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『美食通信』 第五十回 「ジェネリック・ボルドーの復活――ワイン高騰の救世主?――」

 ワイン仲間の新年会が向ヶ丘遊園で昨年開店したばかりの中華「五廻」で行われ、四半世紀ぶりに向ヶ丘遊園へ出かけました。世紀が変わる頃、二年ほど専修大学で教えたことがあったからです。フランスへ海外研究に出かけられた先生の代講を頼まれ、向ヶ丘遊園と九段の校舎へ出講していました。

 いつものワイン会はまさにワインが主役でボルドーとブルゴーニュの赤の饗宴になるのですが、今回は「中華」に合うワインというお約束で料理に重きが置かれていましたので、持ち寄られた七本のワイン中、フランスワインは三本だけ。それもボルドー、ボジョレにローヌのタヴェル・ロゼとピノ・ノワールはなく、いつもとはまったく趣の異なったものに。いつもながらのボルドーを持参したのは筆者だけでした。

 しかし、筆者が持参したのも通常のボルドーワインとは異なったものでした。それはデュロン社の造る「マルゴー」2021年といういわゆる「ジェネリック」物と言われるワインでした。

ボルドーワインの場合、「シャトー」物即ち「シャトー・~」と呼ばれるワインを普通買い求められると思います。「五大シャトー」は1855年のメドックの「シャトー格付け」で第一級を獲得した五つの「シャトー」(シャトー・ムートン=ロートシルトは例外に1973年に第二級から昇格)で、第一級から第五級まで現在61シャトーが格付けされています。その下位に「ブルジョワ級」、さらにあまり目立ちませんが「アルディザン級」があり、格付けされていないシャトーも存在します。

五本5000円くらいで通販などで販売されている「金賞受賞ワイン」セットのワインでさえ、ほとんどがACボルドーの「シャトー・何々」であるはずです。

これらは「シャトー元詰め」といって、畑を所有する者がその畑に隣接する醸造施設でワインを造り、それを自身で瓶詰めしたもの。「シャトー」とは醸造施設であり、そのワインが造られる葡萄が栽培されている畑をも意味するようになったのです。

それに対し、ジェネリック物は「ネゴシアン」と呼ばれる酒商が自身で瓶詰めして販売する余裕のない造り手からワインを樽買いしブレンドして、自身のメーカーの「ブランド」味に仕立てて販売するもの。また、最近では葡萄だけ購入し、自身の工場でワインにして販売するケースもあるようです。筆者が購入したデュロン社の「マルゴー」はACマルゴーにある契約農家から購入した葡萄からデュロン社で醸造されたワインとインポーターの資料にありました。

こうしたブレンドされたワインはシャンパーニュの「メゾン」物がその典型と言えましょう。

契約農家から購入した葡萄でシャンパーニュを造り、しかも自身のブランドの味を一定にするため、ノンヴィテージと呼ばれる複数の年のワインをブレンドするのです。年ごとにワインの出来は異なるので味を一定に保つには複数年のワインをブレンドせざるを得ないからです。

しかし、ボルドーワインの実情はなかなか複雑で「シャトー元詰め」が義務化されたのは1970年代で、それまでは五大シャトーでもネゴシアンが樽買いして、ネゴシアンで瓶詰めして販売していたのです。まあ、そうなると粗悪品や偽物が出回りやすくなるわけで、結果、造り手自らが瓶詰めして、保管することになったのです。

こうして品質は保たれることになったのですが、その分経費はかかる訳で「シャトー」物は高くなります。葡萄畑は不動産と同じで良いワインが出来る畑ほど価格が高くなる。つまり、同じボルドーでもACマルゴーだ、ACポイヤックだと格付けシャトーが数多くある地区の畑は高価で、ACボルドーしか造れないボルドーの僻地の畑は安い。

こうして、ネゴシアンは有名どころの地区の零細農家から樽ワインや葡萄を購入して、自分のところでワインに仕立てて販売する。この「ジェネリック」物はシャトー物より安く、ポイヤック味やマルゴー味を手頃な価格で楽しめるという訳です。

日本の場合、ワインの輸入は当初、大手酒造メーカーがそれぞれ有名ネゴシアンの代理店を務め、ネゴシアンを通して、シャトーワインも輸入する形をとっていました。そこで「ジェネリック」物も多く販売されていました。また、マキシムやフォションなど有名レストランや食料品店などのブランドワイン(もちろん、ネゴシアンによるジェネリック物)がお使い物などに重宝されていたものです。

そのうち、日本人もワインの知識が増し、また舌も肥えてきて、シャトー物を購入するようになりました。また、並行輸入も可能になり、ワインの価格もオープン価格となり、量販店などでシャトー物が購入しやすくなったのです。

しかし、昨今、円安や気候変動などの影響か、ワインの価格が高騰し、高級ワインほどその上昇率が高いようです。そこで、スーパーなどのワイン売り場には「ジェネリック」・ボルドーが再び多数並ぶようになりました。

シャトーの名前を覚える必要もありませんし、ACマルゴーであれば34000円で購入可能。ACサン=テミリオンであれば2000円台、ACメドックであれば2000円切る価格で買うことが出来ます。ACマルゴーの格付けシャトーは一万円近くから、ブルジョワ級でも最低5000円くらいはしますので。そう思うと、「ジェネリック」物ならまだ気兼ねなくマルゴーが楽しめそうです。 

ところで筆者が「ジェネリック」物のACマルゴーを持参したのは理由あってのことです。それはもう三十年以上前の話になりますが、知人に「銀座アスター」に連れて行かれたことがありました。当時、筆者はボルドーワイン一筋でしたので、ワインを所望してしまったのです。その際、唯一リストにあったのがジェネリック物のACマルゴーだったのです。実際飲んでみると、中華ともそんなに相性が悪くないように思われました。

中華料理はどうしても味が濃いので、シャトー物のディティールの違いを楽しむには適していません。その点、ジェネリック物はよく言えば「おおらか」、悪く言えば「大雑把」ですのでACマルゴーのちょっと艶めかしい、ピーマンっぽい感じなどが中華料理と合うように思われるのです。

という訳で、筆者の中で、中華料理にはやはり紹興酒が一番と思うものの、ワインを求められたら、ジェネリック物のACマルゴーと心に決めた次第。

いずれにせよ、ジェネリック・ボルドーの活用はこれからのワインライフ一般にとって重要なファクターになっていくことは間違いないでしょう。

今月のお薦めワイン 「イタリアのカベルネ・ソーヴィニヨンを楽しむ――ヴェネトの存在もお忘れなきよう――」

「カベルネ・ソーヴィニヨン 2017年 IGT ヴェネト・カベルネ」アンガラーノ 8520円(税込) 

 今年のお薦めワインはフランス地方、イタリア地方、ブルゴーニュのサイクルでそれぞれ四アイテムずつ紹介させていただこうと思います。

 前回はシャンパーニュでした。今回はイタリアワインでヴェネト州のカベルネ・ソーヴィニヨンを選んでみました。カベルネ・ソーヴィニヨンを選んだ理由は、今回フランスからはボルドーを選ばないことになるからです。もちろん、ボルドー以外のフランスの地方ではカベルネ・ソーヴィニヨンを植えていないかと言えば、南仏ではヴァン・ド・ペイ(地酒、現在はIGT)用に造られています。が、今年はフランスからカベルネ・ソーヴィニヨンを選ぶことはしないつもりでおります。

 では、イタリアのカベルネ・ソーヴィニヨンと言えば、何といっても「サッシカイア」を筆頭にDOCまで獲得したトスカーナ地方の「ボルゲリ」がすぐに思い浮かぶかと思いますが、今年はトスカーナとピエモンテの二大産地は取り上げませんので、ヴェネト州がその候補に挙がった次第です。

 ヴェネツィア、パドヴァといった都市を有するヴェネト州は北イタリア最大のワイン産地で、地品種の他に各種カベルネ、メルロなどフランス品種も多く栽培しています。これら外国品種の扱いはIGTで南仏同様デイリーワイン用が大半です。しかし、近年、グランヴァン仕様の上質のワインを造るワイナリーが増えています。

 今回選んだアンガラーノのカベルネ・ソーヴィニヨンもバリックで24ヶ月、さらに瓶熟を五年経て出荷されるという実に手間をかけた造りで、こなれたタンニンに深みのある味わいとヴェネトのカベルネ・ソーヴィニヨンを見直すきっかけを作ってくれる逸品です。

 造り手の「アンガラーノ」は現在、ジョヴァンナ家五人姉妹がバッサーノ・デル・グラッパの東端で運営するワイナリー。七百年にわたり、伝統製法のワインを造り続けています。彼女たちが住む「ヴィラ・アンガラーノ」は1570年、アンドレア・パラディオが設計した名建築で、1996年、ユネスコ世界遺産に登録されています。

 由緒ある造り手によるイタリアのカベルネ・ソーヴィニヨンをこの機会に是非ご堪能あれ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP



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