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『美食通信』第三十四回 「ディジェスティフのすすめ――グラッパなどいかが――」

   

 フランス料理などワインを飲みながら食する料理において、アペリティフ即ち食前酒を嗜む習慣は日本でも定着してきたように思われます。しかも、昨今それらはシャンパーニュを理想とするスパークリングワインというのが定番です。筆者がフランス料理を始めた半世紀近く前はアペリティフと言えば、マティーニなどのショートカクテルの強いお酒、あるいはスペインの酒精強化ワインのシェリー、クレーム・ド・カシスを白ワインで割ったキールなどでした。シャンパーニュをグラスで供することは稀で、ドゥミなりボトルで頼むのがマナーでした。おそらく、グラスでのサーヴィスは炭酸が抜けてしまうのが嫌だったのでしょう。しかし、ペアリングのように皆が一時にブテイユを空けてくれるなら、シャンパーニュを供するのも悪くありません。また、シャンパーニュ愛好家が増えたこともあるかと思います。さらにソムリエは元来お酒のサーヴィスの一環でしたので、バーテンダーが取る資格という意味合いもあります。ソムリエという地位が一般に認知される過程で、バーテンダーの果たした役割は大きい。アペリティフにおけるカクテルからシャンパーニュへの移行はその歴史的過程を表わしているとも言えましょう。

 しかし、フランス料理におけるお酒の飲み方にはさらにディジェスティフ即ち食後酒があります。食前酒があるのですから食後酒があって当たり前といえば当たり前。食中酒がワインということになります。しかし、どうもこちらの方はあまり嗜まれる方がいらっしゃらないのが現状です。まあ、日本人は西洋人に比べアルコールに弱い方が多いので、ワインまでで精一杯というのもあるかと思います。しかし最近、筆者はディジェスティフが普及しないのは飲む場所の問題ではないかと思うようになってきました。そう、食事が終わったテーブルで食後酒を飲むのはあまり好ましいことではないのではないか、と。シャンパーニュから始まり、ワインを飲みながら何皿もの料理を平らげ、デセールを食し、エスプレッソを飲んで一息ついている席でさらに何かお酒を飲みたくなるでしょうか。

 実際、本当のグランメゾンにはまずウエイティングバーがあり、そこでアペリティフを飲んだ後、食事のテーブルへと移動します。さらに食事が済んだあと、さらに場所を変えてデセールやシガーのサーヴィスがあったのです。部屋が三つあった訳です。筆者がパリで訪れたグランメゾンでもそこまでやっていた店はありませんでした。むしろ、神戸にあった「アラン・シャペル」はまさに三か所移動したのを覚えています。顧客の末席に入れていただいていた「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」は「バー・マエストロ」を併設し、バーとレストランを往復する形でした。

 今やそのようなレストランは皆無に近いでしょうから、どうすれば良いのか。そう、日本人得意の「河岸を変える」、まさにレストランからバーへと移動すれば良いのではないでしょうか。そうすれば、色々なお酒を食後酒として楽しめる。というのも、筆者はディジェスティフにブランデー(コニャックとアルマニャック)やマールと言ったフランスの蒸留酒よりイタリアのグラッパが飲みたくなるからです。もちろん、フレンチの店でもグラッパを置いている所もありますが、やはりカテゴリーミステイクな感じです。バーに行けば、コニャックであれ、グラッパであれ、好きなものを堂々と頼んで楽しむことができます。

 筆者にそれを気づかせてくれたのは、渋谷の東急文化村の「カフェ・ドゥマゴ」で日参するかのごとくディナーで持ち込みのワインを開けていた時のことでした。顧客は持ち込み料無料でしたので、筆者もその一人に認めていただき、人と会うのをドゥマゴにしていたのです。その頃、大変お世話になった渋谷の画廊のマダムがいらして、マダムとご一緒するときはまず、マダム行きつけの駅のすぐ近くのショットバーで待ち合わせをし、ドゥマゴで食事した後、再びそのバーに戻って、また一杯といったのが常でした。バーの店主はフレンチ出身でワインにも詳しく、筆者はそこでグラッパ・サッシカイアに出会いました。コニャックも何種類も置いていて、それらもいただいたのですが、サッシカイアのグラッパの方が気に入りました。グラッパはワインの搾りかすを発酵・蒸留したもので、「粕取りブランデー」と言われるものに当たります。フランスではマール、イタリアがグラッパです。サッシカイアはトスカーナ地方、ボルゲリ地区で造られるボルドースタイルの「スーパートスカン」と呼ばれるワインの元祖として高名な銘柄でそのワインの搾りかすから造られたグラッパなのです。

 グラッパには樽をかけた茶色のものと無色透明なものがあります。マールも同様です。筆者はやはり樽がけしたものの方が好みです。しかも、マールよりグラッパの揮発性の高い香り高さ、ちょっと捻った感じの香りが好きです。味わいにもサッシカイアのグラッパなどには甘やかさがあり、マールにはそれがありません。まさに好みの問題かと思いますが、それを選べるのがバーの良いところです。

 先日、久しぶりに渋谷に出かけ、ちょくちょく伺うビストロで食事しました。時間が早かったので、食後に駅前から文化村近くに移転した件のショットバーに出かけました。店主も健在でグラッパをいただきました。来年三十周年とのことです。筆者が最初マダムに連れられて伺ったのが一九九六年だったと思いますので開店二年目だったのか、と。文化村も再開発で休館。ドゥマゴも閉店してしまいました。時の流れを感じます。サッシカイアのグラッパも高価になってしまったので銘柄を変えたそうですが、やはり茶色の美味しいグラッパでした。

 また、この原稿を書いている少し前、静岡でも「カワサキ」で食事した後、近くの「バー・コード」でグラッパをいただきました。こちらは元々梯子酒で、ルイ・ラトゥールのヴォーヌ=ロマネをボトルでお安く飲ませていただいたので、折角バーに来たこともあり、もう少しお金を使わせていただかないと申し訳ないと思い、グラッパをお願いしたら、二種類珍しいものを出して下さいました。ご一緒したNシェフはマールを頼まれましたが、やはりグラッパの方が自分は好みで、二種類のうち造り手が亡くなり今は造られていないというグラッパの方が俄然自分好みでした。したたか酔ってしまっていて、銘柄をメモするか写メを撮ってくるのを忘れてしまったのを後悔しています。

 食事のあと、バーに河岸を変えて、好みのディジェスティフをいただく。これまた、贅沢なひと時ではありませんか。その際、グラッパを選択肢の一つに加えていただければ幸いです。

今月のお薦めワイン 「ボルドーの双璧・リブールヌのワイン―メルロが主役――」

「シャトー・フォンプレガード 2017年 AC サンテミリオン グランクリュクラッセ」 7200円(税別)

 ブルゴーニュにニュイとボーヌがあるように、ボルドーにも代表的な二つのタイプのワインが存在します。それらはカベルネ・ソーヴィニヨンを主たる葡萄とするメドックやグラーヴのいわゆる「左岸」のワインとメルロを主とする「右岸」のリブールヌのワインです。

メドックは格付けされ、五大シャトーで有名です。他方、リブールヌはボルドーで最も高価なワインと目されるシャトー・ペトリュスがポムロールにあります。

 リブールヌのワインで押さえておくべきアペラシオンはまず、サン=テミリオン。1955年に開始され、度々改定を行なっています。メドックの格付けが1855年のままであるのとは対照的。改定の度、論争を巻き起こし、2022年には初回以来ツートップだったシャトー・オーゾンヌとシャトー・シュヴァル=ブランが脱退し、代わりにシャトー・パヴィとシャトー・フィジャックがツートップになりました。ちなみに、ACサン=テミリオンを名乗れるワインはサン=テミリオン市の他に古層(ジュラード)と呼ばれる八つの村が含まれます。

 続いて、ペトリュスを産むポムロール。こちらは意識的に格付けを行なわないようにしています。ペトリュスを最上にラ・コンセイヤント、レヴァンジル、ラフルール、トロタノワ、ヴュー=シャトー・セルタンを含む十ほどのシャトーがトップ・シャトーと言われています。

 両アペラシオンには共に衛星地区(サテライト)と呼ばれるそれに準じるワインを生み出すアペラシオンがあります。サン=テミリオンにはサン=ジョルジュ、モンターニュ、リュサック、ピュイスガンの四つの衛星地区があり、ポムロールにはラランド=ド=ポムロールがあります。

 あと、フロンサックとカノン=フロンサック。一時期、ペトリュスを所有するJ.P.ムエックス社が多くのシャトーを所有し、その可能性に挑戦していました。

 上記三大地区のワインを探されると良いでしょう。また、近年注目されているのはサン=テミリオンに接するカスティヨンです。ワイン高騰の折、手頃な価格で上質のワインが楽しめるアペラシオンです。

 今回はサン=テミリオンのグランクリュクラッセに格付けされているシャトー・フォンプレガードを紹介させていただきます。プルミエBのラ・ガフリエールの西隣りと恵まれた立地。2004年以来アメリカの実業家夫妻が所有し、2017年はメルロ95%、カベルネ・フラン5%とメルロの醍醐味を楽しめるワインです。2013年にはエコセールの認証を受けています。また、ミシェル・ロランがコンサルタントと今風のサン=テミリオンをこの機会に是非お試しあれ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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