by Osamu Seki
先日久しぶりにレ・フォール・ド・ラトゥールを飲む機会を得ました。1996年と良いヴィンテージの古酒でした。レ・フォール・ド・ラトゥールはご存知のようにボルドーの五大シャトーの一つ、ポイヤックのシャトー・ラトゥールのセカンドワインです。
このセカンドワインという代物。ボルドーでは今や、さして有名でないシャトーさえ何処でも造っているという状況。それどころか、サードワイン以下も造る有名シャトーは数知れず。
筆者がボルドーワインに熱を上げていた一九九〇年代後半、確かにセカンドワインは多く造られていました。しかし、同じ五大シャトーのムートン=ロートシルトがセカンドワインを造り始めたのが1993年ですのでまだ猫も杓子もという訳ではありませんでした。
また、セカンドワインはどれもこれも十把ひとからげといった具合でどれもこれも1980円か2980円といった値段で売られていました。五大シャトーのオー=ブリオンのセカンド、バーン=オー=ブリオン(現在はル・クラランス・ド・オー=ブリオン)でさえ2980円で買えたのです。
その理由は簡単で、トップブランドのワインがさほど高価でなかったからです。当時、80年代のオフヴィンテージの84年、87年などは五大シャトーでも一万円以下でデパートのワイン売り場で購入可能でした。これもオフヴィンテージですが1992年のシャトー・ラトゥールを銀座三越のセールで5000円で買ったこともありました。
筆者がボルドーワインを追求しようと決めたのは、一九九四年にアークヒルズのサントリーホールの向かいにあった「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」で飲んだムートン=ロートシルトの1984年に感銘してのことでした。上記のように1984年は残念なヴィンテージだったのですが、特にこの年はメルロが良くなかったようです。そこでムートンではこの年、カベルネ・ソーヴィニヨン100%で造ったと言われています。
ご存知のように、ボルドーは複数の葡萄をブレントするのが特徴で、ブルゴーニュがピノ・ノワール100%で造るのと対照を成しています。五大シャトーが格付けされたメドックではカベルネ・ソーヴィニヨンが主でメルロ、カベルネ・フランが続き、補助品種としてマルベック、プティ・ヴェルドが用いられています。また、シャトー・ペトリュスなどを産す右岸のリブールヌのワインはメルロが主で、カベルネ・フランが続き、既述の他の品種が補助品種となっています。
ムートンはポイヤック、いや広くメドックの中でもカベルネ・ソーヴィニヨンの比率が高く80%ほどと言われていますがそれでもカベルネ・フラン、メルロ、プティ・ヴェルドを用いています。
本当に1984年のムートンがカベルネ・ソーヴィニヨン100%だったかは分かりませんが、ちょうど十年経ったところで飲み頃だったせいもあり、さらにグランメゾンだけあってワインの状態が良かったのでしょう。なかなかの美味でした。しかも9000円だったのです。高級レストランでさえ、一万円以下で五大シャトーが飲めたのです。まあ、ル・マエストロはとりわけワインの価格が良心的だったのは事実ですが。
つまり、あえてセカンドワインを飲む必要性がなかったのです。ちょっと奮発すれば五大シャトーが買えたし、レストランでも飲めたのですから。大阪の某ホテルのメインダイニングでシャトー・マルゴーの良いヴィンテージの1978年を25000円で飲んだ記憶もあります。今やシャトー・マルゴーは最新ヴィンテージで十万円ですから桁違いです。
そんな中、唯一例外だったセカンドワインがレ・フォール・ド・ラトゥールでした。実際、グランメゾンのワインリストにも普通に掲載されていました。というのは、シャトー・ラトゥールがグレイトヴィンテージの場合、三十年は寝かさないとその本領を発揮しないと言われていたからです。
もちろん、三十年物のラトゥールをグランメゾンなら揃えていましたが大変高価なものになります。さらに中堅どころのレストランでは揃えるのも大変でしょうし、価格的にも不釣り合いになります。というか、三十年も待っていられないというのが本音で、それに対して、レ・フォール・ド・ラトゥールなら半分の十五年で飲み頃になるという訳です。
レ・フォール・ド・ラトゥールはこうした事情からか1966年から造られており、ラトゥールが造られる「ランクロ」と呼ばれる区画とは別の区画の葡萄が三分の二、ランクロの葡萄が三分の一用いられ、早くから飲めるように醸造されています。
つまり、レ・フォール・ド・ラトゥールは最初から別の目的で造られたラトゥールとは別のワインと考えるべきなのです。
しかし、多くの方がセカンドワインを飲んでトップブランドを垣間見られたつもりになってしまうように思われるのです。これは危険で、セカンドワインからトップブランドを予測するのは専門家でさえ至難の業と言えましょう。
サン=ジュリアンの第二級、シャトー・レオヴィル=ラス=カーズのセカンドワインだったクロ・デュ・マルキは別の畑で造られていますので、現在別ブランドして販売され、ラス=カーズの若葡萄で造られているル・プティ・リヨンをセカンドワインとしています。
トップブランドが桁違いの高価なワインになってしまった現在、セカンドワインなら何とかというケースもあるかと思います。その場合、やはり別物であるという認識を持って飲まれることをお勧めします。そして、出来る限り同じ価格で買える格下のシャトーやブルジョワ級のトップブランドを買われることをお勧めします。トップブランドにこそ、そのシャトーの真髄が、そのアペラシオンの特徴が最良の形で表現されているのですから。
レ・フォール・ド・ラトゥールの1996年はまだまだ寝かせることも出来そうな見事な出来でした。果実味が生かされ、その熟成感を楽しむタイプのワインです。ラトゥールはもっとタイトでタンニックなワインで古武士のような凛とした佇まいが素晴らしい。
レ・フォール・ド・ラトゥールほどその独自の存在感を有するセカンドワインは他にない。筆者はそう考えるのです。
今月のお薦めワイン 「トスカーナのボルドータイプのワイン――ボルゲリ――」
「フェルチアイノ ロッソ 2018年 DOC ボルゲリ ジョヴァンニ・キアッピーニ」 6900円(税別)
ボルドーにメドックとリブールヌの二つのタイプのワインがあるように、イタリアワインのボルドーに比較されるトスカーナ地方のワインもまた、二つのタイプに分けることが出来ます。それはキャンティを生み出すサンジョヴェーゼ種とその亜種(ブルネッロ種など)から成るワイン群とまさにボルドースタイルのワインを造るべく、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロを導入したワイン群。
このボルドースタイルのワインのパイオニアとなったのがサッシアイアです。1944年、シャトー・ラフィット=ロートシルトのカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたのが始まりのようです。当初は規格外でしたのでヴィーノ・ダ・タヴォーラ扱いでしたが高額でしたので「スーパータスカン」と呼ばれていました。他にもオルネライアなど有名なワインが後続し、1994年にはDOCボルゲリを名乗ることが出来るようになり、サッシアイアは単独でDOCボルゲリ・サッシアイアを獲得。トスカーナの新たなスタイルのワインとしてその一翼を担うようになっています。
今回ご紹介するのはジョアンニ・ピアッキーニが造るボルゲリ。1954年にマルケ州から移り住んだピアッキーニ家は1995年までは野菜とオリーブを作っていましたが、この年より葡萄を栽培。2000年よりワインを販売しています。畑はオルネライアの隣と良好な立地。
「フェルチアイノ」はカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロ40%、サンジョヴェーゼ10%というセパージュ。ボルゲリのボルドースタイルワインには補助品種として、サンジョヴェーゼやシラーを用いるカンティーナが多いです。
ボルドーよりはやや赤みがかった濃いルビー色。香りはボルドーに比べるとスパイシーで果実の甘い香りが強い。複雑な味わいはボリューミーでボルドーよりは濃厚でアフターに甘やかさが残る感じ。熟成しても美味しいが早くからも飲めるタイプ。
この機会にボルドーのようでボルドーでないボルゲリ独特の美味しさを是非ご堪能下さい。
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
フランス料理などワインを飲みながら食する料理において、アペリティフ即ち食前酒を嗜む習慣は日本でも定着してきたように思われます。しかも、昨今それらはシャンパーニュを理想とするスパークリングワインというのが定番です。筆者がフランス料理を始めた半世紀近く前はアペリティフと言えば、マティーニなどのショートカクテルの強いお酒、あるいはスペインの酒精強化ワインのシェリー、クレーム・ド・カシスを白ワインで割ったキールなどでした。シャンパーニュをグラスで供することは稀で、ドゥミなりボトルで頼むのがマナーでした。おそらく、グラスでのサーヴィスは炭酸が抜けてしまうのが嫌だったのでしょう。しかし、ペアリングのように皆が一時にブテイユを空けてくれるなら、シャンパーニュを供するのも悪くありません。また、シャンパーニュ愛好家が増えたこともあるかと思います。さらにソムリエは元来お酒のサーヴィスの一環でしたので、バーテンダーが取る資格という意味合いもあります。ソムリエという地位が一般に認知される過程で、バーテンダーの果たした役割は大きい。アペリティフにおけるカクテルからシャンパーニュへの移行はその歴史的過程を表わしているとも言えましょう。
しかし、フランス料理におけるお酒の飲み方にはさらにディジェスティフ即ち食後酒があります。食前酒があるのですから食後酒があって当たり前といえば当たり前。食中酒がワインということになります。しかし、どうもこちらの方はあまり嗜まれる方がいらっしゃらないのが現状です。まあ、日本人は西洋人に比べアルコールに弱い方が多いので、ワインまでで精一杯というのもあるかと思います。しかし最近、筆者はディジェスティフが普及しないのは飲む場所の問題ではないかと思うようになってきました。そう、食事が終わったテーブルで食後酒を飲むのはあまり好ましいことではないのではないか、と。シャンパーニュから始まり、ワインを飲みながら何皿もの料理を平らげ、デセールを食し、エスプレッソを飲んで一息ついている席でさらに何かお酒を飲みたくなるでしょうか。
実際、本当のグランメゾンにはまずウエイティングバーがあり、そこでアペリティフを飲んだ後、食事のテーブルへと移動します。さらに食事が済んだあと、さらに場所を変えてデセールやシガーのサーヴィスがあったのです。部屋が三つあった訳です。筆者がパリで訪れたグランメゾンでもそこまでやっていた店はありませんでした。むしろ、神戸にあった「アラン・シャペル」はまさに三か所移動したのを覚えています。顧客の末席に入れていただいていた「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」は「バー・マエストロ」を併設し、バーとレストランを往復する形でした。
今やそのようなレストランは皆無に近いでしょうから、どうすれば良いのか。そう、日本人得意の「河岸を変える」、まさにレストランからバーへと移動すれば良いのではないでしょうか。そうすれば、色々なお酒を食後酒として楽しめる。というのも、筆者はディジェスティフにブランデー(コニャックとアルマニャック)やマールと言ったフランスの蒸留酒よりイタリアのグラッパが飲みたくなるからです。もちろん、フレンチの店でもグラッパを置いている所もありますが、やはりカテゴリーミステイクな感じです。バーに行けば、コニャックであれ、グラッパであれ、好きなものを堂々と頼んで楽しむことができます。
筆者にそれを気づかせてくれたのは、渋谷の東急文化村の「カフェ・ドゥマゴ」で日参するかのごとくディナーで持ち込みのワインを開けていた時のことでした。顧客は持ち込み料無料でしたので、筆者もその一人に認めていただき、人と会うのをドゥマゴにしていたのです。その頃、大変お世話になった渋谷の画廊のマダムがいらして、マダムとご一緒するときはまず、マダム行きつけの駅のすぐ近くのショットバーで待ち合わせをし、ドゥマゴで食事した後、再びそのバーに戻って、また一杯といったのが常でした。バーの店主はフレンチ出身でワインにも詳しく、筆者はそこでグラッパ・サッシカイアに出会いました。コニャックも何種類も置いていて、それらもいただいたのですが、サッシカイアのグラッパの方が気に入りました。グラッパはワインの搾りかすを発酵・蒸留したもので、「粕取りブランデー」と言われるものに当たります。フランスではマール、イタリアがグラッパです。サッシカイアはトスカーナ地方、ボルゲリ地区で造られるボルドースタイルの「スーパートスカン」と呼ばれるワインの元祖として高名な銘柄でそのワインの搾りかすから造られたグラッパなのです。
グラッパには樽をかけた茶色のものと無色透明なものがあります。マールも同様です。筆者はやはり樽がけしたものの方が好みです。しかも、マールよりグラッパの揮発性の高い香り高さ、ちょっと捻った感じの香りが好きです。味わいにもサッシカイアのグラッパなどには甘やかさがあり、マールにはそれがありません。まさに好みの問題かと思いますが、それを選べるのがバーの良いところです。
先日、久しぶりに渋谷に出かけ、ちょくちょく伺うビストロで食事しました。時間が早かったので、食後に駅前から文化村近くに移転した件のショットバーに出かけました。店主も健在でグラッパをいただきました。来年三十周年とのことです。筆者が最初マダムに連れられて伺ったのが一九九六年だったと思いますので開店二年目だったのか、と。文化村も再開発で休館。ドゥマゴも閉店してしまいました。時の流れを感じます。サッシカイアのグラッパも高価になってしまったので銘柄を変えたそうですが、やはり茶色の美味しいグラッパでした。
また、この原稿を書いている少し前、静岡でも「カワサキ」で食事した後、近くの「バー・コード」でグラッパをいただきました。こちらは元々梯子酒で、ルイ・ラトゥールのヴォーヌ=ロマネをボトルでお安く飲ませていただいたので、折角バーに来たこともあり、もう少しお金を使わせていただかないと申し訳ないと思い、グラッパをお願いしたら、二種類珍しいものを出して下さいました。ご一緒したNシェフはマールを頼まれましたが、やはりグラッパの方が自分は好みで、二種類のうち造り手が亡くなり今は造られていないというグラッパの方が俄然自分好みでした。したたか酔ってしまっていて、銘柄をメモするか写メを撮ってくるのを忘れてしまったのを後悔しています。
食事のあと、バーに河岸を変えて、好みのディジェスティフをいただく。これまた、贅沢なひと時ではありませんか。その際、グラッパを選択肢の一つに加えていただければ幸いです。
今月のお薦めワイン 「ボルドーの双璧・リブールヌのワイン―メルロが主役――」
「シャトー・フォンプレガード 2017年 AC サンテミリオン グランクリュクラッセ」 7200円(税別)
ブルゴーニュにニュイとボーヌがあるように、ボルドーにも代表的な二つのタイプのワインが存在します。それらはカベルネ・ソーヴィニヨンを主たる葡萄とするメドックやグラーヴのいわゆる「左岸」のワインとメルロを主とする「右岸」のリブールヌのワインです。
メドックは格付けされ、五大シャトーで有名です。他方、リブールヌはボルドーで最も高価なワインと目されるシャトー・ペトリュスがポムロールにあります。
リブールヌのワインで押さえておくべきアペラシオンはまず、サン=テミリオン。1955年に開始され、度々改定を行なっています。メドックの格付けが1855年のままであるのとは対照的。改定の度、論争を巻き起こし、2022年には初回以来ツートップだったシャトー・オーゾンヌとシャトー・シュヴァル=ブランが脱退し、代わりにシャトー・パヴィとシャトー・フィジャックがツートップになりました。ちなみに、ACサン=テミリオンを名乗れるワインはサン=テミリオン市の他に古層(ジュラード)と呼ばれる八つの村が含まれます。
続いて、ペトリュスを産むポムロール。こちらは意識的に格付けを行なわないようにしています。ペトリュスを最上にラ・コンセイヤント、レヴァンジル、ラフルール、トロタノワ、ヴュー=シャトー・セルタンを含む十ほどのシャトーがトップ・シャトーと言われています。
両アペラシオンには共に衛星地区(サテライト)と呼ばれるそれに準じるワインを生み出すアペラシオンがあります。サン=テミリオンにはサン=ジョルジュ、モンターニュ、リュサック、ピュイスガンの四つの衛星地区があり、ポムロールにはラランド=ド=ポムロールがあります。
あと、フロンサックとカノン=フロンサック。一時期、ペトリュスを所有するJ.P.ムエックス社が多くのシャトーを所有し、その可能性に挑戦していました。
上記三大地区のワインを探されると良いでしょう。また、近年注目されているのはサン=テミリオンに接するカスティヨンです。ワイン高騰の折、手頃な価格で上質のワインが楽しめるアペラシオンです。
今回はサン=テミリオンのグランクリュクラッセに格付けされているシャトー・フォンプレガードを紹介させていただきます。プルミエBのラ・ガフリエールの西隣りと恵まれた立地。2004年以来アメリカの実業家夫妻が所有し、2017年はメルロ95%、カベルネ・フラン5%とメルロの醍醐味を楽しめるワインです。2013年にはエコセールの認証を受けています。また、ミシェル・ロランがコンサルタントと今風のサン=テミリオンをこの機会に是非お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
いつの頃からか日本人も常にミネラルウォーターを飲むようになりました。特に夏は冷たいものが飲みたくなりますので、筆者などはサンペレグリノを必ず購入します。ただし、水をそのまま飲むのが苦手な筆者は液体の濃縮珈琲をサンペレグリノで割って飲んでいるのですが。
筆者が子供の頃はミネラルウォーターなど誰も飲んでいませんでした。ミネラルウォーターと言えば、見かけるのは瓶に入った「富士ミネラルウォーター」くらいで何故水を売っているのだろうと不思議に思ったくらいです。そのうち、浄水器なるものをどの家庭でも設置するようになりました。蛇口に取り付けるタイプとシンクの脇に置かれた装置に水を通してその装置から出てくる水を飲むタイプがあったと記憶しています。水道水が美味しくなくなったのとアパートなど集合住宅は屋上にあるタンクから水が供給されますので錆などが混じって濾過する必要が生じるようになったからでしょう。それでもまだ基本水道水を用いていた訳であって、ミネラルウォーターは普及していませんでした。駅や学校など公共施設には冷たい水が飲める機械が設置されていましたし、新幹線にも設置されていました。
筆者がミネラルウォーターを常飲するのを意識するようになったのは、やはりパリに海外研究に出かけることになったからでしょう。フランスの水道水は飲んでも大丈夫なのですが石灰分が多いと言われ、ミネラルウォーターを飲むようにしていました。ただ、気軽なビストロなどでは「キャラフ・ド・ロ」といって水道水を瓶などに入れて無料で出してくれますし、カフェのエスプレッソにはチェイサーの水が付いてきます。「ガズーズ(炭酸)、ノンガズーズ(無炭酸)」と聞かれるのは高級店でこれはもちろん有料です。
昨今、日本のグランメゾンもミネラルウォーターオンリーの店が増えているようです。いつぞやメディア露出で有名だったシェフが水を有料にしていて、それを批判した客に暴言めいた反論をし、失脚したこともありました。彼の店が粉うことなきグランメゾンだったら何の問題もなかったのでしょうが。
パリで驚いたのはスーパーなどでミネラルウォーターを買うと、冷やしているものと冷やされていないものでは値段が違っていたことです。フランスでは珍しい軟水のヴォルヴィックを飲んでいたのですが冷えていると5フラン(約100円)、冷えていないのは1フラン(約20円)だったと記憶しています。
この時、筆者の恩師の故シェレール教授が一緒に食事すると必ずサンペレグリノを所望されるのに遭遇します。フランスの炭酸系ではペリエが有名ですが確かにちょっと埃臭いというか独特の風味があり、それに比べるとイタリア製ながらサンペレグリノは本当に美味しい。筆者もファンになりました。フランス人の炭酸系の定番はバドワで値段も安かったように思います。今では日本のグランメゾンでガズーズは何があるのですかと尋ねるとバドワが選択肢に入っている場合があり、筆者などは驚いてしまいます。というのは、少なくともパリではバドワは庶民の水であって、グランメゾンで出しているところなど皆無だったからです。
それから日本に戻ってからもサンペレグリノを好んで飲むようになりました。最初は瓶で買っていたのですがかさばるのと値段も高いのでペットボトルに切り替えました。ただ、ペットボトルはやはり輸送の過程で炭酸が抜けてしまうのか、圧が弱いように思われます。先日テレビで某タレントさんが同様の発言をされていて、やっぱりと思った次第です。そこで現在はコスト的にはやや高くつくのですが缶のサンペレグリノを購入しています。こちらは密閉されていますので、開けたての爽やかな炭酸の刺激にはたまらないものがあります。また、硬度が700以上あり、ペリエの倍くらいあります。ちなみに、無炭酸ですがフランスを代表するヴィッテル、エヴィアンも硬度はペリエと同じ300前後です。痩せる水として有名なコントレックスになると硬度は1500を超えて、飲むと確かに鈍く重い感じがします。炭酸系のミネラルウォーターの爽やかさは炭酸が弾ける感覚だけでなく、鉱物の金属的なテイストにあると言えましょう。
ちなみに缶のサンペレグリノは330mlです。缶の問題は飲み切れない場合。そこで筆者は330mlのペットボトルのエヴィアンを買って飲んでしまい、空のペットボトルにサンペレグリノの残りを入れておくようにしています。
またその後、ソウルや台北にも何度か出かけることがありましたが、どちらもミネラルウォーターを飲むことが推奨されています。これらはパリとは異なり衛生的な問題らしいのですが、コンビニでご当地ミネラルウォーターを飲もうか、エヴィアンなど外国製にしようか迷ってしまったりします。ただ、炭酸系はないようで、空港やホテルのラウンジでも無炭酸はご当地ものでも炭酸はほぼペリエでした。
思えば今、日本のホテルではビジネスホテルクラスでもミネラルウォーターが部屋に置いてあるのではないでしょうか。パリに最初出かけた際、ホテルに着いてすぐまずは水を買いに出かけたのをよく覚えています。スーパーもコンビニもなく、最寄りのメトロの駅近くのキオスクで買うことが出来てホッとしたものです。キオスクはソウルでもよく見かけました。もちろん、ソウルや台北のホテルの部屋にもミネラルウォーターは必ずおいてありますので探す心配はありません。というか、両都市ともコンビニが日本以上に点在していますので何の不便もないのです。ただ、レストランではミネラルウォーターを註文する必要が生じます。また、庶民的な飲食店では湯冷ましのお水を出してくれるかと思います。
振り返るといつの間にか、自宅でもミネラルウォーターを飲むようになっていました。冷蔵庫には2Lのペットボトルが常備され、母と一緒に近所のスーパーに水を買いに出かけたものです。筆者は日本の軟水のミネラルウォーターが余り好きではありません。両親も亡くなり、一人暮らしになり、2Lのペットボトルは不要になりました。さて、沸かして珈琲で飲むしか用途の無い無炭酸のミネラルウォーターをどうしたものか。水道水も試してみましたがやはり美味しくない。日本の軟水は無味乾燥な感じだし。そして行きついたのがパンナでした。パンナもまたイタリア、しかもサンペレグリノと同じトスカーナ地方のミネラルウォーター。しかも、現在はサンペレグリノ社の傘下にあります。飲んでみて柔らかく、しかも味わいがあります。珈琲を入れても美味しい。硬度は100を少し超えるくらい。日本では100以下を軟水と呼ぶそうですから、ぎりぎり硬水といったところでしょうか。これがいい塩梅で。
ワインはフランスですが、水はイタリア。それが筆者の好みです。
今月のお薦めワイン 「ピエモンテの伏兵――バルベーラとドルチェット――」
「バルベーラ・ダルバ スーペリオーレ 『ヴォルプタ』 2018年 DOC ボスコ・アゴスティーノ」 5100円(税別)
イタリアワインでブルゴーニュに相当するのがピエモンテ州のワインであることはすでに言及してあります。ブルゴーニュワイン、とりわけ素晴らしい赤ワインを産する「コート・ドール」には「ニュイ」と「ボーヌ」という二つのタイプのあることを前回書かせていただきました。そして、ピエモンテのワインにも二つあるいは三つのタイプのあることを今回知っていただきたく思います。
ブルゴーニュとの違いはブルゴーニュではあくまでピノ・ノワールという葡萄のみが用いられているのに対し、ピエモンテでは「バローロ」、「バルバレスコ」といったワインを造り出す「ネッビオーロ」種だけではなく、「バルベーラ」と「ドルチェット」という別の葡萄品種で素晴らしいワインが造られているということです。
また、ブルゴーニュに「コート・ドール」という優れた地区があるように、ピエモンテにも「バローロ」、「バルバレスコ」を生み出す「アルバ地区」が「コート・ドール」に該当すると言えましょう。従って、探すべきは「バルべーラ・ダルバ」、「ドルチェット・ダルバ」という名のワインとなります。
バルベーラとドルチェットの違いと言えば、バルベーラの方が長熟用のワインが造られ、ドルチェットは早飲みタイプのワインが造られます。というのも、「バルベーラ・ダルバ」の多くは小さいオーク樽で熟成させ、「いまなおバローロやバルバレスコの蔭に隠れているとはいえ、その格ではもはや後れを取るものではない」とアンダースンは『イタリアワイン』(早川書房)で評しています。他方、「ドルチェト・ダルバ」は「フルーティーで生き生きしている。その最良のものには打ち勝ち難い魅力がある」とアンダースン。
というわけで、今回は「バルベーラ・ダルバ」を紹介させていただきます。造り手はボスコ・アゴスティーノ。父ピエトロ・ボスコが設立した4haほどの小さなワイナリーを父亡き後継いだ子息のアゴスティーノ氏によるカンティーナ。自然農法での丁寧な葡萄栽培、徹底した醸造管理での高品質のワインは高く評価されています。バリックで14~15ヶ月熟成させたワインはしっかりしたボディで様々な味わいが時と共に次々と現われる実に魅力的な出来とのこと。この機会に是非お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
この連載の主宰でもあるThe Cloakroom店主の島田さんが銀座のサロンで行なわれている「銀座の仕立て屋落語会」。七月は三遊亭わん丈さんが高座を務められました。わん丈さんはこの度、真打への昇進が決まり、この落語会は優秀な二ツ目さんを応援するという主旨があるそうで真打になられると卒業とのこと。この落語会での高座は今回を含め残すところ三回だそうで会場は満席でした。筆者はなかなか日程が合わず、他のお二人、林家たま平さん、春風亭与いちさんの高座は拝聴したことがあったのですが、わん丈さんの高座は初めてでその人気の髙さに驚いた次第です。
終演後、真打への昇進のお祝いとして島田さんからスーツのプレゼントがあるとのことでその採寸が公開形式で行われました。あと二回の高座の後もスーツ完成へのイヴェントがあるそうです。こうした噺以外の余興を「大喜利」というのだと世話役の山本益博氏から解説がありました。料理評論家として高名な山本氏ですがその出発点は落語評論であり、まさに「二刀流」のご活躍をなされておられます。
また、「大喜利」も終わったその後にお祝いの会食が山本氏お薦めの日本橋のイタリアン「ファルスィ・ラルゴ」で行われました。総勢十数名、貸し切りでのディナー。オーストラリア産の旬の黒トリュフを楽しむ趣向でした。ワインの選定を筆者はお手伝いさせていただくことになり、乾杯にはシャンパーニュと同じ葡萄品種、そして瓶内二次発酵というまったく同じ製法で造られているロンバルディア州の「フランチャコルタ」を用意していただきました。シャルドネ100%で造られたコンタディ・カスタルディのヴィンテージ物「サテン 2017年」が供されました。白は店が用意されたフリフリ=ヴェネツィア・ジューリア州の五種類の白葡萄をブレンドした「ザモ・ビアンコ 2021年」を。どちらも良い出来でした。
問題は赤ワイン。筆者は手土産に一本持参した方が良いかと島田さんに尋ねたところ、是非持参くださいとのことでしたのでブルゴーニュの「ニュイ=サン=ジョルジュ ラ・プティット・シャルモット 2020年」、造り手はピエール・ティベールを持参しました。開けるにはまだ早いのは分かっていましたが、自宅から持参して持ち歩くことを考えると澱の出ていない若いワインが適していると判断した次第です。ブルゴーニュの澱はボルドーと異なり細かいので一度舞ってしまうとなかなか沈殿せず、サーヴした際ざらつきとえぐみが出てしまい折角のワインが残念なことになりかねないからです。
また過日、宇都宮の「オトワレストラン」を訪れた際、リストにあった「ヴォーヌ=ロマネ オー・シャン・ペルドリ 2020年」、造り手はオーディフレッドを註文し飲みましたが実に良い出来でした。グランメゾンのワインリストにも2020年はリストアップされており、確かにまだ早いとは思われるもののこれはこれでそれなりに飲めると判断したこともあり、2020年のニュイ=サン=ジョルジュを持参したのでした。
さて、会場に着いて赤ワインについて島田さんに尋ねると自分の持参したワインと島田さんが持参されたワインが供されるとのこと。で、島田さんは何を持参されたのかというと、やはりブルゴーニュで「ヴォルネ=サントノ プルミエクリュ 1992年」、造り手はロベール・アンポーでした。アンポー家は相続でムルソーにドメーヌを構えるロベール・アンポーとモンテリを拠点とするポティネ・アンポーに分割されました。が、どちらのドメーヌもカーヴに古いヴィンテージを多く貯蔵しています。また、島田さんが持参されたヴォルネ=サントノは名前こそヴォルネですが畑はムルソー村にあります。
それにしても偶然とはいえ、同じブルゴーニュでも対照的なワインが並んだものです。どちらも「コート・ドール」、ブルゴーニュで最高のワインを産する地区ですが、ニュイ=サン=ジョルジュはロマネ=コンティを筆頭に赤ワインが主の北側の「コート・ド・ニュイ」のワインであるの対し、ヴォルネはモンラッシェやムルソーといった最上の白ワインを産する南側の「コート・ド・ボーヌ」での代表的赤ワインの銘柄ということ。さらに、とりわけヴィンテージが若すぎると思われる2020年とすでに古酒の域に入っている1992年という対照的なものになってしまいました。
ここで問題になるのは飲み頃とはどのくらい経ったワインのことなのだろうか、ということです。もちろん、ボルドーとブルゴーニュでは異なるでしょうし、ヴィンテージの良し悪しにもよるでしょう。さらには個人の好みの問題もあります。
筆者がパリに赴いていた四半世紀前、ボルドーワインに関してある程度のレヴェルのワインは七~八年以降が飲み頃と言われていました。しかし、実際パリのランチでワインを頼もうとすると皆、五年未満の固いワインを好んで開けているのに驚きました。価格的なものあるかと思いますが明らかに好みの問題と分かりました。
ブルゴーニュに至っては、とりわけ二十一世紀に入ってから「早くから飲めて、寝かしても美味しい」というのが当たり前のようになっているようです。本当にそんなこと可能なのか、と正直半信半疑なのですが、早く開けた際の果実味の出し方に注意を払う造り手が多いことは事実です。筆者には上記のオーディフレッドのヴォーヌ=ロマネに代表される凝縮した果実味を追求するタイプと透明感のある軽やかなタイプのものに分かれるように思われます。ただし、どちらも以前流行った樽をかけた濃厚なアルコール度数の高いワインとは一線を画していることに留意する必要があるでしょう。今回持参したティベールはオーディフレッドに通ずる旨味がありました。ニュイ=サン=ジョルジュらしく酸味に特徴があるのも良かったです。
一方、島田さんの持参されたヴォルネは造り手が長熟用を意識して造っていますのでこれまた充分楽しめるものでした。ただ、1992年というヴィンテージがオフヴィンテージでしたのでピークは過ぎていたと言わざるを得ません。その分、古酒としての熟成感やミネラル分の味わいを楽しむことが出来ました。また、多人数での会食用でしたので、一本のワインを開けて飲み進めるスタイルではなく、メインの料理に合わせて抜栓し、グラスですぐ飲み干すことになります。従って、デリケートなワインでも酸化する前に美味しく飲み切れるという訳です。
ボルドーワインにぞっこんだった時代の筆者はとにかく飲み頃にこだわっていました。それでも七~八年から十数年というのが相場で二十年を超えれば古酒として嗜むべきだと認識していました。それがブルゴーニュを飲むようになって思ったのは、飲み頃は気にせず、自分が飲みたい村(アぺラシオン)や造り手を財布と相談しながら決めるのが最良ということです。
コントラストの効いたブルゴーニュの赤を楽しんでいただき、ドルチェにある種メインの黒トリュフのパンナコッタを皆さん堪能され、わん丈さんのお祝いの饗宴も大団円となったのでした。わん丈さんのますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。
今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュ赤のもう一つのスタイル、ボーヌのワイン」
「ボーヌ プルミエクリュ サン・ヴィーニュ 2017年 AC ボーヌ プルミエクリュ ジェーン・エア」 8800円(税別)
すでにブルゴーニュの赤に関しては「コート・ドール」の北側「コート・ド・ニュイ」を紹介させていただきました。今回は南側の「コート・ド・ボーヌ」の赤ワインをお薦めしたいと思います。ブルゴーニュの赤ワインはあと、ボーヌの南側即ち「コート・ドール」の南側に「コート・シャロネーズ」も優れたワインを産しますが、やはり「コート・ド・ボーヌ」のワインがニュイと双璧と考えられます。
「コート・ド・ボーヌ」はムルソー、モンラッシェといったブルゴーニュ最高峰の白ワインを産する地区ですが赤ワインにも魅力的なアペラシオンが複数存在します。グランクリュこそ「コルトン」しかありませんが、「ヴォルネ」と「ポマール」という赤ワインだけを産するボーヌの赤代表するアペラシオンのワインはニュイのグランヴァンに匹敵する逸品揃いです。タンニックで野趣を感じる「ポマール」、繊細でエレガントな格調高い「ヴォルネ」とその性格も対照的で興味深いものがあります(あと、ブラニィという小さなアペラシオンも赤ワインのみ)。
他の「コート・ド・ボーヌ」の村はすべて赤ワインと白ワインの両方を造っています。その数は多く、「ラドワ」、「アロース・コルトン」、「ペルナン=ヴェルジュレス」、「サヴィニ=レ=ボーヌ」、「ショレ=レ=ボーヌ」、「ボーヌ」、「モンテリ」、「オーセイ=デュレス」、「ムルソー」、「ピュリニィ=モンラッシェ」、「シャサーニュ=モンラッシェ」、「サン=トーバン」、「サントネ」、「マランジュ」となります。
その中でも筆者は中庸の美を感じる「ボーヌ」のワインをお薦めしたいと思います。ボーヌの街は「ブルゴーニュの車軸」と呼ばれ、多くのネゴシアンが拠点を置いています。また、「オスピス・ド・ボーヌ」という旧施療院後の博物館があり、寄進されたワインが毎年競売にかけられています。
今回紹介させていただくのは新進気鋭の女性醸造家、ジェーン・エア氏が造ったボーヌ・プルミエクリュのワイン。メルボルン近郊で生まれたジェーン氏は1998年よりブルゴーニュでキャリアをスタート。2011年にワイン造りを実現させます。近年注目を集めている農家から葡萄を買い付け、自ら醸造する「ミクロネゴス」の代表格の一人として高く評価されています。「サン・ヴィーニュ」の畑は石灰質を含んだ軽めの砂質で、しなやかで果実味を生かした繊細なワインを産します。
ミクロと呼ばれるだけにその生産量はごく少なく、ほどなく売り切れること間違いなし。この機会に是非一度お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
先日、宇都宮市にある「オトワレストラン」に出かける機会を得ました。同じ栃木県でも日光や那須のようなリゾート地ではなく、ルレ・エ・シャトーの会員でもある「オトワレストラン」ですがオーベルジュのような宿泊施設を有していませんので、駅前か繁華街のホテルに宿泊するしかありません。結局、ビジネスホテルは避け、シティーホテルの「宇都宮東武ホテルグランデ」のローズスイートに宿泊することにしました。このところ地方に出かける際は二食付きのオーベルジュ系か、静岡市の「ビル泊」など食事なしか、の宿泊施設に泊まっていますので珍しく朝食付きのホテル宿泊となりました。こうなるといつも気になるのが「ホテルの朝食」というやつです。
オーベルジュ系であれば、朝食もそれなりに凝ったものが出てきます。ただ、やはり過剰というか朝からそんなに食べれるのかといったゴージャスぶりで元々少食の筆者など残さざるを得なくなり、いつも申し訳なく思うことしきり。結局、あれこれ出過ぎで余り印象に残らないものになってしまうのです。例外だったのは、長野県松本市にある浅間温泉の「松本本箱」に泊まった際のメインダイニング「三六七」での朝食に出たクロワッサンくらいか、と。ここの朝食も地産地消でソーセージだの野菜だの発酵食品だの色々出たのですが、「松本十帖」として同じ敷地にあるもう一つのホテル「小柳」の一階にある「アルプスベーカリー」から焼き立てのパンが出されたのでした。その中にクロワッサンがあったのですが、これは近年稀にみる傑作で、触るだけで手がバターでテカテカになり、噛みしめればジワッとバターが滲み出してくる。その塩味がまた絶妙で、とかく甘くなりがちな生地を菓子でなく、パンとしての存在感を上手に表現している。今でも、あのクロワッサンだけは食べたいと切に思うのです。
ゴージャスな朝食と言えば、「世界一の朝食」を謳っている神戸市にある「北野ホテル」の朝食も宿泊した際、いただきました。これは非業の死を遂げたベルナール・ロワゾーに師事した料理長がその再現を許された「ラ・コート・ドール」の朝食だそうです。朝から生ハムだのとにかく品数が多すぎて、ブランチより量が多いのではと正直引いてしまいました。後述しますようにパリの朝はシンプルなコンチネンタル式で、およそ正反対。ディナーではないのですから、高級食材や豪勢さが「美味」という安直な発想は「場違い」としか思えませんでした。
今回の「宇都宮東武ホテルグランデ」の朝食の目玉は何といっても「餃子」でした。この手のホテルの朝食はバイキングが定番で、「ビュッフェウォーマー」と呼ばれる保温器に入れられた料理はどれも乾きがちで、最良の状態を期待することは出来ません。「餃子」は数種類あり、やはり皮が乾いて固くなってしまっていました。ただ、生まれて初めて宇都宮餃子なるものを食しました。味の方もなかなか個性的でそれなりに楽しむことが出来ました。ただ、驚いたことに卵料理がなかったのです。ご飯用の生卵はあったようですが、目玉焼きやスクランブルエッグの類が皆無。いくら卵不足で値段が高騰しているとは言え、役者不足過ぎます。それを補充するほど料理の品数がある訳でもなく、正直ガッカリでした。
やはり、バイキングでも卵料理に関してはオーダーで作ってくれるホテルの朝食が望ましいと思います。ただ、これも筆者はとんでもない目にあったことがあります。大阪の一流ホテルでのこと。卵料理は目玉焼き、スクランブルなどその火の入れ具合をオーダーして、調理場で作られたものがテーブルに出される方式でした。筆者はスクランブルエッグを注文。出てきた料理は火の通し方も良く、半熟で美味しそうでした。ところが一口食べた途端、塩辛い。明らかに塩加減を間違えたのです。すぐにサーヴィスを呼び、塩辛くて食べられたものではないと皿を突っ返しました。しばらくして、運ばれてきた皿を見て愕然としました。明らかに量が倍くらいになっていたのです。嫌な予感がしました。案の定、相変わらず塩辛いのです。おそらく返却されたスクランブルエッグをフライパンに戻し、さらに卵液を入れ再生しようとしたのでしょう。塩の入れ過ぎは再生不可能、作り直すしかないということをこの料理人は知らないのでしょうか。呆れ返り、ただちに「作り直し」をサーヴィスに命じました。名だたる一流ホテルでこの体です。個別にするとこうしたミスが生じます。その点、「ビュッフェウォーマー」であれば、あの容器全体が塩辛いなどという凡ミスはさすがにないかと思われます。ただし、スクランブルエッグなど炒り卵になってしまいますが。
結論から申し上げれば、筆者にとって一番印象に残っている朝食はパリのホテルの部屋で食べたコンチネンタル式のものでした。いわゆる朝食室でのバイキング式はある程度大きなホテル。筆者の泊まった部屋数の少ないデザイナーズホテルなど、朝食はルームサーヴィスが当たり前。朝起きると専用の電話番号に電話をします。質問は二つ。ジュースは何にするか。そして、コーヒーかカフェオレか(紅茶はティーバッグと白湯が来ます)。この二問に答えるとしばらくして部屋のチャイムが鳴ることに。チップを渡して、朝食を中に。内容は筆者の場合、生搾りオレンジジュース、カフェオレ。そしてパンの盛り合わせ、以上。これがコンチネンタルの朝食です。もちろん、パンは数種類。バターやジャムも付いて来ます。
炭水化物嫌いの筆者としては異例の事態ですが、その後、昼も夜もフランス料理にワインでその際パンは食しませんから、朝はシンプルなパンだけがかえってサッパリしていて、これから続く怒涛の脂肪やたんぱく質への絶妙の助走になっていたように思われます。また、別に高級なパンではなさそうなのですが、これが実に美味しいのです。先ほどのクロワッサンではありませんが、東京の高級なブランジュリーのクロワッサンほど余分な味がする。バターと塩味だけであとは生地そのものの味だけで良いのに、だいたい妙な甘さがあるのです。バケット、クロワッサン、デニッシュなどついつい全部食べてしまいます。卵もなければ、ソーセージもない。それでも納得の満足感がありました。
おそらくそれはパリだったからでしょう。昼も夜もフランス料理とワインが最低一週間続くなんて、日本ではあり得ないでしょうから。そうなると、結局、少量のパンと卵料理、そしてソーセージくらいはいただきたいか、と。コーヒーも出来れば美味しいものが嬉しいのですが。しかし、これらをクリアするのはなかなか至難の業か、と。ホテルの朝食は筆者をいつも悩ませるのです。
今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュの白の双璧の一つ『シャブリ』のニューモデル」
「シャブリ 2020年 AC シャブリ ドメーヌ・モロー・ノーデ」 5300円(税別)
このクールもハーフターンしたところ。そろそろ暑さも増してきましたし、スターターがシャンパーニュでしたので、ここで白ワインで一息つくのも乙か、と。
シャンパーニュときたらやはりシャルドネですのでブルゴーニュの白を。手頃ながら意外にヴァリエーション豊かな「マコン」や例外的にアリゴテでアペラシオンを有している「シャロネーズ」の「ブーズロン」といった変化球もあるのですが、ここはやはり双璧の「ボーヌ」のモンラッシェやムルソーか「シャブリ」のどちらかにしましょう。
ということで、コート・ドールに頼りがちなのも何なのでここでは「シャブリ」を選ばせていただきました。ブルゴーニュの北の飛び地、ヨンヌ県にある「シャブリ」はその「キンメリジャン」と呼ばれる牡蠣や貝類の化石などが混じった石灰質の特殊な土壌によってミネラル分を多く含んだワインを産しています。
ひと昔、「生牡蠣にはシャブリ」というのが定番で、「シャブリ」と言えば緯度が高いこともあり、酸味の強いキレの良さが売りで、モンラッシェやムルソーは酸よりコクのある味わいが魅力と対照的な比較がなされたものでした。
しかし、実際のところ、格付け畑で造られるシャブリは酸が穏やかでエレガントなスタイルなものが多く、また昨今のビオブームで造られる自然派のシャブリは果実味を生かしたもので酸を強調するスタイルではなく、シャブリもまた多彩な味わいのワインを楽しむことが出来ます。
今回紹介させていただく「モロー・ノーデ」のステファン・モロー・ノーデは、アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール、パトリック・ピウズと並んでシャブリのニューゼネレーション御三家の一人として高く評価されています。2004年にドメーヌを継承したステファン氏の造るシャブリは一般的な硬い柑橘系の酸の強いものとは異なり、「ジューシーでセクシーな果実味が混じり合った非常に生き生きとしたミネラル感」が魅力と評されています。
また、ロワール地方は「プイィ・フュメ」の「シレックス(火打ち石)」というワインで一世を風靡した故ディディエ・ダグノーがエチケットのデサインに協力したというエピソードからもステファン氏のワインがフランスの白ワインを代表する資質を持つものであることが推測されます。
是非、この機会に新時代のシャブリをご堪能あれ。
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略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
皆さんはゴールデンウィーク、どうお過ごしでしたか。筆者も含め、長い方は九連休になったかと思います。筆者は新学期疲れからか、何もする気力がなく、ずっと家にいました。最後の日曜日だけ会食の約束があり、雨の中出かけることになったのですが。この会食、筆者にとっては初めての経験で緊張しました。というのも、四人のメンバーのうち筆者を除き三名がシェフという、筆者だけ完全にアウェーな感じ。そのメンバーというのが元代々木町「シャントレル」中田シェフ、広尾「レギューム」大塚シェフ、東麻布「ユヌ・パンセ」馬堀シェフ。 中田シェフとは三月も静岡で「按田餃子」の按田優子さんたちとご一緒しました。が、筆者の亡き両親の実家も中田シェフの実家も静岡市内という偶然の一致で、静岡に出かける際は中田シェフにもお声がけして、静岡の秀逸なフレンチ「カワサキ」などにご一緒させていただいている次第です。 大塚シェフとは「シャントレル」でカウンターの隣に座られた際、中田シェフに紹介され、広尾のお店には何回かお邪魔させていただきましたが一緒の会食は初めて。 馬堀シェフとは初対面でした。大塚シェフと六本木「コジト」で一緒に働いておられたそうで懐かしく思いました。ブルゴーニュ愛好家で有名な山田シェフの「コジト」は2008年の『ミシュラン』東京版が初お目見えした際、一つ星を獲得。実はこの日会食の場となった赤坂「シュマン」もその際、一つ星を獲得しています。「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トキオ」でお世話になった市川シェフの広尾「シェ・トモ」も一つ星獲得と『ミシュラン』開始時、その評価は結構真っ当だったと思うのですがいつの間にか首を傾げるようなものになってしまいました。 2008年当時、『日刊ゲンダイ』紙で「ランチで使えるミシュラン」というコーナーを担当することになり、記者の方と二人で星付き店のランチを十軒ほど食べ歩き記事にしました。「シュマン」、「コジト」もその時訪問していました。 また、馬堀シェフは麻布十番で「カラペティ・バトゥバ」のシェフを務めておられたとのこと、お目にかかれて光栄でした。実はこのレストラン、一度行ってみたかったのですが行く機会がないうちに閉店になってしまったのでお目にかかれて光栄でした。(現在は近くに移転され営業されています) 筆者のような一フランス料理愛好家が三人のシェフに囲まれて食事することになってしまい、どうしてよいやら困惑するばかりでかえって妙なハイテンションになってしまいました。とにかく三人三様でご自分の考えをはっきりとおっしゃる。語り方はソフトであったり、決して圧を感じることはないのですが、いわゆる日本人特有の「同調性」が皆無なので、筆者もついつい本音で昨今のフレンチの駄目さ加減を糾弾することに。もちろん、この場におられるシェフたちには当てはまらないのですが。 「シュマン」はオーナーの柴田さんがソムリエでいらっしゃるので、ワイン愛好家にはワイン揃いのよいレストランとして有名。筆者も何度か訪れています。中田シェフが柴田さんのみならず、シェフの信定さんとも懇意にされているようでこのレストランでの会食になった次第です。 ワインに関しては最後の一本は柴田さんがとっておきのワインを出して下さるとのことで、それまでは筆者のチョイスでということに。このメンバーならブルゴーニュなのだろうなあと思ったので、ともかくもリストのブルゴーニュの頁と格闘することに。最後のワインが高価になるだろう、多くのワインが空くことになろうと予測し、価格は抑え気味にスタートすることにしました。ともかく、シェフたちは良く食べ、良く飲まれる。テイスターの筆者とは対照的。ジュヴレ=シャンベルタンの項にカミュのグランクリュが数種、一万円後半でリストアップされていました。そこでマジ=シャンベルタン2004年を選びました。ヴィンテージはオフでしたが充分美味しくいただけました。熟成したおおらかなジュヴレ。グランクリュがこの価格とはありがたい限り。 三十年ほど前、筆者がワインに熱中していた時代、ブルゴーニュと言ったらまず、カミュの黒いエチケットが思い浮かんだものでした。1994年だったと思いますが、関西で最高の評価を得ていた心斎橋の「ビストロ・ヴァンサンク」(見田盛夫『エピキュリアン』で三つ星獲得)に出かけた際、ソムリエ氏から薦められたのがカミュのジュヴレ=シャンベルタンでした。関東はボルドー、関西はブルゴーニュという好みの違いも学んだ次第です。 驚いたのは中田シェフたちの世代になるとカミュを知らないというのです。デリケートで造り手が多彩なブルゴーニュが大量に輸入されるようになるにはリーファーコンテナが当たり前にならねばならなかったからかと思われます。 二本目は柴田さんがブルゴーニュを用意されるというのでボルドーにしようと思いました。メドックは有名どころばかりでしたので、リブールヌで探したのですがフロンサックに安くて優れたシャトーが三点挙がっていました。その中からコンサルタントとして高名なミシェル・ロランが所有する「シャトー・フォントニル」2001年を選びました。ロランはポムロールにも「シャトー・ボン=パスツール」を所有していますがフォントニルならレストランでも一万円程度で飲むことが出来ます。メルロの果実味を生かしたロランらしい濃厚なワインで楽しませていただきました。 そして、いよいよ柴田さんのセレクトされたワインがテーブルに。中田さんが「やっぱりジャッキー・トルショーか」と。筆者はその名前に聞き覚えがありました。最近、何回かフランソワ・フュエを飲んでいたのですが、フュエの「モレ=サン=ドニ プルミエクリュ クロ・ソルベ」の元の所有者がトルショーだったと記憶していたのです。モレ=サン=ドニの名手と言われていたそうですが2005年に廃業し、畑を売却してしまったようです。中田さんから、柴田さんがトルショーと知己で現役時代からトルショーをレストランで出していたそうです。トルショーはフランス国内で消費されてしまい、海外にはなかなか出回らなかったらしく、廃業後はプレミア物になっているそうです。調べてみると最後の2005年クロ・ソルベなど五十万円以上していました。驚愕しました。自分たちのテーブルに出されたのも2005年でしたが、畑違いで「モレ=サン=ドニ プルミエクリュ レ・リュショ」でした。「レ・リュショ」はシャンボール=ミュジニーに隣接した畑。ともかくも貴重な体験をさせていただきました。カミュのおおらかで明るい色調のワインとは対照的に、しみじみとしたタンニンの効いた落ち着いたワインでした。 その後もグラスで色々いただいたのですがシェフたちの酒量には驚くばかり。 信定シェフの料理は丁寧な仕事ぶりでメインの仔牛のしっとりした火通しの見事さ、ソースのモリーユの使い方の秀逸さを挙げれば推して知るべしかと思われます。 支払いは中田シェフ、柴田さんのお心遣いがあったようで予定していた予算でほぼ収まりました。翌日から大学が始まりますので先に失礼しました。皆さんは河岸を変えて、朝の八時まで飲んでおられたそうです。シェフたちの(柴田さんも含め)ヴァイタリティには感心するばかり。 貴重な経験をさせていただきました。皆さんに心からお礼申し上げます。 今月のお薦めワイン 「秀逸なるボルドー白ワインの産地でもあるグラーヴをお忘れなく」 「シャトー・カルボニュー ルージュ 2017年 AC ペサック=レオニャン」 6800円(税別) ボルドーワインの二大産地と言えば、左岸のメドックと右岸のリブールヌと言われていますがもう一つ忘れてはいけない地域があります。それがメドックの南、ボルドー市周辺からガロンヌ河流域を遡る「グラーヴ」と呼ばれる地域です。グラーヴはボルドーの白ワインの産地として有名で辛口はもとより貴腐ワインとして有名な「ソーテルヌ」や「バルザック」もグラーヴ地区に位置します。 しかも、赤ワインも1855年のメドックの格付け第一級に例外的にグラーヴの「シャトー・オー=ブリオン」が選出されています。そこで1953年にグラーヴ独自の赤ワインの格付けが行われ、1959年には白ワインも含めた改訂がなされて現在に至っています。格付けされたシャトーはすべてグラーヴ北部の村にありますので、1986年ヴィンテージからそれらの村独自のアペラシオン「ペサック=レオニャン」を名乗ることになりました。つまり現在、「グラーヴ」を名乗るワインはグラーヴ地区南部の村に存在するシャトーのものです。 白ワインに関しては、辛口はソーヴィニヨン・ブランが決め手でセミヨンがセカンド、ミュスカデールが補助品種というセパージュです。それに対し、甘口の貴腐ワインはセミヨンが主役、ソーヴィニョン・ブランとミュスカデ―ルが補助品種といった配分です。 赤ワインは南部のACグラーヴは果実味が決め手で早めに飲むタイプ。価格もリーズナブルでランチにピッタリのワインです。パリのビストロでのランチのワインと言えば、ACメドックかACグラーヴのワインがお決まりでした。 それに対し、ペサック=レオニャンの赤ワインは煙草や燻製のフレーバーがあり、タンニンもしっかりして複雑な味わいが持ち味。格付けではオー=ブリオンとミッション=オー=ブリオンがツートップに君臨しています。 今回は格付けされたシャトーの中から「シャトー・カルボニュー」を紹介させていただきます。カルボニューは長らく白の方が有名でしたが1980年代以降赤も好調で、日本人には馴染み深い銘柄です。セパージュもソーヴィニヨン60%、メルロ30%、フラン、プティ・ヴェルド、マルベックが補助品種とメドックと同じ。価格的にも格付けシャトーの中では良心的なもので、グラーヴのトップクラスのワインを較的手頃に楽しむことが出来ます。是非、この機会に一度お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP...
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by Osamu Seki
『美食通信』主宰のThe Cloakroom店主島田さんに、昨年四月開業し一年経ったばかりの銀座七丁目のフレンチ「トワヴィサージュ」にご招待いただきました。すでに今年度の『ゴ・エ・ミヨ』に掲載され、『ミシュラン』のHPでも紹介されたと言いますから、来年あたり『ミシュラン』で星を取るのではないでしょうか。これは興味津々です。2017年、日本版『ゴ・エ・ミヨ』が創刊された当時、若手シェフ賞を獲得したレストランを何軒か食べ歩き確認しました。どの店も料理は確かに素晴らしく及第点なのですがレストランとして再度訪れたいかと言われれば、あえて行きたいほどの店はありませんでした。つまり、ワインなりサーヴィスなりレストランという食事する「空間」に魅力が欠けているのです。筆者は「レストランの正三角形」を唱え、料理、ワイン、サーヴィスが正三角形を織り成すようにバランスよく秀でた「空間」こそ美食に相応しい名店と言えると考えます。
果たして、今回の『トワヴィサージュ』も予習で様々な資料を拝見しましたが、國長シェフを讃える記事ばかりでレストランが見えてこず、正直不安でした。しかし、サーヴィスのユニフォームを島田さんに受注するオーナーのこだわりも垣間見えていましたので期待する心もあったのは事実です。
まず、興味深かったのが住所はThe Cloakroomと同じ銀座七丁目なれど陸橋を越え、店舗の密集したビルや喧騒とは無縁な闇の中に吸い込まれていく導線でした。しかし、よく見るとグリル「梵」や「ル・ジャルダン・デ・サヴール」など老舗の名店も近くにあり、美食の界隈であることが分かりました。ガラス張りのエントランスはここがグランメゾンとはちょっと分かりにくい地味な趣ですが、ソムリエ氏が島田さんを確認するや扉を開けて迎えて下さったのは「美食」の幕開けに相応しいものでした。もちろん、ソムリエ氏は島田さんの店でしつらえたお洒落なスーツをさりげなく着こなしているのです。ユニフォームといってもホテルの黒服ではなく、オープンキッチンの中のシェフたちもグレーのつなぎ風のデニムエプロンと白いコックコートではありませんでした。
こうしたこだわりはお品書きが紙一枚で食材を羅列する流行りのスタイルではなく、カウンター席に座り、すでに置かれている陶器の蓋を開けると今日の料理に用いられるハーヴや花が敷き詰められた中に単語カードのようなものがあり、一枚一枚に料理名が記され、それをめくっては石でできたスタンドに差し込んで料理をいただくという趣向に明白に表われていました。
客席数は刈り込まれ、奥に個室がありますが防音が施され、女性たちのおしゃべりも戸が開いてシェフが料理の説明をされているときに聞こえてくるだけで落ち着いて食事を楽しむことが出来ました。國長シェフの料理は繊細なものでどの料理も優しい味。ポーションを小さくしていただいたこともあり、どの料理もほとんど残さず食したので島田さんに驚かれました。オイリーな料理は「春筍の炭火焼き べアルネーズソース」くらいでこの焼目をつけたべアルネーズソースが軽やかで絶品でした。普通はアスパラバスで作るのですが筍も良い。どの紹介記事にも載っているスペシャリテの「極みエノキのソーセージ」はそれに相応しい美味でした。とても中身がエノキだけとは思えない芳醇な味わいで、調理で出たくず野菜を煮詰めて作ったソースも濃厚ながらくどさはなく美味しくいただけました。あと、魚料理が「舌平目」だったのが嬉しかった。筆者がフレンチを初めた半世紀近く前、魚料理といえば「舌平目」が定番だったのです。いつしか忘れられてしまった食材を復活させてくださったことに感謝。
また、デセールは別にパティシエールがいらしてその方が作られていました。このスタイル、『ミシュラン』一つ星の東麻布の「ローブ」が用いて成功を収めています。これも元々昔のグランメゾンのスタイルです。ホテルにおいて料理部門と菓子部門が分かれているのがその起源か、と。ご存じのように近代フランス料理の祖エスコフィエは「ホテルリッツ」の総料理長だったのです。惜しくも閉店してしまった芝の「クレッセント」など料理長より菓子部門のトップの方の方が偉かったのに驚いたことがあります。当時はデパートの菓子売り場に「クレッセント」や「レジャンス」などフレンチの名店の菓子売り場があり、筆者は「レジャンス」のオペラが好物でよく買って食べたものです。このパティシエールの作られた「日向夏のクレームキャラメル」は食感が抜群で料理に引けをとらない逸品でした。
しかし、今回筆者が一番気に入ったのはソムリエ氏をはじめとするサーヴィスのスタッフの優秀さでした。ソムリエバッチをあえてつけていないソムリエ氏は島田さんのスーツにあのバッチが似合わないことが分かっていらっしゃる。そんなセンスの良いソムリエ氏ですから、予算を伝えてリストになかったモレ=サン=ドニのワインをお願いしたところ、三本用意されてきてその中から筆者が選んだのはジョルジュ・リニエの「クロ・サン=ドニ 2009年」。良心的な価格のジョルジュ・リニエだからこそ、グランクリュでこの価格で提供できるのを周知されている。若いがなかなかのやり手と感心した次第。
また、サーヴィスの女性陣もさりげなくさっと椅子を引き、水がなくなりそうになるとスッとグラスに注がれる。絶妙のタイミング。これはコンパクトな店構えだから可能なのでしょうが一番大事なこと。料理人と一緒にカウンター越しにソムリエがワインを出したり、ソムリエに水がないと告げると管轄違いと素通りされるなど、料理に特化した日本のフレンチの星付き店のサーヴィスの悪さといったら目も当てられない。上から目線でやたら料理の講釈ばかり並べて肝心の客への配慮に欠ける本末転倒の料理のお運びさん。それに比べ、黒子に徹し、客へ細心の注意を払うソムリエ氏とサーヴィスの女性陣こそ、食事を快適で印象深いものにしてくれているのだ、と。
店名の「トワヴィザージュ」とはゲスト、スタッフ、生産者の「三つの顔」の関係性を大切に考えての命名とHPでは謳われています。確かにそうした思いが伝わってきた素晴らしい時間でした。しかし、筆者にとっての「トワヴィザージュ」とは「レストランの正三角形」の料理=シェフ・パティシエール、ワイン=ソムリエ、そしてサーヴィスのそれぞれがバランス良く三位一体となって「美食」のハーモニーを奏でてくれたことを表していると理解した次第です。いずれにせよ、また訪れたい店に違いありません。筆者には高嶺の花かもしれませんが。
いつもながら、島田さん、素敵なお店にお連れいただきありがとうございました。
今月のお薦めワイン 「トスカーナの最高峰 ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」
「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ 2017年 DOCG ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ フォッサコッレ」9800円(税別)
前回ボルドーワインを取り上げました。今回はピエモンテと並ぶイタリアワインでボルドーに相当する二大ワインのもう一方トスカーナ州のワインを紹介させていただきます。この際留意すべきは、フランスワインは地方別でイタリアワインは州別ということです。
ボルドーワインが左岸と右岸の二種類に分類できるように、トスカーナのワインも二種類に分類できます。それは地品種のサンジョヴェーゼ系のワインとボルドーの品種を植えて造られるここ半世紀ほどの比較的新しいタイプのワインです。
まず、伝統的なサンジョヴェーゼ種のワインは何といっても「キャンティ」です。発祥地区の「キャンティ・クラシコ」から様々な地区、さらに広域のキャンティが存在します。他にはサンジョヴェーゼの亜種のプルニョーロ・ジェンティーレ種から造られる「ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ」、モレッリーノ種から造られる「モレッリーノ・ディ・スカンサーノ」、さらにサンジョヴェーゼ種にカベルネ種を補助品種として早くから用いている「カルミニャーノ」が挙げられます。
しかし、何といってもその最高峰はブルネッロ種から造られる「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でしょう。タンニンがしっかりして熟成に時間がかかり、また高価。そこで早くから気軽に楽しめる軽やかなタイプの「ロッソ・ディ・モンタルチーノ」も造られるようになりました。
サンジョヴェーゼ系のワインはキリッとした酸が特徴的でタイトなスタイル。まさにボルドーでしたら、メドックのワインに相当すると言えるでしょう。
今回はモンタルチーノ村の中でも最高の位置にある畑を所有すると言われるフォッサコッレ社のブルネッロ・ディ・モンタルチーノを紹介させていただきます。50%バリック、50%木樽で12ヶ月熟成。さらにそれぞれ入れ替えて12ヶ月。その後さらにセメントタンクで12ヶ月熟成。瓶熟に8ヶ月。長期熟成に耐える、骨太のずっしりした味わいの古き良きブルネッロ・ディ・モンタルチーノを彷彿とさせる出来。今飲んでも複雑味があり、エレガントな趣とのことです。是非、お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
筆者がパリでの海外研究の際、お世話になったパリ第八大学名誉教授のルネ・シェレール氏が2月1日に亡くなりました。百歳でした。代理人からのメールによれば、短い入院の後亡くなったとありましたので、直前までお元気だったと思われます。1922年11月25日生まれ、筆者と誕生日が二日違いで星座も同じ。もう、三十年近く前になりますが今も鮮明に思い出します。それから毎年、少なくとも年末年始のご挨拶にクリスマスカードを出していたのですが、ずっと自筆のカードのお返事をいただいていました。一昨年、お返事がなかったので昨年末はカードを出すのを控えてしまいました。今思えば、百歳のお祝いでもありましたし、出しておけば良かったと悔いています。
シェレール先生の二歳年長の兄上はヌーヴェルヴァーグの映画監督として有名なエリック・ロメール(本名、モーリス・シェレール)。先生は1969年のパリ第八大学創設時からの生き証人的存在で、近年までセミネールを大学で行っていました。その模様はYoutubeで配信されています。ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズといったフランス現代思想の巨人たちと親しい友人でした。フーコーとの関係については「シェレールとフーコー」という拙論を綾部・池田編『クィアと法』(日本評論社、2019年)に執筆しています。
筆者が東洋大学で助手をしながら、シェレール先生からインヴィテーションをいただき休みの時に大学の海外研究費でパリに出かけていたのは1994年から1996年のこと。まさに遊学といった体で、最初の年こそ一人で出かけましたので真面目に大学に通いましたが、その後は昼夜フランス料理を食べ歩き、今の美食探求の礎となる経験の一つとなっています。
シェレール先生と会食したのはランチを二回。というのも、最初先生にお会いした際、「私は午後五時以降、家にいないので電話しないように」と言われたのです。当時はSNSの類はまったく存在せず、郵便以外の通信手段は電話かFaxだけでした。ですので、原稿も日本ではワープロがありましたが、パリでは自筆かタイプライターという時代でした。
最初の会食は1995年、パリ八区ジョルジュサンク通りにあったホテル「プランス・ド・ギャル」のメインダイニング「ジャルダン・デ・シーニュ」で。その時の模様は「白鳥たちの庭」という拙稿にまとめ、まず心理学雑誌『イマーゴ』(青土社)に掲載され、その後拙著『美男論序説』(夏目書房、1996年)に所収されています。この時の記憶は何といっても初めてクリュッグを飲んだこと。お世話になったお礼にとドンペリを頼もうと思ったら、ソムリエ氏がその値段出すならもう少し奮発してクリュッグにした方が良いとアドヴァイス下さり、クリュッグに。温度も冷やし過ぎてはいけないと気持ち高めの温度でいただきました。シャンパーニュの奥深さに触れた気がしたものです。この時のワインはサン=ジュリアンの第二級レオヴィル=バルトンの1978年。実に美味しかった。
シェレール先生はお酒をほとんど召し上がらず、その代わりミネラルウォーターにはこだわりがあり、サンペリグリーノをいつもご所望でした。パリのカフェやレストランで「ガズーズ(発泡性のミネラルウォーター)」といえば、大体が「ペリエ」というのが定番で、日常使いが「バドワ」。そんな中、イタリア産の「サンペリグリーノ」を何処へ行っても頼もうとするシェレール先生が何ともお茶目というか愛おしく思えました。筆者もそれ以来、サンペリグリーノの愛飲者です。さすがに沸かして飲むには向きませんのでその際、筆者は「パンナ」を使っています。ワインはフランスオンリーですが、ミネラルウォーターはイタリアと相性が良いようで。
もう一回は翌1996年、先生のお宅の近くパリ13区の「アナクレオン」で。この時は写真を撮っていて、先生が筆者と肩を組んで二人で撮った写真は今も宝物です。現在まで世界唯一のシェレール先生の思想の入門・研究書、マキシム・フェルステル氏の『欲望の思考』の拙訳を2009年富士書店から出版した際、その写真を掲載しました。献本をパリに送ると先生から「何故、私はキャップを被っていたのだろう」と連絡があったのを懐かしく思います。当時、筆者はパリにはお気に入りのアニエスbの革ジャンと革パンで出かけていて、写真におさまっています。夜の星付きレストランでのディナーにはゴルチエのダブルのスーツにカール・ヘルムの蝶ネクタイで出かけていました。蝶ネクタイは精神分析家のジャック・ラカンを意識していたのだと思います。
しかし、何より先生との食に関する思い出といえば、トルビアック通りにある先生のお宅に伺った際の「紅茶とクッキー」でしょう。アパルトマンの結構上の階にお住まいで、エレベーターで上がり、目的の階に着き扉が開くと、すぐ目の前に先生の部屋があったように記憶しています。数回は伺ったでしょうか。そして毎回、紅茶とクッキーが出るのです。紅茶は決まってマレに本店のある「マリアージュ・フレール」で、自慢げに毎回「マリアージュ・フレールなんだよ」とおっしゃっていました。普通の紅茶ではなく、烏龍茶のような独特の味わいの紅茶でした。縁のちょっと欠けた茶碗で出されるので最初は驚きました。一方、クッキーの方はこだわりがないようでスーパーか何かで買ってきたような紙製の箱や包みに入ったものを広げて出されるのです。そして、事ある毎に「お茶を飲みなさい」、「クッキーを食べなさい」を繰り返されるのです。ですので、筆者にとって、シェレール先生のお宅に伺った際の記憶は勧められるがままに紅茶を飲み、クッキーをいただいたことに終始するといっても過言ではありません。
しかし、もちろん、その間には実に様々なお話をさせていただきました。学問上のことはもちろんですが、この後ディナーに出かけると告げると、先生は「そう言えば、友人のジャン=ポール・アロンは随分と美食家だったなあ」と思い出を語って下さりました。ジャン=ポール・アロンは歴史家ですが美食家としても有名で、拙訳の『ピュドロさん、美食批評家は何の役に立つんですか?』(新泉社、2019年)でピュロドフスキも一目置く美食家として言及しています。また、ちょっとお洒落して行った際は、ファッションの話になり、先生は「それはフーリエがすでに論じているよ」とおっしゃり、「ちょっと待っていなさい」と書斎に行かれ、専門であられるフーリエの著作集を探されてきて、「ここだ、ここだ」と嬉しそうに該当箇所を示して教えて下さったものです。そして、話が一段落すると「お茶を飲みなさい」、「クッキーを食べなさい」とご親切に勧めて下さるのでした。
パリで過ごした時間は本当に短いものでしたが、レストランでの食事とシェレール先生との思い出に尽きると言っても良いでしょう。シェレール先生には本当に感謝しています。先生、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。
今月のお薦めワイン 「ボルドーの正統 メドック」
「シャトー・デュ・テルトル 2018年 AC マルゴー 第五級」9300円(税別)
フランスとイタリアそれぞれのワインの「王様」を訪ねた後は再びフランスに戻って、ワインの「女王様」にお目にかかることにしましょう。それがボルドーワインです。王様ブルゴーニュワインとの大きな違いは葡萄の用い方。ブルゴーニュがピノ・ノワール単品種でワインを造るのに対し、ボルドーは複数の葡萄をブレンドしてワインを造ります。そして、その際、主たる葡萄品種の違いによってさらに二つのタイプに分類できるのです。それは主たる葡萄品種がカベルネ・ソーヴィニヨンの地形的にジロンド河「左岸」の「メドック・グラーヴ」とメルロ主体のジロンド河「右岸」の「リブールヌ」のワインになります。
その中でもメドックのワインは1855年の格付けが現在も通用し、第一級に格付けされた「五大シャトー」はボルドーワインの顔といっても過言ではありません。今回はメドックのワインを紹介させていただきます。
格付けされたワインはすべてメドックの中でも北にある河口の上流域、即ち高い(オー)場所にある「オー=メドック」のワインから成り立っています。メドック下流域のワインは「ACメドック」を名乗り、上流域のワインは単独に名前を名乗れる村とそれ以外の村に分かれ、それ以外の村々は「ACオー=メドック」を名乗ることになります。格付けされたシャトーで「オー=メドック」を名乗るシャトーも五つ存在しますが、大多数は村名を名乗るシャトーということになります。
それらの村が上流から「マルゴー」、「サン=ジュリアン」、「ポイヤック」、「サン=テステフ」です。ただし、「マルゴー」だけは例外でマルゴー村以外のカントナック村、ラバルド村、スーサン村、アルサック村のワインも「マルゴー」というアペラシオンを名乗ることが出来ます。
また、「リストラック」と「ムーリス」は村名を名乗ることが出来ますが格付けシャトーは存在しません。その分、手頃な価格で良質のメドックワインが楽しめるアペラシオンと言えましょう。
今回は「ACマルゴー」の第五級「シャトー・デュ・テルトル」2018年を選んでみました。マルゴーのワインは上記のように複数の村がそう名乗れますので畑も複数の村に分散しているシャトーがほとんどです。その中にあって、アルサック村にあるこのシャトーは畑が分散することなくまとまった形で構成されています。長らく、サン=テステフの第三級、シャトー・カロン=セギュールのガスクトン家が所有していましたが、1998年、同じマルゴーの第三級シャトー・ジスクールのオーナーが買い取り、現在に至っています。
2018年のセパージュ等はカベルネ・ソーヴィニヨン40%、メルロ30%、カベルネ・フラン16%、プティ・ヴェルド14%。新樽率50%、樽熟成14か月。
マルゴーのワインの特徴はメドックの中では色は赤みが強く、香りに独特の青臭さ(ピーマン臭という方もいます)があります。ソーヴィニヨンの比率が抑えられているのでタンニンも強すぎず、ボディも重すぎず、エレガントな趣のワインが出来ます。「ワインの女王」と呼ばれるボルドーワインにおいてその名に一番相応しいのは「マルゴー」のワインと言えるかもしれません。シャトー・デュ・テルトルはそうしたマルゴーの特徴を優れて体現しつつも、高騰する格付けシャトーの中で価格はいまだ控えめとまさに通には見逃せないアイテムとなっています。是非、この機会にお試しくださいませ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
外食を好まず、出かけるなら二人でフレンチという筆者にとって一番縁遠い料理は「中華料理」と言えるでしょう。筆者は事ある毎に、自分は「美食(ガストロノミ)」には関心があるが「グルメ(食通)」ではないと申し上げてきました。つまり、「美食」というのは本来フランス料理の「美学」のようなものであり、その意味で「中華料理」は「美食」とは縁がない。例えば、「激辛フランス料理」は存在するでしょうか。「激辛」は「美食」の扱うところではなく、「グルメ」の扱うところであり、「激辛麻婆豆腐」や「激辛ラーメン」は「グルメ」としては立派なジャンルとして私たちの食文化を豊かなものにしてくれていると筆者は考えます。
思えば、小学校から中学校にかけて三年半ほど神戸に住んでいたのですが、横浜と並ぶ中華街があるにもかかわらず、一回しか出かけたことがありませんでした。お客様が来られた際の外食は決まってステーキで、あとは「うどんすき」くらいでしょうか。父が時折お土産で名店と言われる「第一楼」の中華を持ち帰ることがあったので、どうしても一度連れて行って欲しいとおねだりして出かけたのですが、子供心に大したことはないと思ったのかリピートを願い出ることはありませんでした。
そんな筆者でも一年に一度くらいは「中華料理」を食べに行ってもよいかという思いはあります。それは円卓を囲んで色々な料理を取り分けていただくのは筆者によって好都合でもあるからです。とにかく沢山食べるのが嫌いな割には一口食べてみたいという欲望は誰よりも強いのが筆者。ワインも同じです。自分はテイスターには向いているがグルメには一番縁遠い存在。円卓を囲んでの会食は、小皿にすべての料理を少しずつ取り分けて、お酒と共にのんびりマイペースでいただけば、これはこれで筆者にとって至福のひと時であることに違いありませんので。それでもあのせかせかした次から次へと料理が出てくるせっかちさは正直苦手なのですが……。
筆者お気に入りの円卓は幕張本郷の「桂花楼」。ご存じの方も多いかと思いますが嵐の相葉雅紀さんのご実家です。駅から歩いて数分の住宅街の中にある今流行りの言い方をすれば地元の人々に愛されてきた「町中華」。原則予約を取らないのですが、奥に二卓個室仕様の円卓があり、これは逆に予約制。パーテーションで区切られていますので、一卓だけでも、二卓一緒に使うことも出来ます。隣の幕張駅にある専門学校で教えていますので、学生・OB・教員の皆さんとご一緒したり、母校の千葉大学の関係者とご一緒したり、高校時代の同級生たちとの会食などコロナ禍前は年に一度くらいは出かけていました。
コロナ禍になって円卓は遠のいてしまいましたが、高校の同級生数名で定期的に会食するようになり、その中のメニュに横浜中華街での「北京ダック」というのがあります。多くても四名でのドライブ小旅行ですのでコロナ禍でも出かけていたのですが、さすがに中華街に近づくのは気が引けて、一度は横浜駅前の「崎陽軒」本店に出かけ、しばらく中華はお預け状態に。先日そろそろ大丈夫ではないかと久しぶりに横浜中華街の北京ダック専門店「北京カォヤーテン」に出かけました。メインの通りを路地に入ったところにあるのですが、入り口のガラス越しにこれぞとばかりに北京ダックがぶら下げられていて、店内は広く二階にも席があり、予約なしでも入れるので中華街はいつもこの店に。
他の店同様、食べ放題というのがあり、しかも時間が無制限なので、酒のつまみよろしくちびちびと料理を頼んでは昼のひと時を酒を傾けつつのんびり過ごすことのできる、中華街にあって外の喧騒を忘れさせてくれる得難い店の一つだと思われます。思えば、中華料理は食材の下準備さえしておけば、あとは一気に強火で仕上げるタイプの料理が多く、食べ放題でもバイキングのようなスタイルを取らず、注文を受けてから調理して出すまでに時間がかからないので次々と注文した料理が作り立てで出てくる。まさに食べ放題向きの料理であり、これこそ「グルメ」向きということではないでしょうか。
そんな中華料理のお供はまさに「紹興酒」。よくワインは召し上がらないのですかと聞かれるのですが考えたことがありません。中華料理は味が濃く、しかも激辛でなくとも麻婆豆腐のような辛口の料理が多々存在します。味の微妙な変化を楽しむワインとの相性はよくないと考えます。確かにフレンチの影響を受けた「ヌーヴェル・シノワ」であればワインとのマリアージュも可能か、と。実際、『ミシュラン東京』刊行の2008年、日刊ゲンダイの連載「ランチで使えるミシュラン」の取材で、汐留のコンラッドの「チャイナ・ブルー」が一つ星を獲得したので出かけた際、グラスワインを頼みました。まあ、悪くはありませんが積極的に推奨するものでもないというのが持論です。
それに比べ、紹興酒は良い。紹興酒はもち米を発酵させた醸造酒でその点では日本酒、広くはワインとも同じ類のお酒。中国では穀物の醸造酒を「黄酒」と呼び、その中でも長期熟成させたものを「老酒(ラオチュウ)」と呼ぶとのこと。紹興酒は三年以上の熟成を経た「老酒」の一種で浙江省の「紹興」で造られているので「紹興酒」と言うのだそう。熟成の結果、褐色に変色していくのは日本酒の古酒と同様。「北京カォヤーテン」には三年、五年、十年、十五年の四種類の紹興酒がリストアップされています。もちろん、三年もので充分なのですがちょっとケミカルというか人工的な感じがして、それが中華には良いという方がいらしてもおかしくはないのですが自分はちょっと苦手なので五年ものの「女児紅」にしました。
ワインにはタンクでの熟成と樽での熟成があるように、紹興酒にはおそらくタンクと「甕」との熟成の違いがあるのだと思われます。ワインでも最近、アンフォラという素焼きの壺で熟成させるのが流行りになっています。「女児紅」は女の子が生まれた際に紹興酒を仕込み、嫁ぐ際に嫁入り道具の一つとして持参させる「甕出し」紹興酒に相当するもの。現在の「女児紅」はその名残で陶器に入ったもの。三年ものに比べ、明らかにソフトでこなれた感じが心地よい。筆者はぬる燗にしてもらい、ざらめを入れて飲むのが好み。フワッと香りが広がり、甘やかさが味にメリハリのある中華料理には良く合うように思います。
小さめの皿に盛られた料理を少量小皿に取り分け、紹興酒をチビチビやりながらつまむのはなかなか乙なもの。哲学者のG.E.ムーアはその『倫理学原理』(1903年)で「good=善い」の正しい使用の一つとして「親しい友との語らい」を挙げていました。筆者は「親しいと友との会食」が「good」であると申し上げたい。ただし、その際の「good」とは「美味しい」という意味なのですが。
今月のお薦めワイン 「イタリアのニュイ バローロ・バルバレスコ」
「バローロ・ピアンタ 2015年 DOCG バローロ カーサヴェッキア・マルコ」 9000円 (税別)
前回、ブルゴーニュワインの最高峰、コート・ド・ニュイのワインをご紹介しました。今回はそれをイタリアワインに当てはめてパラレルに見て行きましょう。こうすると、フランスワインとイタリアワインを構造的に捉えて習得することが出来ます。
イタリアとフランスの違いはフランスが「地方」単位なのに対し、イタリアは「州」単位ということ。そこで「ブルゴーニュ地方」に相当するのが「ピエモンテ州」になります。そして、ブルゴーニュ地方の赤ワインに用いられる葡萄品種が「ピノ・ノワール」なのに対し、それに相当するピエモンテの葡萄品種が「ネッビオーロ」になる訳です。どちらもボルドーワインのように複数の品種を混醸することなく、原則単品種100%で造られています。
ピエモンテでは他にドルチェット、バルベーラといった品種の赤ワインも造られています。ただ、ブルゴーニュも広域ではボジョレを含みますのでボジョレはガメイ種から造られていますのでパラレルに考えることが出来るでしょう。
そして、ネッビオーロから造られるワインで最高峰と見なされるのが「バローロ」と「バルバレスコ」です。どちらも甲乙つけがたいのですが、「バローロ」は伝統的に「ワインの王であり、王のワイン」と呼ばれています。伝統的なバローロは飲み頃を迎えるまで十年以上を要し、その熟成感はブルゴーニュの銘酒の古酒に匹敵する偉大さを持ち合わせていると言われています。それに対し、バルバレスコはバローロより早くから飲むことが出来、優雅さとバランスでバローロと肩を並べる素晴らしさを有していると言えましょう。
今回はまさにイタリアワインの最高峰、「バローロ」を紹介させていただきます。造り手は十八世紀からワイン製造に関わってきたアルバにカンティーナを構えるカーサヴェッキア。バローロはカルテリオーネ・ファレット村に所有する畑の葡萄から造られているとのこと。ガーネットの輝きのあるルビー色。スパイシーな香り。タンニンが果実味とバランス良く芳醇な味わいを醸し出しています。近年のバローロは以前に比べ早くから飲めるように造られていますので(これは世界的傾向でもあります)、ちょうど最初の飲み頃を迎えていると思われます。フランス人にとっての「ワインの王」がブルゴーニュであるように、イタリア人にとっての「ワインの王」である「バローロ」を是非お試しあれ。
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略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
筆者はいつの頃からか夜中に原稿を書くのが習慣となってしまいました。だいたい毎晩ここまでと切りを付けるのが四時とか五時で、『暴れん坊将軍』の再放送のクライマックスを目処に仕事を切り上げ、若き日の松平健氏演ずる吉宗公のチャンバラと「成敗!」のシーンを見て寝る支度に入ります。どういう訳か、シリーズは二十年以上続いたのに放映されるのは決まったクールのものだけですでに同じ回を数度見ています。話の筋も結末も分かっているのですが何となく見てしまう。哲学者のヴィトゲンシュタインが鬼気迫る講義の後、いつも映画館でスナックを食べながら西部劇をぼんやり観ていたというエピソードも納得が行くような気がします。ヴィトゲンシュタイン先生には失礼ですが。それにしても毎回、悪徳奉行や重臣、利権に関わる大商人らがことごとく「成敗」されすっきりするのに、現実の世はまったくそうはならず、悪がはびこるばかりで生きにくいといったらありません。
そんな訳で平日は毎晩、「めでたし、めでたし」と北島三郎先生のエンディングテーマを聞きながら眠りに就くのですが、一日だけ例外があります。それは金曜の夜中、まあもう土曜日の朝なのですが同時間にはご長寿番組の『渡辺篤史の建もの探訪』が放送されています。一九八九年からとのことですので三十年以上も続いていることに。建築に造詣の深い俳優の渡辺篤史氏が「建築作品として評価できる住宅」を訪問、紹介する番組。渡辺氏は『暴れん坊将軍』で火消し「め組」の小頭役で出演されていたことがあり、そのクールが放映されていると、同じ週の中で役者として軽妙ながら人情味溢れる名演技を披露する若き日の渡辺氏と「素晴らしいですねえ」と独特の言い回しで建築を褒め上げる好々爺の渡辺氏が登場して不思議な気分になります。
しかし、何といっても不思議なのは毎回紹介される「住宅」に他なりません。まあ、外形が丸かったり、五角形だったりと奇抜なのは毎度のことなので余り気になりません。問題なのは家の中。アアルトとかミース・ファン・デア・ローエなど名建築家やデザイナーの椅子やら家具など、いくらかかったのだろうと感心するばかりですがそれも良しとしましょう。気になって仕方ないのは生活感がまったく感じられない。本当に住んでいるの?と問いたくなってしまう家ばかりなのです。
バラエティ番組のタレントの豪邸訪問なら納得いきます。もともと「住宅」建築ではないのですから。ある家族のごく平凡な日々の生活空間、それが「住宅」に他なりません。ほとんどのケースで子供が登場しますが、特に小さい子供のいる家では壁や床に落書きしたり、傷をつけることなど日常茶飯事のはずです。昔の日本家屋であれば、障子が破れているのは当たり前。柱に背比べの傷をつけるのが味わいだったりしたわけです。また、家の中でペットを飼っている家も良く紹介されます、何匹もの猫と一緒に住んでいたり、犬を室内で飼っていたり(思えば、庭の犬小屋というのを見かけたことがありません。犬小屋も設計してもらう必要があるからでしょうか)。いくらしつけが行き届いているとは言え、やはりペットたちは家の中を傷つけます。昔、筆者の家では何故か柴犬を家の中で飼っていたのですが、リビングのソファの上でお犬様は就寝なさり、食事も人間と同じとまさに家族の一員のような生活を送っていました。二十年近く生き、よくしつけられていたのですが、それでもやはり木製の椅子の足などを傷つけてしまうのです。ところが番組で放映される家にはそうした傷や汚れといったものが皆無なのです。
なかでもとりわけ象徴的なのは「台所」です。皮肉なことに渡辺氏は必ずキッチンを丹念に紹介します。さぞかし料理上手なのでしょう。どれも立派な台所ばかりです。使い勝手が良い、無駄がない、素晴らしい収納だ、などなど。でも、使っている痕跡がほとんど感じられないのです。同じ夜中、チャンネルを他局に変えると、台所の換気扇の汚れを取り除く洗剤とか、食器の茶渋などをきれいにする漂白剤とかの通販が放映されています。こちらは過度に汚れた住宅が登場し、台所や風呂場で商品が大活躍。あまりに対照的で唖然とします。おそらくどちらもある種の嘘があるとしか言いようがありません。
しかも、『たて物探訪』では必ずと言ってよいほど食事のシーンが登場します。他の日に撮影するのでしょう。そこに渡辺氏の姿はなく、家族団欒のランチ、建築家を招いての昼の会食とこれも何故かディナーがない。そんなに見事な台所なら、渡辺氏訪問の際にお料理して一緒に食事し、もてなせばよろしいのではないでしょうか。料理するシーンの無い、汚れ一つなく整然と物静かな台所は「建築」としては正しいのかもしれませんが「住宅」としてはいかがなものでしょうか。
しかし、「住宅建築」は建築家にとって成功への第一歩であることは確かです。住宅建築→商業建築→大規模公共建築というのが流れでしょう。例えば、安藤忠雄氏など独学で建築家になりましたから、大手ゼネコンに就職したわけでもなく、名を知られるようになったのは「住吉の長屋」という住宅建築でした。丁寧に仕事されたコンクリート打ちっぱなしの窓のない建物なれど、間口が狭く奥行きの長い鰻の寝床のような土地に建てられたその家は真ん中に吹き抜けの中庭のような空間があり、雨の日には玄関から奥の空間に行くには途中傘をささねばならないという当時としては斬新な発想の建築でした。コンクリート打ちっぱなしの室内の密閉性と中庭の開放性とのコントラスト。いずれにせよ、「長屋」と銘打つ限り、そこに生活感が無ければ意味がありません。
二〇二二年三月末まで『たて物探訪』のあとは土井善晴氏による『おかずのクッキング』が放映されていました。筆者にとってテレビに映る料理家の土井先生と言えば、白衣をまとい大阪の割烹のご主人のような土井勝先生が懐かしく思えます。元々は勝先生が始められたのをご子息の善晴先生が継がれた番組なのですが、善晴先生の優しく軽妙な語り口はいい加減なようでいて肝心の要点には妥協を許さない繊細な精神がひしひしと感じられ、これこそ生活感のある一般家庭で再現可能な家庭料理そのものでした。
『たて物探訪』の建築としては優れているものの人の住む家ではないというなんともやりきれない気持ちを土井先生が作られる家庭料理が救いになっていたように思われます。思えばこの一年、『たて物探訪』を見る機会がめっきり減ったのは『おかずのクッキング』が終了してしまったからに違いないと寂しく感じた次第です。すべての「美食」の原点は家で食卓を囲むことから始まるといって過言ではないのですから。
今月のお薦めワイン 「ブルゴーニュの最高峰 コート・ド・ニュイ」
「ニュイ=サン=ジョルジュ レ・テラス・デ・ヴァルロ 2017年 AC ニュイ=サン=ジョルジュ ドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン」 8700円 (税別)
いよいよ赤のグランヴァンへの旅の開始です。最初は何といっても「ワインの王様」と称されるフランスの「ブルゴーニュ」ワインから。「ブルゴーニュ」と言っても実は南北に広く、北はシャンパーニュ地方の南端コート・デ・バールに近い、シャブリを産する飛び地のヨンヌ県から南はソーヌ河がローヌ河に合流し、ローヌ地方の最北となるリヨンまでの地域が含まれます。ただし、東西には狭くほとんどソーヌ河沿いの限られた場所に位置しています。
ブルゴーニュの赤ワインはピノ・ノワール単品種で造られるのはすでにご存じかと思いますがガメイ種で造られる「ボジョレ」もまたブルゴーニュワインの最南端に位置するアペラシオンで、近年流行の自然派ワインはボジョレの造り手ジュール・ショーヴェがその創始者と言われ、その流れを汲む造り手が多数存在し人気を博しています。
ピノ・ノワールの方は黄金の丘を意味する「コート・ドール」で最良のワインが造られると言われています。その中でも世界最高の銘酒「ロマネ・コンティ」を産する「ヴォーヌ・ロマネ」村を含む北半分の「コート・ド・ニュイ」がほぼ赤ワインに特化して、最良のブルゴーニュの赤ワインを提供してくれています。
ブルゴーニュの畑の格付けは無し、第一級(プルミエクリュ)、特級(グランクリュ)の三段階になっており、「コート・ド・ニュイ」にはグランクリュを有する村が北から、「ジュヴレ=シャンベルタン」、「モレ=サン=ドニ」、「シャンボール=ミュジニ」、「ヴジョー」、「フラジェ=エシェゾー」、「ヴォーヌ=ロマネ」と続きます。ニュイの最南端にある「ニュイ=サン=ジョルジュ」はドメーヌ間に格差が生じるの良しとせず、グランクリュを拒否し、無しとプルミエクリュの二段階だけに。また、ジュヴレ=シャンベルタンのさらに北に「マルサネ」、「フィサン」の二つのアペラシオンがあります。
今回はニュイ=サン=ジョルジュの村名ワイン、その中でも「レ・テラス・デ・ヴァルロ」という畑が特定されたワインを紹介させていただきます。造り手は「ドメーヌ・ベルトラン・エ・アクセル・マルシャン・ド・グラモン」と長い名前で申し訳ありませんがニュイ=サン=ジョルジュに居を構える由緒ある造り手です。元々はコート・ドールに30ha以上の畑を有していたシャンタル・レスキュールが相続で三つに分割されたドメーヌの一つ。1986年にベルトラン氏によって創設され、2004年に娘のアクセル氏が継承した6haのドメーヌ。ビオロジック農法を実施。女性ならではのデリケートな醸造での「繊細で余韻の長い」果実味を生かしたエレガントなワインを是非お試しあれ。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
『美食通信』もはや三年目に入りました。これもひとえに拙文を読んで下さっている皆様、主宰の島田さんのおかげです。この場をお借りしてお礼申し上げます。
ところで、新年最初の連載は年末に書くことになります。ある年を締め括るに際し、その年のうちに会っておきたい人って皆さんにもいらっしゃいませんか。筆者は五月に十年近くぶりにお会いした大学院の先輩M女史にもう一度お目にかかりたいと思い、栃木県大田原市に向かいました。大田原には良い店がないと言われるので那須なら避暑地でレストランも多いかと思い、五月は「クエリ」という気軽なフレンチに出かけました。今回は別の店にしようと思ったのですが、土曜日で何処も予約が取れず、「クエリ」に電話すると時間をずらして遅い時間なら何とかなるとのことでしたので「クエリ」を再び訪れました。
様々な飲食店の点在する那須街道からりんどうラインに入りしばらく進むとキノコの看板が目印の可愛らしい洋館が目指す「クエリ」でした。奥に進むとサンルームのような明るいホールがあり、今回もそちらに通されました。ランチの数も豊富ですが、メインをチョイスできるコースがあり、アミューズ、ハーフサイズのガレット、ポタージュ、そしてメインにデセールとなかなかのボリュームのコース仕立て。これで3000円ほどですのでカリテプリ感充分です。もちろん、味も都内のビストロに匹敵する腕前。今回は蕪のポタージュを美味しくいただきました。鶏のコンフィも美味しかった。しかも、ワインもコンパクトながら良いリストがあり、五月はブルゴーニュ、今回はボルドーの真っ当なワインが一万円ほどで飲めました。筆者にとって、このワインリストの存在が店選びの重要なポイントであることは読者の方であれば予想がつくかと思われます。
それにしてもおとぎ話に出てくるようなちょっと不思議な趣のこうしたレストランは那須のような避暑地に相応しい。というか、他の場所にあると違和感があるのではないでしょうか。それは他ならないある種の非日常性が避暑地にはあるからではないか、と。それは幻想的とも言えるものでこれを「ファンタスマゴリア」と呼ぶことが出来ると思うのです。これは同じ非日常的な場所でも例えば、温泉地などでは感じられないと思います。筆者は毎年、伊香保温泉に出かけますがファンタスティクなものを感じることはありません。とにかく人が多い。しかも、建物が密集していますので人がいなくても幻想的ではない。昨年、長野県松本市の浅間温泉のブックホテル「松本十帖」に出かけました。コロナで人がほとんどいなかったので寂寥感はあったものの怪しげな幻想感はありませんでした。
避暑地は別荘が点在していて、しかもいるのかいないのか分かりづらい。ファンタジーとはファントムと同じ語源です。ファントムとは「亡霊」、「幽霊」のこと。日本では『オペラ座の怪人』と呼ばれているミュージカルがありますが、原作の小説はフランス人のガストン・ルルーの『ル・ファントム・ド・ロぺラ』、まさにパリのオペラ座(オペラ・ガルニエ)に住む幽霊の話です。このいるのかいないのか分からない、即ち存在しているようでしていない感こそ、幻想的な非日常性、しかもどこかに死の匂いさえする怪しげなものなのです。フロイトは鉄道旅行の夢は「死」を意味すると言い、宮沢賢治はそれをもとに『銀河鉄道の夜』を書いたと言われています。旅には死の匂いがする。ただし、温泉やビーチなどはどうもよろしくない。また、人里離れた一軒宿なども駄目だ。匿名性の人混みの都会から隔絶した「ここにいる=在る」感に満ち満ちているから。
どこか自分もフワフワとして夢でも見ているような、つまり、実際にいるのかいないのか分からない心地になる場所でないと。五月はまだ新緑で生き生きとしていましたが、十二月ともなると草木も枯れ、何処か寂寞とした趣が。シューベルトの歌曲集『冬の旅』の冒頭が思い出されます。こちらはドイツ語で『ヴィンターライゼ』。一曲目は「おやすみ(グーテ・ナハト)」。男声で歌われるどこか物悲しい格調高い歌の数々。いよいよ不可思議な気持ちになっているとM女史がお土産を買いに行こうと。「ペニーレイン」という有名なパン屋さんがあるのだ、と言うではありませんか。そう言えば、その店の名は聞いたことがあります。確か、ブルーベリーの食パンが有名な店ではなかったか、と。M女史に尋ねるとその通りであるのこと。それにしても那須高原に本店?があるとは知りませんでした。M女史の記憶は曖昧でしたが、今はナビがあるので調べてみると「クエリ」から車で十分ほどのところと検索されましたので出かけてみることに。
これがまた、街道沿いとは違ってどんどん別荘地の方に入っていくではありませんか。冬は訪れることはないのでしょうか、何処も人の気配のない別荘を眺めながらしばし進むとこれまたまさにイギリス風の洋館が。しかも、こちらはなかなか大規模で立派な建物。結構車が停まっていて、ちょっと出っ張った部分がベーカリーでその奥の洋館がレストランらしい。確かに人は多い。しかし、人気のない別荘地の一角だけ賑わいがあり、何か異様な感じがします。しかもベーカリーは暗い山小屋風で照明は暖色系で薄暗く、商品が良く見えないという普通のベーカリーとは程遠いシチュエイション。
ビートルズファンの店主がその世界観を反映させた空間ということでこれもまたある種の「幻影」を追い求めているものです。1967年にリリースされた曲名から取られた店名はメンバーの出身地リバプールにある通りの名前とのこと。店のロゴはピースマーク。筆者はそのロゴとハートマークをかたどった「ラブ&ピースクッキー」をお土産に買い求めました。確かにここは1960年代のイギリスではありません。那須に他ならないのですが「幻影」に彩られたその一帯だけが何処かリアリティを欠いた浮遊感を覚えさせるのです。
「夢か現(うつつ)か幻か」。不在の中に存在する「避暑地」でのひと時は筆者には極めて魅力的に感じられます。「ペニーレイン」を後にする頃には冬の陽はすっかり暮れて、闇が迫って来ました。無事に帰宅できるだろうか。そんな一抹の不安を抱えながら、日常に戻っていくのもこれまた一興ではありませんか。来年もまた、那須を訪れたいと思った次第です。
今月のお薦めワイン 「グランヴァンへの旅を祝して シャンパーニュ」
「シャンパーニュ ブリュット ブラン・ド・ブラン NV ACシャンパーニュ ジョゼ・ドント」 10000円 (税別)
今月のお薦めワインのコーナーも三クール目に入りました。これまでの二クールでフランス、イタリアの主要なワインをざっと紹介させていただきました。そこで三クール目は赤ワインのグランヴァン、本流中の本流、フランスのブルゴーニュとボルドー、イタリアのピエモンテとトスカーナのワインを取り上げてみたいと思います。この四地方のワインをしっかり押さえれば、世界の赤ワインは応用的にほぼ理解できると言っても過言ではありません。
その前にこれからのグランヴァンへの旅に幸あれとシャンパーニュでお祝いと参りましょう。進水式の際、シャンパーニュの瓶を船にぶつけて割るように。シャンパーニュ地方は上記のどの地方でもありませんが、使われる葡萄品種がピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ムニエとブルゴーニュワインとかぶります。位置的にはブルゴーニュの北にあたりますが、シャブリなどを産する飛び地のヨンヌ県とはシャンパーニュ地方の南端、コート・デ・パール地区はほぼ緯度が同じと言えます。作る葡萄が一緒なので、普通のワインではブルゴーニュにかなわないとドン・ペリニヨン師が考案したのが発泡酒のシャンパーニュだったというのは有名な言い伝えです。
シャンパーニュは普通、上記の三種の葡萄を混醸して造られます。また、ベーシックなNV=ノンヴィンテージは味を均一に保つことでメゾンの特徴を伝えようという意図があります。ヴァリエーションとしては「ブリュット」=「辛口」といった糖度による違いがまず挙げられます。近年、いよいよ辛口がもてはやされる傾向がありますが、元来また通は甘口のシャンパーニュを好むものです。
また、混醸ではなく、黒葡萄のピノのみを用いた「ブラン・ド・ノワール(黒の白)」とシャルドネだけを用いた「ブラン・ド・ブラン(白の白)」といったヴァリエーションもあります。
今回紹介させていただくのは「ブラン・ド・ブラン」、シャルドネ100%のシャンパーニュです。造り手はジョゼ・ドント。シャルドネに適したコート・デ・ブランのオジェとコート・ド・セザンヌに合わせて5haの畑を所有し、1974年からルコルタン・マニピュラン(RM)として醸造まで行なうようになった家族経営のメゾン。伝統的な製法で丁寧に造られた少量生産のブラン・ド・ブランは酸が決め手ながらデリケートで心地良い余韻のある逸品です。この機会に是非お試しあれ。
では、次回から早速グランヴァンの紹介を始めることにいたしましょう。
ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで
略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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by Osamu Seki
先日、神泉の「ビストロ・パルタジェ」に出かけると黒板に書かれている料理の最初に「ブルゴーニュ郷土料理三種盛」とあるではありませんか。「郷土料理」という表現にまず惹かれました。とりわけ「郷土」という言葉に。フランス語ではcuisines régionales。régionalとは「地方」という意味ですから「地方料理」でよいのですが日本では「郷土料理」という言い方があり、それがフランスにもあてはめられブルゴーニュ地方の料理が「ブルゴーニュ郷土料理」と語られると何か急にノスタルジックな雰囲気が。フランス料理はいわば「郷土料理」を洗練されたものにしただけでそれとは別の「都会料理」があるわけではありません。というのも、中央集権的なフランスではパリ以外はすべて地方だからです。パルタジェの野本シェフが得意とする「シャルキュトリー」もブルゴーニュの「郷土料理」の一つ。ですのであえて「ブルゴーニュ郷土料理」と書かれるとさて何が出るのかなあ、と。
気になる三種の内容は「ウフ・アン・ムレット(ポーチドエッグの赤ワインソース)」、「ジャンボン・ペルシエ(ハムとパセリのテリーヌ)」、そしてブルゴーニュを代表するフロマージュの一つ「エポワス」でした。「エポワス」はブルゴーニュの滓取りブランデー「マール」と塩水で表皮を洗って熟成させるいわゆる「ウオッシュ」タイプのチーズで独特の風味があります。
実はブルゴーニュの「郷土料理」はワインと深い結びつきがあります。シャブリなどのある飛び地のヨンヌ県を別にするとブルゴーニュワインは北は「ディジョン」、南は「リヨン」とその郷土料理を代表する都市の間に産地が広がっているのです。そして、上記のエポワスを除いた二つの料理はブルゴーニュ公国の首都だったディジョンの料理と言えるのです。さらにディジョンと言えば、ムータール=マスタードと市長を務めたキール氏が考案したカシスのリキュール(クレーム・ド・カシス)を白ワインで割った食前酒「キール」が有名。
一方、リヨンはシャルキュトリー、即ち食肉加工品の名産地として知られています。またリヨンは美食の街としても知られており、「ブション」と呼ばれる伝統の気軽な居酒屋でワインと共に名物の「アンドゥイエット(仔牛肉腸間膜の腸詰のロースト)」や「ブーダン・ノワール(豚血のソーセージ)」などを楽しむことが出来ます。また、ポール・ボキューズなどリヨン近郊にメゾンを構える三つ星レストランが多くあります。筆者がリヨン料理で好物なのが「クネル・ド・ブロシェ(川カマスのクネル)」。肉だけでなく、川魚も加工してハンペンのような食感に。ブロシェを使うのがリヨン風なのですが、昨今は「クネル」そのものを見かけなくなりました。先日、神保町の「ビストロ・アマノ」で「魚のクネル 甲殻類のソース」をメニュに見つけた際には狂喜乱舞しました。素朴なクネルに濃厚なアメリケーヌソースが合うこと合うこと。
リヨンはブルゴーニュワインの南端。そして、さらに南下するとローヌワインの産地へと連なって行きます。ですので、リヨンに近いのはブルゴーニュでも赤であれば、ピノ・ノワールではなく、ガメイで造られるボジョレーなのです。ボジョレーを世界に広めたジョルジュ・デュブッフがボキューズと親友だったことは有名です。筆者が訪れたのは毎年のボジョレー・ヌーヴォー解禁日から間もなくでしたので、この三種盛をボジョレーと合わせても乙という訳です。ただ、この世界情勢の中ワイン価格も高騰し、ボジョレー・ヌーヴォーも前年の倍近くに値上がりしてしまったようです。野本シェフもグラスでの提供の仕方に迷われたそうでこれまで使っていたものを値上げするのも何なので、グレイドの高いヌーヴォーに代え価格をそれなりに上げたそうです。それは日本人の仲田晃司氏が営まれる「ルー・デュモン」でした。ただ、それでも利益率は下がってしまったようです。
筆者は「ウフ・アン・ムレット」が好物で野本シェフの作られる濃厚なソースのそれは絶品でお代わりしたこともあります。しかし、つい先日、元代々木町「シャントレル」で食した中田シェフが作られた「アンディーヴのブレゼ」がムレットと同じ赤ワインソースでこれまた感動しました。アンディーヴと言えばベルギー産が有名で、フランスでもベルギーに近い北部のノール・パ・ド・カレーやピカルディー地方でもアンディーヴが名産で「アンディーヴのグラタン」という郷土料理があります。蒸し煮(ブレゼ)したアンディーヴにベシャメルソースとチーズ、あるいはそれらを一体化させたモルネーソースをかけて焼いたもの。かつて、渋谷文化村のカフェ・ドゥマゴが顧客はワイン持ち込み無料ということで足繁く通ってボルドーワインを勉強していた頃、冬になるとこの「アンディーヴのグラタン」が出て、ハムが入っていてベシャメルとチーズとの相性がさらに良く、訪れると必ず注文していたのを思い出します。当時のドゥマゴはパリのカフェ料理を彷彿とさせる本格的なサーヴィスで、秋になるとキノコのバター炒めを目の前でゲリドンサーヴィスで作ってくれたものでした。もちろん、「ステック・タルタル」もメニュにあり、目の前で薬味の分量などを指示しながら自分好みの味に仕上げてもらうことが出来ました。
最初に申し上げましたようにフランスという国はパリ以外は皆田舎、即ち「郷土」ですので「郷土料理」のオンパレードです。ビストロなどで必ず見かける「カスレ」はカスレという専用鍋で作る白いんげん豆と肉類の煮込み料理なのですが南仏のラングドック地方の名物料理です。しかも、その土地その土地で微妙な違いがあり、豚肉を中心とした「カステルノダリ風」をベースに、そこにさらに羊肉や冬場には山ウズラなどを加えた「カルカッソンヌ風」、鵞鳥肉をメインにした「トゥールーズ風」が「三大カスレ」と言われています。
こうしたフランスの郷土料理を概観するのに最適なのは絶版になってしまったのですが、並木麻輝子『フランスの郷土料理』(2003年、小学館)です。地方ごとにそれぞれの料理が写真付きで解説されています。150頁ほどの薄い旅行本のムックシリーズの一冊ですが街の写真や歴史も掲載されていて充実した内容です。あと、当時の郷土料理を楽しめるレストランガイドも付されていて、日本だけではなくフランス本国のお店も紹介されています。もちろん、ほとんどの店はすでになくなっていますが菊池シェフの「ル・ブルギニョン」のような今も健在のレストランも散見され興味深いものがあります。朴訥として見た目はあまり美味しそうに見えない写真ばかりですがこれぞ「郷土料理」といった趣でついつい食べてみたくなってしまいます。
これからの冬、暖かい郷土料理と美味しいワイン、そしてその地方地方のフロマージュがあれば、なんて幸せなことでしょう。もちろん、デセールも地方ごとに名物がありますのでお忘れなく。
今月のお薦めワイン 「イタリアの島のワイン シチリア」
「ネロ・ダーヴォラ 2020年 IGT テッレ・シチリアーネ イッポリート」 2500円 (税別)
このクール最終回はイタリアの島のワインとしてシチリア島のワインを紹介させていただきます。シチリア島といえば、映画『ゴッドファーザー』に登場するマフィアの起源となった土地。「小さな大陸」と言われる独自の文化の発展した場所でもあります。食文化もシチリア料理は日本でも有名専門店があるほど。ワインはイタリア国内でも一、二を争う生産量を誇っていますが、これまでは「安くてそこそこ美味しいワイン」というイメージがありました。原産地呼称ワイン(DOCG、DOC)より地域特性ワイン(IGT)の方がまだまだ主流ですが、徐々に原産地呼称ワインに力を入れるようになっています。
その原動力の一つとなったのがマルサラ酒(DOC)の復興です。マルサラ酒はシェリー(スペイン)、ポート、マディラ(共にポルトガル)と並ぶ世界四大酒精強化ワインの一つであり、上質のマルサラ酒が普及することでシチリアワインも高級化への道を辿ることになりました。
スティルワインは赤が主流でネロ・ダーヴォラ種を中心にワインが造られています。別の名をカラブレーゼというイタリア本土のカラブリア地方原産のネロ・ダーヴォラはブレンドしても良し(唯一のDOCG、チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアは30%以上のフラッパート種との混醸)、単品(ヴァラエタルワイン)でも良しとボディの厚みと熟成に向くことで上質のワインが期待できます。
今回ご紹介するのはシチリア島西部のサラパルータという村で四世代にわたりワイン造りを行なっているイッポリートファミリーの手になるネロ・ダーヴォラ。IGTですが、近年サラパルータもDOGに昇格したとのこと。樽は用いずステンレスタンクでの熟成によるキュヴェ。果実の持ち味をストレートに楽しめる造りになっています。南のスパイシーで果実味豊かな味わいのワインを是非お楽しみ下さい。
今年一年のクールはフランス、イタリアの主要な地方のワインを紹介させていただきました。来期は再びフランス、イタリアのグランヴァンの産地、ボルドー、ブルゴーニュ、トスカーナ、ピエモンテのワインを紹介させていただく所存です。引き続きご愛読よろしくお願い申し上げます。
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略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP
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