December 30, 2024
by Osamu Seki
『美食通信』は五年目に入りました。読者の皆様、そして主宰の島田さんに心よりお礼申し上げます。これからもどうかよろしくお願いします。 さて、寒さも厳しくなって参りました今日この頃。定期的に会っている高校の同級生から「アリゴ」が食べたいので何処か店を探してくれないか、と。 「アリゴ」か、と。「アリゴ」はフランス料理の名前なのですが、いわゆる郷土料理ですので、お洒落な高級フレンチではお目にかかることがありません。日本の場合、フランスのある特定の地方料理専門店はほとんど見かけません。それに対して、イタリア料理は青山のシチリア料理専門店「ドンチッチョ」が一時期予約の取れない店で有名になるなど、それなりに専門店があります。ですので、フレンチの場合、郷土料理はビストロで出すところを探すということになります。 「アリゴ」にはその名も「ビストロ アリゴ」という店が神保町にあるのですが、ランチでの訪問を希望されたので探すのに苦労しました。ビストロは日本では居酒屋のような扱いですので、どうしてもお酒の出る夜営業だけの店が多いのです。フランスではランチをワインと共に食するのが当たり前ですが、日本で週末以外ランチにお酒が出るのは接待くらいではないでしょうか。何とか週末、午後二時から営業のビストロを見つけました。小川町の「神田ワイン食堂 パパン」に出かけた次第です。 さて、問題の「アリゴ」ですが意外なことを知りました。筆者にはこれから三十歳になろうという若い友人がいるのですが、彼と食事をした際、今度「アリゴ」を食べに行くという話をしたら、「アリゴ」を知っているというではありませんか。彼は飲食とは縁のない仕事の人ですので「どうして」と尋ねると「『じゃアリゴ』の『アリゴ』」ですよね、との返事。成程、と思いました。「じゃがりこ」というスナック菓子で「アリゴ」を作るのだと「じゃがりこ」を自ら一度も食したことのない筆者でもピンと来たのです。 そう、「アリゴ」とはじゃがいも料理の一種で、フランスのオーヴェルニュ地方の郷土料理です。オーヴェルニュはリヨンなどのある「リヨネ」地方の西側、「サントラル」と呼ばれる山岳地方。「アリゴ」は中でもオーブラックと呼ばれる地区でよく食べられているとの記述が。オーブラックはカトラリーやソムリエナイフで有名な「ラギオール」のある場所。日本でも刃物で有名なのは岐阜県関市とこれも山岳地帯。 で、「アリゴ」の定義は「チーズ入りマッシュポテト」とあります。「マッシュポテトに生クリーム、バター、ニンニクを合わせ火にかけ、トム・フレーシュ(熟成前のトムチーズ)を大量に加え、糸を引くまで練り上げたもの。熱いうちは一メートルくらいは軽く伸びる。料理の付け合わせでありながら、オーヴェルニュを代表する名物」との解説が。 実はフランス料理を知るには郷土料理の知識が不可欠なのです。『ミシュラン』三つ星のグランメゾンは確かにパリに集中しているものの、例えば、かの「ポール・ボキューズ」はリヨン近郊のコローニュ=オ=モン=ドールにあります。元々、宿場の食堂でした。筆者の懇意にしている元代々木町「シャントレル」の中田シェフのフランスでの師はまさにオーヴェルニュのサンボネ・ル・フロワ村にある三つ星「レジス・エ・ジャック・マルコン」のレジス・マルコン氏です。パリから600キロも離れているそうな。こうした地方にある三つ星は地元の郷土料理をベースにそれをグランメゾンの皿に昇華させたものと考える必要があります。マルコン氏は「キノコの魔術師」の異名を持つくらいですから。 ところが日本のフランス料理といえば、グランメゾンは地方色のない洗練されたスタイル、郷土料理はビストロへと二分化されてしまい、肝心の郷土料理の再現率も低いとしか言えません。 事実、「パパン」で食した「アリゴ」はじゃがいものポタージュで薄めたフォンデュのような代物で、バケットにつけて食べるスタイル。これはこれで美味しかったのですが、一メートル延びるのを期待していた同級生はちょっと残念がっていたのが分かって、申し訳ない気がしました。 神保町「ビストロ アリゴ」の「アリゴ」は画像で見る限り、もっと濃厚そうですがやはりバケットにつけて食べるスタイルのよう。しかし、解説には料理の付け合わせとあります。実際はどのようなものなのか。実は最適な本があったのですが現在は絶版です。それは並木麻輝子『フランスの郷土料理』(小学館、2003年)。検索ですと「アリゴ」しか調べられません。本でしたら、フランスの郷土料理全体が概観出来ます。しかも、この本はいわゆるムック本で150頁ほどのコンパクトなサイズながら、どの料理も写真が載っています。しかも、当時のものながら、フランスでの名店のリスト、日本で郷土料理が食べられる店のリストも。料理もさることながら、元々旅行本のシリーズの一巻なので、地方の説明や地理的な知識も得ることが出来ます。 並木氏の本の「アリゴ」の写真は付け合わせで、調理しながら料理人が伸ばしている写真も載っています。事ある毎に参照するに相応しい優れた資料です。 今回、先述の「じゃアリゴ」を調べたのですが、フォンデュ風のビストロの「アリゴ」よりある意味、付け合わせとしての本来の「アリゴ」に近いと思われました。作り方は簡単で、「じゃがりこ」のカップの中に溶けるチーズ(ネットでは「さけるチーズ」が推奨されています)を入れ、お湯を入れひたすら混ぜるというもの。塩と胡椒で味を調えるとなお良し。筆者としては牛乳や生クリームなどでのばすと良いのではと思われます。「じゃがりこ」の容器の中で作れるというのが、煩雑さを省き、後片付けも簡単と素晴らしいアイディア。 筆者としては、鴨のコンフィなどに添えたり、さらには白身魚のムニエルなどの下に「アリゴ」を敷きソース代わりに絡めながら食するなど、単品ではなく、「付け合わせ」として皿に登場する「アリゴ」を料理店で食してみたいものです。 いずれにせよ、寒い冬に暖かい部屋で食する長々と伸びる熱々の「アリゴ」を想像するだけで心躍らざるを得ません。 今月のお薦めワイン 「新年を祝ってちょっと贅沢なシャンパーニュで乾杯――ヴィンテージ物のエレガントなブラン・ド・ブラン――」 「シャンパーニュ『メ・ヴィエイユ・ヴィーニュ』ミレジム 2014年 AC シャンパーニュ(グランクリュ)」ジョゼ・ドント 16632円(税込) 『美食通信』も五周年を迎えました。ひとえに読者の皆様、主宰の島田さんのおかげです。心よりお礼申し上げます。 という訳で、新年のお祝いと五周年を記念して、まずはシャンパーニュで乾杯ということにいたしましょう。折角ですので、ここはちょっと贅沢なシャンパーニュを選ばせていただきました。 シャンパーニュにはグレイドを見極めるいくつかのポイントがあります。 まず、葡萄の良作年のみに造られる「ミレジム」と呼ばれるヴィンテージ物であるか、ないか。今回選ばせていただいた「メ・ヴィエイユ・ヴィーニュ」も2014年とヴィンテージ物です。シャンパーニュの場合、普及品はノンヴィン(NV)と呼ばれるヴィンテージの無いものになります。 次に使われる葡萄が格付けされていて、グランクリュ、プルミエクリュ、格付けなしの三段階になっています。今回のシャンパーニュはコート・デ・ブランのグランクリュ「オジェ」村にジョゼ・ドントが所有する2.5haの畑から造られるシャルドネ100%で造られる「ブラン・ド・ブラン(白の白)」です。オジェはシャンパーニュの中でもシャルドネの栽培が99.6%と最高のシャルドネの産地。 しかも、「ヴィエイユ・ヴィーニュ」とありますように、1949年に植えられた樹齢七十年以上の古樹の葡萄から造られています。 造り手のジョゼ・ドントは1974年より葡萄栽培から醸造まで一貫して行なう「レコルタン・マニピュラン」を開始した他にセザンヌに2.5ha、計5haを所有する小規模のドメーヌ。 オジェの葡萄はほとんどが大手メゾンによって高値で買い占められるため、レコルタン・マニピュランのシャンパーニュは珍しいと言われています。 また、通常のシャンパーニュはピノ・ノワール、ピノ・ムニエとの混醸なのに対し、シャルドネだけで造られた「ブラン・ド・ブラン」は通常、シンプルで酸の効いたスッキリとした仕上がり。しかし、極上のシャルドネで造られたヴィンテージ物は黄金色に輝き、複雑な香り、酸とミネラルなどのバランスとの取れた旨味と別格の仕上がり。 ヒュー・ジョンソンが「とびきり美しく、そしてとびきり美味しいワインが生まれる村」と評したテロワールから造られる稀少なシャンパーニュ。 価格も随分良心的になっていますので、是非この機会にお買い求めを。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE...
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November 30, 2024
by Osamu Seki
先日行われたワイン会で偶然とはいえ、いわゆる「古酒」を四本も開ける機会がありました。ボルドー二本、1995年と1986年、どちらとも1990年のブルゴーニュ二本という内容でした。造られて三十年から四十年経っているワインたちですので、これはまさしく「古酒」の部類に入ります。 では、そもそも何年くらい経ったらいったい「古酒」と言えるのでしょう。これは意外に難しい問題です。例えば、ボジョレ(とりわけ、ボジョレ・ヌーヴォ)のような早飲みのワインを数年寝かせて飲んだとしてもそれは「古酒」と言えるのかもしれません。ただし、この場合、まさに「古いワイン」という意味で美味しいかは別の話です。 ワイン愛好家が「古酒」という場合、それは「古くても美味しい」ワイン、その場合、しかも「数十年経って初めて美味しくなるワイン」と「飲み頃とは別の美味しさがあるワイン」の二種類に分かれると考えられます。しかし、いずれにせよ、年を経ても「美味しく」なくてはいけません。それには経年熟成して美味しいワインを造るという造り手の意志が必要となります。いわゆる「長熟用のワイン」と言われるものです。 こうした長熟用のワインに必要なのはワインの渋みを担うタンニンです。ですので、フランスワインではボルドーワインが古酒に向いていると言えます。では、どのくらい年を経たものを「古酒」と呼ぶのが適切と言えるのでしょうか。 愛好家以外の一般の方々が特別にヴィンテージワインを所望されるのは、まずは成人式ではないでしょうか。そう、「古酒」の一つの目安は二十年以上経ったワインというものです。 実際、例えば、ボルドーその中でもカベルネ・ソーヴィニヨンを主とする「メドック」地域のワインの場合、格付けシャトーは十年、その下位にあたる「クリュ・ブルジョワ」のワインの場合、七~八年が最初の飲み頃と言われています。ですので、二十年経てば、飲み頃から二倍から三倍の年月が経っていることになります。 もちろん、最初に述べましたように最初から何十年も熟成させてから飲むように造られている銘酒もあります。その代表がメドック格付け第一級いわゆる「五大シャトー」の一つ、シャトー・ラトゥールです。筆者がボルドーワインを学び始めた頃、ラトゥールは三十年寝かさないと本領を発揮しないというのが定説でした。 成人に達し、ワインを嗜むことが許されるようになれば、バースデーに誕生年のワインを開けるというのが一つの「古酒」の楽しみ方にもなります。一九九〇年代後半、ボルドーワインにのめり込んでいた筆者は友人たちのバースデーに必ずといってよいほど誕生年のワインを開けていました。 当時、筆者は三十代後半で友人のほとんどは筆者より若い方々でしたので、一九六〇年代後半から一九七〇年代前半のボルドーワインを探しては購入していました。現在のようにネットなどない時代でしたので、足繁く有名なワインショップや多くは主要デパートのワイン売り場に出向き、ダイレクトメール(DM)を送ってもらっていました。 虎ノ門にある「桝本」の「ヴァン・シュール・ヴァン」はパリのワイン商「ペーター・ツーストラップ」と提携していますので、当時から「古酒」も多く扱っており、現在に至っています。「エノテカ」などはまだ広尾にしか店がなかった時代、店に出かけるとビストロの今日の料理のように黒板に本日の古酒が書かれていて、気になるものが購入出来た際はまさに一期一会だけに嬉しく思ったものです。 しかし当時、古酒と言えば何と言っても専門のインポーター「海外酒販」が有名でした。前回書かせていただいた故山本博先生の『わいわいワイン』にも古酒なら「海外酒販」がよろしいと書かれていました。紙のリストを送ってもらい、電話して在庫を確認して、六本木の事務所まで買いに出かけたものです。ワインは足で探す時代でした。 ワインは開けてみなければ分からないもの。普通のワインでも「ブショネ」と呼ばれる主にコルクに問題があり、ワインにダメージが生じてしまうことがあります。「古酒」ともなれば、コルクだけでなく、保存によって熱劣化など様々な問題が生じかねません。また、ワインそのものが熟成と共に経年劣化して参ります。 ですので、シャトーで保存している場合など、途中でコルクを新しい物に変え、場合によっては目減りした分を補って再び栓をする「リコルク」という作業を行なう場合があります。その場合、新しいコルクには元のワインのヴィンテージと共にリコルクした年を明記しています。 いずれにせよ、開けてテイスティングしてみないと分かりません。目視できるのは目減りがひどくないか、エチケットなどが高温による吹きこぼれで汚れていないかを確認できるくらいです。 また、いくら五大シャトーなどの銘酒でもヴィンテージが悪ければ、元々美味しいワインが造れませんし、長持ちもしません。例えば、1991年のボルドーは全体的に不作で中でもメルロの出来が悪く、とりわけポムロールが駄目で、シャトー・ペトリュスは造られませんでした。シャトー・ボールガールもすべてセカンドワインとして販売されたと言われています。 そこまででなくとも恵まれないヴィンテージの古酒は価格こそ、まだ良い年の古酒に比べれば安いかと思いますが、早くに消費されてしまいますので、年を経れば経るほど入手しにくくなることは必須です。また、正直それほど美味しくはないでしょう。 逆に良いヴィンテージの古酒は随分年をとってもそれなりに得も言われぬ熟成感のある通常飲むワインとは別の素敵な景色を見せてくれることでしょう。 ボルドーではとりわけタンニンが強く長熟用のワインが出来る年があります。そうしたワインを「ヴァン・ド・ギャルド」=「見守るべきワイン」と言います。 ボルドーのヴィンテージチャートで「ヴァン・ド・ギャルド」として有名なのは1986年です。今でも充分美味しく飲めるシャトーが沢山あります。 バースデーはもとより、時に「古酒」を嗜むのもワインの楽しみの幅を広げることになり、ワインの奥深い魅力を知ることが出来るかと思います。 最後に一言。1990年のブルゴーニュもなかなかの逸品でした。ボルドーより探すのが難しいとは思いますが、やはり、ボルドーとブルゴーニュはそれぞれ偉大なワインであると実感した次第です。 今月のお薦めワイン 「ボルドー右岸のメルロ主体のワインを楽しむ――サン=テミリオンの隠れた逸品『シャトー・キノ=ランクロ』――」 「シャトー・キノ=ランクロ 2019年 AC サン=テミリオン グランクリュクラッセ」 7800円(税抜) このクール最後のワインはボルドーから。今までメドック、グラ―ヴと左岸のワインを紹介させていただきました。そこで、今回は右岸リブールヌのワインを選んでみました。メドックのワインはカベルネ・ソーヴィニヨンが主体なのに対し、リブールヌのワインはメルロが主体。タンニンより果実味に見るものがあります。 また、リブールヌのワインは「サン=テミリオン」と「ポムロール」が二大産地となっています。サン=テミリオンが格付けにご執心なのに対し、ポムロールはあえて格付けをしないと対照的。ワイン的にはサン=テミリオンがカベルネ・フラン、さらにはカベルネ・ソーヴィニヨンとカベルネ系が補助品種として重要な役割を果たしているのに対し、ポムロールはほぼメルロで造られているとお考えになって良いかと思われます。 さらに、ポムロールとほぼ同じくメルロで造られるワインで果実味がよりストレートに伝わってくる「フロンサック」(カノン=フロンサックだとなお良し)、サン=テミリオンに隣接してよりスパイシーで野趣味にあふれた「カスティヨン」が価格的にも手頃に楽しむことが出来ます。 今回はサン=テミリオンのワインから、グランクリュクラッセのシャトー・キノ=ランクロを選んでみました。サン=テミリオンは格付けにうるさい。選ぶなら、グランクリュクラッセから選ぶことをお勧めします。グランクリュになりますと二百種類を超えると言われ玉石混交で、思わぬ逸品に出会うことも可能ですがそれにはかなりの知識が必要となるでしょう。 キノ=ランクロは1997年、ポムロールにもシャトーを有するアラン・レイノー夫妻が購入し、一躍注目を浴びます。2008年にはプルミエAのシャトー・シュヴァル=ブランのオーナーたちが買収。レイノー博士はコンサルタントとして残ったようです。2012年にはグランクリュクラッセに昇格しましたが、2022年、シュヴァル=ブランとオーゾンヌのツートップがころころ変わる格付けに嫌気がさしたのか脱退。キノ=ランクロも格付けから脱退しました。 オーナーを見れば、キノ=ランクロが隠れた逸品であることは明白か、と。筆者は以前、台北の「ターブル・ロビュション」でランチした際、選んだことがあり、フランス人のソムリエに褒められました。 年末の美食を囲む楽しいひと時、是非このとっておきのワインを開けていただければ幸いです。...
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November 20, 2024
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2024年12月29日から2025年1月6日まで休業となります。
お気をつけください。
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November 11, 2024
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9月の落語会で新メンバーに加わっていただいた黒酒さん、2回目の登場です。9月の落語会は大入りで流石の人気ぶり、堂々としたお噺を披露してくれました。師走となる今回はどんな落語会になるのかお楽しみにお越しください。
第三十回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』
日時:12月1日、日曜日
12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ
場所:ザ・クロークルーム
出演: 桃月庵 黒酒
開口一番 世話人:山本益博
会費:2,500円(税込)
申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで
ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。
略歴桃月庵 黒酒1987年4月13日生まれ2017(平成29)年8月桃月庵白酒に入門2019(平成31)年1月21日前座となる 前座名「あられ」2022(令和4)年11月1日二ツ目昇進 「黒酒」と改名
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October 31, 2024
by Osamu Seki
ようやく秋の気配を感じ始めたこの十月の初め、料理評論家として活躍されていた服部幸應氏急逝の訃報に接することになりました。 料理学校の校長先生にしては料理をしているところを余り拝見したことがなく、日本におけるフランス料理の普及に尽力された辻調理師学校の創設者、辻静雄(1933~93)氏を彷彿させるものがありました。服部先生と言えば、『料理の鉄人』、辻氏と言えば『料理天国』とテレビで美食の普及に大きな役割を果たして下さいました。 この二〇二四年は年明けの一月には日本におけるワイン界の大御所、山本博先生が九十二歳で亡くなりました。筆者がボルドーワインを極めようと常に手元に置いてきたペパーコーン『ボルドーワイン』(早川書房)をはじめ、アレクシス・リシーヌ『新フランスワイン』(柴田書店)などワインに関する翻訳本のほとんどが山本先生の手になるものです。また、実に多くのワイン本を執筆されてきました。 ペパーコーンの翻訳の監訳者紹介にもありますように、冒頭、肩書として「弁護士」と書かれるのが通例でした。ワインを100点満点で評価する日本人が大好きな「パーカースコア」を始めたロバート・パーカー・ジュニアもまた「弁護士」出身。マイケル・ブロードベントやエレナ・サトクリフは「サザビーズ」のオークショナー、『ポケット・ワインブック』のヒュー・ジョンソンもワイン愛好家を自称するワイン評論家。ワインのスペシャリストは「ソムリエ」ではないのです。「ソムリエ」はワインをサーヴィスするサーヴィスのスペシャリストであり、ワインを売らねばなりません。批評家=評論家はあくまで客観的にワインを評価する必要があります。「ソムリエ」という立場はそれに相応しくはないことを再確認すべきです。 山本先生と言えば、どうしても翻訳に目が行きがちですが、筆者は人からワインを始めるにあたって何か参考になる本はないかと尋ねられたら、迷わず、山本先生の『わいわいワイン』(柴田書店)を挙げます。山本先生はワインの歴史を重視される方でしたので、多くの本は歴史に関するやや硬い感じの本が多かったのです。そんな中、ワインを楽しむために必要な知識を軽妙な語り口で、しかも格調高く的確に提示されている『わいわいワイン』はワイン愛好家を自称する者は所持すること必須と言えましょう。 例えば、マイケル・ブロードベントの『ヴィンテージ・ワインブック』を携帯する必要性を説かれていますが、筆者も早速購入しました。翻訳はもちろんありませんので英語の原書だったのですが、オークショナーのブロードベントはフランス革命時代に造られたシャトー・マルゴーなどのテイスティングも行なっており、その時代から1980年代までヴィンテージごとに主要なワインのテイスティングコメントを掲載。 実に興味深く、ヴィンテージワインを飲むにあたり、大変参考になりました。 そう言えば、一九九〇年代半ばフランスワインを始めるあたり山本氏の本にお世話になったのに対し、大学生になった一九八〇年、フランス料理を食べ歩き始めた頃、何を頼りに「美食」を考えようとしたのか。 もちろん、辻静雄氏の本も読みましたが、やはり教科書というか啓蒙的な筆致がまだひよこだった筆者には親しみやすくはありませんでした。 そんな中、フランスの香りを筆者に伝えてくれたのが意外にも現代音楽作曲家の三善晃(1933~2013)先生が書かれた『男の料理学校 自分の味を創造しよう』(カッパブックス、1979年)でした。光文社の新書版「カッパブックス」は当時、実用書と教養書の中間というか、絶妙なスタンスでベストセラーを多数出していました。筆者が大学でお世話になった心理学者多湖輝先生の『頭の体操』などがその好例です。 ちょうど新刊だったこともあり、パリ音楽院に留学された三善先生がかの地で自炊され作られたオムレツの話など、文章もお上手で、「美食」としてのフランス料理を極めたいとおぼろげに思っていた筆者には、まさにパリが彷彿と感じられ、怖いもの知らずのフレンチ食べ歩きを始めるきっかけになったのは確かです。 また、当初筆者はワインなど酒類をほとんど嗜みませんでしたので、フランス料理以外にも様々な食べ歩きを行なっていました。その際に大いに参考にさせていただいたのが映画評論家として活躍されていた荻昌弘(1925~1988)氏の食に関する著書でした。 荻氏は今で言う「男厨(ダンチュウ)」、即ち「男の料理」のパイオニアの一人で『男のだいどこ』は一九七二年に公刊されています。筆者が手にしたのは文庫本になったばかりの『大人のままごと』(文春文庫、1979年)だったかもしれません。 その立ち居振る舞いというか、「食通」気取りを蔑み、あくまで自身を「食いしん坊」と呼ぶその洒脱な感じが素晴らしく、筆者が感動したのが「サンドウィッチハウス グルメ」を贔屓にしている文章でした。「サンドウィッチハウス グルメ」は空港や新幹線の駅に展開したサンドウィッチ専門店。今から半世紀も前のことです。サンドウィッチといえば、喫茶店で出される手軽な軽食というのが常識だった時代、クラブハウスサンドやエビフライが挟まったサンドウィッチなどちょっと贅沢で高価なサンドウィッチだけを提供する「サンドウィッチハウス グルメ」は大学生になったばかりの筆者にはちょっとした高嶺の花でした。(ちなみに「グルメ」は現在、唯一、那覇空港で営業しているとのこと)。 荻氏はその贅沢感が空港や新幹線の駅に出店している理由であること。そして、それをどのように活用するかが「食いしん坊」冥利に尽きるかを書かれていました。出発まで時間があれば、立ち寄ってゆったりと併設のレストランで出来立てを堪能する。時間がなければ、テイクアウトして、車内で駅弁代わりに楽しむ。 筆者も荻氏の本に後押しされ、当時、船橋東武のレストラン街にあった「グルメ」に一人で食べに出かけたものです。喫茶店のサンドウィッチとはまた違ったまさに「専門店」の味に感動し、駅や空港でも立ち寄れるようになりました。当時、船橋東武のレストラン街にはアメリカで成功したロッキー青木(1938~2008)氏の洋食店「紅花」(タンシチューが絶品でした)、上野精養軒もあり、また、船橋西武には一時期、高輪プリンスホテルのメインダイニングとして有名なフレンチ「ル・トリアノン」の支店があったり、デパ地下のイートインにはローストビーフの「鎌倉山」、ドイツ料理の「ローマイヤ」などもあって、東京まで行かなくても船橋西武の「リブロ」や船橋東武の「旭屋書店」へ本を買いに行くついでに食べ歩きする機会を得たものでした。 筆者の「美食」への誘いに貢献下さった、三善先生、荻氏に心から感謝する次第です。 最後になりますが、この五月にはカレー博物館初代館長を務められたカレー評論の第一人者小野員裕氏が急逝されました。筆者は縁あって、親しくさせていただいておりましたので痛恨の極みといった思いです。筆者の二歳上でいらして、ほぼ同じ年ですのでショックでした。ここのところ、お目にかかる機会がなかったのですが、本を立て続けにお出しになられて、その活躍ぶりを頼もしく思っていた矢先の訃報でした。遺作も公刊されました(『小野員裕の鳥肌が立つほどいい店、旨い店』(八重洲出版))。 心から哀悼の意を表させていただきます。 今月のお薦めワイン 「イタリア最北のピノ・ネロを楽しむ――トレンティーノ=アルト・アディジェ州のワイン――」 「ピノ・ネロ『ヴィーニャ・カンタンゲル』 2021年 DOCトレンティーノ マソ・カンタンゲル」 9000円(税抜) 今年最後のイタリアワイン。何にしようか迷いました。王道のピエモンテとトスカーナ。そして、ロンヴァルディアのピノ・ネロ。最近はブルゴーニュ好いていますのでここは再びピノ・ネロで、産地を珍しいところでいかがか、と。 そこで思い浮かんだのがイタリア最北の州、トレンティーノ=アルト・アディジェ州で造られるピノ・ネロのワインという訳です。 トレンティーノ=アルト・アディジェ州はボルザーノを中心とする北部のアルト・アディジェと州都でもあるトレントを中心とする南部のトレンティーノが合体した州です。最北と言われる通り、北に接しているのはオーストリアのチロル地方。そこで、アルト・アディジェは「南チロル」とも言われています。そして、オーストリアはドイツ語圏ですので、この州の人々はドイツ語が堪能。従って、フランスのアルザス地方と比較され、造られているワインも似た傾向があると言われています。つまり、白ワイン中心で赤は地品種のテロルテゴも有名ですが、アルザスがピノ・ノワールだったようにこの州でもピノ・ネロが造られているのです。ちなみにカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロも造られています。 ロンヴァルディアがシャンパーニュと同じ品種で「フランチャコルタ」を造っているのでピノ・ネロが栽培されているのと対照的です。 という訳で、アルザスのピノ・ノワールと比較するつもりで選んでみました。 選んだワインの造り手はマソ・カンタンゲル。DOCトレンティーノから分かるように、トレントの街のすぐ東に位置するチヴェッザーノにあるカンティーナです。2006年、フェデリコ・シモーニが創業。6haの畑を所有し、2008年の初ヴィンテージ以来、自然派のワインを提供しています。 通常のキュヴェよりも限定された畑の上質の葡萄から造られ、バリックで12か月熟成したワインは力強くもエレガントな仕上がりになっています。 前回のロンヴァルディアのイジンバルダのピノ・ネロと比較して飲んでいただければ幸いです。 略歴関 修(せき・おさむ)...
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October 06, 2024
by
Tamahira Hayashiya will be appearing at the Ginza Tailor Rakugo Show in November. At the Rakugo show held in August, he unveiled a very valuable new Rakugo story that had...
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October 01, 2024
by Osamu Seki
Every September, I go back to my late parents' hometown in Shizuoka City, and I always stop off for a night on the way. Last year, I stayed at the...
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October 01, 2024
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The 28th "Ginza Tailor Rakugo Club" in October will feature Shunputei Yoichi. This time, for the first time, it will be held at the Mannendo main store in Ginza. Please...
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August 31, 2024
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August 03, 2024
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July 23, 2024
by Masashi Shimada
Hayashiya Tamahei will be appearing at the Ginza Tailor Rakugo Show in August. Last August, Tamahira-san also performed. The pieces performed on that occasion were "Suzugamori" and "Funatoku." One of...
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