
カクテルバーなどに出かけるとチャージ(席料)が付くことがあります。レストランであればサーヴィス料が発生するのを一律定額にしているのです。まあ、それに問題はないと思うのですが、何か申し訳ないと思うのか、チャームとしてちょっとした食べ物が出されることがあります。カウンターでカクテルなりウイスキーなり一、二杯飲んで帰るのに別に必要はないと思うのですが。
居酒屋でお通しが出るのとはちょっと違います。こちらはこれから何時間も飲み食いするにもかかわらず、店の形態からサーヴィス料を取る訳にもいかないでしょうし、それこそ席料としてお通しを必須とするのは致し方ない、と。その分、お通しに力の入っている店は侮れないと、『孤独のグルメ』や『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』といったテレビ東京のグルメ番組を見ていると主張されているものです。
筆者は変にモノに置き換えず、サーヴィス料を取った方がすっきりすると思っています。例えば、ミネラルウォーターをチャーム代わりにして炎上した人気料理人がいました。実は筆者も良く知る人物なのですが。筆者の考えでは、水はフレンチのようにミネラルウォーターは有料、「キャラフ・ド・ロー」と呼ばれる(浄水された)水道水は無料にし、サーヴィス料を15%にするとかすれば良かったのです。サーヴィス料は10%が相場なのですが、別に決まっているわけでななく、料亭など20~30%取っているところはざらですので。
それより「チャーム」はサーヴィスで無料にしたらよろしかろう、と。そうすれば、出さなくても良いのですから。出されてもあくまでサーヴィスですので、出された方も手をつけなくとも構わない。お金が発生していると何となく食さないと損した気分になるのは、筆者が貧乏性だからでしょうか。
しかし、そんな無料の「チャーム」にもれっきとした存在理由(レゾン・デートル)があることに気づかされたのです(ちなみに、フランス語「レゾン・デートル」がカタカナ読みで日本語に定着したのは戦後しばらくの間流行した実存主義の代表者サルトルの影響です)。
筆者お気に入りのバーの一つにホテル「ハイアットリージェンシー横浜」一階の「ザ・ユニオンバー&ラウンジ」があります。ホテルそのものも気に入っていて、先日宿泊したのですが、元町でディナーした後、ディジェスティフ(食後酒)をホテルで飲もうと部屋に戻る前に「ザ・ユニオン」に立ち寄りました。
いつもは友人たちと「スカンディヤ」や中華街でランチした後、ティータイムにお酒が飲めるのでよく立ち寄るのですがさすがに混んでいて、入れないこともしばしば。
入れてもソファー席のラウンジは予約で一杯で、バーカウンター周辺の椅子が空いていればラッキーといった具合。若いバーテンダー諸氏は「こんな感じで何かお任せ」とオーダーしても見事に対応してくれ、友人たちにも好評です。
宿泊して気づいたのですが、閉店近くの「ザ・ユニオン」は宿泊者くらいしか使いませんので空いているのです。昨年宿泊した際は、アペリティフを「ザ・ユニオン」で、ディジェスティフは「ホテルニューグランド」一階の「シーガーディアンⅡ」に出かけてしまいましたので気づきませんでした。
すると、スタッフに「カウンターになさいますか、ラウンジになさいますか」と聞かれたのです。良い機会なので「ラウンジ」でとお願いするとソファー席に通されました。さて、何を飲もうかと。筆者は店の名前の付いたカクテル「ザ・ユニオン」を、連れはこのバー得意の「エスプレッソマティーニ」を註文しました。
カクテルが運ばれてくると「チャーム」ですと小さな升に入った柿の種風のおつまみが付いてきたのです。今まで酒はバーコーナーでしか飲んだことがなかったのですが、「チャーム」はついてきませんでした。チェックアウトの際、領収書を確認しましたが、「ザ・ユニオン」の使用にチャージはついておらず、いつもと同じ価格でした。つまり、「チャーム」はサーヴィスだったのです。
さて、この柿の種風のおつまみ。お洒落なカクテルとは何となくミスマッチのように思われました。おかきの色が明らかに濃く、市販の柿の種ではないのは明白。食してみると味は濃く、しかも辛い。この原稿を書くのに調べてみるとその正体が分かりました。「横濱ビア柿」というビール用に開発された辛口、濃口のオリジナル柿の種でした。さすが「横浜」繋がり。
で、「これっていらなくない」と思いつつ、カクテルを飲んでいると、このカクテルが甘いのです。最初は美味しいと思ったのですが、徐々に甘さが効いてきて、ちょっとくどいかなあ、と。そこで、もしかしてと思い、柿の種を食してその余韻を残しながら、カクテルを飲むと何とも新鮮というか、美味しい。辛さが甘さを中和して、カクテルの旨味を引き立ててくれているではありませんか。
エスプレッソマティーニもいつもより甘口だったようで、連れも同じ感想を述べていました。そこで、柿の種をつまみつつカクテルを飲むと、飲み切れないと思われた「ザ・ユニオン」を難なく美味しく飲み干してしまったのです。
このチャーム(横濱ビア柿)なくしては、せっかくのカクテルも手持ち無沙汰になってしまったことでしょう。
チャームって素晴らしい。その存在意義を実感した貴重な夜でした。
余談になりますが、翌日、静岡市に向かい、昼に駅南の「満嬉多(まきた)」で大学の同級生を交えて鰻を食しました。いつも出かける清水の「芳川」が夏休みだったので。初めて伺う店で、筆者の亡き母の実家の菩提寺、「鯖大師」として有名な臨済宗の「崇福寺」の近くにこんな素敵な老舗の鰻屋があるとは知りませんでした。
二階の個室を使わせていただきました。日本酒を頼むと適切なワイングラスに注がれて出てきてビックリ。さらにお酒を註文された方にはと、小さな鰻巻、シラスの大根おろし添え、枝豆が「先付」風に出てきたではありませんか。
昨晩の「ザ・ユニオン」でのチャームが思い浮かびました。ここでもまた素敵な「チャーム」に遭遇するとは。
そして、この日のディナーを予約してあった「カワサキ」のお任せコースのフレンチでも河崎シェフが自らしとめたジビエを使った「アミューズ」が最初に出てくるのが予想されます。
やはり、「神は細部に宿る」(ミース=ファン=デア=ローエ)のでしょう。

今月のお薦めワイン 「赤ワインを冷やして飲む――ボジョレの贅沢な楽しみ方――」
「ボジョレ・ヴィラージュ・ルージュ 『ワイルド・ソウル』 2023年」 ジュリアン・スニエ 4290円(税込)
今回はブルゴーニュの回。夏ですし白ワインかとも思いましたが、やはりここは赤ワインで。ブルゴーニュの赤ワインと言えばピノ・ノワールかと思いきや、それだけではありません。
アペラシオンとしてのブルゴーニュは南北に長く、北は飛び地のヨンヌ県では補助品種ながらセザール種が使用可能です。また、南端は「ボジョレ」でこちらはガメ種100%で造られています。一つ北に上がって、白ワインの産地として有名な「マコン」で造られる赤ワインもガメ種で造られています。
従って、ピノ・ノワールの主要な産地はコート・ドールとシャロネーズということになり、近年、ヨンヌ県で造られるピノ・ノワール(ACブルゴーニュとACイランシー)が一目置かれるようになっています。
また、ACブルゴーニュを名乗るにはピノ・ノワールが主である必要がありますが、2011年に導入されたACコトー・ブルギニョンはそれに該当しません。自由な割合の混醸が可能です。そこで、ボジョレで栽培されているピノ・ノワール100%で造られたワインがコトー・ブルギニョンで販売されていたりします。
日本人にとって、ボジョレは毎年ヌーヴォが話題になりますのでお馴染みです。
しかし、ワイン愛好家にとってボジョレが重要なのは自然派ワインの父と呼ばれるジュール・ショヴェがボジョレの造り手であり、マルセル・ラピエール、フィリップ・パカレなど自然派の巨匠の多くがボジョレ出身ということです。
今回ご紹介するジュリアン・スニエもビオワインの実践者ですが、師はシャンボール・ミュジニのクリストフ・ルーミエでした。世界中で醸造の仕事をしてきたスニエが自身のワイン造りに選んだのがボジョレで、2008年に初ヴィンテージを世に問うた新しいドメーヌです。
ガメのエレガントでピュアな果実味を温度を下げ、冷やして楽しんではいかがかと思うのです。ピノ・ノワールは揮発性に特徴がありますが、ガメはヌーヴォが軽く冷やして飲むのが推奨されているように、常温ですと果実味が強く出すぎる傾向があります。
そこでやや冷やすのを強めにして、果実味を抑え気味にして飲んでみてはどうか、と。出来の良いワインで表現がしっかりしていますので、抑え気味でも充分楽しめると思います。
昨今、「ヴァン・ド・ソワフ」即ち「喉の渇きを癒すワイン」が注目されています。この暑い夏、冷えたボジョレ・ヴィラージュを「ヴァン・ド・ソワフ」として、ちょっと贅沢に楽しんでみてはいかがでしょう。是非、お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴
関 修(せき・おさむ)
一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP
