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『美食通信』第三十八回 「例外的なラーメン食――島田「ル・デッサン」――」

 事ある毎にお伝えしていると思いますが筆者は「グルメ」ではありません。グルメには類語に「グルマン」があり大食漢という意味からも、美味しいものであれば何でも食べるのが好きというニュアンスだと思います。それに対し、「美食」は「ガストロノミー」、「ガストン」が胃を意味し「食べること」ととしたら、「ノミー」は「ノモス」=法、「律すること」であり、「ガストロノミー」は「食を律すること」即ち「テイスティング」であると筆者は考えます。

 筆者は外食を好みませんし、外食するとしたら、基本フランス料理あるいはフランスワインを嗜むことと決めております。「美食」とはある種の専門性を持つものではないでしょうか。フランス料理のシェフがフランス料理を極めようとするなら、それを食する方もフランス料理を食することを極めようと応えるべきでは。これが「美食」であり、食する方は何でも食い散らかしてよいという訳ではありません。

 筆者は自宅でフランス料理を食することはありませんが、食後に必ずデセールをいただきます。そこでいつの頃からか、主食の炭水化物を摂らないようになりました。米、パン、麺類。パンを少しは食べますが、例えば、大学での昼食に時間もないので菓子パンをかじったり、ホテルの朝食でクロワッサンを一つくらいとか、まあそんなものです。いわゆる「おかずっ食い」というやつです。

 カレーは好物で一週間に一度は自宅で夕食にカレーを食しますが、決まった銘柄のレトルトカレー四種をローテーションで食べています。もちろん、ルーだけであとは野菜系の副菜を食して終わり。デセールがありますので。フランス料理以外の外食で鰻が好みなのも、蒲焼だけ頼めるからです。鰻重は食しません。イタリアンが悩ましいのは料理的には好みなのですがパスタが食べきれないので、一口くらいテイスティングさせていただき、あとは同行者に食べてもらうしかありません。生ものは元々それほど好みではなく、フランス料理を選んだのも基本火が通ったもの、即ち手を加え調理したものがフランス料理の文化だったからでしょう。

 ですので胃にもたれる麺類を食することが一番ありません。その中でも滅多に食べないのがラーメンです。何が駄目なのかと言えば、スープの中に麺が浮かんでいるのが許せないのです。パスタはソースにあえてあるのでまだ食べてみたい。蕎麦は軽いので「ざる」ならまだいける。うどんもぶっかけなら少々。ラーメンはスープが命でしょうから、それも麺も残して具だけ食べる訳にもいかず、何とも縁がなさそうな食べ物であることよ。

 もちろん、子供の頃は食べていました。インスタントラーメン全盛期の生まれですので。カップヌードルが登場した時は驚きましたが、正直美味しいと思ったことはありません。インスタントラーメンでもう一度食べてみたいと思うのは明星の「劉昌麺(りゅうしょうめん)」です。あくまでスープが他の銘柄と比べて断トツに美味しく思えたからです。まだ諏訪に住んでいた一九七〇年初めの頃の話です。

 そんな筆者がラーメンを食する機会をこのところ年一、二回持つようになっています。それは静岡県の島田市にある「ル・デッサン」というラーメン店に出かけるようになったからです。両親が亡くなった後、二人の故郷の静岡市に年に一、二度出かけるようにしているのですがその折、市内にある「カワサキ」というフレンチに出かけています。『ゴ・エ・ミヨ』でミシュランの一つ星に相当する三トック(コック帽)を獲得している名店です。何故か〆にラーメンが出るのでどうしてか、店主の河崎シェフに尋ねたところ、島田の「ル・デッサン」で教わって出しているとのこと。「ル・デッサン」という名前に聞き覚えがあったので、あの増田シェフの「ル・デッサン」と確かめたところ、そうである、と。

「ル・デッサン」というのはもう四半世紀近く前になりましょうか、都営地下鉄大江戸線が開業となった際、新設の牛込柳町駅近くに開業したフランス料理店でした。壁には増田シェフが描かれた絵が飾られている小洒落た店で奥様の暖かいサーヴィスと共に人気の店で筆者もよく通ったものです。ただ、筆者は二〇〇五年に大病をして、九死に一生を得たもののしばらく外出を極力控えねばならなくなりました。そのうち、気づくと「ル・デッサン」は閉店しており、増田シェフご一家は実家のある島田市に帰られたという話を聞いたのです。

 筆者はフレンチ以外のことに疎いので、まさか島田に戻られた増田シェフがラーメン店を開かれたとは露知らず。しかもフレンチの時と同じ「ル・デッサン」を名乗られているとは。しかし、事情が分かると納得の行くことばかりで。元々、静岡市のお隣の藤枝市やさらにそのお隣の島田市には「朝ラー」と呼ばれる朝食にラーメンを食する習慣があり、ラーメン店の激戦区であるとのこと。実際、「ル・デッサン」は朝七時から午後一時までの営業で麺が無くなり次第、閉店になります。さらに、増田シェフのラーメンの出汁はホロホロ鳥、鴨などフランス料理の出汁をベースにしたもので牛込柳町時代の延長線上にあることが分かります。

 そのような唯一無二(ユニーク)のラーメンは全国区の名店と評価され、この年明け一月十八日放映のTBSテレビでの「今一番美味しいラーメン決定戦!神の舌が選ぶ全国TOP30!最強ラーメン番付SHOW」にもホロホロ鳥の醤油ラーメンが取り上げられ、十五位にランクインしました。

 筆者はこの番組を観ようかと思ったのですが、審査委員の一人が場違いで納得が行かなかったので見るのをやめました。ラーメンは専門の評論家が多数いらして、一人は石神某氏とまあ良かったのですが。ここは複数のラーメン専門家にきっちり判定してもらいたかったのに残念です。フランス料理はもっと悲惨で、日本では故見田盛夫氏以外、まともな評論家が皆無という状況。筆者が求めているのは料理評論家ではなく、あくまでフランス専門の評論家の必要性であることを誤解なきよう。

 さて、増田シェフご夫妻のご尊顔を拝したく、筆者は島田に朝早くから出かけるのですが、何せこの時以外ラーメンを食しませんので何を選ぶかが至難の業で。というのも、スープの中に麺が浮かんでいるのが許せない筆者としては、同伴者の食するホロホロ鳥だのホタテだののスープは一口テイスティングさせていただきますが自分が選ぶことはなく……。唯一の救いは「まぜそば」でいつもこれを頼んでしまいます。ラーメン通からすれば、邪道かもしれませんがこれがなかなかの美味。花かつおがこれでもかと一面を覆った和のベースにオイスターソースやごま油と中華の要素も加わって旨味満載。筆者でも半分は食することが出来ます。この夏は「冷やし中華」に挑戦しました。アボカド、オリーブオイルで作られたマヨネーズと見た目もフレンチ風でこれも実に美味でした。

 この三月に按田餃子の按田優子さんたちと静岡に出かける予定ですので、当然「ル・デッサン」にもお邪魔させていただきます。今度もまた新たなメニュにチャレンジしようと思っていますがまたまた傍流の変化球的なものになってしまうのだけは確かです。それでも多彩な球種を用意して下さっている増田シェフといつも暖かな出迎えをして下さる奥様に心から感謝する次第です。これまでも行列が出来る店ですので、ますます待ち時間が増えませんように。筆者は基本、予約なしに店に出かけることはなく、並んでまで食べるのは苦手ですから。

今月のお薦めワイン 「ネッビオーロはバローロ・バルバレスコだけではない――ピエモンテの逸品〈ガッティナラ〉――」

「ガッティナラ 2017年 DOCG ガッティナラ アンツィヴィーノ」 6620円(税別)

  ブルゴーニュの次はボルドーと行きたいところですが、間にイタリアワインを挟んでボルドーの順に四クールしたいと思います。

 さて、すでにイタリアのブルゴーニュに相当するのがピエモンテ州のネッビオーロ種100%で造られるワインであることは説明済みです。実際、ブルゴーニュが「ワインの王」と呼ばれているように、バローロが「イタリアワインの王」と呼ばれていることも。ただし、バローロはピエモンテの一村の名であり、ブルゴーニュで言えば、ヴォーヌ=ロマネのようなもの。これもまた、バローロにバルバレスコと言われますし、ブルゴーニュならさしずめジュヴレ=シャンベルタンと言ったところでしょうか。

 しかも、バローロ、バルバレスコはピエモンテ州の南部に位置し、北部にもネッビオーロ種100%で造られる銘酒があり、「ゲンメ」に関しては名手ロヴェロッティの逸品を紹介させていただきました。実は北部にはもう一つ重要な地区があります。それが「ガッティナラ」です。という訳で今回は「ガッティナラ」を紹介させてください。

 ブルゴーニュのコート・ドールでは北部のニュイの方が赤の銘酒に適しており、南部のボーヌはコルトン、ポマール、ヴォルネを擁するものの白ワインの銘酒の産地であったのに対し、ピエモンテでは南部アルバ地区のバローロ、バルバレスコばかりがクローズアップされて、北部のゲンメやガッティナラに陽が当たらないのは残念。

 アンダースンは『イタリアワイン』でガッティナラを「菫の花の香りを持ち、鼻にはタール臭が感じられる。ソフトで後口にアーモンドの苦味が残る」とその特徴を書いています。

 今回ご紹介するのは「アンツィヴィーノ」という1999年創業の新しいカンティーナのもの。ミラノから移り住んだオーナーは蒸留酒製造に使われていた古い修道院を購入し、伝統的な手法でワイン造りを行なっています。具体的には熟成はスロヴェニア産の大樽で三年、さらに瓶熟で一年といったように。ドライでアロマ、味わいにミネラルなどの複雑さがあり、それでいて、酸とタンニンのバランスは良く上品な仕上がり。

 この機会に是非、ネッビオーロの多彩なポテンシャリティの一端をお楽しみいただければ幸いです。

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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