしてもまだ腰を落ち着けて話に興じています。それもそのはず、当時筆者でさえ、一食一人二万~三万円の予算だったのですから、お金をかけた分時間と空間を堪能し尽そうというフランス人の自然体の在り方に感嘆した次第です。ですので、元々外食が好きではない筆者は自ら外食する場合、ほぼフランス料理店にしか出かけなくなりました。もちろん、お金がかかるので頻繁に外食できないからでもあります。

 そんな筆者ですので、一人家での食事で静寂に耐えられず、テレビをつけてしまうのですが年末年始はろくな番組がなく、しかもグルメ番組が多い。お笑い芸人やタレントが大勢で馬鹿の一つ覚えの「美味しい、美味しい」を連呼する情報系の番組を見る気になれず、もっと嫌なのは料理人が出てきて、コンビニやファミレスの商品を審査する番組です。昔、『料理の鉄人』という番組がありましたがあの番組がまだましだったのは、料理人は審査される側であって、審査する側ではないからです。しかも、専門外の商品にまであれこれ言うのはいかがなものか。案の定、トラブルが生じました。イタリアンのミシュランシェフがコンビニのおにぎりか何かを、見映えが悪いので食べる価値なしと食せず失格としたとのこと。視聴者から批判が殺到。しかも運悪く名前のよく似たイタリアンシェフの店まで苦情が殺到し、風評被害甚だしいこと。さらに、業界通を気取るネット文化人?があれはテレビ局の台本通りに動いたのだからシェフが可哀そうといった本末転倒の言説まで飛び出して呆れ返りました。もし、そのシェフが台本通りに演じていたとしたら、そのシェフは自身では審査していないのであり、判定能力に欠けているやもしれないわけです。というか、本物のミシュランシェフであれば、そんな番組には出ないでしょう。出る必要がないからです。とんだ茶番に過ぎません。

 そんな中、筆者はテレビ東京の『孤独のグルメ』をずっと観ていました。年末には九時間連続で再放送していた日もあり、朝食、昼食と居間に降りていき、テレビをつけると松重豊氏演じる「井之頭五郎」がもくもくと一人食事をするシーンが出てまいります。結局、大晦日も『孤独のグルメ』の特番を見終わって、新年を迎えることになりました。

 もうお気づきかと思いますが、筆者もこの『孤独のグルメ』大好きなのですが、通常のファンの皆さんと筆者が決定的に違うのは筆者が主人公のような食事を絶対にしないというこの一点に尽きます。つまり、筆者は紹介された店に出かけることは少なくとも一人では絶対にない。しかも、井之頭五郎は酒を一切飲まず、頼むのはだいたいウーロン茶。しかも、大食漢で炭水化物大好き。筆者はデセールを必ず食するのでそれまで炭水化物は基本食しません。ご飯はもとより、麺類も。フレンチに出かけてもパンにはほとんど手をつけません。   

主人公が横浜の洋食店に立ち寄った際、ハンバーグ定食か何かを食した後、さらにナポリタンを平らげていて、もう驚くばかり。その食べっぷりが見事で松重氏は本当に食されているというから感心するばかり。その店なら自分も行ってみたいと思いますが、一人では絶対無理で何名かで出かけて、自分は単品で料理だけ取って、他の方たちの料理を味見させていただき、ワインなどあれば一緒にいただきたいとは思うものの……。まあ、その可能性は限りなく低いわけです。同じ横浜の中華街で五郎がフラリと入ったこじんまりした中華料理店もたまたま友人たちと「スカンディヤ」に行くときその前を通ったのですが行列が出来ていて、行ってみたいけれど予約が出来ないなら無理だねえ、と。 

 そう言った意味では松の内が明けた頃に放映された『ラーメン大好き小泉さん』もとても楽しく拝見しました。ラーメン大好きな女子高生たちがあちこちのラーメン店を食べ歩くのですが、何時間も並んだ末に十分そこいらで食べ終わってしまう。しかも麺と来れば、筆者に最も縁のない食べ物なのですが何故か見入ってしまいます。何故なのか。

 井之頭五郎は黙食しているのですが、心の声が食事中ずっと流れていて、何が美味しいのかを実に雄弁に語ってくれるのです。小泉さんも食べ終わった時の至福の表情もさることながら、食するラーメンについて語る語る。店主の苦労話や解説まで聞くことが出来ます。つまり、食について詳しく語られることで、筆者など決して口にしないものでありながら、想像力がフル稼働して、きっとこんな風に美味しいのだろうなあと思い描くだけでもう脳が喜ぶというか幸せな気持ちになるのです。

 タレントたちの「美味しい」の連呼や、ミシュランシェフの見映えが悪いから食する価値なしという言動は想像力がまったく働かない虚しい「言葉」の浪費に過ぎないのです。想像力を掻き立てる「言葉」こそ、「美食」を語る者が磨きに磨きをかけねばならぬもの。とすれば、明日は我が身と常に反省する毎日です。

 

今月のお薦めワイン

「ボルドーがない場合はカオールかマディランを」

「カオール 2015年 AOPカオール ドメーヌ・レ・ロック・ド・カナ」 2800円(税別) 

 昨今、気軽で小洒落た飲食店であれば、何処でもワインを置いてあります。その場合、ワールドワイドなチョイスの場合が多いかと思います。そうした場合、ボルドー、ブルゴーニュは高くなりますし、専門性も高い。そこでリストに載っていない場合も多々見受けられるかと思われます。そんな場合、ボルドーっぽいタンニン=渋みのしっかりした濃厚なワインを飲みたいと思ったときに意外にリストアップされているのが「カオール」、「マディラン」といった地名=アペラシオンのワインです。実際、これらのワインはボルドーを流れるガロンヌ河の上流域、南西地方と総称される地域で造られています。

 その中でも「カオール」はボルドーで補助品種として用いられている葡萄マルベックを最低でも70%使用したワインですので必然的にボルドーと類縁性があります。地元ではコー(コット)と呼ばれているマルベックで造られる「カオール」は別名「黒ワイン」とも呼ばれ、色が濃く、タンニンも豊富で熟成させることも可能です。ボルドーワインを素朴にしたような味わいと思われれば良いでしょう。しかし、中でもシャネルが経営しているシャトー・ラグレゼットはさすがに洗練された造りで価格も若干高めですが一度お飲みになられる価値はあります。また、カオールが無くてもアルゼンチンの気候がマルベックに合うようで、アルゼンチンではリーズナブルなマルベック100%のヴァラエタルワイン(品種表示ワイン)を造っていますのでお店のリストに見つけることが出来るかもしれません。カオールとアルゼンチンのマルベックを飲み比べてみるのも良いかもしれませんね。

 ちなみに「マディラン」の方はタナという葡萄品種を主に造られており、こちらも濃厚でタンニンの豊富なワインとなっています。アラン・ブリュモン氏が造る「シャトー・モンテュス」はマディランを代表する銘酒であり、トム・クルーズが自家用ジェットで買いに来るとか来ないとかで有名に。

 今回ご紹介する「カオール」は、約2000年前、ガリア人がローマ侵略の際植樹した最初の葡萄畑の一つという歴史あるドメーヌ。マルベック100%、ビオロジックで造られています。熟成にも耐えるようですので程よくこなれた感じを楽しめるかと思います。価格もリーズナブルですので、是非お試しあれ。

 ご紹介のワインについてのお問い合わせは
株式会社AVICOまで 

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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