
松の内が開けてすぐの連休、NHKで筆者の大好きな平野レミ氏の特番が同日に二つも放送されました。朝に『平野レミの早わざレシピ!10周年感謝祭SP!』が、夜には『ファミリーヒストリー』での特集がありました。
録画しないと、と思いながらすっかり忘れてしまい、料理番組の方は見損ないましたが、『ファミリーヒストリー』の方はなんとかリアルタイムで観ることが出来ました。
平野レミ氏と言えば、「料理愛好家」と名乗っておられることは周知のことと思われます。例えば、栗原はるみ氏であれば「料理研究家」や「料理家」と言われており、その違いは何だろうと考えると案外難しい。というのも、なんだかんだと言いながらも上記のように平野氏はNHKで十年も料理番組を続けておられるのですから。
しかし、そんな平野氏が一九八五年NHKの『きょうの料理』に初めて出演された際、湯むきしたトマトを手でぐちゃぐちゃに握りつぶして料理し、驚くアナウンサーに「それでいいのよ、その方が美味しいんだから」とあの天真爛漫というか、すっとんきょうな声で応対したため、苦情が殺到したのは有名な話。今でこそ、それが平野氏のキャラクターとして定着し、「料理研究家」では思いつかない手法や形態の料理を次々とお茶の間に届けているというわけで、世相が変わったというか、まさに多様性の時代に相応しい「料理する人」なのかもしれません。
一方、平野レミという人を筆者が「料理愛好家」として認識するのは当たり前のことのように思われます。というのも、筆者は彼女の本職が「シャンソニエール(女性シャンソン歌手)」であることを知っているからです。というよりも、最初の認識は「平野威馬雄(いまお)氏の娘」というものでした。
筆者は子供の頃から本が好きで図書館の本を片っ端から読んでみたいと思ったくらいですが、今思えば小説や文学はあまり好きではなく、伝記やノンフィクションの本ばかり読んでいました。それでも本が好きといえば「文学少年」などと誤認し、中学生の頃には堀辰雄、立原道造などの『四季』派の人たちの作品を読み、そこから折口信夫の国文学研究に興味を抱き、国文学者になろうと思ったこともありました。
そんな中、『四季』派にはフランス文学の影響を受けている作家も多数いて、フランス文学者として平野威馬雄氏の名を知ったのです。当時はまだ存命で、何故か松戸に住んでおられた。筆者は中学二年生の時、船橋の社宅に引っ越してきて以来、結局千葉県民になってしまいましたから何だか親近感もあったのでしょう。また、「妖怪博士」でもあり、どうも外国人の血が流れていることも筆者の関心を引きました。
今回「ファミリーヒストリー」を観て、筆者は自身の無知を悔い改めることになりました。フランス文学者で娘はシャンソン歌手とくれば、威馬雄氏はフランス人の血が流れているのだろうと思っていたのです。ところがそうではなく、威馬雄氏の父はスコットランドの貴族の家系のアメリカ人というではありませんか。
NHKではそれは「ブイ」家であると言っていましたが、その訳語はちょっとどうかと思いました。というのも、その表記は「Bowie」で、日本ではすでに同じ綴りのイギリスの有名なロックシンガーを「デヴィッド・ボウイ」と呼んでおり、NHKもデヴィッド・ブイなどとは呼んでいないでしょう。ダブルスタンダードはいけません。視聴者の誰もが「Bowie」という綴りまで知っているわけではありませんから。
しかしながら、父ブイ氏にはフランス人の血も流れていたようで、ヴァイオリンを習いにパリ音楽院に留学したとテレビでは報じていました。ですので、フランス語も達者で他にも何か国語かを話されたようです。威馬雄氏にも子供の頃から数か国語を教えていたようです。
威馬雄氏はフランス語が必修のカトリック系の暁星中学に進み、そのフランス語の才能を早くから発揮したようですが、その容貌から差別を受け、いくつもの学校を渡り歩くことに。文学の仲間だけがそんな威馬雄氏と分け隔てなく付き合ってくれたようです。
戦後、占領時代に多数生まれ差別されていた混血児たちを救済支援する「レミの会」を立ち上げるなど、その器の大きさはレミ嬢にも受け継がれているのでしょう。
「レミ」とは父ブイ氏が威馬雄氏につけたあだ名で、フランスの作家マロの『家なき子』の主人公から取られたもの。威馬雄氏は自身のあだ名を娘の名前に選んだのでした。
その平野家の家庭料理として定番だったのが、件のトマトをグチャグチャにつぶしたものをオリーブオイルで炒め、しゃぶしゃぶ状の牛肉を加えて塩コショウで味付けし、バジルをちぎって散らした「肉トマ」です。
この料理はフランス料理ではないのは明白で、威馬雄氏の日本人の母親が父ブイ氏のために考案されたものかと思いきやそうではなく、スコットランドのブイ家に伝わる料理らしく、番組ではスコットランド在住のブイ家の子孫の方が同じ料理を作っておられるのが紹介されました。
ですので、筆者はレミ氏を威馬雄氏の娘としてシャンソニエールだったころから知っているのです。レミ氏は『週刊文春』の表紙絵で有名な和田誠氏と結婚し家庭に入りましたが、再び「料理愛好家」として登場したのです。また、威馬雄氏の希望でシャンソニエールとしての活動を続けることを和田氏も快諾されていたと番組では伝えていました。
レミ氏が初めての『きょうの料理』で紹介したのが「肉トマ」だったように、あくまで「愛好家」として初心を貫徹されているのは感服するばかりです。黒柳徹子氏は芸能関係者で最も裏表ない人物は平野レミ氏であると喝破されています。それは「愛好家」というその名に表われているのではないでしょうか。
例えば、ワインに関してもワインの点数化で有名になったロバート・パーカー・Jrもまた弁護士で愛好家が昂じてワイン評論家に。日本でのワインの啓蒙に貢献した山本博氏もまた弁護士でした。
業界などへの忖度なしに正しく「評価」出来るのは「愛好家」という立場なのではないかと思われます。従って、「美食」にとって「愛好家」であることは常に心に刻むべきことではないでしょうか。その原点であるグリモ・ド・ラ・レニエールやブリヤ・サヴァランのことを思い起こせば、それは火を見るよりも明らかと言えるでしょう。

今月のお薦めワイン 「マルサネ――コート・ド・ニュイ最北の可能性の地――」
「マルサネ キュヴェ・マリー・ラゴノー 2023年」 シャルル・オードワン 9900円(税込)
このクールのフランスワインはブルゴーニュの赤ワイン、中でもコート・ド・ニュイの主要な村名(アペラシオン)を北から順に紹介させていただこうと思います。
ご存じのように、ブルゴーニュは広域で北はシャブリのある飛び地のヨンヌ県、南はリヨンのあるボジョレまで。その中でも偉大なワインを産するのがコート・ドール(黄金の丘)と呼ばれる地区で、それがさらに北側の赤ワインが主流の「コート・ド・ニュイ」と白ワインに見事なものがある南側の「コート・ド・ボーヌ」に分かれます。
コート・ド・ニュイにあるヴォーヌ=ロマネ村には、世界中のワインの頂点と呼ばれる「ロマネ・コンティ」の畑があることからも分かりますように、この地区の村(アペラシオン)のワインにはどれも飲むに値する個性が備わっています。それはボルドーワインにおけるメドックの格付けにおけるそれぞれの村(アペラシオン)に相当します。
今回紹介させていただく「マルサネ」はコート・ド・ニュイ最北の村。ブルゴーニュでは珍しいロゼワインの産地でもあり、1987年に認定された比較的新しいアペラシオン。そのせいか、ニュイで新たにワイン造りしようとの志を持つ若手の造り手が畑を手に入れ、ドメーヌを創設する例が多い。
例えば、現在ジュヴレ=シャンベルタンの名手として有名なフィリップ・シャルロパンも最初、マルサネからスタートしました。また、パタイユ兄弟はマルサネの名声の向上に寄与する優れた造り手として有名です。
今回選んだ造り手、シャルル・オードワンもその一つ。シャルル氏の子息、シリル氏が2000年ドメーヌに参画して以来、見違えるような進化を遂げたと言われています。2017年からは100%ビオディナミを実践。2021年にはエコセール認証取得。
この「キュヴェ・マリー・ラゴノー」は所有する五つの区画からのアッサンブラージュ。どの区画も70年以上の古樹の葡萄を使用しています。シリル氏が曾祖母の名を冠したこのドメーヌを象徴するキュヴェ。ピュアできめの細かいタンニンが心地よいと評されています。
パタイユの人気以来、ブルゴーニュワイン全体の高騰もあり、マルサネのワインも優れた造り手は一万円超えになってしまいました。オードワンの「マルサネ」もこのキュヴェが最も手頃な価格になります。過去のヴィンテージはすでに入手困難になっているようですので、この機会に是非。
略歴
関 修(せき・おさむ)
一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP
