『美食通信』 第五十九回  「講師控室でのティーパーティー――お菓子交換会の楽しみ――」

 役者に「大部屋俳優」という名称があります。脇役、しかもその他大勢の役しか回ってこない売れない俳優のことを意味します。元々は歌舞伎において、こうした役者には個別の楽屋が与えられず、一つの大きな部屋を共用していたことからこの名前がついたと言われています。

 現在俳優さんたちがどのような待遇なのか筆者は知る由もありませんが、大学の非常勤講師はまさに現代の「大部屋俳優」と言えます。専任教員は各自研究室を持っていますが、非常勤講師はまさに一つの大部屋に押し込まれています。

 筆者は助手時代こそ一応研究室をあてがわれていましたが、その後は非常勤生活でこのまま定年になってしまいそうですので、まさしく一生涯「大部屋役者」で終わりそうです。

現在数校の大学・専門学校で教えていますが、「講師控室」と呼ばれるこの「大部屋」たるもの、なかなか悲惨です。ある学校はなんと地下一階にあります。専任教員の研究室は最上階に。世界的に評価された韓国映画に『パラサイト 半地下の家族』(ボン・ジュノ監督)があり、半地下物件に住む低所得者が描かれていますがそれ以下です。また、ある学校は改装中だったとはいえ、物置の一角だったことがあります。リニューアル後の現在も会議室の一部。「講師控室」さえない有様。

六大学たる明治大学はさすがマンモス校だけあって、教養課程のある和泉校舎にはメインの文字通りの「大部屋」の他に少なくとも三つの「講師控室」があります。筆者は週三日出校していますが、二日は出校簿にサインするのにメインの「大部屋」に寄るものの、校内の辺鄙な場所にある「講師控室」にいるようにしています。運が良ければ一人きりになれますので。

ただ、毎週水曜日はメインの「講師控室」に参ります。百名以上はゆうに入るかと思われる文字通りの「大部屋」。その一角で英語の女性の先生方を中心とした十名弱のちょっとした「ティーパーティー」があるからです。男性は筆者と中国語の先生の二人。筆者は元々社会心理学を教えていたのですが講座がなくなり、急に英語を担当することに。その際、非常勤の先生方が色々教えて下さり、参加することに。

コロナの前はまさに「ティーパーティー」で、インスタントコーヒーや紅茶などのお茶道具を小さなピクニックバスケットに入れて、大きなメールボックスを使われている先生に預かっていただき、誰か最初に来た人がそれを開けて準備をする。そして、各自持ち寄ったお菓子を交換して、茶飲み話を。他にもそうした菓子交換はちらほら行われていました。しかし、コロナを境にあまり見かけなくなってしまいました。

我が「ティーパーティー」もお茶道具はやめてしまいましたが、同じ一角に集まりお菓子の交換は毎週続けています。このお菓子の交換会にはいくつかの暗黙のルールが存在します。   

まず、一番大事なのは個別包装になっていることです。一つずつパッケージされているものを互いに交換します。その場で食べる先生もいらっしゃいますが、筆者は食べずに持ち帰って家でいただきます。また、十個近いお菓子が手元に残りますので、全部食べることはまずなくて、家に持って帰らなくてはならなくなるため、包装されていることは大切です。

ただし、時折学会などで外国行かれ、お土産でクッキーやチョコレートなどを買ってきて下さる先生がいらっしゃいますが、外国製は個別包装していないものが多く、この場合は例外でその場で一つ取っていただくことになります。

また、物々交換ですので原則、毎週誰もが何がしかお菓子を人数分、持参しなくてはなりません。うっかり忘れることがあるかと思いますが、その場合は申告するのが一応の礼儀となっています。皆さん、顔を合わせればお菓子を下さいますので。また、すれ違いになってしまうとテーブルに自分宛てのお菓子が置いてあることがありますので、お返し出来る先生にはお返しするようにしています。面と向かって合わないと交換されない先生もいらっしゃいますので、その辺りは臨機応変に対応する必要があります。

一番、悩むのが人数です。現在は最大九名になりますので、九個入り以上のお菓子を探さねばなりません。これがなかなか難しい。筆者は別の大学で一コマ授業をした後、時間ギリギリでタクシー移動してきますのですれ違いになってお目にかかれない先生もいらっしゃいます。だからと言って、八個入りを買っていって、もし全員揃っていたらどうしようと思ってしまいます。まあ、自分の分をなくせばいいのでそれでもいいかと思うのですが、自分が食べたいお菓子を買ってしまった場合、なんだか悔しい気持ちになりそうで。

とにかく、毎週近くのスーパーの菓子売り場であれこれ迷いながら、お菓子を選んでいます。八個入りまでだと結構あるのですが、それより多いとだいたい十二個とかになってしまい多すぎる。九個入り、十個入りというのは意外になかなかないことに気付きました。

筆者が旅の土産に何回か買ってきたお気に入りのお菓子も八個入りでした。それは栃木県の大田原市に住む筆者の大学院時代の先輩に毎年、一、二回会いに行く際のもの。

お土産にと、帰り際に那須の「ペニーレイン」に有名なブルーベリーのパンを良く買いに出かけます。筆者はパンを食べませんので、何か「ティーパーティー」用のお土産はないかと探したところ見つけました。

その名も「love & peaceクッキー」。ハート形をしたコーヒー味の「ラヴクッキー」が四枚、ピース型にくり抜かれたミルク味の「ピースクッキー」が四枚、個別装で計八枚が紙の筒に納められています。持参してお目にかかった先生から、「ラヴがいいですか、ピースがいいですか」と早い者勝ちで選んでいただきます。

十個近く入った袋のお菓子を毎週持参するのはちょっとかさばって、筆者は少しでもコンパクトな包装のものをと選んでしまいがちです。それでも、帰りにビニール袋に色々なお菓子を持ち帰るのは何となく得をした気分になるのは不思議です。

物々交換ですので、個数的には増減はありませんから。ただただ、お菓子のヴァリエーションが増えただけなのにこの「わらしべ長者」感といったら。

「大部屋」の人ごみの中でポツンと一人いる孤独感は意外に耐えがたいものです。「ティーパーティー」はそんな孤独からの救いの場であり、貴重な情報交換の場でもあります。

「お菓子」が手土産として用いられるのも、そんなコミュニケーションのツールとして「美味なる」菓子に「大いなる意味」があるからではないでしょうか。


今月のお薦めワイン 「イタリア最北部の赤ワイン――スキオッペッテーノを楽しむ――」

スキオッペッテーノ 2023年 IGPヴェネツィア・ジュリア」 ヴェンキアレッツァ 4378円(税込) 

 今年最後のイタリアワインは最北部のフリウーリ・ヴェネツィア・ジュリア州の赤ワインを紹介させていただこうと思います。

 フランスの旧ヴァン・ド・ペイにあたるIGPのヴェネツィア・ジュリアは州の名前の一部。この地域は現在、イタリア、スロヴェニア、クロアチアに分割されています。

 この州は「フリウーリスタイル」と呼ばれる「イタリア現代の白ワインの聖地」として成功を収めます。アルプスからの冷気とアドリア海からの暖かい空気が混じり合うこの地は白ワインに適しているのです。

 しかし、一方で赤ワインにも見るべきものが多々あるのも確かです。しかも、カベルネ・ソーヴィニヨン、とりわけメルロが有名で、イタリアワインでボルドースタイルの赤ワインを飲みたいとき、まずはトスカーナのサッシカイアに代表される「ボルゲリ」のワインを探すのが良いかと思いますが、「フリウーリのメルロ」も覚えておかれるとワインリストを読むのが楽しくなることでしょう。

 また、この地方ではいくつかの地品種から赤ワインが造られています。それらはどれも「重く、しっかりした構成があり、また優れた果実味と個性的な性格」を有すると言われています。その一つが今回紹介させていただく「スキオッペッテーノ」種です。

「リポッラ・ネーラともいう。東フリウーリで局地的に栽培されており、偉大な個性を持つ。鋭く、濃く、力強い赤ワインとなる」とアンダースン『イタリアワイン』(早川書房)にあります。

造り手はヴェンキアレッツァ。イタリア最北東部チヴィターレ・デル・フリウーリ近郊に畑を持つ1950年創業のワイナリー。オーガニック農法を実践。テロワールを重んじながら、葡萄本来の持つ個性を表現し、豊穣でエレガント、アロマティックで芯のしっかりしたボディのワイン造りを目指しているとのこと。

 樽にはかけず、果実そのものの個性を最大限に引き出した造りになっています。色は鮮やかな光沢あるパープルレッド。この品種独特のスパイシーな香りが楽しめ、酸も中庸で軽やか。飲みやすいワインになっています。

 イタリアの稀少な地品種の多様性とその魅力を実感できるか、と。この機会に是非。

 

略歴
関 修(せき・おさむ)

一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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