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『美食通信』 第四十三回 「サンドウィッチ考――パンの焼き加減をどう考えるか――」

 ホテルのラウンジなどちょっと高級な喫茶店やカフェで人に会う時、「何か召し上がりませんか」と聞かれる時があります。明らかにおやつの時間ならスイーツということになりましょうが、そういった物言いの場合、いわゆる軽食が想定されているのが通例で、そうなると頼みやすいのが「サンドウィッチ」ということになります。

 先日、定年になられた先生とお目にかかる機会がありました。小石川にお住まいで、ご自宅の近くでお目にかかる約束をしたところ、後楽園の「はまの屋パーラー」を指定されました。一九六六年創業の有楽町で有名な老舗純喫茶「はまの屋」が二〇一一年、オーナー夫妻の引退を機に閉店。その味を継承すべく「はまの屋パーラー」が誕生し、新有楽町ビルに移転し営業を続けるもビルの閉館で日本橋にさらに移転。その支店は帝国ホテルにも入っていたとのことですがこちらもそのビルが閉館で閉店。宝塚歌劇団のファンでいらっしゃる先生はそちらの「はまの屋パーラー」によく行かれたそうですが、ご自宅の近くにも最近開店されたことを知られ、よく使われるのだそう。

 駅ビルの上の飲食街の一角といった場所にその店はあり、確かにこじんまりした感じ。「帝国ホテルのお店は広かったのに」とおっしゃり、「ここの名物はサンドウィッチなの」と。確かに軽食のメニュはサンドウィッチが主で、あとはナポリタンとドリアくらい。サンドウィッチは具の名がついた六種類に「スペシャルサンドウィッチ」の七種がメニュに。得体の知れない「スペシャル」にしようと思いましたが、先生が「ここのサンドウィッチは具を二種類選べるハーフ&ハーフがあるの」。「しかも、普通はパンの耳を落として出すのだけど、そのまま出してくれるよう注文することも出来る」。「で、ここが肝心なんだけれど、パンは焼いてもくれます」。「トーストした方をお薦めします」。「フィンガーフードのように食べやすいの」と矢継ぎ早に説明して下さる。「玉子」が最初に書かれていますし、これは先生の口ぶりでも外してはいけなそうだったので、ここはハーフ&ハーフのもう一方を決めれば良いのだろうと思案していると、先生が「私はツナって決めています」っておっしゃるので、では「玉子&ツナ」でとしっかり忖度した注文に。先に来られていたもう一人の現役教授も「私も同じです」と、結局三人同じ註文になってしまいました。

 出てきたサンドウィッチは確かに小ぶりで一口で食べられそうな小粋なものでした。卵はマヨネーズであえたフィリングではなく、玉子焼きで薄いレタスが一枚挟まれていました。それもプレスしたせいか水分が飛んでいて紙のよう。ツナの方もマヨネーズは極力少な目でツナツナしい感じ。おそらく両方とも食べた時には具がはみ出て、形が崩れないよう配慮されているのではないかと察せられました。この店の名物はやはりこの玉子焼きが挟んであるサンドウィッチとのことで、まずは玉子からいただくことにしました。

 ところがです。これが意外に食べにくいものであることが判明しました。それはパンが表面をトーストしただけなく、レタス同様紙状にプレスされていたからです。確かにパンが紙のように薄いので簡単にサンドウィッチが口に入ります。ところがさすがに全部を一口で食べようと思うと口の中が一杯になりそうなので半分くらいに噛み切ろうとするとパンがスルメのように固く、なかなか噛み切れません。なんとか噛み切って咀嚼しようとするとパンが抵抗して口中にへばりつくのです。何度かむせそうになってしまい、正直吐き気を催しました。筆者はおそらく嚥下力に問題があるのか、元々口の中がパサパサするものが苦手で穀類を食するのが苦痛でもあり、バケットを食するならベッタリバターを塗らないと食べたくないといった風です。ツナの方もマヨネーズが少ないので形は崩れないものの口の中でツナもパサパサ。もう、美味しいとか美味しくないとかの問題ではなく、食べるのが苦痛で仕方ありません。

 しかし、ここではたと気づいたのです。トーストされたパンを使ったサンドウィッチで筆者の好物だったサンドウィッチがあったことを。それは惜しまれながらも休業となってしまった山の上ホテルの「コーヒーパーラーヒルトップ」のアメリカンクラブハウスサンドウィッチです。これは育児雑誌の連載をしていた頃、担当の編集プロダクションも神保町にあり、ホテルが筆者の勤めている大学のすぐお隣ということもあり、取材を山の上ホテルのパーラーで行なっていた際、いつも注文していたメニュだったのです。まあ、自腹ではなく、先方に軽食も是非と勧められて註文したところ、これがなかなかの美味で、取材の際は必ずクラブハウスを頼むことに。おかげさまで通常一年のところ、好評で三年は続きましたので結構な回数いただきました。

 思えば、あのクラブハウスもパンはトーストしてあったのですが紙状にプレスしてはいなかったので噛み切れないということはありませんでした。もちろん、クラブハウスの場合、チキンにベーコン、それにフレッシュな野菜が挟んでありますので、口に入りきれず、食べにくいことといったらありませんがそれがまた「いとおかし」といった風情で。また、トマトの薄切りとか挟まっていたと思いますので、水分が適度にパンに滲み込み、口の中でパサつくことは皆無。ふやけたパンの感触が許せないという方がいらしても筆者としては「ごもっとも」と思いつつ、やはり食していて吐き気を催してしまってはすべてが台無しで、筆者にとって「食べやすさ」とは大きさのことではなく、「飲みこみやすさ」に他ならないと確信した次第。

 ゆえに結論としましては、次回「はまの屋パーラー」に出かける機会があれば、きっとまたサンドウィッチになるでしょうから、具は「玉子とツナ」でよいとして、パンをトーストせず、そのままの状態を選択することにすれば問題ないか、と。もちろん、パンの耳は切り落としていただかないと。

 筆者が出会った絶品サンドウィッチの話をさせていただきたかったのですが。紙面が尽きてしまいました。それはまたの機会に。

 

今月のお薦めワイン 「ニュイ=サン=ジョルジュはコート・ド・ニュイの救世主か?――ピノ・ノワールの真髄を楽しむ――」

「ニュイ=サン=ジョルジュ オー=ザロ 2018年 ACニュイ=サン=ジョルジュ ドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン」11000円(税別)

 ワインの価格高騰はワイン愛好家にとっては頭の痛い話。とりわけ、ブルゴーニュの価格は最新のヴィンテージが数年前の1.5倍といよいよ手が出ないように思われます。

 ブルゴーニュと言えば、やはりコート・ドール。中でも赤ワインメインの北側、コート・ド・ニュイのワインがやはり飲みたいと思うのが人の常。でも、もはや村名ワインでも一万円では買えない状況になってしまいそうな勢いです。

 では、最北のマルサネやそのすぐ下のフィサンであれば何とか買えそうですが、こちらもマルサネのパタイユ兄弟など素晴らしいが値段も立派なワインが目立ってきました。また、それだけ出すならやはり似たタイプのワインのジュヴレ=シャンベルタンの良心的な造り手を探した方が良いかもしれません。

 となると唯一の可能性を感じるアペラシオンは一番南にあたるニュイ=サン=ジョルジュになるでしょう。コート・ド・ニュイの「ニュイ」はニュイ=サン=ジョルジュのニュイであるわけで、広さからしてもジュヴレ=シャンベルタンやヴォーヌ=ロマネに並ぶこの地区の代表的なワインになります。

 ところが、ニュイ=サン=ジョルジュにはグランクリュの畑がありません。それは制定の際、当時の造り手たちが畑に差別感が増すことを嫌い、あえてグランクリュの制定を断ったという経緯があります。従って、プルミエクリュの畑の中にグランクリュに相当するものがあり、その代表格が「レ・サン=ジョルジュ」と「レ・ヴォークラン」になります。また、2007年以降、上記の二つの畑をグランクリュにするよう申請を行なっており、いよいよニュイ=サン=ジョルジュにもグランクリュが誕生するかもしれません。

 という訳で、今のところ、ニュイ=サン=ジョルジュのワインは他のニュイの代表的なアペラシオンに比べ、価格が抑えられています。そこで今回ご紹介するのはヴォーヌ・ロマネに隣接する「オー=ザロ」という畑の2018年ヴィンテージ。造り手はドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン。ニュイ=サン=ジョルジュを拠点し広大な畑を所有していたシャンタル・レスキュールが相続で三分割されたドメーヌの一つ。1986年、ベルトラン氏が設立。娘のアクセル氏が2004年に継承し、ビオディナミを実践。この「オー=ザロ」は平均樹齢50年。100%除梗。新樽率20%と2〜3年樽で18ヶ月熟成。綺麗な酸が特徴的なニュイ=サン=ジョルジュにヴォーヌ=ロマネの複雑な豊かさが加わった秀逸なワイン。2020年ヴィンテージは13000円になっていますので、この2018年ヴィンテージはまさにお買い得。この機会に是非お試しあれ。

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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