
筆者の旅先での楽しみの一つにカフェ巡りがあります。地方のフレンチでの食後の飲み物にはエスプレッソがない場合が多く、濃い珈琲が好きな筆者には畢竟、エスプレッソが飲める店を探すことになります。
この『美食通信』でも夏の飲み物「エスプレッソ・トニック」を取り上げた際、上諏訪や前橋のカフェで飲む機会を得たと報告したことがありました。これらは地方都市の街中に点在するエスプレッソの飲める店でした。その最たるものとして、筆者の亡き両親の故郷静岡市にある不思議なエスプレッソ専門店「タンデム・ジャイブ」も紹介させていただきました。
しかし、カフェは街中だけにある訳ではありません。ここ数年、毎年出かけている栃木県大田原市では市内から車で片道一時間以内で出かけられる郊外のカフェに行くのを楽しみにしております。大田原から一時間というとちょうど那須高原にまでは行くことが出来ます。ですので、「ペニーレイン」本店で「ブルーベリーブレッド」などお土産を買うことが出来るのですがその場合、お茶を飲む時間がありません。しかも、那須高原は出かける週末は何処も混んでいてカフェを探しているうちに時間が経ってしまいます。有名な黒磯の「SHOZO」は出かけるにはちょうど良いのですがやはり混んでいて、待つのを覚悟しなくてはなりません。
那須の場合、大田原から鉄道を超えていくことになる那須高原側ではなく、同じ那須町でも大田原側ですと林の中にお洒落なカフェを見つけることが出来ます。例えば、「フランクリンズカフェ」などはくねくねとした細い農道を通り、鬱蒼とした森の中に入るとそこは道路が舗装されておらず、砂利道でガタガタと揺られてしばらく行くとエスプレッソも美味しい小洒落た建物が現われるといった趣向です。
さて、昨年に続き今回も大田原の旧繁華街にあるフレンチ「長谷部料理店」で素晴らしいランチを食した後、カフェを探すことに。というのも、「長谷部料理店」の料理は東京の一流店と遜色のない出来で感心するのですが、食後にエスプレッソがない。筆者としては納得の行かない数少ない欠点の一つです。まあ、昨年に続き土曜日のランチで客が筆者たち一組だけという様子を見れば、エスプレッソマシンを置くだけの余裕がないのも致し方ないのかもしれません。こう言っては失礼ですが、いつまで店が続けられるかちょっと心配です。さすがに来年は近くに宿をとって、ディナーを食してみようという話になりました。
さて、今年は何処にエスプレッソを飲みに行こうかということになり、故郷の大田原市在住の筆者の先輩から、合併した隣町に何軒かカフェがあるから行ってみたらどうかと提案がありました。調べるとそれは二○○五年に編入された黒羽町のことでした。実は彼女もその町には出かけたことがないというのです。車では二十分ほどの場所なのに意外でした。車がないと生活の出来ない大田原で、もちろん彼女も運転しますし。
しかし、出かけてみると納得しました。元々のどかな雰囲気の街なのですが、車で少し移動すると完全な田園風景に。そう言えば、前述の那須町の「フランクリンズカフェ」までも車で三十分くらいですので。ともかくも古民家カフェがあるというのでナビを頼りに行くと看板が道に出ていたのですが、肝心の古民家が見当たらず。普通の家と家の間に舗装されていないその家の裏へ行くスペースがあり、まさかと思いながらも行ってみると道に面した家の真裏に古民家が。営業日のはずなのに臨時休業の張り紙が。母屋から店主とおぼしき老人が出てきて、申し訳なさそうに怪我をしてしまい急遽休むことにした、と。
仕方ないので、どうしようかというと、先輩が廃校になった小学校跡のカフェがこの近くにあるはずだと。これまたナビで調べると確かにほんの数分のところではありませんか。彼女が言うには、「ヒカリノカフェ」という店で市内に本店があり、市庁舎にも支店があるという。ともかくも出かけてみると筆者の予想した雰囲気とはまったく異なった趣の素敵な光景が。
つい最近、テレビの何かの旅番組で地方の小学校跡をアトリエとカフェに改装したものを紹介するのを見ました。田舎にしては結構大きな三階建ての円形の鉄筋の建物で、見るからに箱ものの公共建築というそれはそれでユニークなものでした。
ところがこの「蜂巣小学校」は校門を入ってすぐの校庭こそ小学校に相応しい広さを誇っていますが、その奥にある校舎は木造の平屋で規模的には幼稚園くらいのこじんまりしたもの。調べると昭和七年に建てられ、平成二十四年に閉校したという。校庭に面した部分がガラス張りに改装され、真ん中にカフェの入り口が。この日は天気が良く、なんとものどかで他に客は見当たらない。しかし、校庭では高校生か大学生たちが掃除をしたり、懐かしいラインマーカーで校庭に石灰の白い線を引いていたりする。校庭の奥にバスが一台停まっていて、先輩が言うにはボランティアの学生たちではないか、と。確かに、向かって左側のカフェでなさそうなスペースでは学生たちがクリスマスの飾りつけをしていました。
このご時世、何処へ行っても人人人。ガラス越しに広々とした校庭で若者たちが戯れているのを眺めていると、何か別世界にいるようで筆者は大変気に入りました。もちろん、カフェも。焙煎機、エスプレッソマシンなど珈琲店として本格的なだけでなく、ジェラートなどスイーツも充実していて、軽食も取れる。註文を取りに来た女性から障碍者の雇用を行なっているのが分かりました。先輩からもその説明が。母体がキリスト教系の福祉施設を展開している社会法人。運営者は先輩の知り合いとのこと。市内のカフェには行ったことがある、と。
エスプレッソも美味しく、ゆったりした時間を過ごすことが出来ました。広い店内はトイレなど学校の跡をほぼそのまま使っている部分もあり、それもまた一興。来年、大田原に出かける際もきっと立ち寄ることになるでしょう。
「フランクリンズカフェ」もそうでしたが、車での小旅行とでも申しますか、地方では市内をちょっと離れるだけで心癒される場所に出会えることに気付いた次第です。

今月のお薦めワイン 「ロンバルディアのピノ・ネロ――ブラン・ド・ノワールで楽しむ――」
「ブラン・ド・ノワール ピノ・ネロ ブリュット NV DOCG オルトレポー・パヴェーゼ・メトード・クラシコ」 イジンバルダ 8932円(税込)
『美食通信』も六年目。過去五年間でフランス、イタリアワインの基本はシステマティックに学べるようワイン選びしてきたと自負しております。
そこで六年目は逆にテーマを絞ってワインを選んでみたいと思います。そこでフランスはブルゴーニュ、それもコート・ド・ニュイの赤ワイン、イタリアはピエモンテ、それもネッビオーロ主体のワインを飲み比べてみようと思います。
しかし例年、初回はシャンパーニュで新年を祝ってまいりました。そこで今年はイタリアのスプマンテで祝うことに。すぐに思い浮かぶのはロンバルディア州でシャンパーニュと同じブドウ品種、方式で造られている「フランチャコルタ」ですが、ここはちょっと捻りをきかして、同じロンバルディア州でもDOCGオルトレポー・パヴェーゼで造られるブラン・ド・ノワール、ピノ・ネロ(ノワール)100%のブリュットを紹介させていただこうと思います。
オルトレポー・パヴェーゼのワインは基本DOCなのですが、2007年、メトード・クラシコだけDOCGに昇格しています。メトード・クラシコとはシャンパーニュ方式即ち瓶内二次発酵方式を指します。クラシコというだけに二十世紀初頭にはこの地でピノ・ネロを用いてシャンパーニュ方式でスプマンテが造られており、その歴史はフランチャコルタより古い。しかも、イタリアのピノ・ネロの75%はオルトレポー・パヴェーゼで造られているという発言があるほど、この地はピノ・ネロに向いているのです。
造り手のイジンバルダの名称は十七世紀終盤以降この地でのワイン造りのパイオニアとなったイジンバルディ侯爵家に由来します。その伝統を生かしつつ、最新の技術も積極的に取り入れ、すべての作業を人の手で行なうことで、葡萄の特質を引き出し、丁寧で繊細なワイン造りを実践していると言われています。
このブラン・ド・ノワールは瓶内熟成36か月とシャンパーニュと遜色ない造り。ピノ・ネロ100%だけに色は黄金色。味わいは力強さが感じられるものの、エレガントさにも欠けていません。
フランチャコルタよりさらにイタリアワイン上級者のチョイスと思われる、このブラン・ド・ノワールで新年を祝ってはいかがでしょう。この機会に是非お試しあれ。
略歴
関 修(せき・おさむ)
一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP
