『美食通信』は五年目に入りました。読者の皆様、そして主宰の島田さんに心よりお礼申し上げます。これからもどうかよろしくお願いします。
さて、寒さも厳しくなって参りました今日この頃。定期的に会っている高校の同級生から「アリゴ」が食べたいので何処か店を探してくれないか、と。
「アリゴ」か、と。「アリゴ」はフランス料理の名前なのですが、いわゆる郷土料理ですので、お洒落な高級フレンチではお目にかかることがありません。日本の場合、フランスのある特定の地方料理専門店はほとんど見かけません。それに対して、イタリア料理は青山のシチリア料理専門店「ドンチッチョ」が一時期予約の取れない店で有名になるなど、それなりに専門店があります。ですので、フレンチの場合、郷土料理はビストロで出すところを探すということになります。
「アリゴ」にはその名も「ビストロ アリゴ」という店が神保町にあるのですが、ランチでの訪問を希望されたので探すのに苦労しました。ビストロは日本では居酒屋のような扱いですので、どうしてもお酒の出る夜営業だけの店が多いのです。フランスではランチをワインと共に食するのが当たり前ですが、日本で週末以外ランチにお酒が出るのは接待くらいではないでしょうか。何とか週末、午後二時から営業のビストロを見つけました。小川町の「神田ワイン食堂 パパン」に出かけた次第です。
さて、問題の「アリゴ」ですが意外なことを知りました。筆者にはこれから三十歳になろうという若い友人がいるのですが、彼と食事をした際、今度「アリゴ」を食べに行くという話をしたら、「アリゴ」を知っているというではありませんか。彼は飲食とは縁のない仕事の人ですので「どうして」と尋ねると「『じゃアリゴ』の『アリゴ』」ですよね、との返事。成程、と思いました。「じゃがりこ」というスナック菓子で「アリゴ」を作るのだと「じゃがりこ」を自ら一度も食したことのない筆者でもピンと来たのです。
そう、「アリゴ」とはじゃがいも料理の一種で、フランスのオーヴェルニュ地方の郷土料理です。オーヴェルニュはリヨンなどのある「リヨネ」地方の西側、「サントラル」と呼ばれる山岳地方。「アリゴ」は中でもオーブラックと呼ばれる地区でよく食べられているとの記述が。オーブラックはカトラリーやソムリエナイフで有名な「ラギオール」のある場所。日本でも刃物で有名なのは岐阜県関市とこれも山岳地帯。
で、「アリゴ」の定義は「チーズ入りマッシュポテト」とあります。「マッシュポテトに生クリーム、バター、ニンニクを合わせ火にかけ、トム・フレーシュ(熟成前のトムチーズ)を大量に加え、糸を引くまで練り上げたもの。熱いうちは一メートルくらいは軽く伸びる。料理の付け合わせでありながら、オーヴェルニュを代表する名物」との解説が。
実はフランス料理を知るには郷土料理の知識が不可欠なのです。『ミシュラン』三つ星のグランメゾンは確かにパリに集中しているものの、例えば、かの「ポール・ボキューズ」はリヨン近郊のコローニュ=オ=モン=ドールにあります。元々、宿場の食堂でした。筆者の懇意にしている元代々木町「シャントレル」の中田シェフのフランスでの師はまさにオーヴェルニュのサンボネ・ル・フロワ村にある三つ星「レジス・エ・ジャック・マルコン」のレジス・マルコン氏です。パリから600キロも離れているそうな。こうした地方にある三つ星は地元の郷土料理をベースにそれをグランメゾンの皿に昇華させたものと考える必要があります。マルコン氏は「キノコの魔術師」の異名を持つくらいですから。
ところが日本のフランス料理といえば、グランメゾンは地方色のない洗練されたスタイル、郷土料理はビストロへと二分化されてしまい、肝心の郷土料理の再現率も低いとしか言えません。
事実、「パパン」で食した「アリゴ」はじゃがいものポタージュで薄めたフォンデュのような代物で、バケットにつけて食べるスタイル。これはこれで美味しかったのですが、一メートル延びるのを期待していた同級生はちょっと残念がっていたのが分かって、申し訳ない気がしました。
神保町「ビストロ アリゴ」の「アリゴ」は画像で見る限り、もっと濃厚そうですがやはりバケットにつけて食べるスタイルのよう。しかし、解説には料理の付け合わせとあります。実際はどのようなものなのか。実は最適な本があったのですが現在は絶版です。それは並木麻輝子『フランスの郷土料理』(小学館、2003年)。検索ですと「アリゴ」しか調べられません。本でしたら、フランスの郷土料理全体が概観出来ます。しかも、この本はいわゆるムック本で150頁ほどのコンパクトなサイズながら、どの料理も写真が載っています。しかも、当時のものながら、フランスでの名店のリスト、日本で郷土料理が食べられる店のリストも。料理もさることながら、元々旅行本のシリーズの一巻なので、地方の説明や地理的な知識も得ることが出来ます。
並木氏の本の「アリゴ」の写真は付け合わせで、調理しながら料理人が伸ばしている写真も載っています。事ある毎に参照するに相応しい優れた資料です。
今回、先述の「じゃアリゴ」を調べたのですが、フォンデュ風のビストロの「アリゴ」よりある意味、付け合わせとしての本来の「アリゴ」に近いと思われました。作り方は簡単で、「じゃがりこ」のカップの中に溶けるチーズ(ネットでは「さけるチーズ」が推奨されています)を入れ、お湯を入れひたすら混ぜるというもの。塩と胡椒で味を調えるとなお良し。筆者としては牛乳や生クリームなどでのばすと良いのではと思われます。「じゃがりこ」の容器の中で作れるというのが、煩雑さを省き、後片付けも簡単と素晴らしいアイディア。
筆者としては、鴨のコンフィなどに添えたり、さらには白身魚のムニエルなどの下に「アリゴ」を敷きソース代わりに絡めながら食するなど、単品ではなく、「付け合わせ」として皿に登場する「アリゴ」を料理店で食してみたいものです。
いずれにせよ、寒い冬に暖かい部屋で食する長々と伸びる熱々の「アリゴ」を想像するだけで心躍らざるを得ません。
今月のお薦めワイン 「新年を祝ってちょっと贅沢なシャンパーニュで乾杯――ヴィンテージ物のエレガントなブラン・ド・ブラン――」
「シャンパーニュ『メ・ヴィエイユ・ヴィーニュ』ミレジム 2014年 AC シャンパーニュ(グランクリュ)」ジョゼ・ドント 16632円(税込)
『美食通信』も五周年を迎えました。ひとえに読者の皆様、主宰の島田さんのおかげです。心よりお礼申し上げます。
という訳で、新年のお祝いと五周年を記念して、まずはシャンパーニュで乾杯ということにいたしましょう。折角ですので、ここはちょっと贅沢なシャンパーニュを選ばせていただきました。
シャンパーニュにはグレイドを見極めるいくつかのポイントがあります。
まず、葡萄の良作年のみに造られる「ミレジム」と呼ばれるヴィンテージ物であるか、ないか。今回選ばせていただいた「メ・ヴィエイユ・ヴィーニュ」も2014年とヴィンテージ物です。シャンパーニュの場合、普及品はノンヴィン(NV)と呼ばれるヴィンテージの無いものになります。
次に使われる葡萄が格付けされていて、グランクリュ、プルミエクリュ、格付けなしの三段階になっています。今回のシャンパーニュはコート・デ・ブランのグランクリュ「オジェ」村にジョゼ・ドントが所有する2.5haの畑から造られるシャルドネ100%で造られる「ブラン・ド・ブラン(白の白)」です。オジェはシャンパーニュの中でもシャルドネの栽培が99.6%と最高のシャルドネの産地。
しかも、「ヴィエイユ・ヴィーニュ」とありますように、1949年に植えられた樹齢七十年以上の古樹の葡萄から造られています。
造り手のジョゼ・ドントは1974年より葡萄栽培から醸造まで一貫して行なう「レコルタン・マニピュラン」を開始した他にセザンヌに2.5ha、計5haを所有する小規模のドメーヌ。
オジェの葡萄はほとんどが大手メゾンによって高値で買い占められるため、レコルタン・マニピュランのシャンパーニュは珍しいと言われています。
また、通常のシャンパーニュはピノ・ノワール、ピノ・ムニエとの混醸なのに対し、シャルドネだけで造られた「ブラン・ド・ブラン」は通常、シンプルで酸の効いたスッキリとした仕上がり。しかし、極上のシャルドネで造られたヴィンテージ物は黄金色に輝き、複雑な香り、酸とミネラルなどのバランスとの取れた旨味と別格の仕上がり。
ヒュー・ジョンソンが「とびきり美しく、そしてとびきり美味しいワインが生まれる村」と評したテロワールから造られる稀少なシャンパーニュ。
価格も随分良心的になっていますので、是非この機会にお買い求めを。
略歴
関 修(せき・おさむ)
一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
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