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『美食通信』 第二十一回 「エスプレッソ・トニックよ、いずこに」

 筆者の珈琲好きにつきましてはすでに「フレンチスタイルの珈琲店」のお話で披露させていただきました。しかし、筆者には他にも好きな珈琲があります。それは「エスプレッソ」です。大学に入学してフランス料理を食べ歩き始めた際、食後に出されるエスプレッソに一口で魅了されました。

 その語源は外に(ex)押し出す(press)こと。蒸気の力で一気にその成分を凝縮して抽出した濃厚なる液体。自らの心の内なるものを外に押し出すエクスプレッションは「表現」となり、その抽出の素早さはエクスプレス、列車の「特急」の意となる、想像力に富む名前の珈琲。

 フランスやイタリアで「カフェ」と言えば、「エスプレッソ」のことを指します。私たちが日常飲んでいるような珈琲は「アメリカーノ」となります。そう、エスプレッソより薄い珈琲はすべてアメリカーノ。

 パリを歩いていると喉が渇く。日本のように湿度が高くないからです。フランスで飲んだ同じワインを日本で飲んでもあまりおいしく感じないと多くの方がおっしゃります。リーファーで輸送されてきてもです。それはおそらく湿度の関係だと筆者は考えます。ヴァン・ド・ソワフ、渇きを癒すワインという言葉があるくらい。湿度の低い環境で飲むワインは喉をスムースに通っていくのではないでしょうか。

 自動販売機のないパリで喉が渇いたら、街のあちこちにあるカフェに入ります。時間がなければカウンターでエスプレッソをクイッとひっかけ、時間に余裕があればテーブル席に座ってのんびり通りを行く人々を眺めるもよし。「ドゥミ」と呼ばれるグラスのビールを飲んでいる人も結構います。「オランジーナ」や「ジョケル」といったジュースの類はやはり子供っぽいので頼むのを躊躇います。やはり、エスプレッソを頼んでチビチビやるもよし、一気に飲み干し、あとはのんびりするもよし。この際、カウンターとテーブルでは同じ一杯のエスプレッソの料金は相当異なります。テーブルで過ごす時間の代金がかかるからです。スーパーで冷えたミネラルウォーターと常温のミネラルウォーターの価格が違うように。

 日本にそんな店は滅多にありません。いや、ありました。とても素敵な店が。表参道、青山通り沿いの紀伊國屋スーパーの裏に「ソル・レヴァンテ」という本格派のイタリアンカフェがあったのです。滋賀の老舗和菓子店「たねや」がオーナーでメインはイタリア菓子の店でした。入り口を入って左側にカウンター、右側がお菓子のショーケース。その奥にカフェスペースがありました。料理も出していて、アンティパストにパスタ、ドルチェが複数出てメインとさえ言えるランチは予約できないのでいつも女性たちの行列が出来る人気店でした。ワインも揃えていたのにディナーはなし。さすが「たねや」の殿様商売と感心しきり。

 特に見事だったのはカウンターでした。特大のエスプレッソマシーン。優秀なバリスタ。

 近くのイタリアンで働く方々の憩いの場でした。筆者はそのエスプレッソの美味しさはもとより、バリスタとの会話、さらに彼らがイタリアから買ってくるグラッパがとにかく美味しくて、食事の前にグラッパをひっかけ、エスプレッソで〆てレストランに向かうようにしていました。何せ早く店じまいしてしまいますので。そして、エスプレッソの値段はカウンターで飲むと160円。奥のカフェで飲むと480円。三倍だったと記憶しています。これぞ、ヨーロッパ!ところがある日、あっさり閉店してしまいました。

 閉店と聞き及び、バリスタ氏に何処に行けばこれからも美味しいエスプレッソが飲めるの、と尋ねると広尾の「イル・バール・ピエトレ・プレツィオーゼ」を薦められました。残念ながら広尾に行く機会があまりなく、女性シェフの大塚さんの「レギューム」に伺う時くらいなのですがある夏、その「レギューム」に出かける前、プレツィオーゼに寄ったのです。

 すると入り口の看板に「エスプレッソ・トニック」がお薦めと。エスプレッソ歴四十年になろうという筆者、初めて聞く名前で早速頼んでみることに。その名の通り、エスプレッソをトニックウォーターで割ったもので、これが飲んでみると美味。エスプレッソの苦みにトニックウォーターの酸味と甘みが相まって複雑な味わいに。炭酸なので爽快感もあり、夏にはピッタリ。バリスタ氏に聞くと、自分は生のライムを絞って加えて出しているとのこと。だからかフレッシュな爽やさが心地よく、夏はエスプレッソ・トニックにしようと思った次第。

 市販はされていないか調べたところ、二〇一〇年頃北欧のカフェに登場した新しい飲み物のようで、アサヒ飲料の「ワンダ」から「コニック」という商品名で売られていましたので早速購入してみました。市販品にしてはまずまずの出来でしたがやはり甘過ぎる。しかし、翌年にはもうなくなっていました。スタバでも限定で出したが人気がなかったようでリピートされなかったようです。それ以降、専門店でもなかなか見かけることがありませんでした。

 ところが、旅先でエスプレッソ・トニックに遭遇することに。珈琲中毒の筆者は旅先でもまず珈琲専門店を探します。このご時世、何処でも美味しい珈琲店の一軒や二軒は必ず存在する。昨年九月、小学校四年生までの七年間を過ごした長野県上諏訪市に出かけた時のこと。「アンバード」というお洒落なコーヒーショップに立ち寄りました。小さな店ですが自家焙煎で若いご夫妻?が切り盛りされていました。メニュを見てビックリ。エスプレッソ・トニックがあるではありませんか。カウンターに様々な豆が並んでいるので失礼とは思いながら、エスプレッソ・トニックを注文。またこれが本格的でエスプレッソとトニックウォーターが別々に出てきて、自分で混ぜるというシステム。泡が結構出ますのでお気をつけてと言われたのにもかかわらず、大丈夫だろうと一気に注いだら案の定、昔懐かしい「もこもこアイス」のように急に泡が立ってグラスから溢れてしまいました。大失態。しかし、実に美味しいエスプレッソ・トニックでした。また、諏訪に行く機会があれば子供の頃のご馳走だった「うなぎの寝床 おび川」と「アンバード」だけはリピートして出かけたいと思っています。

 そして、今年の五月、群馬県前橋市の「白井屋ホテル」に出かけた際にもエスプレッソ・トニックに出会ったのです。ホテルの敷地内にブルーボトルコーヒーがあったのですが別に前橋に来てまで飲むこともないと思い、近くを探すと「アーツ前橋」という美術館に併設された「ロブソンコーヒー」なる店を発見。美術館の一角ですのでこれまたなかなかお洒落なお店でした。調べると地元前橋の珈琲専門店で二〇一〇年創業とのこと。現在、前橋市内に三店舗を展開し、その中の一店でした。エスプレッソのヴァリエーションが充実していて、その中にエスプレッソ・トニックも。前橋でもお目にかかれるとは。ここはやはり、エスプレッソ・トニックを注文させていただきました。

 なんだか旅先でしかお目にかかれない飲み物になってしまっていますが筆者はエスプレッソ・トニックのファンです。今年の九月は亡き両親の実家のある静岡市に出かけますのでまた何処かでエスプレッソ・トニックにお目にかかれることを願っております。

 

 

今月のお薦めワイン  「南イタリアを代表する葡萄品種  アリアニコ」

「アリアニコ・ムニフィコ 2018年 DOC サンニオ・アリアニコ ヴィニコラ・デル・サンニオ」 2800円(税別)

 前回、南フランスの赤ワインをご紹介させていただきました。ですので、今回はそのイタリア版、南イタリアの赤ワインを紹介させていただきます。すでに、ピッツェリアやトラットリアなどでよく見かける気軽でポピュラーなモンテプルチアーノ・ダブルッツォが登場していますがアブルッツォ州はイタリア半島の長靴の真ん中辺りにあります。ですので、モンテプルチアーノ種の葡萄以外でさらに南、長靴の底の方で造られている赤ワインの中から代表的なものを選ぶことになります。

 この際、イタリアワインは州ごとにワインを分類し、しかも複数の州で同じ葡萄品種のワインを造っていますのでどうしても葡萄品種で選ぶことになります。念頭に浮かぶのは、プーリア州のプリミティーヴォ、ネグロアマーロ、そして今回紹介させていただくカンパーニャ州、バジリカータ州で造られているアリアニコです。プリミティーヴォはアメリカを代表するジンファンデルの祖先でその起源はクロアチアと言われています。さらにネグロアマーロはモンテプルチアーノにどちらかというと近いので、ここではギリシアに起源を有し、ジャンシス・ロビンソンが「イタリアで最も優れたワインの一つになる可能性を秘めている」と評するアリアニコ種から造られるワインを紹介させていただこうと思います。

 その特徴をバートン・アンダースンは「ネッビオーロと同様に力と洗練さをあわせ持つ堅固でタンニンに富む長命のワインを造る」と端的に解説しています。いわゆるフルボディで深みがあり、はっきりした酸と渋み、寝かせて飲むタイプのワインが出来ます。中でもナポリを州都とするカンパーニャ州の「タウラージ」はこのアリアニコの赤に特化し、DOCGを獲得するに至っています。

 タウラージは5000円前後のものが主流ですので、今回は同じカンパーニャ州で比較的最近DOCを獲得した「サンニオ」で造られているアリアニコを紹介させていただきます。サンニオはタウラージよりは内陸に位置し、その地で五十年以上にわたりワイン造りを続けるヴィニコラ・デル・サンニオ社の製品です。「ムニフィコ」とは「豊かな、フルボディ」を意味するとのこと。その名の通り、タウラージほどの濃密さはないものの、深い赤、品格のある香り、しっかりしたタンニンと酸のバランスの良い味わいとアリアニコ種の魅力を楽しめること間違いなし。是非、一度お試しあれ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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