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『美食通信』 第六十六回 「ソール(舌平目)――いにしえのフランス料理定番食材の復活?――」

『美食通信』 第六十六回 「ソール(舌平目)――いにしえのフランス料理定番食材の復活?――」

 読者の皆さまは「舌平目」をご存じでしょうか。「平目」を名乗っておりますが、カレイ目ウシノシタ科の魚の総称で、日本では牛の舌に似ていることから「ウシノシタ」と呼ばれる魚のことです。ちなみにフランスではラテン語の「サンダル」の「ソレア」から「ソール」と呼ばれています。カレイや平目より細身の魚で、種類も多数に及び、中でもドーバー海峡で獲れる大型のドーバーソールが有名でこれは「コモンソール」、「一般的な舌平目」という名のごとく、フランス料理に用いられるのもこの種類のものです。  ところで、「舌平目」のフランス料理など食べたことないという方も多いかと思います。実際、良く食事を一緒にする昔の教え子と「舌平目のボンファム」を食したのですが「舌平目」の存在を知りませんでした。確かに昨今のフランス料理で「舌平目」の存在は無きも等しいものになっていました。  しかし、先日、この連載の主宰者の島田氏と帝国ホテルの「レ・セゾン」で会食した際、魚料理が「舌平目」だったのです。ドーバー海峡産の大振りの立派な個体で、コミが魚をわざわざ見せに来たくらいです。ブールブランソースだったと記憶していますが、既に書きましたように身が厚すぎて、プリプリなのは良いのですが筆者にはちょっと生臭く感じられました。筆者の知る「舌平目」の料理はもっと身が薄く、味は淡白でホロホロと身がほどけて行くのが魅力というか、正直ソースで食べさせるタイプの魚と認識しております。  というのも、筆者がフランス料理を食べ歩き始めた半世紀近く前、魚料理の定番と言えば、「舌平目」だったのです。今から思うとフランス料理の食材にも流行りすたりがあることが分かります。当時、「舌平目」のポピュラーなフランス料理と言えば、まず「舌平目のムニエル」、そして「舌平目のボンファム」がツートップでした。  「ムニエル」というのは小麦粉をまぶしてバターできつね色にソテーし、火が通ったら、食材を取り出し、焦がしバターソース(ブール・ノワゼット)に仕上げて、回しかけ、レモンやパセリを添える料理。魚が主で、当時は「ソーモン(鮭)のムニエル」は「舌平目」と並ぶ魚料理の定番でした。また、虹鱒など川魚もよくムニエルで供され、例えば、「日光金谷ホテル」の「日光虹鱒のソテー金谷風」は「ムニエル」した後、日本酒でフランベし、バターソースに醤油と砂糖を加え「和風ムニエル」に仕上げた明治時代に創作された日本のフレンチの古典の一つとなっております。  何と半世紀近く前、近くのスーパーに「舌平目」が普通に売っていたのです。もちろん、小ぶりで食べるところなどほとんどなさそうなペラペラな「舌平目」君でしたが。今では考えられないことですが、おそらく鮭などと共に「ムニエル」の食材だったのでしょう。  筆者はフランス料理の食べ歩きを始めた当初、料理本も買い求めて、簡単なフランス料理を自身で作ってみたのでした。スーパーに売っている「舌平目」は皮を剥いで「フィレ(おろした魚の身)」状にするのは無理ですので「ムニエル」にするしかありません。それでもレストランで食べる「舌平目」の美味しさにはとうてい敵わないものの、確かに「舌平目」の味わいを家で楽しむことが出来て嬉しかったのを懐かしく思います。  それに対して、「舌平目のボンファム」の方はまさにフレンチレストランでいただく「お料理」といった趣のもの。実は広尾の「ルグラン・フィーユ・エ・フィス・東京」でメニュに載ったので早速食べに出かけました。「ルグラン」は筆者がパリに出かけていた三十年ほど前、いつもワインを買っていた老舗のワインショップです。当時、ゴルチエの服にはまっていた筆者は二区のギャルリー・ヴィヴィエンヌにある本店へ買いに出かけていたのですが「ルグラン」も同じヴィヴィエンヌに店があり、服を買い、ワインを買い、同じアーケード街にある「プリオリ・テ」でお茶するというのがお決まりのコースでした。  筆者が通っていた時代はまだワインショップだけでしたが、その後、ワインバーも併設するようになったようです。そして、広尾の店もテラスとカウンターでワインとちょっとした料理を楽しむことが出来るようになっています。「カフェ・デ・プレ」の跡ですのでテラス席がある次第。ショップで販売しているワインを抜栓料2000円で飲めるので、下手なレストランに行くよりはるかに安上がりで良いワインを飲むことが出来ます。 料理も「ボンファム」をはじめ、「スープ・ド・ポワソン」、「鶏肉のヴォロ・バン」といったクラシックな定番料理が並び、最近、筆者のお気に入りの店の一つになっています。  さて、「ボンファム」は料理辞典などには「おふくろの味」を想起させるものなどと書いてあるのですが、筆者の解釈は「料理上手な女性」風とでも申しましょうか。「舌平目」だけではなく、「スープ」、「羊のもも肉」、「りんご」など色々な食材で料理名になっています。特徴はバターをふんだんに使用するところでしょうか。ちょっと贅沢な感じの料理なのです。  「舌平目のボンファム」はフィレ状にした舌平目を白ワインで蒸して、その出汁をバターでモンテし、魚にかけてオーブンで焼き目をつけたものです。飾りをほどこしたマッシュルームが載っていたりします。「ルグラン」の「ボンファム」はシンプルな教科書通りといった皿で美味しくいただきました。ただ、かさを増すためか、下にほうれん草が敷いてあり、それが余分に思われました。まあ、魚だけですとちょっとポーションが少なくなってしまうからでしょうが。  実は「ボンファム」は基本というか原型で、さらに贅沢なヴァリエーションがあるのです。その方法は二点。まず、ソースをゴージャスにするのです。バターだけでなく、卵の黄身を加えてマヨネーズのように濃厚にした「オランデーズ」ソース、ベシャメルソースに卵黄とチーズを溶かした「モルネー」ソースをかけてグラタン状にする。次に、魚やホタテ貝をムースにしてそれを舌平目のフィレで巻いて白ワインで蒸すといった食材をさらにグレードアップさせ、贅沢なソースで黄金色に焼き目をつければ、グランメゾンの料理に。  筆者は今でもかれこれ四十年以上前になるかと思いますが、船橋にあった西武百貨店最上階の「セゾン美術館」脇にあった高輪プリンスホテルの「トリアノン」の支店で食した黄金色に輝く「舌平目のグラタン」を懐かしく思い出します。こってりしたオランデーズソースがこれでもかとかかっていて、あまりに重くて一皿食べきれなかったのでは。しかし、グランメゾンに相応しい実に立派な料理で、これこそフランス料理と深く感銘を受けたのでした。 「舌平目」は筆者にとって、永遠のフレンチの魚の王様なのです。それを最近、再び見かけるようになったのは嬉しい限りですが、あの黄金色にはもう出会えないのでしょうか。そればかりが気がかりな今日この頃です。 今月のお薦めワイン 「モレ=サン=ドニ――ニュイの隠れた銘酒の産地――」 「モレ=サン=ドニ 2023年」 レシュノー 14300円(税込)    ブルゴーニュワインのコート・ド・ニュイのアペラシオンを北から紹介するクール。  「ジュヴレ=シャンベルタン」に続いては「モレ=サン=ドニ」。その南は「シャンボールーミュジニー」と有名どころに挟まれて規模も一番小さく、今一つ地味な存在のアペラシオンですが、実はグランクリュ畑が五つもあるという優れたワインを産するテロワールを有しています。  筆者はボルドーワインを基にワインを追求して参りましたのでどうしても、ブルゴーニュもボルドーと比較してしまいます。すると、フェミナンと言われる「シャンボール=ミュジニー」は「マルゴー」、ニュイ最大の銘酒産地「ジュヴレ=シャンベルタン」は「ポイヤック」とするとその間に挟まれているのはボルドーでは「サン=ジュリアン」に相当します。 中庸の美とでも申しましょうか、実際、ジュヴレの「力強さと腰の強さ」とシャンボールの「柔らかさと繊細さ」の両方を併せ持つなどと言われています。  筆者もまた、ニュイで最初に美味しいと思ったのはネゴシアン物ですが、モレ=サン=ドニを代表する造り手の一つ、デュジャックの村名ワインでした。  しっかりした果実味、タンニンがほどよく効いてボルドー飲みにも親近感が持てました。  デュジャックの他にも、アミオ、リニエ、ポンソなど優れた造り手が存在します。  また、モノポールのグランクリュ「クロ・ド・タール」は長らくモメサン社が所有していた歴史があり有名です。  今回紹介させていただくのは、ニュイ=サン=ジョルジュで1986年にレシュノー兄弟によって創業された「レシュノー」による村名ワイン。  レシュノーはモレ=サン=ドニに所有するグランクリュ「クロ・ド・ラ・ロシュ」で高い評価を得るなどモレ=サン=ドニにも複数の畑を所有。この村名ワインも複数の畑の葡萄をブレンドして造られています。通常、100%除梗。新樽率は30%以下で18か月熟成。  バランスの良さを感じさせつつも、凝縮感のある果実味、しっかりした構成力も楽しめる飲みごたえのある造りと評されています。  最新のヴィンテージを紹介させていただきます。比較的早くから飲める造りと言われていますが、寝かせておいても楽しめます。この機会に是非。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE...

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『美食通信』 第六十五回 「桜、イチゴ、バー・ラウンジは春爛漫――ホテルハイアットリージェンシー横浜――」

『美食通信』 第六十五回 「桜、イチゴ、バー・ラウンジは春爛漫――ホテルハイアットリージェンシー横浜――」

 「春」になると天気予報では毎日のように桜の開花宣言がいつなのかが取り沙汰されます。桜が咲き誇る時期に日本では卒業式や入学式さらには入社式と去る者あれば来る者ありのよく言えば「新陳代謝」悪く言えばまさに「無常」の日本的人生観をひしひしと感じ、それを楽しむ術を日本人は身につけてきたのではないでしょうか。昨今、日本の新年度開始を欧米に合わせて九月にするべきとの意見もあるようですが、やはりいくら温暖化で実質上二季になりそうとは言え、四季を愛でる日本人にとって自然が芽吹く「春」こそ、新たなスタートの時であり続けて欲しいものです。  三月の最後の週末、今年はいよいよ桜が満開になるとの天気予報のご宣託が下された際、偶然にも筆者は恒例の高校の同級生との小旅行で横浜に出かけることになりました。千葉県民の筆者たちのみならず、関東近辺にお住いの方であれば誰であれ、「横浜」という街にはある種の憧れがあるものです。関西であれば、それは「神戸」でしょう。文明開化と共に港町だった横浜や神戸は西洋文明がいち早く流通し、西洋のみならず、共に「中華街」を擁する異国文化の香り豊かな土地なのです。筆者は子供の頃、三年半ほど神戸に住んだことがありましたが通った中学校が偶然にも当時のカナディアンスクール(アメリカンスクールではなく)のすぐ真下で、坊主頭が校則の自分とはあまりにも異なる同じ年齢の人々にカルチャーショックを受けたものでした。  今回横浜に出かけたのはまさに中華街でランチするためだったのですが、折角なので水上タクシーで花見と行こうかと思い桟橋に。するとさすが、いつもは誰も乗ることなく手持無沙汰な水上タクシーが停まっていないではありませんか。しかも、入り口の看板もない。これはいよいよ廃業かと思いきや、逆で、この時期は花見客の予約で一杯。当日客は受け付けていないことが判明。いやはや、さすが日本人と思った次第です。仕方ないので徒歩で山下公園の桜を散策しようということに。天気が良かったせいか凄い人で「広場恐怖症」の気がある筆者にはなんとも苦痛な時間でした。それでも見上げれば桜が、下に目を向けると花壇にチューリップなど春の花々が咲き誇る公園はまさに百花繚乱といった趣で「春」らしさに満ち満ちていました。  しかし、そんな「春」がもっと満載な空間を発見したのです。歩き疲れて、いつも立ち寄る「ホテルハイアットリージェンシー横浜」一階の「ザ・ユニオンバー&ラウンジ」に出かけると顔見知りのバーテンダーのH氏が出迎えてくれました。しかし、何かいつもと違う。そう、よく見るとネクタイがイチゴ柄ではありませんか。女性の同級生が察しよくそれを見つけて指摘すると「イチゴフェア」なんですとの回答が。  確かにこのラウンジの名物はデセールで、午後訪れるとラウンジは「アフタヌーンティー」をするお客様で満席なのが通例です。夜のバータイムにラウンジを訪れても「アフタヌーンティー」ならぬ「イーブニングティー」あるいは「ナイトティー」を楽しんでいらっしゃる方もちらほら。薄暗い空間で折角のケーキの見栄えはどうなのか気になってしまいますが「夜パフェ」が流行の昨今は「闇夜のスイーツ」も乙なのかもしれません。  もちろん、デセールが「イチゴフェア」で一日五食限定の特製「パフェ」もありました。このバー&ラウンジのありがたいのは一流ホテルにもかかわらず値段が財布に優しいところです。その五食限定のパフェも2500円ほどで都内の夜パフェの方が高いのでは。 また呑兵衛にも嬉しいことに週末の午後はハッピーアワーとやらで、名物の「エスプレッソマティーニ」など定番のカクテルが800円で飲めてしまう。しかも、十九時までとは太っ腹。通常でもその倍くらいですのでホテルにしてはお手頃価格。この一週間後の夜再び訪れ、チャージ付きで二人で二杯ずつ飲んでも一万円しませんでした。  さて、筆者はメニュを見ることなく一杯目をすぐさまH氏に註文しました。「イチゴのカクテルを何か作ってくれませんか」、と。すると、車を運転してくれている同級生の女性が「じゃあ、私はイチゴのジュースを」、と。まあ、イチゴアピールの装いなのですから、ここはイチゴのお酒を所望しても怒られはしないでしょう。  というか、H氏には事ある毎に何かカクテルを作ってもらっています。ある時はフランボワーズのカクテルが飲みたくなり、頼むとフランボワーズのリキュールがないのでチェリーのリキュールのカクテルでいかがですか、と実に美味しいカクテルを作ってくれました。優れたバーテンダーとは臨機応変に客の希望や時にはその時の様々なイメージから場に相応しいカクテルを供することが出来ねばなりません。H氏には最初からその才があると筆者は確信し、その期待を裏切らないH氏が何を作ってくれるのだろうと毎回楽しみで仕方ないのです。 さて、出てきたのは鮮やかな赤色の甘酸っぱい美味しいカクテルでした。ドライフルーツのイチゴのスライスが浮かんでいました。イチゴのジュースの方はスムージー状で色は淡い桜色。その対比がまた美しく、いつもながらH氏の機転の利く対応に感心した次第です。 その一週間後、筆者が再びラウンジを訪れたことはすでに書きましたが、その日H氏の姿はなくカクテルのメニュを拝見することにしました。すると今度は「桜コリンズ」が載っていました。「コリンズ」はジンベースの「トム・コリンズ」が有名ですが、ウイスキーベースの「ジョン・コリンズ」など背の高い「コリンズグラス」で供されるレモンジュースを加えるサッパリとした炭酸のロングカクテルの総称。「桜コリンズ」には桜の塩漬けが入っていて、桜茶の味わいがカクテルになったもの。何と、イチゴが別に添えてあるではありませんか。これは「イチゴフェア」のおこぼれかと思いつつ、ホテルのラウンジでの想像の夜桜見物で「春」を堪能した次第。これまた一興。 今月のお薦めワイン 「ジュヴレ=シャンベルタン――コート・ド・ニュイ最大の銘酒産地――」 「ジュヴレ=シャンベルタン 2024年」 フレデリック・エスモナン 10230円(税込)    コート・ド・ニュイのアペラシオンを北から紹介するクール。「マルサネ」、「フィサン」と続き今回は「ジュヴレ=シャンベルタン」。  いよいよ本丸に突入という感じです。というのも、これまでの二つのアペラシオンには「グランクリュ」という最高位に格付けされた畑がなかったのですが、ジュヴレ=シャンベルタン村にはナポレオンが愛したと言われる「シャンベルタン」を筆頭に全部で九つのグランクリュ畑があります。また、アペラシオンとしての「ジュヴレ=シャンベルタン」はフィサン村との間で隣接するブロション村の一部の畑も認定されており、コート・ド・ニュイのアペラシオンで最大の大きさを有しています。  ジュヴレ=シャンベルタンの特徴として挙げられるのはスケールの大きさとある種の頑強さでしょうか。繊細さよりはダイナミックな趣。色は濃く、カシスなどの黒系の果実、リコリス、獣系の香り。タンニンはしっかりしていて、寝かして飲むのにも適しています。   ただし、ブルゴーニュはアペラシオンではなく造り手が重要とおっしゃる識者の方もおいでですので有名な生産者を覚えておくのは大事です。デュガにデュガ=ピィ、ポンソ、アルマン・ルソーなどでしょうか。しかし、これらの造り手のワインは大変高価。なかなか手が出ません。後出のシャルロパンくらいになるとまだなんとかといった具合ですがそれでも手軽にという訳には参りません。  しかし、ブルゴーニュは農家のワインと言われるだけに、コツコツと良いワインを良心的な価格で地道に造り続けているドメーヌが多々あるのも事実です。  今回紹介させていただくフレデリック・エスモナンもその一つ。一九七〇年代に創設されたドメーヌ。所有する5ha強の畑はほぼジュヴレ=シャンベルタン村にあるという。  100%除梗。新樽率は10~15%で14か月熟成。抽出は濃すぎず、スケールの大きさよりはバランスの良い優しくエレガントな造りを目指しているようです。樽熟成はやや短めで早くから飲めるタイプのワインになっています。  手頃な価格で入手可能な優秀な造り手として人気で、すぐ完売になってしまいますのでこの機会に是非。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第六十四回  「追悼 西尾宗三氏――エチケット剥がしの生みの親――」

『美食通信』 第六十四回 「追悼 西尾宗三氏――エチケット剥がしの生みの親――」

 去る三月二日、筆者が理事を務めるリーファーワイン協会専務理事で三栄商会社長の西尾宗三氏が逝去されました。  筆者を理事に推挙して下さったのも西尾氏でしたし、何といっても筆者と西尾氏を結びつけたのは「エチケット剥がし」の存在でした。西尾氏ご自身との交流は十年ほどでしたが、筆者の「エチケット剥がし」との付き合いは三十年以上に及び、間接的にそのお付き合いはあったのでした。  筆者にとって、「エチケット剝がし」の存在は自身のワインテイスティングの歴史そのものと言っても過言ではありません。西尾氏との思い出は多々ありますが、この稿では「エチケット剥がし」をめぐる西尾氏との不思議な縁について書かせていただきたく思います。  二〇一五年も終わろうとしていた頃でしょうか。ライターの岡野孝次氏から『SPA』で意外と知られていない日本人の発明について特集があり記事を書くので、確か「エチケット剝がし」は日本人の発明でしたよね、と問い合わせがありました。  筆者は「エチケット剥がし」を一九九四年から現在に至るまで使い続けており、しかもその開発者の会社から直接購入していました。その会社は「NAO」といい、どういう訳か、ファックスで註文するのが原則で電話は基本的にしないというのが慣例となっていました。ただ、註文してもなかなか届かない場合など仕方なく電話で確認するのですが、それは「三栄商会」という会社に対してでした。なかなか繋がらず、出るといつも同じ独特の存在感のある声の男性が対応されるのでした。  もともと、「エチケット剥がし」を知ったのは一九九四年に赤坂アークヒルズにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」に出かけそこでムートンの1984年を九千円で飲んで、ボルドーワインを極めたいと思ったからでした。その際、ソムリエ氏がボキューズの金色のサインが入った「エチケット剥がし」でエチケットを取って帰りに渡して下さったのでした。  筆者は「ル・マエストロ」に通うことにし、またコメントを裏に書いて残せるようになっていた「エチケット剥がし」を使ってボルドーワインを学ぼうと思ったのです。当時はSNSなどまだ発達しておらず、ワインは自らショップに出かけて買い、知識は書籍で学ぶしかなかったのです。そこで、ソムリエ氏に何処に売っているのか尋ねると、デパートのワイン売り場か東急ハンズに売っていると教えて下さいました。しかし、当時も一枚百円しておりましたので、親切なソムリエ氏が発明者は日本人でその会社から直接購入する術を知っているので教えてあげると言われたのです。  ワインには小売価格の他により安価なレストランへの卸価格があるのと同様、当時「ヴァンテックス」と呼ばれていた「エチケット剥がし」も「NAO」から卸価格で買うことが出来るというのです。それが件のファックス註文でした。レストラン用のファックス註文表があり、それをコピーして下さり、個人でも大丈夫だからと教えて下さいました。おそらく、ソムリエ氏たちが個人で勉強用に買われていたからでしょう。  という訳で筆者は岡野氏からの問い合わせの時点で二十年以上も相手が誰なのかも知らず、「NAO」から「エチケット剝がし」を購入し、使い続けていたのです。そこで岡野氏に、詳しくはわからないので直接電話してみて欲しいと「三栄商会」の電話番号を教えたのでした。  そして、『SPA』二〇一六年一月二十六日号の「『世界一な日本人』を探してみた」というコーナーに岡野氏が書かれた「NAO」の記事が掲載されたのでした(118頁)。その記事で筆者はエチケット剥がしが1992年に発売され、元々はシャンパーニュのエチケットを剥がすために開発されたこと。その開発者の名前は西尾宗三という人であることを知るに至ったのです。  さらに雑誌が送られてきたときに、岡野氏から西尾氏が自分に会いたがっているので連絡して欲しいと言われたのです。筆者は「エチケット剝がし」の一ユーザーでしかない自分などに何の御用なのかと思いつつ、電話させていただきました。すると、西尾氏は筆者の教えている明治大学のOBでいらして、「紫紺会」という明治大学の同窓会の大森支部にあたる「紫紺クラブ」の役員で、体育会「アーチェリー部」の役員も務められているとのことでした。明治大学のOBの方たち、特に筆者より年配の方たちには愛校心の強い方が多数おられ、西尾氏もそのお一人でお目にかかってすぐに「紫紺クラブ」での講演や「リーファーワイン協会」へのお誘いをいただきました。  西尾氏がおっしゃるには岡野氏からの問い合わせに、最初どこの関か分からず、「エチケット剥がし」のヘヴィーユーザーの関だと分かり、岡野氏からその正体が明治大学の教員だと聞かされ驚いた、と。当時はすでにデジカメから写メへと画像で保存するようになり、個人で「エチケット剝がし」を「NAO」から購入していたのはどうももう自分だけだったらしいのです。西尾氏曰く、日本で、いや世界で『エチケット剝がし』を一番使っているのは自分ではないか、と。  それからの十年はあっという間で、西尾氏との思い出は数えきれないほどあります。それらはまた別の機会に書くこともあるでしょう。  ここで一つだけどうしても書いておきたいエピソードがあります。  それは西尾氏が手帳にいつも持ち歩いておられた一枚の写真。若き日の西尾氏が『ポケットワインブック』で有名なヒュー・ジョンソン氏とツーショットで写っているものでした。  西尾氏は来日されたジョンソン氏と会食された際、ブラインドテイスティングでワインを出されたそうです。ボルドーワインだったそうですが、アペラシオンからシャトー名、さらにはヴィンテージまで次々と推論され、そのテイスティング能力の素晴らしさに感嘆されたとお話下さいました。  西尾氏ご自身をはじめ、リーファーワイン協会の重鎮の先生方のテイスティング能力の優秀さは機会あるたびに身を持って知っておりますが、それよりさらに優れていたと西尾さんはおっしゃっていました。  現在、筆者はFacebookで「エチケットは語る」というお題で過去に飲んだワインのエチケットを掲載し、裏に書かれたテイスティングコメントを元にワインの解説をほぼ毎日挙げております。さらにそのエチケットと関連するワインのエチケット計二枚をInstagramに同時にアップしております。その点数はすでに千五百を超えています。  これらはすべて西尾氏の発明された「エチケット剝がし」を用いて保存されたものであり、すでに三十年以上経っているものもありますがまったく劣化することなく、飲んだ時の記憶が蘇ってくるのです。  筆者は料理であれ、ワインであれ、生粋のテイスターであると自身を認識しております。西尾氏のジョンソン氏に対するリスペクトとさらにそれを嬉しそうに語られる姿を思い出すたび、筆者は自分が少しでもその域に近づけるようテイスティングに精進したいと意を新たにするのです。  それは「エチケット剝がし」無くしてはあり得ません。これからも「エチケット剝がし」と共にワインに対峙して参ります。  心から哀悼の意を込めて。西尾さん、ありがとうございました。 今月のお薦めワイン 「ガッティナーラ――ピエモンテ最北のネッビオーロ――」 「ガッティナーラ 2020年」 アンツィヴィーノ 9800円(税抜)    このクール、フランスワインはブルゴーニュの赤ワインの中から「コート・ド・ニュイ」のアペラシオンを北から順に紹介させていただくのに対し、イタリアワインはピエモンテ州のネッビオーロ種で造られる赤ワインをやはり北から紹介させていただく所存です。というのも、ブルゴーニュはフランスで「ワインの王様」と呼ばれ、その最高峰の「ロマネ=コンティ」はニュイのヴォーヌ=ロマネ村にある畑のピノ・ノワール種から造られているのに対し、ピエモンテの「バローロ」がイタリアワインの「ワインの王様」であり、「バローロ」はネッビオーロ種から造られているからです。  すでにこれまでのワイン案内でフランスワインとイタリアワインをパラレルに比較することがワインの理解には必須と説いて参りました。赤ワインはブルゴーニュがピエモンテ、ボルドーがトスカーナと同様と考えて比較して飲み進めるのです。  さて、ネッビオーロを用いて造られるワインで最北のDOCGが「ガッティナーラ」になります。この地では「スパンナ」と呼ばれている葡萄から造られるワインは「スミレの花の香りを持ち、鼻にはタール臭が感じられる。ソフトで後口にアーモンドの苦みが残る。その最良のものは偉大さの高みに達することが出来る」とアンダースン『イタリアワイン』(早川書房)にはあります。  今回紹介させていただく「ガッティナーラ」はアンツィヴィーノの造ったもの。アンツィヴィーノは1998年創業の新興のワイナリー。伝統的な手法でワイン造りを行なう。 このガッティナーラもかもしにゆっくり時間をかけ、スロヴェニア産の大樽で36ヶ月熟成。さらに12ヶ月瓶熟成させています。  インポーターのテクニカルシートには「オレンジ色のニュアンスのあるザクロ色。スミレの香り、木イチゴ等の熟成した赤い果実や香辛料の香り。ドライでミネラル、アロマがあり複雑性のある味わい、上品な酸味とタンニンのバランスが良い」とあります。  南部の「バローロ」や「バルバレスコ」のみでなく、北部のネッビーロ種のワインにもこのアンツィヴィーノのような逸品があることを是非この機会に楽しんでいただければ幸いです。...

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『美食通信』 第六十三回「老いも若きも格別な時を過ごす空間――帝国ホテル「レ・セゾン」――」

『美食通信』 第六十三回「老いも若きも格別な時を過ごす空間――帝国ホテル「レ・セゾン」――」

 この『美食通信』のご褒美に毎年、主宰の銀座「The Cloakroom」の島田さんにグランメゾンに連れて行っていただいております。昨年は「銀座レカン」でした。今年は帝国ホテルの「レ・セゾン」に伺うことになりました。今までホテルのメインダイニングはなかったのでちょっと意外でした。島田さんによると、帝国ホテルには建て替えの話があり、その前にこれまでの雰囲気を堪能しておきたいとのことでした。  筆者にとって、帝国ホテルのメインダイニングといえば「フォンテンブロー」でした。今から半世紀近く前、まだ大学生だった筆者はたった一人で「村上信夫 ガストロノミックディナーの夕べ」に出かけたのです。若気の至りというか、怖いもの知らずというか、フランス料理を食べ歩き始めて間もない若造が出かけるようなイヴェントではなかったのですが、さすがホテルのサーヴィスは完璧でそつなく自分にも対応して下さりました。村上氏ご自身がテーブルを回り、料理を切り分け、言葉をかけて下さったのに感激しました。  当時はまだフランス料理と言えばホテルが中心で、その二大巨頭が帝国ホテルの村上信夫氏とホテルオークラの小野正吉氏でした。NHKテレビの『きょうの料理』にお二人は出演し、日本におけるフランス料理の普及・啓蒙に貢献されました。東京オリンピックの選手村の料理長を務められた村上氏は家庭で作れるフランス料理というか洋食の基本を伝授。小野氏はロビュションなどフランスの新進気鋭のシェフを招聘し、テレビで紹介し、その料理ぶりなどをお茶の間に届けたのです。  こうしたテレビの活用は戦後フランスで、パリ一区の「グラン・ヴェフール」のシェフだったレイモン・オリヴィエ氏が実践し成功を収めたのでした。  また当時の帝国ホテルには「フォンテンブロー」の他に魚料理専門のフレンチ「プルニエ」もあったのです。「プルニエ」は現在、東京會舘のメインダイニングとしてその名を残していますが魚料理専門ではありません。  それ以来、ラウンジやオールダイニング、さらには「ラ・ブラッスリー」(閉店)などは使ったことはありますが、メインダイニングのフレンチは筆者には縁のない世界でした。いつしか「フォンテンブロー」と「プルニエ」は閉店し、おそらく「プルニエ」のあった場所に「レ・セゾン」として統合されたのです。 「レ・セゾン」は現在、『ミシュラン』で一つ星を獲得。シャンパーニュ地方の名店「レ・クレイエール」のシェフを務めたティエリー・ヴォワザン氏を招聘。氏の監修のもと、「ムニュ・ド・ティエリー」を中心に、今回は時期的に「トリュフ」の特別なコースがありました。監修と申し上げたのは、ご挨拶にテーブルに来られたのは日本人のシェフでしたから。 ホテルのグランメゾンに出かけるのを筆者が躊躇するのは料理の値段はもとより、ワインの価格がレストラン価格と比べ物にならないくらい高いからです。今回も料理はすんなり決めることが出来たのですが、ワインリストを見て困惑しました。ブルゴーニュの赤ワインはニュイですといわゆる村名ワインが五万円、その上のクラスは十万円超えといった具合です。その中間がない。 昨年、一昨年とニュイのグランクリュのワインをいただきましたので、さて今回はどうしたものか、と。有楽町「アピシウス」や銀座「レカン」はワイン揃いの良いことで有名で、しかもセラーに以前購入したストックを相当数持っています。しかも、販売価格は購入時の価格から算定されていて、現在の価格からすれば大変安くグランヴァンが飲めるというありがたい存在。実際、ニュイのグランクリュ二本とも五万円前後で飲むことが出来ました。 それに比べ、帝国ホテルのリストは現行ヴィンテージが大半で、しかもホテル価格とくれば、十万円でニュイのグランクリュを飲むのは不可能です。そこで、ボーヌ唯一の赤のグランクリュ、コルトン「ルナルド」2016年を選びました。造り手がパランだったので。それでも九万円近い。小売価格の三倍以上します。 興味深かったのはソムリエ氏が抜栓、試飲して「ブショネ」ですのでお取替えさせていただきますと即断したこと。新しいブテイユは問題なく、実に美味しかったのですが、さすがホテルだけあって相当ストックがあるのではないかと思った次第。何ということはない、グラスワインのリストを見せてもらったら、自分の選んだ「ルナルド」がグラス14000円で売られているではありませんか。そりゃあ、在庫があるはずだ。それにしてもボトルではなく、グラス14000円とは。筆者には縁のない世界だと再確認した次第。 料理はアミューズの「鱒のゼリー寄せピスタチオのクリーム」がなかなか斬新で、続く、冷製オードブル「様々な貝と雲丹のシャンパーニュヴィネガー」、温製オードブル「カリフラワーのフリット、モルネ―ソース」と攻めの姿勢を感じる美味が続き、メインに期待するも、魚の舌平目は魚が大きすぎて大味でしかも半生で生臭く、食感もイマイチ。クラシックをやりたいなら、しっかり火を通してソースで食べさせること。オードブルまではソースが良かっただけに急にギアが減速した感じ。メインの蝦夷鹿も無難な出来で、別に供された付け合わせのビーツの燻製仕立ての方が存在感があるという本末転倒ぶり。デセールもアヴァンデセールの量が多すぎて、メインのファーブルトンは美味しかったのにポーションも小さく、その存在が霞んでしまいました。 料理の皿の構成は音楽と同じでメインの部分が映えるよう、味付けやポーションで強弱をつける必要があります。それなのに全体のヴィジョンが感じられないというか、ポリシーがないというか。 しかし、気づいたのです。隣に座られていた老夫妻は何かのお祝いで昼は蟹を食したので、夜はフランス料理を食べようと訪れたとソムリエ氏に語っておられました。また、若いカップルがやはり何か特別なことがあったのでしょう。楽しげに食事を楽しんでおられます。そう、ここは美食を求めてやってくる場ではないのだ、と。 もちろん、ホテルにも前掲の「ガストロノミックディナーの夕べ」や海外からスターシェフを招いての特別な「フェア」(例えば、2023年2月のホテル・ニューオータニでの「ジャック・マルコン×田中一行」のコラボレーション)など美食家垂涎の宴があるのは確かです。 しかし、ホテルのメインダイニングはお祝い事など特別な私事に花を添える贅沢な場を提供することこそ、本来のレゾンデートル(存在意義)ではないでしょうか。 老いも若きも集いて満足できるまさに「中庸」の美食が求められている。それは裏を返せば、「無難」ということです。 料理重視の現在の『ミシュラン』ではそれは星一つが妥当でしょう。そして、それをまさに体現している貴重な存在が「レ・セゾン」だと得心した次第です。 島田さん、貴重な経験をさせていただきありがとうございました。 今月のお薦めワイン 「フィサン――コート・ド・ニュイの隠れた実力派――」 「フィサン 2022年」 モンジャール・ミュニュレ 13200円(税込)  今回は先の「マルサネ」に続き、コート・ド・ニュイの村名ワインを北から紹介させていただきます。すると最北の「マルサネ」と「ジュヴレ=シャンベルタン」に挟まれる形に存在するのが「フィサン」になります。  「マルサネ」も「ジュヴレ=シャンベルタン」もアペラシオンとしては複数の村が該当し、400haを超える栽培面積があるのに対し、「フィサン」は125haほどとまさに「狭間」の感があります。  さて、そのワインの特徴は「ジュヴレ=シャンベルタン」に近いということが出来ましょう。色は濃く、タンニンがしっかり。しかし、「ジュヴレ=シャンベルタン」ほど頑強ではなく、スケールも大きくない。どちらかと言えば、どこかエレガントさがあり、まとまりの良さが持ち味か、と。  しかも、陰に隠れて目立たない分、価格が「ジュヴレ=シャンベルタン」に比べ安価に設定されています。  そこで、今回紹介させていただくモンジャール=ミュニュレのような有名な造り手は「ジュヴレ=シャンベルタン」にも畑を持っていますので、モンジャールの「ジュヴレ」は二万円と7000円近くその価格差があることになります。  従って、このブルゴーニュ高騰のご時世、優れた造り手のワインをより手頃に楽しむのに「フィサン」は絶好の選択肢になっているのです。  また、レストランでも「ジュヴレ=シャンベルタン」は二万円以上になるのに対し、「フィサン」ならまだ一万円台で提供可能と思われます。  今回、紹介させていただくモンジャール=ミュニュレはヴォーヌ=ロマネにドメーヌを構える造り手。現当主が八代目という歴史ある名家。ニュイだけなくボーヌにも畑を所有。その総面積は33haにも及びます。...

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『美食通信』 第六十二回 「Vive le amateur!(愛好家、万歳!)』――平野レミ讃――」

『美食通信』 第六十二回 「Vive le amateur!(愛好家、万歳!)』――平野レミ讃――」

 松の内が開けてすぐの連休、NHKで筆者の大好きな平野レミ氏の特番が同日に二つも放送されました。朝に『平野レミの早わざレシピ!10周年感謝祭SP!』が、夜には『ファミリーヒストリー』での特集がありました。  録画しないと、と思いながらすっかり忘れてしまい、料理番組の方は見損ないましたが、『ファミリーヒストリー』の方はなんとかリアルタイムで観ることが出来ました。  平野レミ氏と言えば、「料理愛好家」と名乗っておられることは周知のことと思われます。例えば、栗原はるみ氏であれば「料理研究家」や「料理家」と言われており、その違いは何だろうと考えると案外難しい。というのも、なんだかんだと言いながらも上記のように平野氏はNHKで十年も料理番組を続けておられるのですから。  しかし、そんな平野氏が一九八五年NHKの『きょうの料理』に初めて出演された際、湯むきしたトマトを手でぐちゃぐちゃに握りつぶして料理し、驚くアナウンサーに「それでいいのよ、その方が美味しいんだから」とあの天真爛漫というか、すっとんきょうな声で応対したため、苦情が殺到したのは有名な話。今でこそ、それが平野氏のキャラクターとして定着し、「料理研究家」では思いつかない手法や形態の料理を次々とお茶の間に届けているというわけで、世相が変わったというか、まさに多様性の時代に相応しい「料理する人」なのかもしれません。  一方、平野レミという人を筆者が「料理愛好家」として認識するのは当たり前のことのように思われます。というのも、筆者は彼女の本職が「シャンソニエール(女性シャンソン歌手)」であることを知っているからです。というよりも、最初の認識は「平野威馬雄(いまお)氏の娘」というものでした。  筆者は子供の頃から本が好きで図書館の本を片っ端から読んでみたいと思ったくらいですが、今思えば小説や文学はあまり好きではなく、伝記やノンフィクションの本ばかり読んでいました。それでも本が好きといえば「文学少年」などと誤認し、中学生の頃には堀辰雄、立原道造などの『四季』派の人たちの作品を読み、そこから折口信夫の国文学研究に興味を抱き、国文学者になろうと思ったこともありました。  そんな中、『四季』派にはフランス文学の影響を受けている作家も多数いて、フランス文学者として平野威馬雄氏の名を知ったのです。当時はまだ存命で、何故か松戸に住んでおられた。筆者は中学二年生の時、船橋の社宅に引っ越してきて以来、結局千葉県民になってしまいましたから何だか親近感もあったのでしょう。また、「妖怪博士」でもあり、どうも外国人の血が流れていることも筆者の関心を引きました。  今回「ファミリーヒストリー」を観て、筆者は自身の無知を悔い改めることになりました。フランス文学者で娘はシャンソン歌手とくれば、威馬雄氏はフランス人の血が流れているのだろうと思っていたのです。ところがそうではなく、威馬雄氏の父はスコットランドの貴族の家系のアメリカ人というではありませんか。  NHKではそれは「ブイ」家であると言っていましたが、その訳語はちょっとどうかと思いました。というのも、その表記は「Bowie」で、日本ではすでに同じ綴りのイギリスの有名なロックシンガーを「デヴィッド・ボウイ」と呼んでおり、NHKもデヴィッド・ブイなどとは呼んでいないでしょう。ダブルスタンダードはいけません。視聴者の誰もが「Bowie」という綴りまで知っているわけではありませんから。  しかしながら、父ブイ氏にはフランス人の血も流れていたようで、ヴァイオリンを習いにパリ音楽院に留学したとテレビでは報じていました。ですので、フランス語も達者で他にも何か国語かを話されたようです。威馬雄氏にも子供の頃から数か国語を教えていたようです。  威馬雄氏はフランス語が必修のカトリック系の暁星中学に進み、そのフランス語の才能を早くから発揮したようですが、その容貌から差別を受け、いくつもの学校を渡り歩くことに。文学の仲間だけがそんな威馬雄氏と分け隔てなく付き合ってくれたようです。  戦後、占領時代に多数生まれ差別されていた混血児たちを救済支援する「レミの会」を立ち上げるなど、その器の大きさはレミ嬢にも受け継がれているのでしょう。  「レミ」とは父ブイ氏が威馬雄氏につけたあだ名で、フランスの作家マロの『家なき子』の主人公から取られたもの。威馬雄氏は自身のあだ名を娘の名前に選んだのでした。  その平野家の家庭料理として定番だったのが、件のトマトをグチャグチャにつぶしたものをオリーブオイルで炒め、しゃぶしゃぶ状の牛肉を加えて塩コショウで味付けし、バジルをちぎって散らした「肉トマ」です。  この料理はフランス料理ではないのは明白で、威馬雄氏の日本人の母親が父ブイ氏のために考案されたものかと思いきやそうではなく、スコットランドのブイ家に伝わる料理らしく、番組ではスコットランド在住のブイ家の子孫の方が同じ料理を作っておられるのが紹介されました。  ですので、筆者はレミ氏を威馬雄氏の娘としてシャンソニエールだったころから知っているのです。レミ氏は『週刊文春』の表紙絵で有名な和田誠氏と結婚し家庭に入りましたが、再び「料理愛好家」として登場したのです。また、威馬雄氏の希望でシャンソニエールとしての活動を続けることを和田氏も快諾されていたと番組では伝えていました。  レミ氏が初めての『きょうの料理』で紹介したのが「肉トマ」だったように、あくまで「愛好家」として初心を貫徹されているのは感服するばかりです。黒柳徹子氏は芸能関係者で最も裏表ない人物は平野レミ氏であると喝破されています。それは「愛好家」というその名に表われているのではないでしょうか。  例えば、ワインに関してもワインの点数化で有名になったロバート・パーカー・Jrもまた弁護士で愛好家が昂じてワイン評論家に。日本でのワインの啓蒙に貢献した山本博氏もまた弁護士でした。  業界などへの忖度なしに正しく「評価」出来るのは「愛好家」という立場なのではないかと思われます。従って、「美食」にとって「愛好家」であることは常に心に刻むべきことではないでしょうか。その原点であるグリモ・ド・ラ・レニエールやブリヤ・サヴァランのことを思い起こせば、それは火を見るよりも明らかと言えるでしょう。   今月のお薦めワイン 「マルサネ――コート・ド・ニュイ最北の可能性の地――」 「マルサネ キュヴェ・マリー・ラゴノー 2023年」 シャルル・オードワン 9900円(税込)  このクールのフランスワインはブルゴーニュの赤ワイン、中でもコート・ド・ニュイの主要な村名(アペラシオン)を北から順に紹介させていただこうと思います。  ご存じのように、ブルゴーニュは広域で北はシャブリのある飛び地のヨンヌ県、南はリヨンのあるボジョレまで。その中でも偉大なワインを産するのがコート・ドール(黄金の丘)と呼ばれる地区で、それがさらに北側の赤ワインが主流の「コート・ド・ニュイ」と白ワインに見事なものがある南側の「コート・ド・ボーヌ」に分かれます。  コート・ド・ニュイにあるヴォーヌ=ロマネ村には、世界中のワインの頂点と呼ばれる「ロマネ・コンティ」の畑があることからも分かりますように、この地区の村(アペラシオン)のワインにはどれも飲むに値する個性が備わっています。それはボルドーワインにおけるメドックの格付けにおけるそれぞれの村(アペラシオン)に相当します。  今回紹介させていただく「マルサネ」はコート・ド・ニュイ最北の村。ブルゴーニュでは珍しいロゼワインの産地でもあり、1987年に認定された比較的新しいアペラシオン。そのせいか、ニュイで新たにワイン造りしようとの志を持つ若手の造り手が畑を手に入れ、ドメーヌを創設する例が多い。 例えば、現在ジュヴレ=シャンベルタンの名手として有名なフィリップ・シャルロパンも最初、マルサネからスタートしました。また、パタイユ兄弟はマルサネの名声の向上に寄与する優れた造り手として有名です。 今回選んだ造り手、シャルル・オードワンもその一つ。シャルル氏の子息、シリル氏が2000年ドメーヌに参画して以来、見違えるような進化を遂げたと言われています。2017年からは100%ビオディナミを実践。2021年にはエコセール認証取得。 この「キュヴェ・マリー・ラゴノー」は所有する五つの区画からのアッサンブラージュ。どの区画も70年以上の古樹の葡萄を使用しています。シリル氏が曾祖母の名を冠したこのドメーヌを象徴するキュヴェ。ピュアできめの細かいタンニンが心地よいと評されています。 パタイユの人気以来、ブルゴーニュワイン全体の高騰もあり、マルサネのワインも優れた造り手は一万円超えになってしまいました。オードワンの「マルサネ」もこのキュヴェが最も手頃な価格になります。過去のヴィンテージはすでに入手困難になっているようですので、この機会に是非。...

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『美食通信』 第六十一回 「郊外の廃校跡のお洒落なカフェ――大田原市『ヒカリノカフェ 蜂巣小珈琲店』――」

『美食通信』 第六十一回 「郊外の廃校跡のお洒落なカフェ――大田原市『ヒカリノカフェ 蜂巣小珈琲店』――」

 筆者の旅先での楽しみの一つにカフェ巡りがあります。地方のフレンチでの食後の飲み物にはエスプレッソがない場合が多く、濃い珈琲が好きな筆者には畢竟、エスプレッソが飲める店を探すことになります。  この『美食通信』でも夏の飲み物「エスプレッソ・トニック」を取り上げた際、上諏訪や前橋のカフェで飲む機会を得たと報告したことがありました。これらは地方都市の街中に点在するエスプレッソの飲める店でした。その最たるものとして、筆者の亡き両親の故郷静岡市にある不思議なエスプレッソ専門店「タンデム・ジャイブ」も紹介させていただきました。  しかし、カフェは街中だけにある訳ではありません。ここ数年、毎年出かけている栃木県大田原市では市内から車で片道一時間以内で出かけられる郊外のカフェに行くのを楽しみにしております。大田原から一時間というとちょうど那須高原にまでは行くことが出来ます。ですので、「ペニーレイン」本店で「ブルーベリーブレッド」などお土産を買うことが出来るのですがその場合、お茶を飲む時間がありません。しかも、那須高原は出かける週末は何処も混んでいてカフェを探しているうちに時間が経ってしまいます。有名な黒磯の「SHOZO」は出かけるにはちょうど良いのですがやはり混んでいて、待つのを覚悟しなくてはなりません。  那須の場合、大田原から鉄道を超えていくことになる那須高原側ではなく、同じ那須町でも大田原側ですと林の中にお洒落なカフェを見つけることが出来ます。例えば、「フランクリンズカフェ」などはくねくねとした細い農道を通り、鬱蒼とした森の中に入るとそこは道路が舗装されておらず、砂利道でガタガタと揺られてしばらく行くとエスプレッソも美味しい小洒落た建物が現われるといった趣向です。  さて、昨年に続き今回も大田原の旧繁華街にあるフレンチ「長谷部料理店」で素晴らしいランチを食した後、カフェを探すことに。というのも、「長谷部料理店」の料理は東京の一流店と遜色のない出来で感心するのですが、食後にエスプレッソがない。筆者としては納得の行かない数少ない欠点の一つです。まあ、昨年に続き土曜日のランチで客が筆者たち一組だけという様子を見れば、エスプレッソマシンを置くだけの余裕がないのも致し方ないのかもしれません。こう言っては失礼ですが、いつまで店が続けられるかちょっと心配です。さすがに来年は近くに宿をとって、ディナーを食してみようという話になりました。  さて、今年は何処にエスプレッソを飲みに行こうかということになり、故郷の大田原市在住の筆者の先輩から、合併した隣町に何軒かカフェがあるから行ってみたらどうかと提案がありました。調べるとそれは二○○五年に編入された黒羽町のことでした。実は彼女もその町には出かけたことがないというのです。車では二十分ほどの場所なのに意外でした。車がないと生活の出来ない大田原で、もちろん彼女も運転しますし。 しかし、出かけてみると納得しました。元々のどかな雰囲気の街なのですが、車で少し移動すると完全な田園風景に。そう言えば、前述の那須町の「フランクリンズカフェ」までも車で三十分くらいですので。ともかくも古民家カフェがあるというのでナビを頼りに行くと看板が道に出ていたのですが、肝心の古民家が見当たらず。普通の家と家の間に舗装されていないその家の裏へ行くスペースがあり、まさかと思いながらも行ってみると道に面した家の真裏に古民家が。営業日のはずなのに臨時休業の張り紙が。母屋から店主とおぼしき老人が出てきて、申し訳なさそうに怪我をしてしまい急遽休むことにした、と。 仕方ないので、どうしようかというと、先輩が廃校になった小学校跡のカフェがこの近くにあるはずだと。これまたナビで調べると確かにほんの数分のところではありませんか。彼女が言うには、「ヒカリノカフェ」という店で市内に本店があり、市庁舎にも支店があるという。ともかくも出かけてみると筆者の予想した雰囲気とはまったく異なった趣の素敵な光景が。 つい最近、テレビの何かの旅番組で地方の小学校跡をアトリエとカフェに改装したものを紹介するのを見ました。田舎にしては結構大きな三階建ての円形の鉄筋の建物で、見るからに箱ものの公共建築というそれはそれでユニークなものでした。 ところがこの「蜂巣小学校」は校門を入ってすぐの校庭こそ小学校に相応しい広さを誇っていますが、その奥にある校舎は木造の平屋で規模的には幼稚園くらいのこじんまりしたもの。調べると昭和七年に建てられ、平成二十四年に閉校したという。校庭に面した部分がガラス張りに改装され、真ん中にカフェの入り口が。この日は天気が良く、なんとものどかで他に客は見当たらない。しかし、校庭では高校生か大学生たちが掃除をしたり、懐かしいラインマーカーで校庭に石灰の白い線を引いていたりする。校庭の奥にバスが一台停まっていて、先輩が言うにはボランティアの学生たちではないか、と。確かに、向かって左側のカフェでなさそうなスペースでは学生たちがクリスマスの飾りつけをしていました。 このご時世、何処へ行っても人人人。ガラス越しに広々とした校庭で若者たちが戯れているのを眺めていると、何か別世界にいるようで筆者は大変気に入りました。もちろん、カフェも。焙煎機、エスプレッソマシンなど珈琲店として本格的なだけでなく、ジェラートなどスイーツも充実していて、軽食も取れる。註文を取りに来た女性から障碍者の雇用を行なっているのが分かりました。先輩からもその説明が。母体がキリスト教系の福祉施設を展開している社会法人。運営者は先輩の知り合いとのこと。市内のカフェには行ったことがある、と。 エスプレッソも美味しく、ゆったりした時間を過ごすことが出来ました。広い店内はトイレなど学校の跡をほぼそのまま使っている部分もあり、それもまた一興。来年、大田原に出かける際もきっと立ち寄ることになるでしょう。 「フランクリンズカフェ」もそうでしたが、車での小旅行とでも申しますか、地方では市内をちょっと離れるだけで心癒される場所に出会えることに気付いた次第です。 今月のお薦めワイン 「ロンバルディアのピノ・ネロ――ブラン・ド・ノワールで楽しむ――」 「ブラン・ド・ノワール ピノ・ネロ ブリュット NV DOCG オルトレポー・パヴェーゼ・メトード・クラシコ」 イジンバルダ 8932円(税込)  『美食通信』も六年目。過去五年間でフランス、イタリアワインの基本はシステマティックに学べるようワイン選びしてきたと自負しております。  そこで六年目は逆にテーマを絞ってワインを選んでみたいと思います。そこでフランスはブルゴーニュ、それもコート・ド・ニュイの赤ワイン、イタリアはピエモンテ、それもネッビオーロ主体のワインを飲み比べてみようと思います。 しかし例年、初回はシャンパーニュで新年を祝ってまいりました。そこで今年はイタリアのスプマンテで祝うことに。すぐに思い浮かぶのはロンバルディア州でシャンパーニュと同じブドウ品種、方式で造られている「フランチャコルタ」ですが、ここはちょっと捻りをきかして、同じロンバルディア州でもDOCGオルトレポー・パヴェーゼで造られるブラン・ド・ノワール、ピノ・ネロ(ノワール)100%のブリュットを紹介させていただこうと思います。  オルトレポー・パヴェーゼのワインは基本DOCなのですが、2007年、メトード・クラシコだけDOCGに昇格しています。メトード・クラシコとはシャンパーニュ方式即ち瓶内二次発酵方式を指します。クラシコというだけに二十世紀初頭にはこの地でピノ・ネロを用いてシャンパーニュ方式でスプマンテが造られており、その歴史はフランチャコルタより古い。しかも、イタリアのピノ・ネロの75%はオルトレポー・パヴェーゼで造られているという発言があるほど、この地はピノ・ネロに向いているのです。  造り手のイジンバルダの名称は十七世紀終盤以降この地でのワイン造りのパイオニアとなったイジンバルディ侯爵家に由来します。その伝統を生かしつつ、最新の技術も積極的に取り入れ、すべての作業を人の手で行なうことで、葡萄の特質を引き出し、丁寧で繊細なワイン造りを実践していると言われています。  このブラン・ド・ノワールは瓶内熟成36か月とシャンパーニュと遜色ない造り。ピノ・ネロ100%だけに色は黄金色。味わいは力強さが感じられるものの、エレガントさにも欠けていません。  フランチャコルタよりさらにイタリアワイン上級者のチョイスと思われる、このブラン・ド・ノワールで新年を祝ってはいかがでしょう。この機会に是非お試しあれ。 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』 第六十回 「燃える氷山〈べイクド・アラスカ〉――はたしてその正体は?――」

『美食通信』 第六十回 「燃える氷山〈べイクド・アラスカ〉――はたしてその正体は?――」

 先日、明治大学の上司の教授と共通の昔の教え子五名で恵比寿のグランメゾン「ル・コック」で会食がありました。教授が顧客のフレンチレストラン。二〇〇八年、『ミシュラン』が東京に上陸した際に一つ星を獲得。その後も長らく一つ星を維持していました。教え子は教授のゼミのOBで会計士、富士フイルム、そして講談社と皆、エリートたちでした。  会計士と講談社勤務のOBは関西出身で、ゴルフの話に。筆者も実は小学校五年生の時、銀行員だった父が神戸に転勤になりゴルフを始めたのでした。当時のサラリーマンは接待ゴルフに接待麻雀など何かとお付き合いが忙しく、父も週末の一日はゴルフの練習場に出かけていました。筆者はそれに付いていき、面白くなってゴルフに熱中します。一年もしないでコースに出られるようになり、夏休みや冬休みには必ずコースに連れて行ってもらうように。  で、講談社君はゴルフがお好きなようで関西の名門コースをまわってみたいという。どの辺りと聞くと、広野、芦屋、茨木などの名が挙がりました。実は筆者、小学校六年生の時、芦屋カンツリークラブでプレーしたことがあったのです。父の勤める銀行が会員権を所有しており、それを借りて行員はプレーできたのです。一九五二年開場という老舗で距離は短いもののアップダウンが激しく、関西のゴルフ場らしい。筆者がまわった時、前の組に日本の女子プロゴルファー一期生の佐々木マサ子プロがラウンドされており、感激したのをよく覚えています。  ゴルフ場の楽しみの一つはクラブハウスで食する昼食。芦屋カンツリーに入っていたのは一九二八年、大阪の北浜で創業した西洋料理店「アラスカ」でした。「アラスカ」と言えば、のちに大学生になってフランス料理に目覚めた筆者にとって憧れの名店の一つとして記憶に残るのですが、小学生の自分には名前だけは聞いたことのあるくらいの店でした。 普通ゴルフ場でのランチと言えば、すぐ食べられて価格も安いカレーライスが定番なのですが、半世紀以上前のおぼろげな記憶ではカレーを食べたのではなく、ハヤシライスを食したのではないか、と。この度、HPを検索してみると今もクラブハウスのレストランは「アラスカ」で、メニュにはカレーもありましたが、ハヤシライスも載っていました。その時食べたハヤシライスと思われるものの記憶は美味しいというよりえも言われぬ不思議な食べ物といったもので今も鮮明に覚えています。 さて、大学に入りフランス料理を食べ歩き始めた一九八〇年代初め、東京の「アラスカ」と言えば、有楽町駅前の朝日新聞社ビルの最上階にあるレストランでした。今は築地の朝日新聞社の二階に移転して営業しています。現在、本店は中之島フェスティバルタワーにあり、東京では築地の他に内幸町の日本プレスセンタービルに一九七六年開業の支店があります。ゴルフ場での営業も関西、関東で十店舗ほど。  当時のフランス料理と言えば、まずはホテル、それから會舘系、さらに何々軒といった老舗の洋食店が中心で、「アラスカ」も老舗の高級洋食店の代表格といった位置づけでした。 本格的なフレンチレストランは銀座の「マキシム」と「レカン」、さらに「ロオジェ」くらいだったのではないでしょうか。その「ロオジェ」でさえ、どちらかというと同じビルの階下の「資生堂パーラー」の高級版といった趣でした。 ですので、「アラスカ」は筆者の憧れのレストランの一つでした。小学生の時、芦屋カンツリーで食したことのあるレストランでしたし。そして、何といっても「アラスカ」と言えば、その店名がついた「デザート」、「べイクド・アラスカ」で有名だったのです。筆者の記憶では枕詞が「燃える氷山」と記憶しているのですが、現在のHPでは「炎のデザート」となっています。「炎のデザート」は何だか凡庸で、正確さに欠ける。例えば、「クレープシュゼット」だって「炎のデザート」ですので。やはり、「アラスカ」なのだから「氷山」がいい。しかもそれが「燃えてしまう」のだから魔訶不思議ではありませんか。 しかし、実はこの「デザート」。「アラスカ」のオリジナルではありません。れっきとしたフランス料理の「デセール」で、その名を「オムレット・ノルヴェジエンヌ」、「ノルウェー風オムレツ」というのです。シロップとリキュールを染み込ませたビスキュイやジェノワーズと言ったスポンジ系の土台に「プラリネ」のアイスクリームをこんもりと乗せ、それをメレンゲで覆って冷やし固めます。サーヴィスする直前にまずバーナーでメレンゲに焼き色をつける。そして、ゲリドンサーヴィスで客の前でフランベをして、切り分け供するといった手の込んだもの。ですので、近年はめっきり見かけなくなってしまいました。 筆者は実に見事な「オムレット・ノルヴェジエンヌ」を食したことがあります。それはやはり一九八〇年代の初め、帝国ホテルのメインダイニング「フォンテンブロー」でのことでした。当時のフランス料理と言えば、村上信夫シェフ率いる帝国ホテルの「フォンテンブロー」と小野正吉シェフ率いるホテル・オークラの「ベル・エポック」がツートップ。  両シェフともNHKの『きょうの料理』に出演され、日本のフランス料理の普及に貢献されました。家庭で作れるフランス料理というか洋食を紹介されたいつも笑顔のふくよかな村上シェフと細身で厳格な面持ちの小野シェフは対照的。小野シェフは若きロビュション、パコーなどを日本に招き、『きょうの料理』で紹介。ロビュションとは番組で対談されています。両者それぞれ自身のキャラクターに相応しいやり方でフランス料理を紹介されたのでした。  まだひよっこだった筆者には親しみやすい村上シェフがお気に入りで、村上シェフじきじきにお出ましになられる「村上信夫ガストロノミック・ディナーの夕べ」なるフェアにこともあろうか一人で乗り込んだのでした。今では珍しい本当のフルコースで肉料理の後に「焼き物」としてさらにもう一皿供されるもの。 これは本来主人が客のために振舞う料理で、肉の塊などを焼いて、主人自らが切り分けて供することで「ホスト」としての役を象徴的に示すものでした。ちなみにこのディナーの「焼き物」は「子羊のマリアカラス」でパイ包み焼きの子羊を村上シェフ自らがテーブルを回って切り分け、サーヴィスして下さるという趣向。一人若造が座るテーブルにも村上シェフは来られ、皿をサーヴィスされながら「今日の料理はいかがでしたか?」と声をかけて下さり、筆者は感激したのを昨日のことのように覚えております。 その興奮を静めてくれたのが、いや、ますますフランス料理への関心をめらめらと燃え上がらせることになったのが、まさに暖かくて冷たい炎のデセール「オムレット・ノルヴェジエンヌ」だったのです。そのプラリネアイスクリームの美味だったこと。このデセールのグラスはやはりプラリネに限ると確信した次第。 時は流れたものの、「アラスカ」の「べイクド・アラスカ」は今も健在のよう。久しぶりに「燃える氷山」を食しに出かけてみたくなったのでした。 今月のお薦めワイン 「コート・ド・ボーヌの中庸の美―ACボーヌの赤を堪能する――」 「ボーヌ・プルミエクリュ 『ブレッサンド』 2020年 ACボーヌ・プルミエクリュ」アルベール・モロ 10340円(税込)    このクール最後はブルゴーニュ。コート・ドールの南半分、コート・ド・ボーヌの赤を紹介させていただきます。ニュイが赤中心なのに対し、ボーヌは赤と白が半々といったところで、しかも白に「モンラッシェ」や「ムルソー」といった銘酒が多いのが特徴。  赤はグランクリュが「コルトン」だけで、赤ワインだけを産出するアペラシオンは「ヴォルネ」と「ポマール」の二つといった具合。「ヴォルネ」がエレガントで芳しいしなやか系なのに対し、「ポマール」は野趣味にあふれ、タンニックと対照的。ただし、価格的にはニュイの有名どころのアペラシオンと変わりませんので、リストから選ぶとき、筆者などどうしてもニュイの方を選んでしまいがちです。  ボーヌでお財布に優しいのはなんといっても以前最南端だった「サントネ」。さらに最近注目されているのが、1988年に新たにアペラシオンに認定され最南端となった「マランジュ」。ニュイにおける最北端の「マルサネ」が1987年に認定され、若手の造り手がその才能を発揮する格好の場所となっているのとパラレルに、「マランジュ」も例えば、バシュレ=モノ兄弟が「マルサネ」におけるパタイユ兄弟のような活躍を見せています。  しかし、筆者が皆様にお勧めしたいのはAC「ボーヌ」のワインです。「ヴォルネ」と「ポマール」のまさに中庸を行くバランスの良い品格のあるワインが特徴。さすが、ブルゴーニュのネゴシアンの中心地を有するアペラシオンだけあります。  今回はその中でも42もあるプルミエクリュの畑の中で「グレーヴ」、「マルコネ」と並ぶ最上位の畑と言われる「ブレッサンド」を紹介させていただきます。「上質で繊細、複雑でエレガント、気品があって長熟タイプのワインが産み出される」と評されている畑です。  造り手はアルベール・モロ。1820年、ネゴシアンとして創設。1890年にドメーヌ部門も併設。プルミエクリュに七つの畑を所有。1980年代からはドメーヌに特化していた老舗の造り手。2023年に所有者が変わり、新たなスタッフはこれまでの伝統を引き継ぎつつ、さらなる進化へとチャレンジして行くとのこと。 この2020年ヴィンテージはモロ一族の集大成のようなワインで、今後は造りが変わるのでこの機会に購入されることをお薦めします。今飲んでも美味しいでしょうし、もっと寝かせることも可能なのが「ブレッサンド」の魅力です。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP...

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『美食通信』 第五十九回   「講師控室でのティーパーティー――お菓子交換会の楽しみ――」

『美食通信』 第五十九回  「講師控室でのティーパーティー――お菓子交換会の楽しみ――」

 役者に「大部屋俳優」という名称があります。脇役、しかもその他大勢の役しか回ってこない売れない俳優のことを意味します。元々は歌舞伎において、こうした役者には個別の楽屋が与えられず、一つの大きな部屋を共用していたことからこの名前がついたと言われています。  現在俳優さんたちがどのような待遇なのか筆者は知る由もありませんが、大学の非常勤講師はまさに現代の「大部屋俳優」と言えます。専任教員は各自研究室を持っていますが、非常勤講師はまさに一つの大部屋に押し込まれています。  筆者は助手時代こそ一応研究室をあてがわれていましたが、その後は非常勤生活でこのまま定年になってしまいそうですので、まさしく一生涯「大部屋役者」で終わりそうです。 現在数校の大学・専門学校で教えていますが、「講師控室」と呼ばれるこの「大部屋」たるもの、なかなか悲惨です。ある学校はなんと地下一階にあります。専任教員の研究室は最上階に。世界的に評価された韓国映画に『パラサイト 半地下の家族』(ボン・ジュノ監督)があり、半地下物件に住む低所得者が描かれていますがそれ以下です。また、ある学校は改装中だったとはいえ、物置の一角だったことがあります。リニューアル後の現在も会議室の一部。「講師控室」さえない有様。 六大学たる明治大学はさすがマンモス校だけあって、教養課程のある和泉校舎にはメインの文字通りの「大部屋」の他に少なくとも三つの「講師控室」があります。筆者は週三日出校していますが、二日は出校簿にサインするのにメインの「大部屋」に寄るものの、校内の辺鄙な場所にある「講師控室」にいるようにしています。運が良ければ一人きりになれますので。 ただ、毎週水曜日はメインの「講師控室」に参ります。百名以上はゆうに入るかと思われる文字通りの「大部屋」。その一角で英語の女性の先生方を中心とした十名弱のちょっとした「ティーパーティー」があるからです。男性は筆者と中国語の先生の二人。筆者は元々社会心理学を教えていたのですが講座がなくなり、急に英語を担当することに。その際、非常勤の先生方が色々教えて下さり、参加することに。 コロナの前はまさに「ティーパーティー」で、インスタントコーヒーや紅茶などのお茶道具を小さなピクニックバスケットに入れて、大きなメールボックスを使われている先生に預かっていただき、誰か最初に来た人がそれを開けて準備をする。そして、各自持ち寄ったお菓子を交換して、茶飲み話を。他にもそうした菓子交換はちらほら行われていました。しかし、コロナを境にあまり見かけなくなってしまいました。 我が「ティーパーティー」もお茶道具はやめてしまいましたが、同じ一角に集まりお菓子の交換は毎週続けています。このお菓子の交換会にはいくつかの暗黙のルールが存在します。    まず、一番大事なのは個別包装になっていることです。一つずつパッケージされているものを互いに交換します。その場で食べる先生もいらっしゃいますが、筆者は食べずに持ち帰って家でいただきます。また、十個近いお菓子が手元に残りますので、全部食べることはまずなくて、家に持って帰らなくてはならなくなるため、包装されていることは大切です。 ただし、時折学会などで外国行かれ、お土産でクッキーやチョコレートなどを買ってきて下さる先生がいらっしゃいますが、外国製は個別包装していないものが多く、この場合は例外でその場で一つ取っていただくことになります。 また、物々交換ですので原則、毎週誰もが何がしかお菓子を人数分、持参しなくてはなりません。うっかり忘れることがあるかと思いますが、その場合は申告するのが一応の礼儀となっています。皆さん、顔を合わせればお菓子を下さいますので。また、すれ違いになってしまうとテーブルに自分宛てのお菓子が置いてあることがありますので、お返し出来る先生にはお返しするようにしています。面と向かって合わないと交換されない先生もいらっしゃいますので、その辺りは臨機応変に対応する必要があります。 一番、悩むのが人数です。現在は最大九名になりますので、九個入り以上のお菓子を探さねばなりません。これがなかなか難しい。筆者は別の大学で一コマ授業をした後、時間ギリギリでタクシー移動してきますのですれ違いになってお目にかかれない先生もいらっしゃいます。だからと言って、八個入りを買っていって、もし全員揃っていたらどうしようと思ってしまいます。まあ、自分の分をなくせばいいのでそれでもいいかと思うのですが、自分が食べたいお菓子を買ってしまった場合、なんだか悔しい気持ちになりそうで。 とにかく、毎週近くのスーパーの菓子売り場であれこれ迷いながら、お菓子を選んでいます。八個入りまでだと結構あるのですが、それより多いとだいたい十二個とかになってしまい多すぎる。九個入り、十個入りというのは意外になかなかないことに気付きました。 筆者が旅の土産に何回か買ってきたお気に入りのお菓子も八個入りでした。それは栃木県の大田原市に住む筆者の大学院時代の先輩に毎年、一、二回会いに行く際のもの。 お土産にと、帰り際に那須の「ペニーレイン」に有名なブルーベリーのパンを良く買いに出かけます。筆者はパンを食べませんので、何か「ティーパーティー」用のお土産はないかと探したところ見つけました。 その名も「love & peaceクッキー」。ハート形をしたコーヒー味の「ラヴクッキー」が四枚、ピース型にくり抜かれたミルク味の「ピースクッキー」が四枚、個別装で計八枚が紙の筒に納められています。持参してお目にかかった先生から、「ラヴがいいですか、ピースがいいですか」と早い者勝ちで選んでいただきます。 十個近く入った袋のお菓子を毎週持参するのはちょっとかさばって、筆者は少しでもコンパクトな包装のものをと選んでしまいがちです。それでも、帰りにビニール袋に色々なお菓子を持ち帰るのは何となく得をした気分になるのは不思議です。 物々交換ですので、個数的には増減はありませんから。ただただ、お菓子のヴァリエーションが増えただけなのにこの「わらしべ長者」感といったら。 「大部屋」の人ごみの中でポツンと一人いる孤独感は意外に耐えがたいものです。「ティーパーティー」はそんな孤独からの救いの場であり、貴重な情報交換の場でもあります。 「お菓子」が手土産として用いられるのも、そんなコミュニケーションのツールとして「美味なる」菓子に「大いなる意味」があるからではないでしょうか。 今月のお薦めワイン 「イタリア最北部の赤ワイン――スキオッペッテーノを楽しむ――」 「スキオッペッテーノ 2023年 IGPヴェネツィア・ジュリア」 ヴェンキアレッツァ 4378円(税込)   今年最後のイタリアワインは最北部のフリウーリ・ヴェネツィア・ジュリア州の赤ワインを紹介させていただこうと思います。  フランスの旧ヴァン・ド・ペイにあたるIGPのヴェネツィア・ジュリアは州の名前の一部。この地域は現在、イタリア、スロヴェニア、クロアチアに分割されています。  この州は「フリウーリスタイル」と呼ばれる「イタリア現代の白ワインの聖地」として成功を収めます。アルプスからの冷気とアドリア海からの暖かい空気が混じり合うこの地は白ワインに適しているのです。  しかし、一方で赤ワインにも見るべきものが多々あるのも確かです。しかも、カベルネ・ソーヴィニヨン、とりわけメルロが有名で、イタリアワインでボルドースタイルの赤ワインを飲みたいとき、まずはトスカーナのサッシカイアに代表される「ボルゲリ」のワインを探すのが良いかと思いますが、「フリウーリのメルロ」も覚えておかれるとワインリストを読むのが楽しくなることでしょう。  また、この地方ではいくつかの地品種から赤ワインが造られています。それらはどれも「重く、しっかりした構成があり、また優れた果実味と個性的な性格」を有すると言われています。その一つが今回紹介させていただく「スキオッペッテーノ」種です。 「リポッラ・ネーラともいう。東フリウーリで局地的に栽培されており、偉大な個性を持つ。鋭く、濃く、力強い赤ワインとなる」とアンダースン『イタリアワイン』(早川書房)にあります。...

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『美食通信』第五十八回「国産にこだわるガレットとシードルの店――浅草『フルール・ド・セラザン』――」

『美食通信』第五十八回「国産にこだわるガレットとシードルの店――浅草『フルール・ド・セラザン』――」

 栃木県の大田原から大学院時代の女性の先輩が日帰りで東京に出てこられる。三月に大学を定年退職された共通のやはり先輩を囲む会に病気で欠席されたので、その先輩と自分と彼女がお世話になったもう一人の先輩(助手を務めた筆者の前任者)の四名で会うことに。もちろん、一番若輩の筆者がお膳立てすることに。 さて、何処で会うか、がまず問題。最年長の僧侶でもあられる先輩が浅草にお住まいなので、ともかく浅草で集合ということに決めました。さらに彼女に聞くと、まずランチをして、そのあと、街をブラブラしたいとのこと。 それでもインバウンドのせいで、外国人観光客で溢れかえっている浅草で落ち着いてランチできる店などあるのだろうか。ともかく予約できる店にしないと。和食は混んでいそうだから避けてなどなど。考えていると頭が痛くなることばかり。でも、大学院時代、地元が浅草の先輩に夜な夜なご馳走になった懐かしい場所だけに、彼女も是非久しぶりに訪れてみたい、とおっしゃるので。 もう、三十年以上前になるかと思いますが、昨今『ミシュラン』で話題のおにぎり屋「宿六」をはじめ、お好み焼きの「染太郎」、バー「フラミンゴ」といった名店。酒のつまみに雲丹が一人一箱ずつ出てくる寿司屋、あと裏路地の焼き肉店街の骨付きカルビが絶品の店。キリンビールの瓶に入った自家製?マッコリに驚いたのを今でもよく覚えています。 そんな当時出かけた懐かしい店の中から、浅草と言えばロシア料理なので「ストロバヤ」にしようかと思いました。筆者は「ストロバヤ」の「ピロシキ」がとても美味しかったと記憶しているからです。 しかし、あえて出かけたことのない店にしてみようかと思い直しました。ランチの後、散策してまた何か食べることになるかと思ったからです。軽くにせよ夕食を食べて帰られるとすれば、「ストロバヤ」のランチはコースでそれなりにしっかりしていましたので、もう少し軽めのものにした方がよろしかろう、と。 そこで探してみると興味深い店が。ガレットとシードルの専門店とのこと。浅草の先輩も病気をされてからお酒をほとんど飲まれなくなりましたし、筆者を除く三名はほとんどお酒を飲まれないので、シードルくらいがちょうど良いか、と。日本語に訳すと「蕎麦の花」という意味の「フルール・ド・サラザン」という名のその店は、ネットで見ると入口から内装もお洒落で、落ち着いた雰囲気。ガレット担当のご主人とシードル担当の奥様のご夫婦が営まれている十数席のこじんまりした店。 蕎麦と言えば、先輩に連れられ、上野の老舗「蓮玉庵」で蕎麦屋での粋な酒の飲み方を教わったのを思い出しました。浅草の蕎麦屋は先輩のテリトリーでしょうから、ここはフランス風の蕎麦料理店ならよろしいか、と。 ガレットはクレープの原型というか、小麦粉で作られているクレープと異なり、蕎麦粉から作られています。元々はフランス北部ブルターニュ地方の料理。ドーバー海峡を挟んでイギリスと向かい合っているこの地方は、ブルトン語を話すブルトン人と呼ばれるブリテン島に住んでいたケルト系の民族がアングロ=サクソンの侵攻から逃れてこの地にやってきた経緯があり、イギリス流の文化が。そこでお酒も葡萄から造られるワインやブランデーではなく、リンゴから造られるシードルやカルヴァドスを飲む習慣が。 そのブルトン人がパリに出稼ぎに来て始めたのが、軽食のガレットを売る店。丸く焼いたガレットの真ん中に調理した食材を乗せ、四角くなるよう、端を少し畳む。それをナイフとフォークで食する。食材によって軽食ともなれば、デザートにもなる。 パリでこのような店を「クレプスリー」と呼びます。ちなみに巻いた形の食べ歩きできるスタイルの「クレープ」を始めたのは原宿の「マリオンクレープ」らしい。今でも竹下通りのビルの二階にカフェスタイルの「マリオンクレープ」はあるとのこと。筆者は半世紀近く前、二階の「マリオン」のカウンターで、ラム酒でフランベされた皿で出される本格的なデセールのクレープをよく食べに出かけたものです。 あと、京都の北山にある「マールブランシュ」でゲリドンサーヴィスの「クレープ・シュゼット」を食するのが好きでした。もちろん、これらのクレープは小麦粉から作られていますが。 ブルターニュ風のガレットの名店は神楽坂の「ル・ブルターニュ」が有名です。この「フルール・ド・サラザン」が一捻りあるのは国産の蕎麦粉、国産のシードルにこだわりがあるという点。店主は毎日、蕎麦粉を自分で挽いて、生地を作るとのことで臼が店内にありました。日本蕎麦とあまり変わらないのですが、出てくるのがフランススタイルという訳で。 驚いたのは国産シードルの種類の多さでした。日本ワインにはじまり、クラフトビール、クラフトジンなどよく見かけるようになりましたが、シードルもこんなに造られているとは。何にしようか迷ったのですが、筆者は子供の頃、長野県上諏訪市に住んだことがあり、リンゴにも親近感がありましたので、長野の造り手にしようか、と。 マダム曰く、珍しい造りの「ハードサイダー」系がお薦めと。というわけで、「サノバスミス」の「クラシック」を選びました。330㎖で店の価格が2000円となかなかのお値段。これでも一番リーズナブルな方。フレンチでしたら、グラスワイン一杯分くらいか。 ホップが加えられているせいか、通常のシードルのような甘さはなく、筆者には飲みやすい。何よりビールのように濃い色で、リンゴのエキスが凝縮された感じが素晴らしい。 ガレットの方は具材が豊富で選ぶのに一苦労しましたが、全員別のものを選んで食べ比べを。デザートガレットも同様。どれも美味しいのですが、さすがに生地が一緒なので、若干食べ飽きてしまうのが残念か、と。 これらはピザ専門店やアルザスの「タルト・フランベ」などにも感じることです。代官山にタルト・フランベの名店「コテ・フー」があり、一時期良く出かけました。薄いピザ生地のようなものに具材を乗せ、窯で焼く。やはり、食事系からデザート系まであって、とても美味なのですが、やはり飽きが来る。 日本の食材にこだわる本格的ブルターニュ料理店。インバウンド客も皆無で落ち着いて食事が出来、店主夫妻も感じのいい方でした。一度、夜来てみようか、と。夜はアラカルトっぽく、ガレットのみならずよりツマミ系が増えるようで、ワインバーならぬシードルバー的使いのようで。しかし、やはり筆者はワインが恋しくなってしまいそう。そうなると一軒で終わらず、はしごになってしまうのは必須で……。 食事を終え、浅草散策かと思いきや、女性の先輩が本が買いたいというので、神保町へ移動することに。浅草の先輩は昔からタクシー移動が当たり前の方なので、タクシーで神保町へ。その後、実はさらに渋谷へタクシー移動したのですが。 そう言えば、その昔、筆者は青山、乃木坂などに始まり、浅草でおひらきになった後、タクシー代までいただいてタクシーで千葉の自宅まで帰っていたのでした。先輩曰く、「運転手さん、千葉の暗い所まで送ってやってください」、と。 今月のお薦めワイン 「カオールのマルベック――黒ワインを楽しむ――」 「カオール 『キュヴェ・ポエム』 2022年」 シャトー・ピネレ 3080円(税込)  今回はフランスワインの回。「シュド=ウエスト(南西部)」と呼ばれる地域のワインを紹介させていただきます。  なかなかの広域で、ボルドーの上流というのがイメージですがスペインの国境に近い地域のワインも含んでいます。文化圏的にはボルドーからスペイン国境まで大西洋沿いに広がる「アキテーヌ」と内陸部でトゥールーズを中心とする「ミディ・ピレネー」に分けることが出来ます。  美食の地として有名で、とりわけトリュフとフォアグラという世界三大珍味の二つの名産地でもあります。  赤ワインに関してはボルドーのすぐ上流の「ベルジュラック」などはほぼボルドーと同じセパージュで、十本か十二本で一万円するかしないかのボルドーワインセットになにげなく混ざったりしています。  しかし、赤ワインに関して「シュド=ウエスト」を代表するのはタナ種から造られる「マディラン」とマルベック種から造られる「カオール」の二つです。  「マディラン」はアラン・ブリュモンが造る「シャトー・モンテュス」で世界的に有名になりました。  それに対し、今回紹介させていただく「カオール」は古くから赤ワインの産地として有名。使われているマルベック種はボルドーで補助品種として用いられており、カオールでは「コー」あるいは「オーセロワ」と呼ばれています。その特徴は色の濃さで「黒ワイン」と呼ばれています。味わいもタンニックで濃厚ながら、くどさはなく、アフターの切れの良さが特徴です。...

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『美食通信』第五十七回「チャームのレゾン・デートル(存在理由)――甘いカクテルに必須のお供――」

『美食通信』第五十七回「チャームのレゾン・デートル(存在理由)――甘いカクテルに必須のお供――」

 カクテルバーなどに出かけるとチャージ(席料)が付くことがあります。レストランであればサーヴィス料が発生するのを一律定額にしているのです。まあ、それに問題はないと思うのですが、何か申し訳ないと思うのか、チャームとしてちょっとした食べ物が出されることがあります。カウンターでカクテルなりウイスキーなり一、二杯飲んで帰るのに別に必要はないと思うのですが。  居酒屋でお通しが出るのとはちょっと違います。こちらはこれから何時間も飲み食いするにもかかわらず、店の形態からサーヴィス料を取る訳にもいかないでしょうし、それこそ席料としてお通しを必須とするのは致し方ない、と。その分、お通しに力の入っている店は侮れないと、『孤独のグルメ』や『二軒目どうする?~ツマミのハナシ~』といったテレビ東京のグルメ番組を見ていると主張されているものです。  筆者は変にモノに置き換えず、サーヴィス料を取った方がすっきりすると思っています。例えば、ミネラルウォーターをチャーム代わりにして炎上した人気料理人がいました。実は筆者も良く知る人物なのですが。筆者の考えでは、水はフレンチのようにミネラルウォーターは有料、「キャラフ・ド・ロー」と呼ばれる(浄水された)水道水は無料にし、サーヴィス料を15%にするとかすれば良かったのです。サーヴィス料は10%が相場なのですが、別に決まっているわけでななく、料亭など20~30%取っているところはざらですので。  それより「チャーム」はサーヴィスで無料にしたらよろしかろう、と。そうすれば、出さなくても良いのですから。出されてもあくまでサーヴィスですので、出された方も手をつけなくとも構わない。お金が発生していると何となく食さないと損した気分になるのは、筆者が貧乏性だからでしょうか。  しかし、そんな無料の「チャーム」にもれっきとした存在理由(レゾン・デートル)があることに気づかされたのです(ちなみに、フランス語「レゾン・デートル」がカタカナ読みで日本語に定着したのは戦後しばらくの間流行した実存主義の代表者サルトルの影響です)。  筆者お気に入りのバーの一つにホテル「ハイアットリージェンシー横浜」一階の「ザ・ユニオンバー&ラウンジ」があります。ホテルそのものも気に入っていて、先日宿泊したのですが、元町でディナーした後、ディジェスティフ(食後酒)をホテルで飲もうと部屋に戻る前に「ザ・ユニオン」に立ち寄りました。  いつもは友人たちと「スカンディヤ」や中華街でランチした後、ティータイムにお酒が飲めるのでよく立ち寄るのですがさすがに混んでいて、入れないこともしばしば。  入れてもソファー席のラウンジは予約で一杯で、バーカウンター周辺の椅子が空いていればラッキーといった具合。若いバーテンダー諸氏は「こんな感じで何かお任せ」とオーダーしても見事に対応してくれ、友人たちにも好評です。  宿泊して気づいたのですが、閉店近くの「ザ・ユニオン」は宿泊者くらいしか使いませんので空いているのです。昨年宿泊した際は、アペリティフを「ザ・ユニオン」で、ディジェスティフは「ホテルニューグランド」一階の「シーガーディアンⅡ」に出かけてしまいましたので気づきませんでした。  すると、スタッフに「カウンターになさいますか、ラウンジになさいますか」と聞かれたのです。良い機会なので「ラウンジ」でとお願いするとソファー席に通されました。さて、何を飲もうかと。筆者は店の名前の付いたカクテル「ザ・ユニオン」を、連れはこのバー得意の「エスプレッソマティーニ」を註文しました。  カクテルが運ばれてくると「チャーム」ですと小さな升に入った柿の種風のおつまみが付いてきたのです。今まで酒はバーコーナーでしか飲んだことがなかったのですが、「チャーム」はついてきませんでした。チェックアウトの際、領収書を確認しましたが、「ザ・ユニオン」の使用にチャージはついておらず、いつもと同じ価格でした。つまり、「チャーム」はサーヴィスだったのです。  さて、この柿の種風のおつまみ。お洒落なカクテルとは何となくミスマッチのように思われました。おかきの色が明らかに濃く、市販の柿の種ではないのは明白。食してみると味は濃く、しかも辛い。この原稿を書くのに調べてみるとその正体が分かりました。「横濱ビア柿」というビール用に開発された辛口、濃口のオリジナル柿の種でした。さすが「横浜」繋がり。  で、「これっていらなくない」と思いつつ、カクテルを飲んでいると、このカクテルが甘いのです。最初は美味しいと思ったのですが、徐々に甘さが効いてきて、ちょっとくどいかなあ、と。そこで、もしかしてと思い、柿の種を食してその余韻を残しながら、カクテルを飲むと何とも新鮮というか、美味しい。辛さが甘さを中和して、カクテルの旨味を引き立ててくれているではありませんか。  エスプレッソマティーニもいつもより甘口だったようで、連れも同じ感想を述べていました。そこで、柿の種をつまみつつカクテルを飲むと、飲み切れないと思われた「ザ・ユニオン」を難なく美味しく飲み干してしまったのです。  このチャーム(横濱ビア柿)なくしては、せっかくのカクテルも手持ち無沙汰になってしまったことでしょう。  チャームって素晴らしい。その存在意義を実感した貴重な夜でした。  余談になりますが、翌日、静岡市に向かい、昼に駅南の「満嬉多(まきた)」で大学の同級生を交えて鰻を食しました。いつも出かける清水の「芳川」が夏休みだったので。初めて伺う店で、筆者の亡き母の実家の菩提寺、「鯖大師」として有名な臨済宗の「崇福寺」の近くにこんな素敵な老舗の鰻屋があるとは知りませんでした。  二階の個室を使わせていただきました。日本酒を頼むと適切なワイングラスに注がれて出てきてビックリ。さらにお酒を註文された方にはと、小さな鰻巻、シラスの大根おろし添え、枝豆が「先付」風に出てきたではありませんか。  昨晩の「ザ・ユニオン」でのチャームが思い浮かびました。ここでもまた素敵な「チャーム」に遭遇するとは。  そして、この日のディナーを予約してあった「カワサキ」のお任せコースのフレンチでも河崎シェフが自らしとめたジビエを使った「アミューズ」が最初に出てくるのが予想されます。  やはり、「神は細部に宿る」(ミース=ファン=デア=ローエ)のでしょう。 今月のお薦めワイン 「赤ワインを冷やして飲む――ボジョレの贅沢な楽しみ方――」 「ボジョレ・ヴィラージュ・ルージュ 『ワイルド・ソウル』 2023年」 ジュリアン・スニエ 4290円(税込)  今回はブルゴーニュの回。夏ですし白ワインかとも思いましたが、やはりここは赤ワインで。ブルゴーニュの赤ワインと言えばピノ・ノワールかと思いきや、それだけではありません。 アペラシオンとしてのブルゴーニュは南北に長く、北は飛び地のヨンヌ県では補助品種ながらセザール種が使用可能です。また、南端は「ボジョレ」でこちらはガメ種100%で造られています。一つ北に上がって、白ワインの産地として有名な「マコン」で造られる赤ワインもガメ種で造られています。 従って、ピノ・ノワールの主要な産地はコート・ドールとシャロネーズということになり、近年、ヨンヌ県で造られるピノ・ノワール(ACブルゴーニュとACイランシー)が一目置かれるようになっています。 また、ACブルゴーニュを名乗るにはピノ・ノワールが主である必要がありますが、2011年に導入されたACコトー・ブルギニョンはそれに該当しません。自由な割合の混醸が可能です。そこで、ボジョレで栽培されているピノ・ノワール100%で造られたワインがコトー・ブルギニョンで販売されていたりします。 日本人にとって、ボジョレは毎年ヌーヴォが話題になりますのでお馴染みです。 しかし、ワイン愛好家にとってボジョレが重要なのは自然派ワインの父と呼ばれるジュール・ショヴェがボジョレの造り手であり、マルセル・ラピエール、フィリップ・パカレなど自然派の巨匠の多くがボジョレ出身ということです。  今回ご紹介するジュリアン・スニエもビオワインの実践者ですが、師はシャンボール・ミュジニのクリストフ・ルーミエでした。世界中で醸造の仕事をしてきたスニエが自身のワイン造りに選んだのがボジョレで、2008年に初ヴィンテージを世に問うた新しいドメーヌです。...

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『美食通信』 第五十六回 「レモン味のどら焼き――両国『とし田』――」

『美食通信』 第五十六回 「レモン味のどら焼き――両国『とし田』――」

 筆者は毎週金曜日に両国にある専門学校に教えに出かけています。道を挟んで真向かいに「とし田」という大正十年というから一九二一年創業の老舗の和菓子屋があります。  筆者がリーファーワイン協会で一緒に理事を務めていたK氏の奥様の実家がこの「とし田」で、会合の時など茶菓子やお土産にとよく「とし田」の菓子を差し入れして下さっています。つい先日もエチケット剥しのリニューアルの打ち合わせでお目にかかった際に、梅味のどら焼きをいただきました。これがなかなか美味でどら焼きの餡に酸味が加わっても結構いけるということに気づいた次第です。  夕食の後に必ずデザートを食する習慣のある筆者は毎週の献立で菓子の選択をしなくてはなりません。以前は帰宅の途中でコンビニに寄って買っていたりしたのですが、最近は加齢のせいもあってか、講義が終わるとグッタリしてしまい、コンビニに寄る元気もなく拙宅に直帰するのが精一杯になってしまいました。  そこで週に一回、近くのスーパーに買い物に出かける際、一週間分のデザートを購入するようにしています。毎回の食事もそうですが、デザートも日持ちするものをいくつか買わねばならず、賞味期限を配慮しながら食べたいものを選んでいくのですが、これがなかなか大変です。  筆者の場合、どうしても洋菓子が中心になってしまいます。すると、週の後半は生クリームなどを使った菓子は日持ちがしませんので、どうしてもゼリーなどの賞味期限が長い菓子になりがちです。  連日ゼリーも飽きてしまいますので、このようなとき、和菓子に目が行きます。饅頭や団子は賞味期限が短いので駄目ですが、そんな中、真空パックになっているどら焼きは結構日持ちがするので候補に挙がることが多々あります。  筆者が買い物に出かけるスーパーは自社製品のどら焼きの他に新宿「中村屋」やあと一社くらい常時三社くらいのどら焼きを置いています。どの会社も二種類くらいはヴァリエーションがあり、餡の味の違いだけでなく、定番のどら焼きの他に「極」といった原材料にこだわった高級品が並んだりしています。  梅味のどら焼きをいただいてから間もなく、マーマレード味の餡のどら焼きが件のスーパーで売られていて、早速購入して食してみました。これがまた美味でした。筆者自身がマーマレード好きなのと、餡の中に刻まれたオレンジピールが練りこんであり、あの独特の苦みがなんとも乙なのです。  子供の頃苦手だった食べ物が大人になると好きになることがあります。その多くは「苦味」が原因だったのではないでしょうか。例えば、「セロリ」。 筆者は小学校四年生まで長野県の上諏訪で過ごしましたので、給食に出るサラダに必ずセロリが入っていたものです。入学当初、セロリの入ったサラダが苦手で気持ちが悪くなることがありました。そのうち、慣れたのですが好きというほどはありませんでした。それがいつの頃からか、セロリが好きになり、亡き母の作るセロリのマリネが好きでよく作ってもらったものです。隠し味に輪切りにスライスされたイカの燻製を一緒にマリネするのですが、安上がりの魚介のマリネ風味といったところが家庭料理っぽくて好きでした。 また、当時の給食はご飯など皆無で、せいぜい途中から「ソフトメン」なるビニール袋の匂いがプンプンする袋麵が時折出るくらいで、コッペパンが毎日出るのでした。神戸に転校してからの小学校二年間は食パン二枚が毎回で例外が一度もありませんでした。ですので、毎回、一回分のマーガリンやらいちごジャムやらが付いていました。その中にマーマレードもあったのですが、やはり子供にはちょっと苦手な味わいだったのを覚えています。 しかし、それもいつの間にか、「オランジェット」というオレンジピールをチョコレートでコーティングした菓子が大好物になるのですから、味覚の好みの変化というのは不思議なものです。 さて、筆者は年に二回、学期終わりに「とし田」の菓子を教職員に差し入れしています。半期ごとに学科が変わるので、それぞれ学科の部屋に持参し、あと、講師控室で一緒の非常勤の先生方に一個ずつ。 ちょうど差し入れする前の週、講師控室で女性のH先生と話をしていると、「とし田」のレモン味のどら焼きが好物であるとおっしゃるではありませんか。「え、レモン味もあるのか、知らなかった」と筆者の心の声。H先生はなかなかのグルメで、「今日は帰りに御徒町に寄って『うさぎや』のどら焼きを買うんだ」とか、お昼に毎回、違ったエスニック料理を持参されるなど、食の話に事欠きません。しかも、ご実家の三重県に茶畑をお持ちで、ご自身で育てられ、焙煎された日本茶をいただいたこともあります。 そんなH先生が美味しいとおっしゃるんだったらこれは間違いない、と講師控室の先生方にはレモン味のどら焼きを差し入れすることにしました。 「とし田」のどら焼きにはサイズの違うものが何種類かあり、レモン味は梅味と同じ小ぶりの「相撲猫」と呼ばれるちょっとコミカルなキャラクターの焼き印が押されたシリーズの一つ。 先生方に差し上げると、とりわけH先生は大変喜ばれて、その場でペロリと食べてしまわれました。そして、「なぜ、このどら焼きはこんな形なのか、ご存じ?」、と。確かに、「相撲猫」のどら焼きは丸い皮二枚で餡を挟んでいるのではなく、長細い楕円形の皮一枚を折りたたむ形で餡を包んでいます。 H先生曰く、「餡が普通のものより若干柔らかめなので、食べている反対側から餡がはみ出ないよう、試行錯誤があったようですわ」とさすが博識でいらっしゃる。これまた、初めて聞く話で感心してしまいました。さて、肝心の味の方はといえば、一口頬張ると、レモンの香りが微かに漂い、夏向きの爽やかな味わい。レモンピールがやはり刻んで餡に練り込まれていて、これまた苦みがなんともいえない風情を醸し出しています。 甘さは控えめ。どこか素朴な味わいなのに、「レモン」というのが妙に洋風でミスマッチな感じがして、「いと可笑し」。まるで、「相撲猫」のよう。 いや、それにとどまらず、そういえば、梶井基次郎に「檸檬」って短編があったなあ、と。 H先生、恐るべし。「レモン味」がこれほどまでに想像力の翼を広げさせるとは。 しなやかな思考の持ち主で、どこか不思議な雰囲気のH先生は、まさに美食家の一人と筆者は確信するのでした。 今月のお薦めワイン 「美しい桜色のスプマンテで夏を楽しむ――ピエモンテの稀少種ペラヴェルガ――」 「ペラヴェルガ スパークリング 『ヴィタエ』 ブリュット NV ヴィーノ・スプマンテ・ディ・カリタ」 エミディオ・マエロ 5082円(税込)  今年はとにかく暑い。梅雨が明ける前から真夏日が続き、季節感が感じられないのが残念です。こんな時はやっぱりスパークリングワインが飲みたくなるもの。今回はイタリアワインの回ですので、イタリアのスパークリングワイン「スプマンテ」をご紹介しましょう。  イタリアのスパークリングワインと言えば、何が思い浮かばれますか。  高級感からすれば、ロンバルディア州の「フランチャコルタ」が挙げられるでしょう。  何といっても、フランスのシャンパーニュと同じ葡萄品種を用い、しかも瓶内二次発酵のシャンパーニュ方式で造られているのですから、まさしくイタリアのシャンパーニュ。もちろん、お値段もシャンパーニュと同様にお高くなっております。  それに対し、世界で一番飲まれていると言われているのがヴェネト州の「プロセッコ」です。これはプロセッコ種から造られており、タンクの中で二次発酵される「シャルマ方式」で造られています。  さらに、昔日本で流行ったのがピエモンテ州の「アスティ」でした。モスカート・ビアンコ種から造られる甘口のアルコール度数低めのスプマンテです。やはり、「シャルマ方式」で造られています。白ワインもドイツの「マドンナ」など甘口ワインがテレビで宣伝されていた時代がありました。...

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『美食通信』 第五十五回 「誕生年のワインを開ける――ワイン愛好家の密かな楽しみ――」

『美食通信』 第五十五回 「誕生年のワインを開ける――ワイン愛好家の密かな楽しみ――」

 この五月、久しぶりに誕生年のワインを開ける機会を得ました。若い友人が三十歳になったので、それまでも毎年お祝いの会食を筆者お気に入りのフレンチで行っていたのですが、ここはシェフにお願いして、自分が探し求めたバースデーイヤーのワインを持ち込ませていただくことにしました。  そういった思いになったのはもちろん、もう七、八年の付き合いになる友人の三十歳という節目ということもあったのですが、筆者がFacebookで「エチケットは語る」という過去に飲んだワインのエチケットとそのコメントを紹介する活動をほぼ毎日更新していることが大きな理由の一つです。ちなみに、そのエチケットはインスタグラムでも同時に公開しています。  現在、筆者が「エチケットは語る」で紹介しているのは一九九八年に飲んだワインです。一九九七年から始めて二年目に入っている状態です。 エチケット剥しが日本人の手によって発明されたのが一九九三年。当初、「ヴァンテックス」という商品名でした。筆者がワインと真剣に向き合おうと思ったのが一九九四年。初めてパリに出かけた年です。そのきっかけを与えてくれたのが赤坂アークヒルズにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」を初めて訪れた際飲んだシャトー・ムートン=ロートシルト1984年でした。ご存じのように「五大シャトー」と呼ばれるボルドーワインの最高峰の一つです。 ただし、1984年というのは1980年代で最も出来の悪いヴィンテージでとりわけメルロの出来が良くなかったと言われています。ですので、当時カベルネ・ソーヴィニヨンを中心に四種類の葡萄を用いてワインを造っていたムートンがこの1984年はソーヴィニヨン100%でワイン造りしたと噂が立った、いわくつきのヴィンテージでもあったのです。 実際、飲んでみてその出来に感嘆し、取り組むならボルドーワインにしようと決めたのでした。そして、ワインリストの素晴らしい「ル・マエストロ」に通うことも。そんな帰り際、ソムリエ氏からヴァンテックスで剥したエチケットをいただいたのです。これからワインを勉強するのにこんな便利なアイテムはないとすぐさまソムリエ氏に買い求め方をお聞きし、飲んだワインのコメントを必ず裏のコメント欄に書くようにしました。 ちなみに「ヴァンテックス」を最初に採用したレストランが「ポール・ボキューズ」でした。リヨン郊外の本店はもとより世界中で展開していた系列店で自身のサインが印刷されたエチケット剥しを用いたのです。SNSはもとよりデジカメさえない時代、良き思い出を残すアイテムとして重宝がられたのです。 そして、一九九六年の年末に「これから毎日最低一本はワインを飲むようにする」と筆者はそのハードルをさらに上げたのでした。 ところで、この時期のエチケットにはバースデーイヤーのワインを開けたものがよく登場するのです。 通常、フランス料理店でバースデーを祝う際のオプションはデセールにお祝いのメッセージをチョコレートで書いてもらうというものです。それに対し、バースデーを迎える方のバースデーイヤーのワインを開けるというのはハードルは高いもののその分喜んでいただけるのも確かです。 ただ、よほどワイン揃いの良いレストランでなければ、なかなか誕生年のワインは置いてありません。なければ、ソムリエ氏に頼んで用意してもらうことも可能かと思いますがその予算たるやデセールのオプションの比ではありません。 そこで畢竟、自分で買い求めてレストランに持ち込ませていただくというのが得策かと思われます。しかし、それにはレストランとの良好な関係性が事前に構築されていなくてはならないと筆者は考えます。もちろん一見さんでも、無下に断るレストランもないかと思いますがあまり感心したことではありません。 当時、筆者が事ある毎にバースデーイヤーのワインを開けることが出来たのは主に二つの理由が考えられます。 まず第一に東急渋谷文化村にあった「カフェ・レ・ドゥ・マゴ」にワインを無料で持ち込めたからです。当初、ドゥ・マゴは東急の直営で働いておられる方は東急の社員。しかも一流のレストランでの実績がある方ばかりでした。そして、顧客と認められればワインの持ち込み料は無料という暗黙の了解?があったのです。当時、筆者は渋谷にあった画廊「ミラージュ」とのお付き合いなど渋谷に出る機会も多く、ドゥ・マゴを活用させていただきました。ですので、筆者もその顧客の末席に加えていただけたのでした。 次にこれがおそらく一番の要因かと思われますが、当時筆者は三十歳後半で、バースデーイヤーを祝う方たちがかつての教え子が大多数。ちょうど三十歳までの方たちが大半だったからです。つまり、一九九〇年後半の出来事でしたので、対象者は一九七〇年代前半の方たちになります。 当時、二十年を過ぎたワインは「古酒」の扱いになっていました。問題は一九七〇年前後、ボルドーワインはヴィンテージの悪い年が多く、一九七〇年、一九七五年くらいしか良いヴィンテージがなかったのです。ただ、まだ在庫が存在したこと。さらに当時はヴィンテージの悪いワインは格安だったので財布に大きなダメージはなかったのは幸いでした。 ただ、何せSNSなどない時代でしたのでどこに行けば「古酒」が買えるのかが分かりません。その指針はやはり本にありました。故山本博先生の『わいわいワイン』(柴田書店、1995年)に古酒についての解説があり、購入先として、虎ノ門の「ヴァン・シュール・ヴァン」と六本木の「海外酒販」の名が挙げられています。前者は「パリのピーター・ツーストラップのコレクション」、後者は「サザビーズやクリスティーズのオークション物」と内容の表記も記されています。 両者とも現在も健在なのは嬉しい限り。ヴァン・シュール・ヴァンはワインショップで、海外酒販は古酒専門のインポーターです。海外酒販は六本木の某ビルのある階に会社があり、事前にカタログを送ってもらい、在庫を確認し、入荷したら、六本木まで出向き、代金と引き換えにワインを取りに出かけなければならなかったのをよく覚えています。 それでも、そうして足で稼いだバースデーイヤーのワインをドゥ・マゴで開けるのはワイン愛好家冥利に尽きるといえる行為かと。 この五月の1995年ヴィンテージのワインはさすがにネットで購入しましたが、ボルドーではなくブルゴーニュを探しましたので結構苦労しました。 それでも、クリスチャン・コンフュロンのシャンボール=ミュジニ プルミエクリュ「レ・フスロット」は実に見事な出来で、状態も良く、探した甲斐がありました。 皆さまも、大切な方のバースデーに誕生年のワインを開ける至福のひと時を是非体験されますことを! 今月のお薦めワイン 「ローヌの赤ワインを楽しむ――やっぱりシラーが決め手――」 「クローズ・エルミタージュ ルージュ 2020年 ACクローズ・エルミタージュ」 E・ギガル 4180円(税込)  『美食通信』のワイン紹介ではフランスワインに関してはボルドーとブルゴーニュの赤ワインを中心に取り上げています。これは筆者がこの二つの地域を赤ワイン全体の二大産地と考えているからです。 しかし、フランスにはもう一つ重要な赤ワインの産地があります。それがローヌのワインです。生産量の80%以上が赤ワインというローヌ地方。ただし、ブルゴーニュの南にあたるローヌもまた南北に長く、ローヌ川の上流と下流では葡萄品種などそのワインに違いがあり、好みは分かれると言ってよいでしょう。 南部はプロヴァンスに通じ、地中海へと流れ込みますので南仏のワインと共通の葡萄品種、グルナッシュ、カリニャン、ムールヴェードルなどが用いられます。その代表がシャトー・ヌフ・デュ・パープで最高十三種類の葡萄品種を使用することが出来ます。 それに対し、ブルゴーニュに近い北部はシラーが重要な品種となります。ローヌ全体でシラーは用いられていますが、北部でシラーのみで造られる「コート・ロティ」や「エルミタージュ」が価格的にもローヌ最高峰の赤ワインと言えましょう。 ただし、ローヌの赤ワインの特徴として葡萄品種が濃厚かつ個性的であるためか、白葡萄を加えることが許されていることです。例えば、「コート・ロティ」の場合、シラーにローヌの白葡萄品種の最高峰ヴィオニエを20%まで加えることが許されています。...

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