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『美食通信』 第三十五回 「セカンドワイン考――トップブランドとは別物と心得るべし――」

 先日久しぶりにレ・フォール・ド・ラトゥールを飲む機会を得ました。1996年と良いヴィンテージの古酒でした。レ・フォール・ド・ラトゥールはご存知のようにボルドーの五大シャトーの一つ、ポイヤックのシャトー・ラトゥールのセカンドワインです。

 このセカンドワインという代物。ボルドーでは今や、さして有名でないシャトーさえ何処でも造っているという状況。それどころか、サードワイン以下も造る有名シャトーは数知れず。

 筆者がボルドーワインに熱を上げていた一九九〇年代後半、確かにセカンドワインは多く造られていました。しかし、同じ五大シャトーのムートン=ロートシルトがセカンドワインを造り始めたのが1993年ですのでまだ猫も杓子もという訳ではありませんでした。

 また、セカンドワインはどれもこれも十把ひとからげといった具合でどれもこれも1980円か2980円といった値段で売られていました。五大シャトーのオー=ブリオンのセカンド、バーン=オー=ブリオン(現在はル・クラランス・ド・オー=ブリオン)でさえ2980円で買えたのです。

 その理由は簡単で、トップブランドのワインがさほど高価でなかったからです。当時、80年代のオフヴィンテージの84年、87年などは五大シャトーでも一万円以下でデパートのワイン売り場で購入可能でした。これもオフヴィンテージですが1992年のシャトー・ラトゥールを銀座三越のセールで5000円で買ったこともありました。

 筆者がボルドーワインを追求しようと決めたのは、一九九四年にアークヒルズのサントリーホールの向かいにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」で飲んだムートン=ロートシルトの1984年に感銘してのことでした。上記のように1984年は残念なヴィンテージだったのですが、特にこの年はメルロが良くなかったようです。そこでムートンではこの年、カベルネ・ソーヴィニヨン100%で造ったと言われています。

 ご存知のように、ボルドーは複数の葡萄をブレントするのが特徴で、ブルゴーニュがピノ・ノワール100%で造るのと対照を成しています。五大シャトーが格付けされたメドックではカベルネ・ソーヴィニヨンが主でメルロ、カベルネ・フランが続き、補助品種としてマルベック、プティ・ヴェルドが用いられています。また、シャトー・ペトリュスなどを産す右岸のリブールヌのワインはメルロが主で、カベルネ・フランが続き、既述の他の品種が補助品種となっています。

 ムートンはポイヤック、いや広くメドックの中でもカベルネ・ソーヴィニヨンの比率が高く80%ほどと言われていますがそれでもカベルネ・フラン、メルロ、プティ・ヴェルドを用いています。

 本当に1984年のムートンがカベルネ・ソーヴィニヨン100%だったかは分かりませんが、ちょうど十年経ったところで飲み頃だったせいもあり、さらにグランメゾンだけあってワインの状態が良かったのでしょう。なかなかの美味でした。しかも9000円だったのです。高級レストランでさえ、一万円以下で五大シャトーが飲めたのです。まあ、ル・マエストロはとりわけワインの価格が良心的だったのは事実ですが。

 つまり、あえてセカンドワインを飲む必要性がなかったのです。ちょっと奮発すれば五大シャトーが買えたし、レストランでも飲めたのですから。大阪の某ホテルのメインダイニングでシャトー・マルゴーの良いヴィンテージの1978年を25000円で飲んだ記憶もあります。今やシャトー・マルゴーは最新ヴィンテージで十万円ですから桁違いです。

 そんな中、唯一例外だったセカンドワインがレ・フォール・ド・ラトゥールでした。実際、グランメゾンのワインリストにも普通に掲載されていました。というのは、シャトー・ラトゥールがグレイトヴィンテージの場合、三十年は寝かさないとその本領を発揮しないと言われていたからです。

 もちろん、三十年物のラトゥールをグランメゾンなら揃えていましたが大変高価なものになります。さらに中堅どころのレストランでは揃えるのも大変でしょうし、価格的にも不釣り合いになります。というか、三十年も待っていられないというのが本音で、それに対して、レ・フォール・ド・ラトゥールなら半分の十五年で飲み頃になるという訳です。

 レ・フォール・ド・ラトゥールはこうした事情からか1966年から造られており、ラトゥールが造られる「ランクロ」と呼ばれる区画とは別の区画の葡萄が三分の二、ランクロの葡萄が三分の一用いられ、早くから飲めるように醸造されています。

 つまり、レ・フォール・ド・ラトゥールは最初から別の目的で造られたラトゥールとは別のワインと考えるべきなのです。

 しかし、多くの方がセカンドワインを飲んでトップブランドを垣間見られたつもりになってしまうように思われるのです。これは危険で、セカンドワインからトップブランドを予測するのは専門家でさえ至難の業と言えましょう。

 サン=ジュリアンの第二級、シャトー・レオヴィル=ラス=カーズのセカンドワインだったクロ・デュ・マルキは別の畑で造られていますので、現在別ブランドして販売され、ラス=カーズの若葡萄で造られているル・プティ・リヨンをセカンドワインとしています。

 トップブランドが桁違いの高価なワインになってしまった現在、セカンドワインなら何とかというケースもあるかと思います。その場合、やはり別物であるという認識を持って飲まれることをお勧めします。そして、出来る限り同じ価格で買える格下のシャトーやブルジョワ級のトップブランドを買われることをお勧めします。トップブランドにこそ、そのシャトーの真髄が、そのアペラシオンの特徴が最良の形で表現されているのですから。

 レ・フォール・ド・ラトゥールの1996年はまだまだ寝かせることも出来そうな見事な出来でした。果実味が生かされ、その熟成感を楽しむタイプのワインです。ラトゥールはもっとタイトでタンニックなワインで古武士のような凛とした佇まいが素晴らしい。

 レ・フォール・ド・ラトゥールほどその独自の存在感を有するセカンドワインは他にない。筆者はそう考えるのです。

 今月のお薦めワイン 「トスカーナのボルドータイプのワイン――ボルゲリ――」

「フェルチアイノ ロッソ 2018年 DOC ボルゲリ ジョヴァンニ・キアッピーニ」 6900円(税別)

  ボルドーにメドックとリブールヌの二つのタイプのワインがあるように、イタリアワインのボルドーに比較されるトスカーナ地方のワインもまた、二つのタイプに分けることが出来ます。それはキャンティを生み出すサンジョヴェーゼ種とその亜種(ブルネッロ種など)から成るワイン群とまさにボルドースタイルのワインを造るべく、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロを導入したワイン群。

 このボルドースタイルのワインのパイオニアとなったのがサッシアイアです。1944年、シャトー・ラフィット=ロートシルトのカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたのが始まりのようです。当初は規格外でしたのでヴィーノ・ダ・タヴォーラ扱いでしたが高額でしたので「スーパータスカン」と呼ばれていました。他にもオルネライアなど有名なワインが後続し、1994年にはDOCボルゲリを名乗ることが出来るようになり、サッシアイアは単独でDOCボルゲリ・サッシアイアを獲得。トスカーナの新たなスタイルのワインとしてその一翼を担うようになっています。

 今回ご紹介するのはジョアンニ・ピアッキーニが造るボルゲリ。1954年にマルケ州から移り住んだピアッキーニ家は1995年までは野菜とオリーブを作っていましたが、この年より葡萄を栽培。2000年よりワインを販売しています。畑はオルネライアの隣と良好な立地。

「フェルチアイノ」はカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロ40%、サンジョヴェーゼ10%というセパージュ。ボルゲリのボルドースタイルワインには補助品種として、サンジョヴェーゼやシラーを用いるカンティーナが多いです。

 ボルドーよりはやや赤みがかった濃いルビー色。香りはボルドーに比べるとスパイシーで果実の甘い香りが強い。複雑な味わいはボリューミーでボルドーよりは濃厚でアフターに甘やかさが残る感じ。熟成しても美味しいが早くからも飲めるタイプ。

 この機会にボルドーのようでボルドーでないボルゲリ独特の美味しさを是非ご堪能下さい。

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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