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『美食通信』 第六十六回 「ソール(舌平目)――いにしえのフランス料理定番食材の復活?――」

『美食通信』 第六十六回 「ソール(舌平目)――いにしえのフランス料理定番食材の復活?――」

 読者の皆さまは「舌平目」をご存じでしょうか。「平目」を名乗っておりますが、カレイ目ウシノシタ科の魚の総称で、日本では牛の舌に似ていることから「ウシノシタ」と呼ばれる魚のことです。ちなみにフランスではラテン語の「サンダル」の「ソレア」から「ソール」と呼ばれています。カレイや平目より細身の魚で、種類も多数に及び、中でもドーバー海峡で獲れる大型のドーバーソールが有名でこれは「コモンソール」、「一般的な舌平目」という名のごとく、フランス料理に用いられるのもこの種類のものです。  ところで、「舌平目」のフランス料理など食べたことないという方も多いかと思います。実際、良く食事を一緒にする昔の教え子と「舌平目のボンファム」を食したのですが「舌平目」の存在を知りませんでした。確かに昨今のフランス料理で「舌平目」の存在は無きも等しいものになっていました。  しかし、先日、この連載の主宰者の島田氏と帝国ホテルの「レ・セゾン」で会食した際、魚料理が「舌平目」だったのです。ドーバー海峡産の大振りの立派な個体で、コミが魚をわざわざ見せに来たくらいです。ブールブランソースだったと記憶していますが、既に書きましたように身が厚すぎて、プリプリなのは良いのですが筆者にはちょっと生臭く感じられました。筆者の知る「舌平目」の料理はもっと身が薄く、味は淡白でホロホロと身がほどけて行くのが魅力というか、正直ソースで食べさせるタイプの魚と認識しております。  というのも、筆者がフランス料理を食べ歩き始めた半世紀近く前、魚料理の定番と言えば、「舌平目」だったのです。今から思うとフランス料理の食材にも流行りすたりがあることが分かります。当時、「舌平目」のポピュラーなフランス料理と言えば、まず「舌平目のムニエル」、そして「舌平目のボンファム」がツートップでした。  「ムニエル」というのは小麦粉をまぶしてバターできつね色にソテーし、火が通ったら、食材を取り出し、焦がしバターソース(ブール・ノワゼット)に仕上げて、回しかけ、レモンやパセリを添える料理。魚が主で、当時は「ソーモン(鮭)のムニエル」は「舌平目」と並ぶ魚料理の定番でした。また、虹鱒など川魚もよくムニエルで供され、例えば、「日光金谷ホテル」の「日光虹鱒のソテー金谷風」は「ムニエル」した後、日本酒でフランベし、バターソースに醤油と砂糖を加え「和風ムニエル」に仕上げた明治時代に創作された日本のフレンチの古典の一つとなっております。  何と半世紀近く前、近くのスーパーに「舌平目」が普通に売っていたのです。もちろん、小ぶりで食べるところなどほとんどなさそうなペラペラな「舌平目」君でしたが。今では考えられないことですが、おそらく鮭などと共に「ムニエル」の食材だったのでしょう。  筆者はフランス料理の食べ歩きを始めた当初、料理本も買い求めて、簡単なフランス料理を自身で作ってみたのでした。スーパーに売っている「舌平目」は皮を剥いで「フィレ(おろした魚の身)」状にするのは無理ですので「ムニエル」にするしかありません。それでもレストランで食べる「舌平目」の美味しさにはとうてい敵わないものの、確かに「舌平目」の味わいを家で楽しむことが出来て嬉しかったのを懐かしく思います。  それに対して、「舌平目のボンファム」の方はまさにフレンチレストランでいただく「お料理」といった趣のもの。実は広尾の「ルグラン・フィーユ・エ・フィス・東京」でメニュに載ったので早速食べに出かけました。「ルグラン」は筆者がパリに出かけていた三十年ほど前、いつもワインを買っていた老舗のワインショップです。当時、ゴルチエの服にはまっていた筆者は二区のギャルリー・ヴィヴィエンヌにある本店へ買いに出かけていたのですが「ルグラン」も同じヴィヴィエンヌに店があり、服を買い、ワインを買い、同じアーケード街にある「プリオリ・テ」でお茶するというのがお決まりのコースでした。  筆者が通っていた時代はまだワインショップだけでしたが、その後、ワインバーも併設するようになったようです。そして、広尾の店もテラスとカウンターでワインとちょっとした料理を楽しむことが出来るようになっています。「カフェ・デ・プレ」の跡ですのでテラス席がある次第。ショップで販売しているワインを抜栓料2000円で飲めるので、下手なレストランに行くよりはるかに安上がりで良いワインを飲むことが出来ます。 料理も「ボンファム」をはじめ、「スープ・ド・ポワソン」、「鶏肉のヴォロ・バン」といったクラシックな定番料理が並び、最近、筆者のお気に入りの店の一つになっています。  さて、「ボンファム」は料理辞典などには「おふくろの味」を想起させるものなどと書いてあるのですが、筆者の解釈は「料理上手な女性」風とでも申しましょうか。「舌平目」だけではなく、「スープ」、「羊のもも肉」、「りんご」など色々な食材で料理名になっています。特徴はバターをふんだんに使用するところでしょうか。ちょっと贅沢な感じの料理なのです。  「舌平目のボンファム」はフィレ状にした舌平目を白ワインで蒸して、その出汁をバターでモンテし、魚にかけてオーブンで焼き目をつけたものです。飾りをほどこしたマッシュルームが載っていたりします。「ルグラン」の「ボンファム」はシンプルな教科書通りといった皿で美味しくいただきました。ただ、かさを増すためか、下にほうれん草が敷いてあり、それが余分に思われました。まあ、魚だけですとちょっとポーションが少なくなってしまうからでしょうが。  実は「ボンファム」は基本というか原型で、さらに贅沢なヴァリエーションがあるのです。その方法は二点。まず、ソースをゴージャスにするのです。バターだけでなく、卵の黄身を加えてマヨネーズのように濃厚にした「オランデーズ」ソース、ベシャメルソースに卵黄とチーズを溶かした「モルネー」ソースをかけてグラタン状にする。次に、魚やホタテ貝をムースにしてそれを舌平目のフィレで巻いて白ワインで蒸すといった食材をさらにグレードアップさせ、贅沢なソースで黄金色に焼き目をつければ、グランメゾンの料理に。  筆者は今でもかれこれ四十年以上前になるかと思いますが、船橋にあった西武百貨店最上階の「セゾン美術館」脇にあった高輪プリンスホテルの「トリアノン」の支店で食した黄金色に輝く「舌平目のグラタン」を懐かしく思い出します。こってりしたオランデーズソースがこれでもかとかかっていて、あまりに重くて一皿食べきれなかったのでは。しかし、グランメゾンに相応しい実に立派な料理で、これこそフランス料理と深く感銘を受けたのでした。 「舌平目」は筆者にとって、永遠のフレンチの魚の王様なのです。それを最近、再び見かけるようになったのは嬉しい限りですが、あの黄金色にはもう出会えないのでしょうか。そればかりが気がかりな今日この頃です。 今月のお薦めワイン 「モレ=サン=ドニ――ニュイの隠れた銘酒の産地――」 「モレ=サン=ドニ 2023年」 レシュノー 14300円(税込)    ブルゴーニュワインのコート・ド・ニュイのアペラシオンを北から紹介するクール。  「ジュヴレ=シャンベルタン」に続いては「モレ=サン=ドニ」。その南は「シャンボールーミュジニー」と有名どころに挟まれて規模も一番小さく、今一つ地味な存在のアペラシオンですが、実はグランクリュ畑が五つもあるという優れたワインを産するテロワールを有しています。  筆者はボルドーワインを基にワインを追求して参りましたのでどうしても、ブルゴーニュもボルドーと比較してしまいます。すると、フェミナンと言われる「シャンボール=ミュジニー」は「マルゴー」、ニュイ最大の銘酒産地「ジュヴレ=シャンベルタン」は「ポイヤック」とするとその間に挟まれているのはボルドーでは「サン=ジュリアン」に相当します。 中庸の美とでも申しましょうか、実際、ジュヴレの「力強さと腰の強さ」とシャンボールの「柔らかさと繊細さ」の両方を併せ持つなどと言われています。  筆者もまた、ニュイで最初に美味しいと思ったのはネゴシアン物ですが、モレ=サン=ドニを代表する造り手の一つ、デュジャックの村名ワインでした。  しっかりした果実味、タンニンがほどよく効いてボルドー飲みにも親近感が持てました。  デュジャックの他にも、アミオ、リニエ、ポンソなど優れた造り手が存在します。  また、モノポールのグランクリュ「クロ・ド・タール」は長らくモメサン社が所有していた歴史があり有名です。  今回紹介させていただくのは、ニュイ=サン=ジョルジュで1986年にレシュノー兄弟によって創業された「レシュノー」による村名ワイン。  レシュノーはモレ=サン=ドニに所有するグランクリュ「クロ・ド・ラ・ロシュ」で高い評価を得るなどモレ=サン=ドニにも複数の畑を所有。この村名ワインも複数の畑の葡萄をブレンドして造られています。通常、100%除梗。新樽率は30%以下で18か月熟成。  バランスの良さを感じさせつつも、凝縮感のある果実味、しっかりした構成力も楽しめる飲みごたえのある造りと評されています。  最新のヴィンテージを紹介させていただきます。比較的早くから飲める造りと言われていますが、寝かせておいても楽しめます。この機会に是非。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE...

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第四十七回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

第四十七回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

7月の『銀座の仕立屋落語会』には、令和9年3月に真打昇進が決まった林家たま平さんが登場します。  林家正蔵さんの息子であり弟子として、古典落語に真正面から向き合いながら、持ち前の明るさと軽やかなテンポで客席をぐっと引き寄せるたま平さん。生き生きとした人物描写と、物語の情景がふわっと立ち上がる語り口は、春の空気によく似合います。 真打へ向かうこの時期ならではの勢いを間近で味わえる、貴重な機会となりそうです。 夏本番を迎える7月。銀座の仕立て屋という少し特別な空間で、肩の力を抜いて落語を楽しむひとときを、ぜひご一緒に。 第四十七回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ 日時:7月28日(日曜日)  12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:林家たま平 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで  略歴 林家たま平 1994年5月29日生まれ2013年4月、実の父でもある九代目林家正蔵に入門。2017年11月より二ツ目昇進。2019年放送のドラマ「ノーサイドゲーム」などドラマや映画などの出演多数。  

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『美食通信』 第六十五回 「桜、イチゴ、バー・ラウンジは春爛漫――ホテルハイアットリージェンシー横浜――」

『美食通信』 第六十五回 「桜、イチゴ、バー・ラウンジは春爛漫――ホテルハイアットリージェンシー横浜――」

 「春」になると天気予報では毎日のように桜の開花宣言がいつなのかが取り沙汰されます。桜が咲き誇る時期に日本では卒業式や入学式さらには入社式と去る者あれば来る者ありのよく言えば「新陳代謝」悪く言えばまさに「無常」の日本的人生観をひしひしと感じ、それを楽しむ術を日本人は身につけてきたのではないでしょうか。昨今、日本の新年度開始を欧米に合わせて九月にするべきとの意見もあるようですが、やはりいくら温暖化で実質上二季になりそうとは言え、四季を愛でる日本人にとって自然が芽吹く「春」こそ、新たなスタートの時であり続けて欲しいものです。  三月の最後の週末、今年はいよいよ桜が満開になるとの天気予報のご宣託が下された際、偶然にも筆者は恒例の高校の同級生との小旅行で横浜に出かけることになりました。千葉県民の筆者たちのみならず、関東近辺にお住いの方であれば誰であれ、「横浜」という街にはある種の憧れがあるものです。関西であれば、それは「神戸」でしょう。文明開化と共に港町だった横浜や神戸は西洋文明がいち早く流通し、西洋のみならず、共に「中華街」を擁する異国文化の香り豊かな土地なのです。筆者は子供の頃、三年半ほど神戸に住んだことがありましたが通った中学校が偶然にも当時のカナディアンスクール(アメリカンスクールではなく)のすぐ真下で、坊主頭が校則の自分とはあまりにも異なる同じ年齢の人々にカルチャーショックを受けたものでした。  今回横浜に出かけたのはまさに中華街でランチするためだったのですが、折角なので水上タクシーで花見と行こうかと思い桟橋に。するとさすが、いつもは誰も乗ることなく手持無沙汰な水上タクシーが停まっていないではありませんか。しかも、入り口の看板もない。これはいよいよ廃業かと思いきや、逆で、この時期は花見客の予約で一杯。当日客は受け付けていないことが判明。いやはや、さすが日本人と思った次第です。仕方ないので徒歩で山下公園の桜を散策しようということに。天気が良かったせいか凄い人で「広場恐怖症」の気がある筆者にはなんとも苦痛な時間でした。それでも見上げれば桜が、下に目を向けると花壇にチューリップなど春の花々が咲き誇る公園はまさに百花繚乱といった趣で「春」らしさに満ち満ちていました。  しかし、そんな「春」がもっと満載な空間を発見したのです。歩き疲れて、いつも立ち寄る「ホテルハイアットリージェンシー横浜」一階の「ザ・ユニオンバー&ラウンジ」に出かけると顔見知りのバーテンダーのH氏が出迎えてくれました。しかし、何かいつもと違う。そう、よく見るとネクタイがイチゴ柄ではありませんか。女性の同級生が察しよくそれを見つけて指摘すると「イチゴフェア」なんですとの回答が。  確かにこのラウンジの名物はデセールで、午後訪れるとラウンジは「アフタヌーンティー」をするお客様で満席なのが通例です。夜のバータイムにラウンジを訪れても「アフタヌーンティー」ならぬ「イーブニングティー」あるいは「ナイトティー」を楽しんでいらっしゃる方もちらほら。薄暗い空間で折角のケーキの見栄えはどうなのか気になってしまいますが「夜パフェ」が流行の昨今は「闇夜のスイーツ」も乙なのかもしれません。  もちろん、デセールが「イチゴフェア」で一日五食限定の特製「パフェ」もありました。このバー&ラウンジのありがたいのは一流ホテルにもかかわらず値段が財布に優しいところです。その五食限定のパフェも2500円ほどで都内の夜パフェの方が高いのでは。 また呑兵衛にも嬉しいことに週末の午後はハッピーアワーとやらで、名物の「エスプレッソマティーニ」など定番のカクテルが800円で飲めてしまう。しかも、十九時までとは太っ腹。通常でもその倍くらいですのでホテルにしてはお手頃価格。この一週間後の夜再び訪れ、チャージ付きで二人で二杯ずつ飲んでも一万円しませんでした。  さて、筆者はメニュを見ることなく一杯目をすぐさまH氏に註文しました。「イチゴのカクテルを何か作ってくれませんか」、と。すると、車を運転してくれている同級生の女性が「じゃあ、私はイチゴのジュースを」、と。まあ、イチゴアピールの装いなのですから、ここはイチゴのお酒を所望しても怒られはしないでしょう。  というか、H氏には事ある毎に何かカクテルを作ってもらっています。ある時はフランボワーズのカクテルが飲みたくなり、頼むとフランボワーズのリキュールがないのでチェリーのリキュールのカクテルでいかがですか、と実に美味しいカクテルを作ってくれました。優れたバーテンダーとは臨機応変に客の希望や時にはその時の様々なイメージから場に相応しいカクテルを供することが出来ねばなりません。H氏には最初からその才があると筆者は確信し、その期待を裏切らないH氏が何を作ってくれるのだろうと毎回楽しみで仕方ないのです。 さて、出てきたのは鮮やかな赤色の甘酸っぱい美味しいカクテルでした。ドライフルーツのイチゴのスライスが浮かんでいました。イチゴのジュースの方はスムージー状で色は淡い桜色。その対比がまた美しく、いつもながらH氏の機転の利く対応に感心した次第です。 その一週間後、筆者が再びラウンジを訪れたことはすでに書きましたが、その日H氏の姿はなくカクテルのメニュを拝見することにしました。すると今度は「桜コリンズ」が載っていました。「コリンズ」はジンベースの「トム・コリンズ」が有名ですが、ウイスキーベースの「ジョン・コリンズ」など背の高い「コリンズグラス」で供されるレモンジュースを加えるサッパリとした炭酸のロングカクテルの総称。「桜コリンズ」には桜の塩漬けが入っていて、桜茶の味わいがカクテルになったもの。何と、イチゴが別に添えてあるではありませんか。これは「イチゴフェア」のおこぼれかと思いつつ、ホテルのラウンジでの想像の夜桜見物で「春」を堪能した次第。これまた一興。 今月のお薦めワイン 「ジュヴレ=シャンベルタン――コート・ド・ニュイ最大の銘酒産地――」 「ジュヴレ=シャンベルタン 2024年」 フレデリック・エスモナン 10230円(税込)    コート・ド・ニュイのアペラシオンを北から紹介するクール。「マルサネ」、「フィサン」と続き今回は「ジュヴレ=シャンベルタン」。  いよいよ本丸に突入という感じです。というのも、これまでの二つのアペラシオンには「グランクリュ」という最高位に格付けされた畑がなかったのですが、ジュヴレ=シャンベルタン村にはナポレオンが愛したと言われる「シャンベルタン」を筆頭に全部で九つのグランクリュ畑があります。また、アペラシオンとしての「ジュヴレ=シャンベルタン」はフィサン村との間で隣接するブロション村の一部の畑も認定されており、コート・ド・ニュイのアペラシオンで最大の大きさを有しています。  ジュヴレ=シャンベルタンの特徴として挙げられるのはスケールの大きさとある種の頑強さでしょうか。繊細さよりはダイナミックな趣。色は濃く、カシスなどの黒系の果実、リコリス、獣系の香り。タンニンはしっかりしていて、寝かして飲むのにも適しています。   ただし、ブルゴーニュはアペラシオンではなく造り手が重要とおっしゃる識者の方もおいでですので有名な生産者を覚えておくのは大事です。デュガにデュガ=ピィ、ポンソ、アルマン・ルソーなどでしょうか。しかし、これらの造り手のワインは大変高価。なかなか手が出ません。後出のシャルロパンくらいになるとまだなんとかといった具合ですがそれでも手軽にという訳には参りません。  しかし、ブルゴーニュは農家のワインと言われるだけに、コツコツと良いワインを良心的な価格で地道に造り続けているドメーヌが多々あるのも事実です。  今回紹介させていただくフレデリック・エスモナンもその一つ。一九七〇年代に創設されたドメーヌ。所有する5ha強の畑はほぼジュヴレ=シャンベルタン村にあるという。  100%除梗。新樽率は10~15%で14か月熟成。抽出は濃すぎず、スケールの大きさよりはバランスの良い優しくエレガントな造りを目指しているようです。樽熟成はやや短めで早くから飲めるタイプのワインになっています。  手頃な価格で入手可能な優秀な造り手として人気で、すぐ完売になってしまいますのでこの機会に是非。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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第四十六回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

第四十六回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

6月の『銀座の仕立屋落語会』には、春風亭一之輔師匠のお弟子さんとしても知られる春風亭与いちさんが登場します。  端正な語り口とあたたかな人柄で、じっくりと物語を紡ぐ与いちさん。古典落語に真摯に向き合いながらも、ふとしたひと言に現代の感覚がにじむ高座は、聴き終えたあとに静かな余韻を残します。  寒さの合間に、少しずつ春の気配を感じ始める3月。仕立て屋の空間で、心を整えるようなひとときを、ぜひご一緒に。 第四十六回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ 日時:6月28日(日曜日)  12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで  略歴春風亭与いち1998年4月5日生まれ2017年3月、春風亭一之輔に入門。翌年1月21日より前座となる。前座名『与いち』。2021年3月1日より二ツ目昇進。

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第四十五回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

第四十五回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ

5月の『銀座の仕立屋落語会』には、桃月庵黒酒さんをお迎えします。  元漫才師という異色の経歴を持ち、桃月庵白酒師匠のもとで研鑽を積んできた黒酒さん。落語のみならず、演劇や音楽の舞台経験を活かした高座は、言葉の奥行きと独特の「間」が印象的で、静かに、しかし確かに心へと届きます。  仕立て屋ならではの落ち着いた空間で、じんわりと沁みる一席を、どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。 第四十五回『銀座の仕立屋落語会・黒酒クロークルーム』開催のお知らせ 日時:5月31日(日曜日) 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:桃月庵黒酒 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込) ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。 お申し込み、お問い合わせはinfo@thecloakroom.jp まで  略歴桃月庵 黒酒 1987年年4月13日生まれ2017(平成29)年8月桃月庵白酒に入門。2019(平成31)年1月21日前座となる 前座名「あられ」。2022(令和4)年11月1日二ツ目昇進 「黒酒」と改名。

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『美食通信』 第六十四回  「追悼 西尾宗三氏――エチケット剥がしの生みの親――」

『美食通信』 第六十四回 「追悼 西尾宗三氏――エチケット剥がしの生みの親――」

 去る三月二日、筆者が理事を務めるリーファーワイン協会専務理事で三栄商会社長の西尾宗三氏が逝去されました。  筆者を理事に推挙して下さったのも西尾氏でしたし、何といっても筆者と西尾氏を結びつけたのは「エチケット剥がし」の存在でした。西尾氏ご自身との交流は十年ほどでしたが、筆者の「エチケット剥がし」との付き合いは三十年以上に及び、間接的にそのお付き合いはあったのでした。  筆者にとって、「エチケット剝がし」の存在は自身のワインテイスティングの歴史そのものと言っても過言ではありません。西尾氏との思い出は多々ありますが、この稿では「エチケット剥がし」をめぐる西尾氏との不思議な縁について書かせていただきたく思います。  二〇一五年も終わろうとしていた頃でしょうか。ライターの岡野孝次氏から『SPA』で意外と知られていない日本人の発明について特集があり記事を書くので、確か「エチケット剝がし」は日本人の発明でしたよね、と問い合わせがありました。  筆者は「エチケット剥がし」を一九九四年から現在に至るまで使い続けており、しかもその開発者の会社から直接購入していました。その会社は「NAO」といい、どういう訳か、ファックスで註文するのが原則で電話は基本的にしないというのが慣例となっていました。ただ、註文してもなかなか届かない場合など仕方なく電話で確認するのですが、それは「三栄商会」という会社に対してでした。なかなか繋がらず、出るといつも同じ独特の存在感のある声の男性が対応されるのでした。  もともと、「エチケット剥がし」を知ったのは一九九四年に赤坂アークヒルズにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」に出かけそこでムートンの1984年を九千円で飲んで、ボルドーワインを極めたいと思ったからでした。その際、ソムリエ氏がボキューズの金色のサインが入った「エチケット剥がし」でエチケットを取って帰りに渡して下さったのでした。  筆者は「ル・マエストロ」に通うことにし、またコメントを裏に書いて残せるようになっていた「エチケット剥がし」を使ってボルドーワインを学ぼうと思ったのです。当時はSNSなどまだ発達しておらず、ワインは自らショップに出かけて買い、知識は書籍で学ぶしかなかったのです。そこで、ソムリエ氏に何処に売っているのか尋ねると、デパートのワイン売り場か東急ハンズに売っていると教えて下さいました。しかし、当時も一枚百円しておりましたので、親切なソムリエ氏が発明者は日本人でその会社から直接購入する術を知っているので教えてあげると言われたのです。  ワインには小売価格の他により安価なレストランへの卸価格があるのと同様、当時「ヴァンテックス」と呼ばれていた「エチケット剥がし」も「NAO」から卸価格で買うことが出来るというのです。それが件のファックス註文でした。レストラン用のファックス註文表があり、それをコピーして下さり、個人でも大丈夫だからと教えて下さいました。おそらく、ソムリエ氏たちが個人で勉強用に買われていたからでしょう。  という訳で筆者は岡野氏からの問い合わせの時点で二十年以上も相手が誰なのかも知らず、「NAO」から「エチケット剝がし」を購入し、使い続けていたのです。そこで岡野氏に、詳しくはわからないので直接電話してみて欲しいと「三栄商会」の電話番号を教えたのでした。  そして、『SPA』二〇一六年一月二十六日号の「『世界一な日本人』を探してみた」というコーナーに岡野氏が書かれた「NAO」の記事が掲載されたのでした(118頁)。その記事で筆者はエチケット剥がしが1992年に発売され、元々はシャンパーニュのエチケットを剥がすために開発されたこと。その開発者の名前は西尾宗三という人であることを知るに至ったのです。  さらに雑誌が送られてきたときに、岡野氏から西尾氏が自分に会いたがっているので連絡して欲しいと言われたのです。筆者は「エチケット剝がし」の一ユーザーでしかない自分などに何の御用なのかと思いつつ、電話させていただきました。すると、西尾氏は筆者の教えている明治大学のOBでいらして、「紫紺会」という明治大学の同窓会の大森支部にあたる「紫紺クラブ」の役員で、体育会「アーチェリー部」の役員も務められているとのことでした。明治大学のOBの方たち、特に筆者より年配の方たちには愛校心の強い方が多数おられ、西尾氏もそのお一人でお目にかかってすぐに「紫紺クラブ」での講演や「リーファーワイン協会」へのお誘いをいただきました。  西尾氏がおっしゃるには岡野氏からの問い合わせに、最初どこの関か分からず、「エチケット剥がし」のヘヴィーユーザーの関だと分かり、岡野氏からその正体が明治大学の教員だと聞かされ驚いた、と。当時はすでにデジカメから写メへと画像で保存するようになり、個人で「エチケット剝がし」を「NAO」から購入していたのはどうももう自分だけだったらしいのです。西尾氏曰く、日本で、いや世界で『エチケット剝がし』を一番使っているのは自分ではないか、と。  それからの十年はあっという間で、西尾氏との思い出は数えきれないほどあります。それらはまた別の機会に書くこともあるでしょう。  ここで一つだけどうしても書いておきたいエピソードがあります。  それは西尾氏が手帳にいつも持ち歩いておられた一枚の写真。若き日の西尾氏が『ポケットワインブック』で有名なヒュー・ジョンソン氏とツーショットで写っているものでした。  西尾氏は来日されたジョンソン氏と会食された際、ブラインドテイスティングでワインを出されたそうです。ボルドーワインだったそうですが、アペラシオンからシャトー名、さらにはヴィンテージまで次々と推論され、そのテイスティング能力の素晴らしさに感嘆されたとお話下さいました。  西尾氏ご自身をはじめ、リーファーワイン協会の重鎮の先生方のテイスティング能力の優秀さは機会あるたびに身を持って知っておりますが、それよりさらに優れていたと西尾さんはおっしゃっていました。  現在、筆者はFacebookで「エチケットは語る」というお題で過去に飲んだワインのエチケットを掲載し、裏に書かれたテイスティングコメントを元にワインの解説をほぼ毎日挙げております。さらにそのエチケットと関連するワインのエチケット計二枚をInstagramに同時にアップしております。その点数はすでに千五百を超えています。  これらはすべて西尾氏の発明された「エチケット剝がし」を用いて保存されたものであり、すでに三十年以上経っているものもありますがまったく劣化することなく、飲んだ時の記憶が蘇ってくるのです。  筆者は料理であれ、ワインであれ、生粋のテイスターであると自身を認識しております。西尾氏のジョンソン氏に対するリスペクトとさらにそれを嬉しそうに語られる姿を思い出すたび、筆者は自分が少しでもその域に近づけるようテイスティングに精進したいと意を新たにするのです。  それは「エチケット剝がし」無くしてはあり得ません。これからも「エチケット剝がし」と共にワインに対峙して参ります。  心から哀悼の意を込めて。西尾さん、ありがとうございました。 今月のお薦めワイン 「ガッティナーラ――ピエモンテ最北のネッビオーロ――」 「ガッティナーラ 2020年」 アンツィヴィーノ 9800円(税抜)    このクール、フランスワインはブルゴーニュの赤ワインの中から「コート・ド・ニュイ」のアペラシオンを北から順に紹介させていただくのに対し、イタリアワインはピエモンテ州のネッビオーロ種で造られる赤ワインをやはり北から紹介させていただく所存です。というのも、ブルゴーニュはフランスで「ワインの王様」と呼ばれ、その最高峰の「ロマネ=コンティ」はニュイのヴォーヌ=ロマネ村にある畑のピノ・ノワール種から造られているのに対し、ピエモンテの「バローロ」がイタリアワインの「ワインの王様」であり、「バローロ」はネッビオーロ種から造られているからです。  すでにこれまでのワイン案内でフランスワインとイタリアワインをパラレルに比較することがワインの理解には必須と説いて参りました。赤ワインはブルゴーニュがピエモンテ、ボルドーがトスカーナと同様と考えて比較して飲み進めるのです。  さて、ネッビオーロを用いて造られるワインで最北のDOCGが「ガッティナーラ」になります。この地では「スパンナ」と呼ばれている葡萄から造られるワインは「スミレの花の香りを持ち、鼻にはタール臭が感じられる。ソフトで後口にアーモンドの苦みが残る。その最良のものは偉大さの高みに達することが出来る」とアンダースン『イタリアワイン』(早川書房)にはあります。  今回紹介させていただく「ガッティナーラ」はアンツィヴィーノの造ったもの。アンツィヴィーノは1998年創業の新興のワイナリー。伝統的な手法でワイン造りを行なう。 このガッティナーラもかもしにゆっくり時間をかけ、スロヴェニア産の大樽で36ヶ月熟成。さらに12ヶ月瓶熟成させています。  インポーターのテクニカルシートには「オレンジ色のニュアンスのあるザクロ色。スミレの香り、木イチゴ等の熟成した赤い果実や香辛料の香り。ドライでミネラル、アロマがあり複雑性のある味わい、上品な酸味とタンニンのバランスが良い」とあります。  南部の「バローロ」や「バルバレスコ」のみでなく、北部のネッビーロ種のワインにもこのアンツィヴィーノのような逸品があることを是非この機会に楽しんでいただければ幸いです。...

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『美食通信』 第六十三回「老いも若きも格別な時を過ごす空間――帝国ホテル「レ・セゾン」――」

『美食通信』 第六十三回「老いも若きも格別な時を過ごす空間――帝国ホテル「レ・セゾン」――」

 この『美食通信』のご褒美に毎年、主宰の銀座「The Cloakroom」の島田さんにグランメゾンに連れて行っていただいております。昨年は「銀座レカン」でした。今年は帝国ホテルの「レ・セゾン」に伺うことになりました。今までホテルのメインダイニングはなかったのでちょっと意外でした。島田さんによると、帝国ホテルには建て替えの話があり、その前にこれまでの雰囲気を堪能しておきたいとのことでした。  筆者にとって、帝国ホテルのメインダイニングといえば「フォンテンブロー」でした。今から半世紀近く前、まだ大学生だった筆者はたった一人で「村上信夫 ガストロノミックディナーの夕べ」に出かけたのです。若気の至りというか、怖いもの知らずというか、フランス料理を食べ歩き始めて間もない若造が出かけるようなイヴェントではなかったのですが、さすがホテルのサーヴィスは完璧でそつなく自分にも対応して下さりました。村上氏ご自身がテーブルを回り、料理を切り分け、言葉をかけて下さったのに感激しました。  当時はまだフランス料理と言えばホテルが中心で、その二大巨頭が帝国ホテルの村上信夫氏とホテルオークラの小野正吉氏でした。NHKテレビの『きょうの料理』にお二人は出演し、日本におけるフランス料理の普及・啓蒙に貢献されました。東京オリンピックの選手村の料理長を務められた村上氏は家庭で作れるフランス料理というか洋食の基本を伝授。小野氏はロビュションなどフランスの新進気鋭のシェフを招聘し、テレビで紹介し、その料理ぶりなどをお茶の間に届けたのです。  こうしたテレビの活用は戦後フランスで、パリ一区の「グラン・ヴェフール」のシェフだったレイモン・オリヴィエ氏が実践し成功を収めたのでした。  また当時の帝国ホテルには「フォンテンブロー」の他に魚料理専門のフレンチ「プルニエ」もあったのです。「プルニエ」は現在、東京會舘のメインダイニングとしてその名を残していますが魚料理専門ではありません。  それ以来、ラウンジやオールダイニング、さらには「ラ・ブラッスリー」(閉店)などは使ったことはありますが、メインダイニングのフレンチは筆者には縁のない世界でした。いつしか「フォンテンブロー」と「プルニエ」は閉店し、おそらく「プルニエ」のあった場所に「レ・セゾン」として統合されたのです。 「レ・セゾン」は現在、『ミシュラン』で一つ星を獲得。シャンパーニュ地方の名店「レ・クレイエール」のシェフを務めたティエリー・ヴォワザン氏を招聘。氏の監修のもと、「ムニュ・ド・ティエリー」を中心に、今回は時期的に「トリュフ」の特別なコースがありました。監修と申し上げたのは、ご挨拶にテーブルに来られたのは日本人のシェフでしたから。 ホテルのグランメゾンに出かけるのを筆者が躊躇するのは料理の値段はもとより、ワインの価格がレストラン価格と比べ物にならないくらい高いからです。今回も料理はすんなり決めることが出来たのですが、ワインリストを見て困惑しました。ブルゴーニュの赤ワインはニュイですといわゆる村名ワインが五万円、その上のクラスは十万円超えといった具合です。その中間がない。 昨年、一昨年とニュイのグランクリュのワインをいただきましたので、さて今回はどうしたものか、と。有楽町「アピシウス」や銀座「レカン」はワイン揃いの良いことで有名で、しかもセラーに以前購入したストックを相当数持っています。しかも、販売価格は購入時の価格から算定されていて、現在の価格からすれば大変安くグランヴァンが飲めるというありがたい存在。実際、ニュイのグランクリュ二本とも五万円前後で飲むことが出来ました。 それに比べ、帝国ホテルのリストは現行ヴィンテージが大半で、しかもホテル価格とくれば、十万円でニュイのグランクリュを飲むのは不可能です。そこで、ボーヌ唯一の赤のグランクリュ、コルトン「ルナルド」2016年を選びました。造り手がパランだったので。それでも九万円近い。小売価格の三倍以上します。 興味深かったのはソムリエ氏が抜栓、試飲して「ブショネ」ですのでお取替えさせていただきますと即断したこと。新しいブテイユは問題なく、実に美味しかったのですが、さすがホテルだけあって相当ストックがあるのではないかと思った次第。何ということはない、グラスワインのリストを見せてもらったら、自分の選んだ「ルナルド」がグラス14000円で売られているではありませんか。そりゃあ、在庫があるはずだ。それにしてもボトルではなく、グラス14000円とは。筆者には縁のない世界だと再確認した次第。 料理はアミューズの「鱒のゼリー寄せピスタチオのクリーム」がなかなか斬新で、続く、冷製オードブル「様々な貝と雲丹のシャンパーニュヴィネガー」、温製オードブル「カリフラワーのフリット、モルネ―ソース」と攻めの姿勢を感じる美味が続き、メインに期待するも、魚の舌平目は魚が大きすぎて大味でしかも半生で生臭く、食感もイマイチ。クラシックをやりたいなら、しっかり火を通してソースで食べさせること。オードブルまではソースが良かっただけに急にギアが減速した感じ。メインの蝦夷鹿も無難な出来で、別に供された付け合わせのビーツの燻製仕立ての方が存在感があるという本末転倒ぶり。デセールもアヴァンデセールの量が多すぎて、メインのファーブルトンは美味しかったのにポーションも小さく、その存在が霞んでしまいました。 料理の皿の構成は音楽と同じでメインの部分が映えるよう、味付けやポーションで強弱をつける必要があります。それなのに全体のヴィジョンが感じられないというか、ポリシーがないというか。 しかし、気づいたのです。隣に座られていた老夫妻は何かのお祝いで昼は蟹を食したので、夜はフランス料理を食べようと訪れたとソムリエ氏に語っておられました。また、若いカップルがやはり何か特別なことがあったのでしょう。楽しげに食事を楽しんでおられます。そう、ここは美食を求めてやってくる場ではないのだ、と。 もちろん、ホテルにも前掲の「ガストロノミックディナーの夕べ」や海外からスターシェフを招いての特別な「フェア」(例えば、2023年2月のホテル・ニューオータニでの「ジャック・マルコン×田中一行」のコラボレーション)など美食家垂涎の宴があるのは確かです。 しかし、ホテルのメインダイニングはお祝い事など特別な私事に花を添える贅沢な場を提供することこそ、本来のレゾンデートル(存在意義)ではないでしょうか。 老いも若きも集いて満足できるまさに「中庸」の美食が求められている。それは裏を返せば、「無難」ということです。 料理重視の現在の『ミシュラン』ではそれは星一つが妥当でしょう。そして、それをまさに体現している貴重な存在が「レ・セゾン」だと得心した次第です。 島田さん、貴重な経験をさせていただきありがとうございました。 今月のお薦めワイン 「フィサン――コート・ド・ニュイの隠れた実力派――」 「フィサン 2022年」 モンジャール・ミュニュレ 13200円(税込)  今回は先の「マルサネ」に続き、コート・ド・ニュイの村名ワインを北から紹介させていただきます。すると最北の「マルサネ」と「ジュヴレ=シャンベルタン」に挟まれる形に存在するのが「フィサン」になります。  「マルサネ」も「ジュヴレ=シャンベルタン」もアペラシオンとしては複数の村が該当し、400haを超える栽培面積があるのに対し、「フィサン」は125haほどとまさに「狭間」の感があります。  さて、そのワインの特徴は「ジュヴレ=シャンベルタン」に近いということが出来ましょう。色は濃く、タンニンがしっかり。しかし、「ジュヴレ=シャンベルタン」ほど頑強ではなく、スケールも大きくない。どちらかと言えば、どこかエレガントさがあり、まとまりの良さが持ち味か、と。  しかも、陰に隠れて目立たない分、価格が「ジュヴレ=シャンベルタン」に比べ安価に設定されています。  そこで、今回紹介させていただくモンジャール=ミュニュレのような有名な造り手は「ジュヴレ=シャンベルタン」にも畑を持っていますので、モンジャールの「ジュヴレ」は二万円と7000円近くその価格差があることになります。  従って、このブルゴーニュ高騰のご時世、優れた造り手のワインをより手頃に楽しむのに「フィサン」は絶好の選択肢になっているのです。  また、レストランでも「ジュヴレ=シャンベルタン」は二万円以上になるのに対し、「フィサン」ならまだ一万円台で提供可能と思われます。  今回、紹介させていただくモンジャール=ミュニュレはヴォーヌ=ロマネにドメーヌを構える造り手。現当主が八代目という歴史ある名家。ニュイだけなくボーヌにも畑を所有。その総面積は33haにも及びます。...

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第四十四回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

第四十四回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

 4月の『銀座の仕立屋落語会』には、林家たま平さんが登場します。  林家正蔵さんの息子であり弟子として、古典落語に真正面から向き合いながら、持ち前の明るさと軽やかなテンポで客席をぐっと引き寄せるたま平さん。生き生きとした人物描写と、物語の情景がふわっと立ち上がる語り口は、春の空気によく似合います。  新年度のはじまりに、少し肩の力を抜いて笑えるひととき。 春の銀座で、たま平さんの朗らかな高座を、ぜひお楽しみください。 第四十四回『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ 日時:4月5日(日曜日) 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:林家たま平 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで チケットぴあはこちら:http://ticket.pia.jp/pia/event.ds?eventCd=2606204   略歴: 林家たま平 1994年5月29日生まれ2013年4月、実の父でもある九代目林家正蔵に入門。2017年11月より二ツ目昇進。2019年放送のドラマ「ノーサイドゲーム」などドラマや映画などの出演多数。

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『美食通信』 第六十二回 「Vive le amateur!(愛好家、万歳!)』――平野レミ讃――」

『美食通信』 第六十二回 「Vive le amateur!(愛好家、万歳!)』――平野レミ讃――」

 松の内が開けてすぐの連休、NHKで筆者の大好きな平野レミ氏の特番が同日に二つも放送されました。朝に『平野レミの早わざレシピ!10周年感謝祭SP!』が、夜には『ファミリーヒストリー』での特集がありました。  録画しないと、と思いながらすっかり忘れてしまい、料理番組の方は見損ないましたが、『ファミリーヒストリー』の方はなんとかリアルタイムで観ることが出来ました。  平野レミ氏と言えば、「料理愛好家」と名乗っておられることは周知のことと思われます。例えば、栗原はるみ氏であれば「料理研究家」や「料理家」と言われており、その違いは何だろうと考えると案外難しい。というのも、なんだかんだと言いながらも上記のように平野氏はNHKで十年も料理番組を続けておられるのですから。  しかし、そんな平野氏が一九八五年NHKの『きょうの料理』に初めて出演された際、湯むきしたトマトを手でぐちゃぐちゃに握りつぶして料理し、驚くアナウンサーに「それでいいのよ、その方が美味しいんだから」とあの天真爛漫というか、すっとんきょうな声で応対したため、苦情が殺到したのは有名な話。今でこそ、それが平野氏のキャラクターとして定着し、「料理研究家」では思いつかない手法や形態の料理を次々とお茶の間に届けているというわけで、世相が変わったというか、まさに多様性の時代に相応しい「料理する人」なのかもしれません。  一方、平野レミという人を筆者が「料理愛好家」として認識するのは当たり前のことのように思われます。というのも、筆者は彼女の本職が「シャンソニエール(女性シャンソン歌手)」であることを知っているからです。というよりも、最初の認識は「平野威馬雄(いまお)氏の娘」というものでした。  筆者は子供の頃から本が好きで図書館の本を片っ端から読んでみたいと思ったくらいですが、今思えば小説や文学はあまり好きではなく、伝記やノンフィクションの本ばかり読んでいました。それでも本が好きといえば「文学少年」などと誤認し、中学生の頃には堀辰雄、立原道造などの『四季』派の人たちの作品を読み、そこから折口信夫の国文学研究に興味を抱き、国文学者になろうと思ったこともありました。  そんな中、『四季』派にはフランス文学の影響を受けている作家も多数いて、フランス文学者として平野威馬雄氏の名を知ったのです。当時はまだ存命で、何故か松戸に住んでおられた。筆者は中学二年生の時、船橋の社宅に引っ越してきて以来、結局千葉県民になってしまいましたから何だか親近感もあったのでしょう。また、「妖怪博士」でもあり、どうも外国人の血が流れていることも筆者の関心を引きました。  今回「ファミリーヒストリー」を観て、筆者は自身の無知を悔い改めることになりました。フランス文学者で娘はシャンソン歌手とくれば、威馬雄氏はフランス人の血が流れているのだろうと思っていたのです。ところがそうではなく、威馬雄氏の父はスコットランドの貴族の家系のアメリカ人というではありませんか。  NHKではそれは「ブイ」家であると言っていましたが、その訳語はちょっとどうかと思いました。というのも、その表記は「Bowie」で、日本ではすでに同じ綴りのイギリスの有名なロックシンガーを「デヴィッド・ボウイ」と呼んでおり、NHKもデヴィッド・ブイなどとは呼んでいないでしょう。ダブルスタンダードはいけません。視聴者の誰もが「Bowie」という綴りまで知っているわけではありませんから。  しかしながら、父ブイ氏にはフランス人の血も流れていたようで、ヴァイオリンを習いにパリ音楽院に留学したとテレビでは報じていました。ですので、フランス語も達者で他にも何か国語かを話されたようです。威馬雄氏にも子供の頃から数か国語を教えていたようです。  威馬雄氏はフランス語が必修のカトリック系の暁星中学に進み、そのフランス語の才能を早くから発揮したようですが、その容貌から差別を受け、いくつもの学校を渡り歩くことに。文学の仲間だけがそんな威馬雄氏と分け隔てなく付き合ってくれたようです。  戦後、占領時代に多数生まれ差別されていた混血児たちを救済支援する「レミの会」を立ち上げるなど、その器の大きさはレミ嬢にも受け継がれているのでしょう。  「レミ」とは父ブイ氏が威馬雄氏につけたあだ名で、フランスの作家マロの『家なき子』の主人公から取られたもの。威馬雄氏は自身のあだ名を娘の名前に選んだのでした。  その平野家の家庭料理として定番だったのが、件のトマトをグチャグチャにつぶしたものをオリーブオイルで炒め、しゃぶしゃぶ状の牛肉を加えて塩コショウで味付けし、バジルをちぎって散らした「肉トマ」です。  この料理はフランス料理ではないのは明白で、威馬雄氏の日本人の母親が父ブイ氏のために考案されたものかと思いきやそうではなく、スコットランドのブイ家に伝わる料理らしく、番組ではスコットランド在住のブイ家の子孫の方が同じ料理を作っておられるのが紹介されました。  ですので、筆者はレミ氏を威馬雄氏の娘としてシャンソニエールだったころから知っているのです。レミ氏は『週刊文春』の表紙絵で有名な和田誠氏と結婚し家庭に入りましたが、再び「料理愛好家」として登場したのです。また、威馬雄氏の希望でシャンソニエールとしての活動を続けることを和田氏も快諾されていたと番組では伝えていました。  レミ氏が初めての『きょうの料理』で紹介したのが「肉トマ」だったように、あくまで「愛好家」として初心を貫徹されているのは感服するばかりです。黒柳徹子氏は芸能関係者で最も裏表ない人物は平野レミ氏であると喝破されています。それは「愛好家」というその名に表われているのではないでしょうか。  例えば、ワインに関してもワインの点数化で有名になったロバート・パーカー・Jrもまた弁護士で愛好家が昂じてワイン評論家に。日本でのワインの啓蒙に貢献した山本博氏もまた弁護士でした。  業界などへの忖度なしに正しく「評価」出来るのは「愛好家」という立場なのではないかと思われます。従って、「美食」にとって「愛好家」であることは常に心に刻むべきことではないでしょうか。その原点であるグリモ・ド・ラ・レニエールやブリヤ・サヴァランのことを思い起こせば、それは火を見るよりも明らかと言えるでしょう。   今月のお薦めワイン 「マルサネ――コート・ド・ニュイ最北の可能性の地――」 「マルサネ キュヴェ・マリー・ラゴノー 2023年」 シャルル・オードワン 9900円(税込)  このクールのフランスワインはブルゴーニュの赤ワイン、中でもコート・ド・ニュイの主要な村名(アペラシオン)を北から順に紹介させていただこうと思います。  ご存じのように、ブルゴーニュは広域で北はシャブリのある飛び地のヨンヌ県、南はリヨンのあるボジョレまで。その中でも偉大なワインを産するのがコート・ドール(黄金の丘)と呼ばれる地区で、それがさらに北側の赤ワインが主流の「コート・ド・ニュイ」と白ワインに見事なものがある南側の「コート・ド・ボーヌ」に分かれます。  コート・ド・ニュイにあるヴォーヌ=ロマネ村には、世界中のワインの頂点と呼ばれる「ロマネ・コンティ」の畑があることからも分かりますように、この地区の村(アペラシオン)のワインにはどれも飲むに値する個性が備わっています。それはボルドーワインにおけるメドックの格付けにおけるそれぞれの村(アペラシオン)に相当します。  今回紹介させていただく「マルサネ」はコート・ド・ニュイ最北の村。ブルゴーニュでは珍しいロゼワインの産地でもあり、1987年に認定された比較的新しいアペラシオン。そのせいか、ニュイで新たにワイン造りしようとの志を持つ若手の造り手が畑を手に入れ、ドメーヌを創設する例が多い。 例えば、現在ジュヴレ=シャンベルタンの名手として有名なフィリップ・シャルロパンも最初、マルサネからスタートしました。また、パタイユ兄弟はマルサネの名声の向上に寄与する優れた造り手として有名です。 今回選んだ造り手、シャルル・オードワンもその一つ。シャルル氏の子息、シリル氏が2000年ドメーヌに参画して以来、見違えるような進化を遂げたと言われています。2017年からは100%ビオディナミを実践。2021年にはエコセール認証取得。 この「キュヴェ・マリー・ラゴノー」は所有する五つの区画からのアッサンブラージュ。どの区画も70年以上の古樹の葡萄を使用しています。シリル氏が曾祖母の名を冠したこのドメーヌを象徴するキュヴェ。ピュアできめの細かいタンニンが心地よいと評されています。 パタイユの人気以来、ブルゴーニュワイン全体の高騰もあり、マルサネのワインも優れた造り手は一万円超えになってしまいました。オードワンの「マルサネ」もこのキュヴェが最も手頃な価格になります。過去のヴィンテージはすでに入手困難になっているようですので、この機会に是非。...

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第四十三回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

第四十三回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

 3月の『銀座の仕立屋落語会』には、春風亭一之輔師匠のお弟子さんとしても知られる春風亭与いちさんが登場します。  端正な語り口とあたたかな人柄で、じっくりと物語を紡ぐ与いちさん。古典落語に真摯に向き合いながらも、ふとしたひと言に現代の感覚がにじむ高座は、聴き終えたあとに静かな余韻を残します。  寒さの合間に、少しずつ春の気配を感じ始める3月。仕立て屋の空間で、心を整えるようなひとときを、ぜひご一緒に。 第四十三回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ 日時:3月15日(日曜日)  12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 開口一番 世話人:山本益博 会費:2,500円(税込)現金のみ ぴあでチケットをご購入の方はこちらから。 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』 第六十一回 「郊外の廃校跡のお洒落なカフェ――大田原市『ヒカリノカフェ 蜂巣小珈琲店』――」

『美食通信』 第六十一回 「郊外の廃校跡のお洒落なカフェ――大田原市『ヒカリノカフェ 蜂巣小珈琲店』――」

 筆者の旅先での楽しみの一つにカフェ巡りがあります。地方のフレンチでの食後の飲み物にはエスプレッソがない場合が多く、濃い珈琲が好きな筆者には畢竟、エスプレッソが飲める店を探すことになります。  この『美食通信』でも夏の飲み物「エスプレッソ・トニック」を取り上げた際、上諏訪や前橋のカフェで飲む機会を得たと報告したことがありました。これらは地方都市の街中に点在するエスプレッソの飲める店でした。その最たるものとして、筆者の亡き両親の故郷静岡市にある不思議なエスプレッソ専門店「タンデム・ジャイブ」も紹介させていただきました。  しかし、カフェは街中だけにある訳ではありません。ここ数年、毎年出かけている栃木県大田原市では市内から車で片道一時間以内で出かけられる郊外のカフェに行くのを楽しみにしております。大田原から一時間というとちょうど那須高原にまでは行くことが出来ます。ですので、「ペニーレイン」本店で「ブルーベリーブレッド」などお土産を買うことが出来るのですがその場合、お茶を飲む時間がありません。しかも、那須高原は出かける週末は何処も混んでいてカフェを探しているうちに時間が経ってしまいます。有名な黒磯の「SHOZO」は出かけるにはちょうど良いのですがやはり混んでいて、待つのを覚悟しなくてはなりません。  那須の場合、大田原から鉄道を超えていくことになる那須高原側ではなく、同じ那須町でも大田原側ですと林の中にお洒落なカフェを見つけることが出来ます。例えば、「フランクリンズカフェ」などはくねくねとした細い農道を通り、鬱蒼とした森の中に入るとそこは道路が舗装されておらず、砂利道でガタガタと揺られてしばらく行くとエスプレッソも美味しい小洒落た建物が現われるといった趣向です。  さて、昨年に続き今回も大田原の旧繁華街にあるフレンチ「長谷部料理店」で素晴らしいランチを食した後、カフェを探すことに。というのも、「長谷部料理店」の料理は東京の一流店と遜色のない出来で感心するのですが、食後にエスプレッソがない。筆者としては納得の行かない数少ない欠点の一つです。まあ、昨年に続き土曜日のランチで客が筆者たち一組だけという様子を見れば、エスプレッソマシンを置くだけの余裕がないのも致し方ないのかもしれません。こう言っては失礼ですが、いつまで店が続けられるかちょっと心配です。さすがに来年は近くに宿をとって、ディナーを食してみようという話になりました。  さて、今年は何処にエスプレッソを飲みに行こうかということになり、故郷の大田原市在住の筆者の先輩から、合併した隣町に何軒かカフェがあるから行ってみたらどうかと提案がありました。調べるとそれは二○○五年に編入された黒羽町のことでした。実は彼女もその町には出かけたことがないというのです。車では二十分ほどの場所なのに意外でした。車がないと生活の出来ない大田原で、もちろん彼女も運転しますし。 しかし、出かけてみると納得しました。元々のどかな雰囲気の街なのですが、車で少し移動すると完全な田園風景に。そう言えば、前述の那須町の「フランクリンズカフェ」までも車で三十分くらいですので。ともかくも古民家カフェがあるというのでナビを頼りに行くと看板が道に出ていたのですが、肝心の古民家が見当たらず。普通の家と家の間に舗装されていないその家の裏へ行くスペースがあり、まさかと思いながらも行ってみると道に面した家の真裏に古民家が。営業日のはずなのに臨時休業の張り紙が。母屋から店主とおぼしき老人が出てきて、申し訳なさそうに怪我をしてしまい急遽休むことにした、と。 仕方ないので、どうしようかというと、先輩が廃校になった小学校跡のカフェがこの近くにあるはずだと。これまたナビで調べると確かにほんの数分のところではありませんか。彼女が言うには、「ヒカリノカフェ」という店で市内に本店があり、市庁舎にも支店があるという。ともかくも出かけてみると筆者の予想した雰囲気とはまったく異なった趣の素敵な光景が。 つい最近、テレビの何かの旅番組で地方の小学校跡をアトリエとカフェに改装したものを紹介するのを見ました。田舎にしては結構大きな三階建ての円形の鉄筋の建物で、見るからに箱ものの公共建築というそれはそれでユニークなものでした。 ところがこの「蜂巣小学校」は校門を入ってすぐの校庭こそ小学校に相応しい広さを誇っていますが、その奥にある校舎は木造の平屋で規模的には幼稚園くらいのこじんまりしたもの。調べると昭和七年に建てられ、平成二十四年に閉校したという。校庭に面した部分がガラス張りに改装され、真ん中にカフェの入り口が。この日は天気が良く、なんとものどかで他に客は見当たらない。しかし、校庭では高校生か大学生たちが掃除をしたり、懐かしいラインマーカーで校庭に石灰の白い線を引いていたりする。校庭の奥にバスが一台停まっていて、先輩が言うにはボランティアの学生たちではないか、と。確かに、向かって左側のカフェでなさそうなスペースでは学生たちがクリスマスの飾りつけをしていました。 このご時世、何処へ行っても人人人。ガラス越しに広々とした校庭で若者たちが戯れているのを眺めていると、何か別世界にいるようで筆者は大変気に入りました。もちろん、カフェも。焙煎機、エスプレッソマシンなど珈琲店として本格的なだけでなく、ジェラートなどスイーツも充実していて、軽食も取れる。註文を取りに来た女性から障碍者の雇用を行なっているのが分かりました。先輩からもその説明が。母体がキリスト教系の福祉施設を展開している社会法人。運営者は先輩の知り合いとのこと。市内のカフェには行ったことがある、と。 エスプレッソも美味しく、ゆったりした時間を過ごすことが出来ました。広い店内はトイレなど学校の跡をほぼそのまま使っている部分もあり、それもまた一興。来年、大田原に出かける際もきっと立ち寄ることになるでしょう。 「フランクリンズカフェ」もそうでしたが、車での小旅行とでも申しますか、地方では市内をちょっと離れるだけで心癒される場所に出会えることに気付いた次第です。 今月のお薦めワイン 「ロンバルディアのピノ・ネロ――ブラン・ド・ノワールで楽しむ――」 「ブラン・ド・ノワール ピノ・ネロ ブリュット NV DOCG オルトレポー・パヴェーゼ・メトード・クラシコ」 イジンバルダ 8932円(税込)  『美食通信』も六年目。過去五年間でフランス、イタリアワインの基本はシステマティックに学べるようワイン選びしてきたと自負しております。  そこで六年目は逆にテーマを絞ってワインを選んでみたいと思います。そこでフランスはブルゴーニュ、それもコート・ド・ニュイの赤ワイン、イタリアはピエモンテ、それもネッビオーロ主体のワインを飲み比べてみようと思います。 しかし例年、初回はシャンパーニュで新年を祝ってまいりました。そこで今年はイタリアのスプマンテで祝うことに。すぐに思い浮かぶのはロンバルディア州でシャンパーニュと同じブドウ品種、方式で造られている「フランチャコルタ」ですが、ここはちょっと捻りをきかして、同じロンバルディア州でもDOCGオルトレポー・パヴェーゼで造られるブラン・ド・ノワール、ピノ・ネロ(ノワール)100%のブリュットを紹介させていただこうと思います。  オルトレポー・パヴェーゼのワインは基本DOCなのですが、2007年、メトード・クラシコだけDOCGに昇格しています。メトード・クラシコとはシャンパーニュ方式即ち瓶内二次発酵方式を指します。クラシコというだけに二十世紀初頭にはこの地でピノ・ネロを用いてシャンパーニュ方式でスプマンテが造られており、その歴史はフランチャコルタより古い。しかも、イタリアのピノ・ネロの75%はオルトレポー・パヴェーゼで造られているという発言があるほど、この地はピノ・ネロに向いているのです。  造り手のイジンバルダの名称は十七世紀終盤以降この地でのワイン造りのパイオニアとなったイジンバルディ侯爵家に由来します。その伝統を生かしつつ、最新の技術も積極的に取り入れ、すべての作業を人の手で行なうことで、葡萄の特質を引き出し、丁寧で繊細なワイン造りを実践していると言われています。  このブラン・ド・ノワールは瓶内熟成36か月とシャンパーニュと遜色ない造り。ピノ・ネロ100%だけに色は黄金色。味わいは力強さが感じられるものの、エレガントさにも欠けていません。  フランチャコルタよりさらにイタリアワイン上級者のチョイスと思われる、このブラン・ド・ノワールで新年を祝ってはいかがでしょう。この機会に是非お試しあれ。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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年末年始休業のお知らせ

平素より The Cloakroom Tokyo をご利用いただき、誠にありがとうございます。 誠に勝手ながら、下記期間を年末年始休業とさせていただきます。 休業期間12月31日(水)〜 新年1月6日(火) 期間中にいただいたお問い合わせにつきましては、1月7日(水)以降、順次ご対応いたします。 本年も多くの皆さまに支えられ、心より感謝申し上げます。どうぞ良い年末年始をお過ごしください。 The Cloakroom Tokyo

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