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『美食通信』第三十二回「ワインの飲み頃――絶妙のタイミングなどあるのだろうか?――」

 この連載の主宰でもあるThe Cloakroom店主の島田さんが銀座のサロンで行なわれている「銀座の仕立て屋落語会」。七月は三遊亭わん丈さんが高座を務められました。わん丈さんはこの度、真打への昇進が決まり、この落語会は優秀な二ツ目さんを応援するという主旨があるそうで真打になられると卒業とのこと。この落語会での高座は今回を含め残すところ三回だそうで会場は満席でした。筆者はなかなか日程が合わず、他のお二人、林家たま平さん、春風亭与いちさんの高座は拝聴したことがあったのですが、わん丈さんの高座は初めてでその人気の髙さに驚いた次第です。

 終演後、真打への昇進のお祝いとして島田さんからスーツのプレゼントがあるとのことでその採寸が公開形式で行われました。あと二回の高座の後もスーツ完成へのイヴェントがあるそうです。こうした噺以外の余興を「大喜利」というのだと世話役の山本益博氏から解説がありました。料理評論家として高名な山本氏ですがその出発点は落語評論であり、まさに「二刀流」のご活躍をなされておられます。

 また、「大喜利」も終わったその後にお祝いの会食が山本氏お薦めの日本橋のイタリアン「ファルスィ・ラルゴ」で行われました。総勢十数名、貸し切りでのディナー。オーストラリア産の旬の黒トリュフを楽しむ趣向でした。ワインの選定を筆者はお手伝いさせていただくことになり、乾杯にはシャンパーニュと同じ葡萄品種、そして瓶内二次発酵というまったく同じ製法で造られているロンバルディア州の「フランチャコルタ」を用意していただきました。シャルドネ100%で造られたコンタディ・カスタルディのヴィンテージ物「サテン 2017年」が供されました。白は店が用意されたフリフリ=ヴェネツィア・ジューリア州の五種類の白葡萄をブレンドした「ザモ・ビアンコ 2021年」を。どちらも良い出来でした。

 問題は赤ワイン。筆者は手土産に一本持参した方が良いかと島田さんに尋ねたところ、是非持参くださいとのことでしたのでブルゴーニュの「ニュイ=サン=ジョルジュ ラ・プティット・シャルモット 2020年」、造り手はピエール・ティベールを持参しました。開けるにはまだ早いのは分かっていましたが、自宅から持参して持ち歩くことを考えると澱の出ていない若いワインが適していると判断した次第です。ブルゴーニュの澱はボルドーと異なり細かいので一度舞ってしまうとなかなか沈殿せず、サーヴした際ざらつきとえぐみが出てしまい折角のワインが残念なことになりかねないからです。

 また過日、宇都宮の「オトワレストラン」を訪れた際、リストにあった「ヴォーヌ=ロマネ オー・シャン・ペルドリ 2020年」、造り手はオーディフレッドを註文し飲みましたが実に良い出来でした。グランメゾンのワインリストにも2020年はリストアップされており、確かにまだ早いとは思われるもののこれはこれでそれなりに飲めると判断したこともあり、2020年のニュイ=サン=ジョルジュを持参したのでした。

 さて、会場に着いて赤ワインについて島田さんに尋ねると自分の持参したワインと島田さんが持参されたワインが供されるとのこと。で、島田さんは何を持参されたのかというと、やはりブルゴーニュで「ヴォルネ=サントノ プルミエクリュ 1992年」、造り手はロベール・アンポーでした。アンポー家は相続でムルソーにドメーヌを構えるロベール・アンポーとモンテリを拠点とするポティネ・アンポーに分割されました。が、どちらのドメーヌもカーヴに古いヴィンテージを多く貯蔵しています。また、島田さんが持参されたヴォルネ=サントノは名前こそヴォルネですが畑はムルソー村にあります。

 それにしても偶然とはいえ、同じブルゴーニュでも対照的なワインが並んだものです。どちらも「コート・ドール」、ブルゴーニュで最高のワインを産する地区ですが、ニュイ=サン=ジョルジュはロマネ=コンティを筆頭に赤ワインが主の北側の「コート・ド・ニュイ」のワインであるの対し、ヴォルネはモンラッシェやムルソーといった最上の白ワインを産する南側の「コート・ド・ボーヌ」での代表的赤ワインの銘柄ということ。さらに、とりわけヴィンテージが若すぎると思われる2020年とすでに古酒の域に入っている1992年という対照的なものになってしまいました。

 ここで問題になるのは飲み頃とはどのくらい経ったワインのことなのだろうか、ということです。もちろん、ボルドーとブルゴーニュでは異なるでしょうし、ヴィンテージの良し悪しにもよるでしょう。さらには個人の好みの問題もあります。

 筆者がパリに赴いていた四半世紀前、ボルドーワインに関してある程度のレヴェルのワインは七~八年以降が飲み頃と言われていました。しかし、実際パリのランチでワインを頼もうとすると皆、五年未満の固いワインを好んで開けているのに驚きました。価格的なものあるかと思いますが明らかに好みの問題と分かりました。

 ブルゴーニュに至っては、とりわけ二十一世紀に入ってから「早くから飲めて、寝かしても美味しい」というのが当たり前のようになっているようです。本当にそんなこと可能なのか、と正直半信半疑なのですが、早く開けた際の果実味の出し方に注意を払う造り手が多いことは事実です。筆者には上記のオーディフレッドのヴォーヌ=ロマネに代表される凝縮した果実味を追求するタイプと透明感のある軽やかなタイプのものに分かれるように思われます。ただし、どちらも以前流行った樽をかけた濃厚なアルコール度数の高いワインとは一線を画していることに留意する必要があるでしょう。今回持参したティベールはオーディフレッドに通ずる旨味がありました。ニュイ=サン=ジョルジュらしく酸味に特徴があるのも良かったです。

 一方、島田さんの持参されたヴォルネは造り手が長熟用を意識して造っていますのでこれまた充分楽しめるものでした。ただ、1992年というヴィンテージがオフヴィンテージでしたのでピークは過ぎていたと言わざるを得ません。その分、古酒としての熟成感やミネラル分の味わいを楽しむことが出来ました。また、多人数での会食用でしたので、一本のワインを開けて飲み進めるスタイルではなく、メインの料理に合わせて抜栓し、グラスですぐ飲み干すことになります。従って、デリケートなワインでも酸化する前に美味しく飲み切れるという訳です。

 ボルドーワインにぞっこんだった時代の筆者はとにかく飲み頃にこだわっていました。それでも七~八年から十数年というのが相場で二十年を超えれば古酒として嗜むべきだと認識していました。それがブルゴーニュを飲むようになって思ったのは、飲み頃は気にせず、自分が飲みたい村(アぺラシオン)や造り手を財布と相談しながら決めるのが最良ということです。

 コントラストの効いたブルゴーニュの赤を楽しんでいただき、ドルチェにある種メインの黒トリュフのパンナコッタを皆さん堪能され、わん丈さんのお祝いの饗宴も大団円となったのでした。わん丈さんのますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュ赤のもう一つのスタイル、ボーヌのワイン」

「ボーヌ プルミエクリュ サン・ヴィーニュ 2017年 AC ボーヌ プルミエクリュ ジェーン・エア」 8800円(税別)

すでにブルゴーニュの赤に関しては「コート・ドール」の北側「コート・ド・ニュイ」を紹介させていただきました。今回は南側の「コート・ド・ボーヌ」の赤ワインをお薦めしたいと思います。ブルゴーニュの赤ワインはあと、ボーヌの南側即ち「コート・ドール」の南側に「コート・シャロネーズ」も優れたワインを産しますが、やはり「コート・ド・ボーヌ」のワインがニュイと双璧と考えられます。

「コート・ド・ボーヌ」はムルソー、モンラッシェといったブルゴーニュ最高峰の白ワインを産する地区ですが赤ワインにも魅力的なアペラシオンが複数存在します。グランクリュこそ「コルトン」しかありませんが、「ヴォルネ」と「ポマール」という赤ワインだけを産するボーヌの赤代表するアペラシオンのワインはニュイのグランヴァンに匹敵する逸品揃いです。タンニックで野趣を感じる「ポマール」、繊細でエレガントな格調高い「ヴォルネ」とその性格も対照的で興味深いものがあります(あと、ブラニィという小さなアペラシオンも赤ワインのみ)。

他の「コート・ド・ボーヌ」の村はすべて赤ワインと白ワインの両方を造っています。その数は多く、「ラドワ」、「アロース・コルトン」、「ペルナン=ヴェルジュレス」、「サヴィニ=レ=ボーヌ」、「ショレ=レ=ボーヌ」、「ボーヌ」、「モンテリ」、「オーセイ=デュレス」、「ムルソー」、「ピュリニィ=モンラッシェ」、「シャサーニュ=モンラッシェ」、「サン=トーバン」、「サントネ」、「マランジュ」となります。

その中でも筆者は中庸の美を感じる「ボーヌ」のワインをお薦めしたいと思います。ボーヌの街は「ブルゴーニュの車軸」と呼ばれ、多くのネゴシアンが拠点を置いています。また、「オスピス・ド・ボーヌ」という旧施療院後の博物館があり、寄進されたワインが毎年競売にかけられています。

今回紹介させていただくのは新進気鋭の女性醸造家、ジェーン・エア氏が造ったボーヌ・プルミエクリュのワイン。メルボルン近郊で生まれたジェーン氏は1998年よりブルゴーニュでキャリアをスタート。2011年にワイン造りを実現させます。近年注目を集めている農家から葡萄を買い付け、自ら醸造する「ミクロネゴス」の代表格の一人として高く評価されています。「サン・ヴィーニュ」の畑は石灰質を含んだ軽めの砂質で、しなやかで果実味を生かした繊細なワインを産します。

ミクロと呼ばれるだけにその生産量はごく少なく、ほどなく売り切れること間違いなし。この機会に是非一度お試しあれ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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